マテリアリティ

マテリアリティは重要です

私は「サステナビリティ推進においてマテリアリティは重要です」と講演でよく話をします。心の中では(あれ、マテリアリティって「重要項目」の意味だよな。重要ではないマテリアリティなんてないよな。マテリアリティは、マテリアルだからマテリアリティなんだよね。あれなんかおかしい?)となっていますが、言及しないわけにもいかず、この「白い白鳥」みたいな言い回しになってしまいます。

サステナビリティ経営で最も重要なのは「マテリアリティ特定」であるのは間違い無くて、理由は簡単でマテリアリティは企業にとって最も重要なサステナビリティ課題だからです。重要項目を決めること以上に重要なことある?という話です。

ですが、サステナビリティ戦略というと中期経営計画との融合などを先に議論してしまい、マテリアリティが浮いてしまっている例もあります。それらを見てこれではあかん、ということで、本記事ではマテリアリティの簡単な振り返りをして、改めてマテリアリティをどのように整理していくかをまとめます。

「〇〇マテリアリティ」」はあり?

「マテリアリティ」は日本語では重要項目とすることが多いです。詳細の定義は関連ガイドラインごとに異なりますが、方向性としては、社会課題のトレンドを理解しバリューチェーンで課題とどのように関係しているか、どのような正負のインパクトを及ぼしているか、企業価値向上にどう影響するか、などの観点から重点的に対応すべき課題、というものです。最終的には、各企業ごとに定義をすればいいです。

あと、最近はより本質的なマテリアリティの議論が進んでおり、財務インパクトや企業価値の視点で特定や見直しが行われる例が増えています。「財務マテリアリティ ≒ 合理性の高いESG課題」という側面もありますし、とくに上場企業には必要な視点です。

個人的には、シングルマテリアリティ、ダブルマテリアリティ、などはわかるけど「経営マテリアリティ」という表現もあって理解に苦しむことがあります。「環境マテリアリティ」「人的資本マテリアリティ」などはまだ良くて、これはカテゴリの中での優先順位みたいな話なのでわかります。ただ「経営において重要な項目=マテリアリティ」なのに、経営マテリアリティと言ってしまうと、マテリアルなマテリアリティみたいな表現になるような。考えすぎでしょうか。私は自身の頭で整理できますが従業員は絶対理解できないと思いますよ。

マテリアリティの課題

でもマテリアリティは考えるべきことも多くて実務の難易度は高めです。まず特定することから始めるのですが、これが最も難解だったりします。ここ数年は特にですが、マテリアリティ特定で複数のプロジェクトの支援をさせていただいているのですが、注意点として必ず確認をするものがあります。たとえば以下のような視点です。

・ちょっと多すぎなんじゃない?(20項目はさすがに多いよ)
・財務インパクト考慮した?(当然してますよね…?)
・専門的すぎる表現じゃない?(従業員が理解しにくい)
・KGIありますか?(KPIではなくKGIです)
・枠組みが大きすぎじゃない?(「気候変動対応」とか)

たしかに、マテリアリティにおける実務と開示ではその方向性が異なることがあります。たとえば投資家を意識しすぎて“綺麗すぎる”見せ方になっていて、従業員の理解が得られないとか、実践ができないとか。

より大きな課題としては、たとえば有価証券報告書等での「財務報告(サステナビリティ関連財務情報開示)」と、「非財務報告(サステナビリティ関連情報開示)」でマテリアリティが異なることとか。有報は年次報告なので1年間の話がメインであり、サステナビリティ全般のインパクトの時間軸が異なるのもあるでしょうね。

つまり、年度の財務報告におけるマテリアリティ項目(短期視点)が、必ずしも非財務報告におけるマテリアリティ(中長期視点)が整合しない、ということがありえるわけです。トータルでの差異が大きいのは困りますが、企業の開示および報告として、同じレベル/領域で比較するとなると、かなり厳密な短中長期の時間軸にする必要があり、リスクと機会の評価も相当厳密にする必要があります。マテリアリティの独自性とか、財務インパクトを考慮するとか、色々と課題もありますが、この時間軸は他の問題に負けず劣らずやっかいな要素です。

財務マテリアリティが最重要

日本企業(特にプライム上場企業)ですと、SSBJ基準(案)が気になるところですが、SSBJでもマテリアリティについては重要視されています(重要項目だから重要ですロジック)。とくに企業価値や財務の視点です。

SSBJは、財務マテリアリティのスタイルですが、特定プロセス(評価と識別プロセス)の最初が「リスクと機会の選定」ですよね。ESRSはダブルマテリアリティ、GRIはインパクトマテリアリティなので、まずは社会課題の抽出から入って、バリューチェーンにおけるインパクト評価の特定に進みます。

マテリアリティの特定プロセスにおいて、ガイドラインごとに絞り込みのプロセス(順番)が変わる一方、議論をきちんとすれば最終的なマテリアリティ項目にそこまでは差はでないでしょう。SSBJとGRIでマテリアリティ項目がすべて変わるというのであれば、何かの要素を考慮していない可能性が高いのではないでしょうか。

