
マテリアリティ特定
「マテリアリティとは何ですか」と聞かれた時、あなたは何と答えるでしょうか。
マテリアリティは「重要課題」と訳されますが、この場合の「重要」とは誰に取ってのもので、どのレベルのものか説明できますでしょうか。また「課題」も程度や時間軸、インパクト、産業特性、社会潮流など、規定されるべき要素は非常に多くあります。つまり、マテリアリティを“解像度高く”説明するのは非常に難しいのです。
それこそ、シングル・マテリアリティ(財務的重要課題)から、ダブル、インパクト、ダイナミックなど、それぞれのカテゴリでもガイドラインや各国の法律によって、マテリアリティの内容が変わります。これらの多様なマテリアリティの概念が生まれ、2010年半ばころからサステナビリティ戦略の軸として浸透してきたマテリアリティですが、昨今、その意味合いが変わってきているように思います。
そこで本記事では、マテリアリティ特定(分析)の中でKGI/KPIを含めて、マテリアリティの見直しや評価等の考え方をまとめます。マテリアリティを制すものは、サステナビリティ経営を制す。本気でそう思っていますので、担当者の方はぜひ参考にしてみてください。
マテリアリティの普及の歴史
まずマテリアリティとは何か。歴史的には、サステナビリティ情報開示ガイドラインの元祖的存在であるGRIの「GRIガイドライン第3版(2006年)」で、インパクトやリスクと機会を考慮し開示せよ、としたのがマテリアリティの概念と始まりとされます。ちなみに「GRI第1版」は2000年ですので25年以上の歴史があるガイドラインです。
私は2010年からサステナビリティ・コンサルティング事業を始めたので、リアルタイムでは知らないのですが、大手先進企業では2000年代後半からマテリアリティ的な考え方をサステナビリティに取り入れていきます。そして2013年に「GRIガイドライン第4版」が登場し、マテリアリティの精緻化に界隈が震え上がりました。新たなサステナビリティ情報開示の幕開けです。その結果、一気に採用する大手企業が増えていきました。2010年代に入ると、GRI以外のサステナビリティ情報開示ガイドラインがどんどん作られていき、マテリアリティの概念もビジネスセクターに広く浸透していくことになりました。
GRIを中心とした大きな流れは以上です。細かい説明は割愛しますが、20年くらい前からマテリアリティという概念が、今でいうインパクト・リスク・機会、を軸に構成されていたのは驚くべきことです。逆にいうと、この20年でサステナビリティ戦略は進化していないのでは、とも言えます。経営の本質なんて20年やそこらでは変わりませんね。
マテリアリティの定義
次に、マテリアリティの定義も確認してみましょう。いくつかのガイドラインを確認します。なぜガイドラインかというと、私を含めて色々なコンサルタントが色々なマテリアリティの定義をしているのですが、それらは個人的な意見であり、内容もバラバラなので参考程度として考えるべきだからです。だからこそガイドラインの突き詰められて定義されものを一旦確認する、というわけです。
■SSBJ基準
サステナビリティ関連財務開示の文脈において、ある情報について、それを省略したり、誤表示したり、不明瞭にしたりした場合に、財務諸表及びサステナビリティ関連財務開示を含む、特定の報告企業に関する財務情報を提供する当該報告書に基づいて財務報告書の主要な利用者が行う意思決定に影響を与えると合理的に見込み得ること
(SSBJ 一般開示基準:2025)■IRフレームワーク
組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報
(IIRC:国際統合報告フレームワーク2021)※発行体は当時■GRIスタンダード
組織が経済、環境、ならびに人権を含む人々に与える最も著しいインパクトを表す項目
(GRI3:マテリアルな項目2021)※日本語版
いわゆるシングルマテリアリティとインパクトマテリアリティの代表的定義です。個人的には、財務+社会のインパクトを考慮するダブルマテリアリティが軸になるべきと考えています。上場企業の情報開示はシングルマテリアリティでもいいですけど、サステナビリティ推進活動や事業活動自体はステークホルダーと接点のある話なので、原則ダブルマテリアリティだからです。
マテリアリティの意味合いだけでも、正反対の捉え方もあるということは理解すべきでしょう。マテリアリティをどのように定義するかで、KGI/KPIが変わりますよ、という話ですね。マテリアリティにおけるKGI/KPIの話は、以下の記事で詳しく解説しているので参考にしてみてください。
