
マテリアリティの新しい考え方
2026年がSSBJ基準対応を含むマテリアリティの特定・見直しの転換点になります。
マテリアリティとは、意味としては「重要課題/重点課題」と訳されますが、この特定プロセスが改めて問題になっています。すでにマテリアリティ特定を行なっている企業は見直しをすることになるわけですが、マテリアリティの見直しは推奨されるタイミングが大きく3つあります。「関連法改正」「大きな社会変化」「経営戦略の転換(中期経営計画の変更)」などがあった時に見直すのがセオリーです。
さて、そんなマテリアリティはありとあらゆる場面で語られていますが、昨今問われているのは「本当にそのマテリアリティは御社のマテリアルな課題ですか?」です。SSBJ基準ではリスクと機会による絞り込みの重要度も高いですし、実効性を担保するには適切なKPI設定も重要です。
というわけで、本記事ではタイトル通りで、2026年はマテリアリティの特定/見直しの転換点になるぞ、ということでいくつかの視点を紹介したいと思います。
マテリアリティ定義
マテリアリティとは、以下のような定義がされています。これもあらゆる組織が個別の定義をしているので、そもそもどのような視点でマテリアリティを特定するのか、という大前提の議論がかかせません。
■SSBJ基準
サステナビリティ関連財務開示の文脈において、ある情報について、それを省略したり、誤表示したり、不明瞭にしたりした場合に、財務諸表及びサステナビリティ関連財務開示を含む、特定の報告企業に関する財務情報を提供する当該報告書に基づいて財務報告書の主要な利用者が行う意思決定に影響を与えると合理的に見込み得ること
(SSBJ 一般開示基準:2025)
■IRフレームワーク
組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報
(IIRC:国際統合報告フレームワーク2021)※発行体は当時
■GRIスタンダード
組織が経済、環境、ならびに人権を含む人々に与える最も著しいインパクトを表す項目
(GRI3:マテリアルな項目2021)※日本語版
SSBJ視点のマテリアリティは合理的か
まずは、2026年施行のSSBJ基準のマテリアリティ特定方法です。SSBJ基準はリスクと機会を起点に絞り込みを行うのに対して、EUルールやGRI等はイシュー(社会課題)起点となり、マテリアリティの設計思想がそもそも異なります。結論から言うと、マテリアル・イシュー(重要な社会課題)が、企業の直接的なマテリアリティ(経営における重要課題)とはならない、です。
さらに議論を深めるべき点として「価値創造」があります。統合報告書が普及してきたころから価値創造という考え方が普及してきました。もちろん、マテリアリティは価値創造の手段であります。開示法令やガイドラインによる、マテリアリティの規定(シングル/財務視点)はあるのですが、財務インパクトのあるマテリアリティのみが価値創造を進めるわけではありません。そういう視点ですと、「(実務における/価値創造のための)マテリアリティ」と「(投資家向けの)マテリアリティ」という分類が生まれます。
どちらが正しいというものではなく範囲の問題と考えます。統合報告書等での「価値創造のためのマテリアリティ」と、有価証券報告書等(統合報告書の一部含む)での「財務資本提供者のニーズにあったマテリアリティ」の差です。私は、マテリアリティの正解の一つとして「実務はダブル、開示はシングル」という主張をしています。サステナビリティの現場のステークホルダーは幅広いため、財務インパクトの説明以外の、社会的インパクトなどの情報ニーズも高いです。
私の主張しては、情報開示やベースになる考え方はシングルマテリアリティ、サステナビリティ推進活動はステークホルダーへの影響が重要なのでダブルマテリアリティであるべき、という考え方です。ですので、財務インパクトを重要視しながらも、社会・ステークホルダーへの影響(インパクトマテリアリティ)を考慮する必要がある、という立場です。
マテリアリティの種類は適切か
現状のマテリアリティ特定は、「イシュー(社会課題、サステナビリティ/ESG課題)」から絞り込むか、SSBJ基準のように「ビジネスモデル(バリューチェーン)のリスクと機会」を分析して絞り込むか、の大きく2つの方向があります。ダブルマテリアリティ視点でいえば、この「イシュー」と「リスクと機会」のどちらかからスタートしても、最終的にもほぼ同じマテリアリティ項目になるはずなのですが、リスク関連のマテリアリティを中心にしている企業はリスクと機会の視点をより強化して見直すべきと考えます。
SSBJ基準の「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会」という基本概念がすべてで、特にこの「合理的」がポイントだと思っています。当該マテリアリティが合理的に見込み得るものを、SSBJ基準では「開示すべきリスクと機会 = マテリアリティ」としています。ビジネスモデル上のすべてのリスクと機会を開示してもしょうがないし、財務インパクトが相応に見込めるものだけを開示してくれというのは、情報の受け手にも親切ですよね。
ここでの示唆は、リスク管理(将来の企業価値毀損を防ぐ)項目がダメとは言っていないところかなと。昨今のマテリアリティの議論ですと、「儲かるサステナビリティ」とか「サステナビリティで儲ける」という論調が多く、リスク対応(「CSR的」という人もいる)はマテリアルではないくらいな人もいるけど、持続可能で中長期的な成長には、適切なリスク管理(経営課題含む)も必要ですよね。
