サステナビリティKPI

サステナビリティKPIとマテリアリティKPI

「サステナビリティKPI」もしくは「マテリアリティKPI」とされる、サステナビリティ推進活動の軸となる指標たち。KPI自体については、かなり昔から存在する概念であるものの、サステナビリティKPIとなると、まだまだセオリーとなる形が見出されていないように思います。

当社も、最近はマテリアリティの新規特定から見直しまで、さまざまな形でご支援させていただくことが増えているのですが、このKPI特定が非常に厄介でして、最適解を導き出すのが難しいものとなっています。

ただし、我々の研究(書籍『サステナビリティ戦略の実装』)の結論からすると、サステナビリティKPIは、サステナビリティの社内浸透において有効に働き、サステナビリティ戦略の実効性を高めることができると考えています。戦略も重要なのですがKPIこそが実務において最重要とも言えるかもしれません。

そこで本記事では、サステナビリティKPI(マテリアリティKPI)について、その課題と対応策をまとめます。

KPIと目的・目標との関係性

サステナビリティKPIで実務として最も使われるのは「マテリアリティKPI」でしょう。マテリアリティKPIとは、特定されたマテリアリティ項目ごとにKPIを置き、全従業員の通常業務とKPI対応を連動させるものです。定性的なマテリアリティKPIを置いている企業も多いですが、KPIは基本的に定量指標であるべきなので「行動指標(例:コンプラ研修受講率100%)」か「成果指標(例:不祥事・重大事故0件)」などがよく設定されます。

日本でサステナビリティの概念が企業に普及してきたこの20年くらいで、サステナビリティ経営も進化・定着し、マテリアリティの考え方もだいぶ浸透しました。多くの方は知らないと思いますけど、2010年前後はマテリアリティという考え方は、ほぼ存在しなかったですから。とはいえ、2026年においても不十分なマテリアリティ運用がまだ多くあるように感じています。

つまり何かというと、マテリアリティのKGIがないのにKPIだけ設定されている例が多いということです。KGIのGはゴールですから、マテリアリティ施策ごとの定性的なゴールを定量化したものがKGIとなります。そのKGIを達成するために、複数のKPIが定められるのがセオリーです。

この「KGI → KPI → PDCA」という行動への落とし込みが重要なのですが、目標を定量化したKGIがないので、KPIが曖昧で意味のないものになったり、“達成可能な”または“今までの活動が指標化された”ものがKPIになってしまうのです。もし、そんなKPIを達成したとしてもゴールに辿り着くことはできません。結論、それはKPIではありません、という話です。

なぜこのような「手段の目的化」が起きてしまうのか。これは前述の我々の研究でも明らかになっているのですが、手段の目的化が起きてしまうのは、目的・目標が決められていない、または解像度が低い、という状況があるからです。本来的には、マテリアリティは、中長期の経営戦略、ビジネスモデルのリスクと機会、産業特性、組織文化、などを考慮して、もっとも企業価値を向上させ、経済的・社会的な成果を最大化させることができる項目を指します。こういった意図でマテリアリティが作られていないために、手段の目的化が起きてしまうという側面もあります。手段の目的化によって形骸化されたKPIが現場に降りてきて実行を求められる。もちろん事業成果にはつながらない。すべてのステークホルダーを不幸にするのもまたKPIなのです。

社内浸透の枠ではありますが「サステナビリティの社内浸透には目的と目標が重要という話」という記事で、目的・目標についてまとめていますので参考にしてみてください。目的・目標の枠組みは、以下にまとめます。

■目的(Why)
・マテリアリティは何のために行うのか
・マテリアリティを推進する理由は何か
・マテリアリティで誰の何を変化させたいのか

■目標(What)
・目的を達成するために何を目指すのか
・目的を実行対象として具現化したものは何か
・何を「あるべき姿」と設定すべきか

■手段(How)
・目標を達成するために何をすべきか
・どのような取り組みを行うべきか

サステナビリティを測定すること

サステナビリティKPIの特定自体が、マテリアルな成果を分析し、実践すべき成果指標を特定することにあります。マテリアリティの特定だけではなく、そのKPIの特定こそが、成果創出のための道標となるのです。多くの企業にとってマテリアリティが機能しないのは、事業に結びついていない、つまり合理的なマテリアリティKPIを定められていないだけ、という側面もあります。

サステナビリティKPIの一定数がなぜ無意味なのかというと、KPIの数値を見て行動しないからです。PDCAにつながらないKPIはKPIではありません。KPIの数値(成果)が、経年でどのように上下しているのか、高い場合は次に何を考えるべきなのか、低いのなら次に何を変えるべきなのか、を決めないでKPIだけを追ってるだけ。私はこれらを「なんちゃってKPI」と呼んでいますが、形骸化したKPIに意味はなく、むしろ害悪ですらあります。

ですので、KPIは定量化しやすいからとか、達成できそうだからと指標を選ばないことです。KPIは現場の各部門が主導で決めるという企業も多いと思いますが、現場は忙しいのでたいていこういう形で決められます。本来は、あくまでも経営課題を解決するための目標(KGI)に対して、どんな指標(KPI)を設ければ良いかという視点で特定をすべきです。マテリアリティは半年から1年かけて特定までやりきっても、肝心のKPI特定が適当な企業は残念ながら多いです。

なぜKPI特定が重要かと今一度理解しましょう。大前提として、KPIは組織の行動変容を生み出すものでなければなりません。PDCAサイクルに入らないKPIはKPIではありません。KPIはKGIを達成するための手段にすぎず、何を達成するための行動なのかを常に意識しましょう。