>>サステナビリティKPI/マテリアリティKPIの分析・特定の課題と対応策
マテリアリティの意味
私は、サステナビリティ戦略は形骸化しやすいので必ず「目的(なぜやるのか)」「目標(目的を達成するための指標)」「手段(目標を達成するための施策)」の3点を徹底的に考えましょうと提言しています。では具体的にどのようにまとめていくかというと、それがマテリアリティ特定になるわけです。
前述したように、SSBJ基準では、「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会」を識別した上で、それぞれについて、投資家の意思決定に資する情報を体系的かつ所定の開示項目に則って開示することが求められます。
この「リスクと機会」は、現在のマテリアリティ特定で非常に重要な概念となっています。で、ここに「(社会的な)インパクト」を入れると、EU開示基準のESRS的なダブルマテリアリティになります。これを「IRO(Impacts, Risks, and Opportunities:影響、リスク、機会)」といいます。マテリアリティの新規特定もですが、見直しの際にもこの視点は重要です。
結局、マテリアリティの特定理由(なぜそのマテリアリティなのか)、マテリアリティの成果(マテリアリティ対応がいかにして企業価値向上や経営理念実現につながるのか)、が求められるのです。そのために、SSBJでは、リスクと機会という視点でマテリアリティを考えましょうよ、としています。ここでのポイントは、社会的な影響度・認知度の高い課題が、必ずしも当該企業のマテリアリティにならない場合もある、です。
たとえば、社会的に影響度が高く関心度も高い課題では「気候変動対応」などがあります。そこで「気候変動による事業への影響」「または事業活動による気候変動への悪影響」が大きければマテリアリティに組み込むべきですが、ICT企業など一定の影響はあるがリスクと機会の両面で、そこまで影響が大きくない、ということもあります。これを、とはいえ社会的に重要だからという理由でマテリアリティに入れようとなるから、おかしくなるのです。ICT企業にとって気候変動対応は重要なサステナビリティ施策ではあるけども、マテリアリティではありません。
マテリアリティ特定が特定をしただけで終わる問題
あともう一つ、マテリアリティ特定に大きな課題があります。特定して終わり、の事例です。日本企業は、中期経営計画を含めて「目標を立てる」ことが好きなイメージがあります。目標を立てることは重要なのですが、マテリアリティも特定だけして、実行できていないことが多いイメージも、これまたあります。つまり、「マテリアリティを特定すること」と「マテリアリティを実践すること」が別々になってしまっているのが原因の一つと考えます。では、なぜマテリアリティは特定できても、マテリアリティの実践はされないのか。
マテリアリティの特定方法は、他社事例やGRIスタンダード、SSBJ基準などが特定プロセスを公開しているので、基本的には参考にして行えばいいし、先行事例もあり簡単ではないもののそこまで難しくはありません。ただ、その特定精度や実効性となると、話は別です。また、形式的というか、やれと言われたからやっている感があり、アリバイ的(言い訳)な側面も大きいかと思います。
マテリアリティ特定では、本来はマテリアリティの実践を前提としたKGI/KPIの議論が必要になります。マテリアリティを特定してから、KGI/KPIの議論になるのは、都合上の課題と理解しているのですが、特定プロジェクトで息切れしてしまい、実践を中心とした議論が進みにくいように思います。ですので、継続議論を前提としたサステナビリティ委員会こそが、マテリアリティの統括をして、全部門と価値創造と経営理念実現のために動いてくのが良いと考えます。
本来的に言えば、マテリアリティ項目の特定よりも、その実践の方が大変なわけですから、特定・分析にリソース(人・時間・予算)を割いて終わりにならぬよう、実践を取り仕切るリソースも確保しなければなりません。そうでないと、マテリアリティを運営事務局で特定してはみたものの、経営陣からは関心を持たれず、現場には普及しないという、文字通りの形式だけの形骸化してしまったマテリアリティが出来上がってしまいます。