あと、昨今の流れでは、統合報告書は「バリュー・レポート(価値創造報告書)」という論調もあります。こちらは大賛成です。実際に、統合報告書の名称に「価値創造(バリュー)」という表現を用いる企業も一定数あります。ただ、価値創造は厳密には財務的インパクトや社会的インパクトとイコールではないため、価値創造をシングルとダブル(インパクト)と同列に並べるのは難しそうです。つまり、今の“実践的なマテリアリティ”には以下のような区分けが定義できるのかもしれません。もちろん、必ず単独で存在するわけではなく、重複するところも多いと思います。
・財務的マテリアリティ(シングル)
・社会的マテリアリティ(インパクト)
・総合的マテリアリティ(ダブル = シングル + インパクト)
・[NEW]価値創造マテリアリティ
これだけ定義できる状況ですので「マテリアリティ」をたったひとつの定義におさめるのは不可能と言えるでしょう。もちろん、情報開示という視点では、ステークホルダーごとに情報ニーズが異なるので、開示媒体ごとにセオリーはあると思います。なお、ここは個人的な見解ですが、価値創造マテリアリティは他のマテリアリティよりも、経営理念・経営哲学が色濃く現れるものと認識しています。
財務マテリアリティが正解とは限らないのでは
財務インパクトを重要視したマテリアリティばかりになると、多くの企業では中期経営計画と同じ内容になり、ESGが無視されがちになるでしょう。中期経営計画の主要項目がマテリアリティで、そのKPIがESG指標だというなら話は通じるかもしれませんが。
通常の中期経営計画だけでは組織全体やビジネスモデルを包括できないから、サステナビリティやESGという視点を取り入れる(と儲かる)という話だったはずです。長期視点で組織やビジネスモデルを考えると、必ずしも中期視点で正しいと考えていることが、長期視点では合理的ではない場合もあるからです。また、短中期(1〜3年)の経営計画だと、他社との差別化が難しいからというものあるでしょう。
また、前述したように、イシューのロングリストから絞り込みを行うと、社会課題という主語が大きい視点のまま議論されてしまい、最終的にも個別性もなく、ビジネスモデルにあったものにならないマテリアリティが出来上がります。これが、SDGsをマテリアリティに組み込んだ弊害だと考えています。2020年前後まで私もこう考えていたので、今となっては反省しかありません。自社のコントロールできる、自社が主語になる指標にのみフォーカスしましょう。
私は、イシューのロングリストから絞り込む方法でも、ビジネスモデルのリスクと機会の視点が別にあるのであれば、最終的には問題ないと思うのですが、企業によっては抽象度の高いマテリアリティが“好まれる”こともあり、なかなか難しいなとも思っています。
シングルマテリアリティを軸に考えると、イシューのロングリストから絞り込みをし特定するマテリアリティを否定しがちですが、私はこのプロセス自体はシングルであったとしても必要かと考えています。問題なのは、この“イシュー自体”をマテリアリティ項目とするからよろしくないのであって、イシューから自社の文脈(経営理念・リスクと機会など)に落とし込んだ課題はシングルとも合致します。
問われているのは「何をマテリアルと定義したか」ではなく、「そのマテリアリティへの取り組みが、どのような財務的・社会的な価値を生み出しているか」という一貫したストーリーでです。マテリアリティは一度定義して終わるものではなく、経営判断に使い続けられる仕組みとして機能するためです。
コーポレートガバナンスの視点
もう一点、日本ではあまり提唱しないのが不思議なのですが、私は日本のコーポレートガバナンス・コードで示される「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」という概念こそが、マテリアリティの本質なのではないかと考えています。マテリアリティ特定(統合報告書も)において、コーポレートガバナンス・コードが参照されることはほぼないのですが、私はとても重要視しています。
SSBJ基準もそうですが、コーポレートガバナンス・コードも2026年に改訂(見込み)されるので、それこそ2026年が、マテリアリティの見直しの大きな転換点となると予想しています。逆に、ルール変更が大きい2026年以降にマテリアリティの見直しの議論(実際にできなくてもいい)がない企業が、将来性あるといえますか?
あと、ESGのE(環境)とS(社会/人材)は、法令を含めて“流行り廃り”が実際にはあります。しかしG(企業統治)には流行り廃りがほぼなく、企業経営における原理原則があるだけです。そして、マテリアリティ特定の現場では、ESG/CSR/CSV/SDGsなどが重要視されるのに、ガバナンスの議論はあまりないのです。ガバナンスに関与する人が議論の場にいない(報告・承認をする側にだけいる)というのも原因の一つでしょう。
EとSの領域は法律・政策・社会変化でかなり重要度が変わります。ですが、Gは社会の変化がどうなったとしても自社としてどのように経営をすべきかという、自社が軸になって自社がいつでも主語になれます。この差もあるように感じます。
まとめ
マテリアリティの特定/見直しに関する話をまとめました。従来型の特定方法が悪いわけではなく、特に開示と実践はまったく同じではない、という点を指摘させていただきました。どのようなマテリアリティでもかまいませんが、多くの企業で形骸化が問題になっているように、非常に難しい課題であると認識しています。
本記事の視点は私個人のものですので、すべての企業のすべての場面で正しいということではないもの、今後の皆様のマテリアリティの実践や開示のヒントになったのではないかと思います。マテリアリティの考え方は、非上場の中堅中小企業を含め、あらゆる組織のサステナビリティ推進活動の基礎となる概念です。企業である以上、成果(付加価値)を出すのが仕事です。参考にしてみてください。
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