サステナビリティKPIが、他の事業KPIと違うのは「複雑性」です。サステナビリティのような広範囲で複雑な概念(システム)においては、すべての個別要素(KPI)が正しくても、全体では問題が起きてしまうことがあります。部分最適から各要素が最適化されていても、統合した際に全体最適化および最大化されるわけではないからです。その複雑性から、KPIは相互に影響し合うので、その依存関係も考慮しなければなりません。

だからこそ、KPIと目標・目的(KGI)がズレていないかを常に確かめる必要があります。マテリアリティを毎年見直している企業はこれが見えているはずです(と思いたい)。正しいKPIは正しいモチベーションが働きます。コントロールできない指標をKPI化しても意味がありません。この点に注意しましょう。

KPIは必ず“ハック”されてしまう

KPIは必ず“ハック”されてしまいます。ハックとは、KPIを達成するために良くも悪くも様々な工夫をすることを指します。たとえば「グッドハートの法則」などと言われる傾向があり、数字を追うこと自体が目的になってしまい、その指標が本来測ろうとしていたものを見失ってしまう、という趣旨のものです。これは実感する人も多いのではないでしょうか。

KPIは決めた途端にハックされます。KPI自体が悪いわけではないのですが、KPI達成が義務となれば、達成しやすく計測しやすいKPIになりがちです。またKPI以外の指標の優先度が下がり、組織としての全体感による成果は低下しがちです。予算や人材のリソースもKPI達成ために動きます。売上がKPIであれば不正をしてでも売上を作る。こうやって多くの大型不祥事は起きるのです。KPIは部分最適の考え方であり、KPIが通常業務に落とし込んだ瞬間から、手段の目的化(木を見て森を見ず、というヤツ)が置きます。KPIの最大化もしくは最小化がミッションとなり、その先にある目的を見失いがちです。

上記は例えではありますが、サステナビリティKPIの策定はとても難しいのです。形骸化せず、しかし測定ができ企業価値(将来利益)に貢献する指標。実際にあるのかすらわかりません。財務的成果と社会的成果を同時に生み出すKPIが最強ではあるものの、現実的には“都市伝説レベル”のようにも思えてきます。逆にいうと、これを自社で特定できれば、最強のサステナビリティ戦略となるでしょう。CSV的な発想です。

あと、ガバナンス領域のKPIについてはチェックリスト的であるケースが多く、経営戦略やビジネスモデルと整合しているか、企業価値創造にどれほど貢献しているのかが十分に検討されていないケースも散見されます。ガバナンス領域のKPIは非常に難しいです。個人的には、ガバナンスKPIほど、全体最適を意識した考え方が必要と考えます。

事業の高度化による業務細分化はしかたないです。超広範囲のサステナビリティを広く浅く対応できる人間は、事業を俯瞰して見ることができる経営層(取締役)に限られており、成果は部分最適ではなく全体最適を目指すために、積極的な関与が期待されます。

KPIが他の指標を曖昧にしてしまう

KPIの問題点として、KPI特定によって“経営の死角”が生まれてしまうことがあります。サステナビリティは広範囲の概念であり、また時間軸も短中長期と多様なので、KPIを定めることによって、経営に重要なはずだった視点が抜け落ちやすくなることもあります。KPIの一番の問題は、KPIを取り決めるとKPI以外の指標を無視するようになること、でしょうか。KPIは最重要指標なのでKPIを最大化もしくは最小化することが目的になるのは当然で、リソースを集中させて対応するわけです。

現場に数値目標を与えると、その数値目標は達成されるが数値化されてない部分が必ず失われてしまいます。リソース(予算・人材)は有限なのでしょうがないのですが、難しい問題です。たとえば「CO2排出量の削減」を最大化するために、「人権問題を引き起こす可能性が高い」手法であっても、CO2排出量削減が重要なのであればその手法を取ることもあるでしょうし、その場合はそもそも人権配慮はKPIではないので評価・測定すらされません。

また、具体的なKPIや目標値を定めると現場は帳尻合わせを始めます。たとえば、「顧客クレームゼロ」を目指すと、そもそもクレームを受け付けられないようにしたり、クレームがあっても本社に報告しなかったり、クレームの定義を変更し軽微なクレームをクレームとして換算しない、なんてこともあります。

ほかには、「Webシステムの不備発見数」をKPIにしたら、わざとバグを作るようになり、そもそも適当な開発しかしなくなった、とか。とはいえ数値管理は絶対に必要なので、KPIを定めた際のネガティブな要素を丁寧に洗い出し対策する必要もあります。

KPIを特定することで、他の重要な指標の優先度が下がったり、現場がよろしくない方向に動いてしまったりします。KPIが事業活動に与える影響を考慮しながら、事業活動の成果を最大化させなければならなりません。KPI特定は非常に困難な取り組みであり、常に見直しが必要であることはご理解いただけたかと思います。

まとめ

多くのサステナビリティ推進担当の方が、サステナビリティKPIおよびマテリアリティKPIの特定で悩みを抱えられています。

私も、特にマテリアリティKPIの特定支援に関わらせていただくこともありますが、予算や時間の都合で関与できない場合もあり、歯痒く感じております。私の力不足を言い訳とするわけではありませんが、上記のようなサステナビリティKPIの課題を理解しつつ、現状の最適解を見つけていただければと思います。

また、当ブログはサステナビリティ・コンサルティング側の方にもお読みいただいているようですが、事業会社様のご支援の中で、KPI特定を簡単に済ませず、むしろマテリアリティ特定よりも時間をかけるくらいの気持ちで、携わっていただけるとありがたいです。

御社のサステナビリティおよびマテリアリティのKPI設定/KPI特定(分析および見直し)の参考になれば幸いです。

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