そして、これはサステナビリティ推進担当のみなさんが悪いわけではないのですが、担当者の方々の話をお聞きすると、多くの会社で起こってしまっている、非常に大きな問題と認識しています。この原因は前述したように「マテリアリティを特定すること」と「マテリアリティを実践することは」別々になってしまっているのが原因の一つです。
サステナビリティの社内浸透
この、いわば、戦略と実践のギャップをどう改善すべきかというと、私は「サステナビリティにおける社内浸透」だと考えています。考えているというか、答えは明白だと思うのですが。「実効性のないマテリアリティ」が生まれてしまう背景は、従業員にサステナビリティの理解・共感が進んでいないからです。
ほとんどのサステナビリティ課題は「総論賛成・各論反対」です。たとえば「気候変動対応は重要である」。これは科学的に証明されていることですから、陰謀論者以外はみなさん重要と考えているでしょう。ただ「では気候変動対応のために、上場企業は年間1億円を政府に納税してください」となれば、重要な課題とはいえ、中小規模の上場企業では非常に大きな金額となるし、拠出する企業は皆無でしょう。これが、総論としては賛成であるが、我々が負担しなければならない理由にはならない、というわけです。外部不経済とも言われます。
前置きが長くなりましたが、これが社内でも起こりうる話というわけです。マテリアリティ自体は自社に合っており良いと思うが、我々の部門で通常業務にプラスして推進する(コスト負担)のは勘弁してほしい。です。マテリアリティの目的、目標、手段をそれぞれ明確にしておかないと、現場は“腹落ち”できません。むしろ反発すら起きます。そのために、サステナビリティの社内浸透を進め、社内の方向性を整える必要があります。理解のベースが整っていないのに、実践が進むわけないのです。
結論、マテリアリティ特定をマテリアリティの特定だけで終わらせてはならない、です。マテリアリティ特定もサステナビリティ戦略の一部であり、マテリアリティ以外の要素や、もっといえば、経営戦略(中期経営計画)との整合性を高めるなど、マテリアリティ以外の話を含めて推進をしければ、いつまでたっても実践が進まないという話のように思います。
マテリアリティは本当にマテリアルなのか
ちなみに、私がよく使う「マテリアリティぜんぶ問題」という課題も、実践を阻む壁となっていると考えています。
マテリアリティには入らないから他のサステナビリティ課題には対応しなくて良いというわけではありません。マテリアリティに「人権」がなかったとしても、人権対応を疎かにしてよい理由にはなりません。そうしたらマテリアリティを決める意味がなくなってしまいます。そうなると、マテリアリティ項目が膨大になり、20〜30項目がマテリアリティです、という会社が登場することになります。
これを「マテリアリティぜんぶ問題」と呼んでいます。マテリアリティが30項目はマテリアリティを特定できたと言えません。この矛盾を解決するために、財務インパクトを重視したマテリアリティを考えることが重要になります。将来の財務インパクトを期待できるのであれば全社的に取り組みやすいですよね。ですので「マテリアリティ対応」と「(通常の)サステナビリティ推進活動」を同じものと考えてはいけません。同じとすると「マテリアリティぜんぶ問題」になってしまうからです。
これも先ほど申し上げたように、マテリアリティは戦略や経営ストーリーの一部であって、マテリアリティのみを取り上げて整理したところで、あまり意味はないです。部分最適より全体最適。いわゆるシステム思考が、マテリアリティ特定には求められる。もうそういう時代なのだと思います。
まとめ
マテリアリティ特定(分析)の中でKGI/KPIを含めて、すべてが形骸化している実態はあります。私は解像度を上げる、と言っていますが、実効性を高めるために、より具体的に、実践をイメージできるレベルまで落とし込みをしていきましょう。サステナビリティ戦略は社会と企業のエンゲージメント施策でもあり、主語大きいからか、現場では具体的な成果がイメージできないことも多いようです。この点に注意して、マテリアリティの新規特定や見直しに着手してみてください。
マテリアリティは文字通りマテリアル(重要)な項目です。義務感から始まっても、本質的なサステナビリティ戦略から始まっても、スタートは各社バラバラで良いです。前述の視点を考慮して特定・分析を行ってみてください。いきなりすべてを見直すことはできないと思いますが、より本質的な価値創造のために、今一度、自社のマテリアリティを振り返ってみてください。
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