なお、日本企業の場合、GRIの考え方をベースにしていることも多く、企業価値向上や財務的インパクトの検討が弱い傾向があります。インパクト加重会計ほどではなくても、ビジネスモデルがどのように財務的インパクトを生み出しているかは検討する必要があります。財務的インパクトの参考にもなるSASBもありますし、TCFD,TNFDなどの枠組みがさらに普及することで、財務的インパクトを定量化しマテリアリティ特定する企業も増えるはずです。(それが投資家に響くかはまた別問題)

あと主要なマテリアリティ評価のガイドラインを考えるに、特に今後のSSBJにも対応できるマテリアリティ評価があるとすれば「IRO(インパクト・リスク・機会)」を軸にするということでしょう。IROは、SSBJでもGRIでもいいけど、それぞれのポイントであり3点が交わる、文字通りのマテリアルな項目を見つけましょうと。

より本質的なマテリアリティを組み込むとすれば、サステナビリティ要素をコーポレートガバナンスに組み込む方法もあります。たとえば、取締役のスキルマトリクスをマテリアリティ項目と整合させることです。100%は無理としても、経営にとって重要な要素がマテリアリティとすれば、マテリアリティ項目がスキルマトリクスの項目とある程度整合してなければ一貫性がないです。

つまり、当該企業の取締役の多くがマテリアリティ項目に対して専門性を持ち合わせていない場合、現状の取締役は適切な人事とは言えない、となります。こんなことを実行できる企業なんてないと思いますが「財務的マテリアリティ ≒ 合理性の高いESG課題」と本気で考えるなら、組織変革にマテリアリティを組み込むのもいいかなと。

なんちゃってマテリアリティ

上記のように理想的なマテリアリティを経営戦略に活かす方法もあるのですが、マテリアリティ特定が目的になってしまい、まずは決めようということで自社の素人のみで考えた(失敬!)、何の役にも立たないマテリアリティ、通称「なんちゃってマテリアリティ」が誕生するという。

このなんちゃってマテリアリティの一番の問題は「実効性のないマテリアリティ」であることです。なんちゃってマテリアリティがあったとしても、組織として何も変わらないし現場も何も変わらない、となってしまいます。マテリアリティ特定で重要なことは「何故それがマテリアリティなのかを理路整然と説明できる」ことです。サステナビリティ担当者が腹落ちし、経営層が腹落ちし、投資家などステークホルダーに納得性高く説明できる必要があります。従業員も納得できないマテリアリティは、そもそも重要項目ではない可能性すらあります。

昨今のサステナビリティ施策は高度化しており、どうしても機能が細分化して縦割りになってしまい、事業と離れてしまっている例を多く見ます。これをとりまとめるための概念としてもマテリアリティがあるのですが、これが機能しないのが、なんちゃってマテリアリティです。もうマテリアリティですらないので、もったいないとしか言いようがありません。

ほとんどのサステナビリティ関連課題は「総論賛成・各論反対」です。矛盾と欺瞞が通常営業な世界です。概念は重要なのですが、いざあなたが実践しなさいとなればやりたくないと言うわけです。また総論賛成せざるを得ない課題が多いので、私が「マテリアリティ全部問題」と呼んでいる、マテリアリティの優先順位が絞りきれず、マテリアリティ項目が数十項目にもなってしまうものです。気持ちはわかります。ただ、マテリアリティは絞り込みましょう。やらないこと(対応はするが最優先ではないという意味)を決めることです。勇気を持って決断しましょう。

まとめ

マテリアリティの特定方法は、さまざまなガイドラインがあるため唯一絶対のものはありません。しかしながら、企業経営における重要項目としての絞り込みの基本は整合しており、あとは企業としてマテリアリティをどのように考えるかという、企業次第の側面もあります。

それこそ、今のGRIスタンダードの前バージョンである「G4」(2013年発表)あたりから、マテリアリティという概念がよりフォーカスされるようになりました。当時は大事件でたよね。「側面」ってなんや、「マテリアリティ」ってなんや、と。GRI:G4から10年がたちましたが、まだまだ本質的なマテリアリティを特定できている企業は一部なようにも思います。
※マテリアリティの概念自体は「GRI:G3」(2006年発表)からありました

2023年末までに統合報告書の発行企業が1,000社以上となり、サステナビリティ・レポーティングも次のステージに入りました。マテリアリティ特定をしていない企業はすぐに着手しましょう。またすでにマテリアリティを特定している企業は、SSBJを見据えた見直しに着手しましょう。見直して特に変更する必要はない場合もありますが、有報での開示方法は変更があることもありますので、見直し自体はすぐにしたほうがいいでしょう。

この業界で15年以上関わらせていただいていますが、日本企業の進捗に嘆く専門家が多いものの、確実に進化してはいると感じています。専門家こそ悲観しすぎず、前を向いて進むべきと思いますけどね。

本日は以上です。みなさまの考察の参考になれば幸いです。

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