サステナビリティにおける企業価値
「サステナビリティにおける企業価値」って定義が難しいですよね。
サステナビリティ推進および戦略策定において重要なのは、企業理念やビジネスモデルを考慮し、中長期的な事業機会とリスクを捉えマテリアリティを特定して、企業価値を向上させることとされています。ですので、適切な方法でマテリアリティが特定されていれば、マテリアリティの対応をすることで企業価値が上がるはずです。しかしほとんどの企業においては、財務的な側面でのマテリアリティが考慮されず、マテリアリティを実践したところで、企業価値が向上するのは別の話、みたいな矛盾が起きがちです。
企業価値という概念自体はサステナビリティ領域でもよく使われるようになったものの、わりと定義しきれていない印象です。そこで本記事では、改めてサステナビリティにおける企業価値について、意味合いと立ち位置をまとめながら、今後どのように実践すべきかのヒントを提示したいと思います。
企業価値とは
たとえば経産省(2022)「SX版伊藤レポート」では、以下のような価値の捉え方の説明をしています。
企業が創造する「価値」に対しては、競争優位性のある事業活動によってステークホルダーの抱える課題を解決することで収益を得、それを利益分配と更なる課題解決に向けた再投資に振り向けながら長期的かつ持続的に企業価値を向上させていくという、循環的な捉え方をすることが重要である。
定義になっているような、なっていないような…日本の官公庁はわりと「サステナビリティ」でさえも明確な定義をしてなかったりするので、企業サイドでもわりと抽象的なイメージがあり、人によって「サステナビリティにおける企業価値」の定義も変わることが多いです。
サステナビリティにおける企業価値は、ファイナンスでいう企業価値の定義とは異なり「無形資産/資本(人的資本、知的資本など)」を指すことが多いです。業績・収益に直結はしないけど、資本の拡大を通じて中長期的に業績に貢献していくという「プレ財務」「未財務」のような意味合いがあるというか。サステナビリティ領域の概念は直接的に売上・利益に貢献する指標は少なく、サステナビリティだけで財務インパクトを語ることがそもそも困難であり、ロジックとしては成り立ってはいます。
上場企業であれば、投資家の情報ニーズを満たすために、サステナビリティ推進活動によって無形資産を最大化し、中長期でいかに財務インパクトに貢献していくかという、価値創造ストーリーでの説明が必要になります。たとえば、人的資本では、わかりやすくいえば優秀な従業員が増えることで、事業成長を支える土台づくりができるわけです。ですので、業績拡大のために優秀な人材の採用と育成が中長期では重要ですよ、という人材戦略と経営戦略の融合がサステナビリティ視点で必要になります。
サステナビリティはビジネスにおける基礎づくりであり、中身の薄いインパクト加重会計の話をするよりは、資本増強の話をしたほうが良いとは思います。そういう意味では、元IIRCのIFRS財団「IRフレームワーク」の6つの資本はよくできた枠組みだと思います。
価値を評価する
先ほど申し上げたように、企業が「価値を創造する」と言ったとき、それが何を意味するのかは第三者では完全に理解することはできません。人によって定義が異なるからです。また、投資家、顧客、従業員、取引先、地域社会といったステークホルダーの立場によって企業価値の評価は変わります。これもまた企業価値の定義を難しくしている点と言えるでしょう。
たとえば、サステナビリティ推進の目的として「企業価値向上のため」は成立するけど、これは「企業の持続可能性」の視点でしかありません。社会が主語になる「社会の持続可能性」(気候変動の課題解決など)は、必ずしも企業価値向上に貢献しない取り組みがあり、これらは企業が自主的に動くことがないので、法律やルールになっていたりします。こういう場合のように、主語が何かで価値の見え方が変わることもあるので注意が必要です。
企業自身を含めて、多くのステークホルダーは「ネガティブ・インパクトを起こさない(限りなく減らす)状態で、いかに事業成長させるか」に関心を持っています。これはビジネスモデルの大前提です。ですので、サステナビリティ経営に挑む上場企業が増えているわけですが、肝心なのは自社のサステナビリティ経営によるビジネスモデルが企業価値向上につながるかどうかです。理論上では、企業価値向上に貢献しないサステナビリティ推進施策をしても意味がないとなります。それが良いかどうかは疑問ですが。
また、企業価値を財務インパクト的以外の視点で考えると、資本という考え方の他に、競争力・企業文化・独自性などの視点もあります。企業文化などは業績に直接貢献することはありませんが、ビジネスモデルの基礎となる最重要経営要素の一つです。財務的視点では見えなかった価値を長期視点で多角的に分析し、それらが財務的インパクトを生み出すプロセスとしてロジックをまとめることが、サステナビリティ戦略に求められます。見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込む、わけですよ。
あとは、インパクトの効果測定(インパクト評価)を行うことは、価値創造を明確にすることでもあります。こう考えると、価値創造に貢献するKPI設定も重要ですね。本記事では深く言及しませんが、企業価値を語るときには、価値をいかに見える化するのかという視点も必要であることはお伝えしておきます。インパクト評価なしに企業価値を語っている企業があったとすれば、それは単なる感想文であり、信用に足るものではないのでご注意を。
価値の見える化
サステナビリティ領域では「価値創造」という表現もよく使いますが、新しく価値を作ることもですが、今まで財務情報に埋もれてきた無形資産やビジネスモデルの背景およびプロセスを明確にする(見える化)することも重要です。価値は存在だけでは価値とみなされず、ある視点、あるプロセス(ストーリー)で切り取ることで、第三者が価値を認識できるようになります。
たとえば、ある小さな村で腐るほど落ちている落ち葉も、その価値を見出して「料理の飾り」として意味づけを行い価値を生み出した例もあります。99.9%の人がゴミと思っていたものも、視点を変えれば立派な商品になることもあるのです。私はこれも価値創造だと思います。価値は作るだけではなく、すでにある事業プロセスが価値を内包している場合は、それを見える化するだけでもよいのです。そして、ビジネスモデルで考えれば、企業の価値創出こそが付加価値であり事業成果ですよね。付加価値がないビジネスはモデルとして成立していないというか。
あと、価値創造を厳密に見える化しようと思えば「インパクト加重会計」などがあるでしょう。サステナビリティ推進活動がいかに財務インパクトに貢献しているかをまとめることです。「インパクト加重会計」「柳モデル」で検索してもらえば色々出てくるので興味がある人はチェックしてみてください。
インパクト加重会計は簡単にはできないので、すべての企業がすぐにすべきとは言えませんが、インパクトパス(インパクトマップ)の基礎概念となるロジックモデルはすべての企業が作るべきです。どのようにインプットするかという方針を作り、成果を最大化するためにいかに実践していくか、という流れです。このロジックモデルで、経済的・社会的なインパクトを最大化することが、なぜ企業価値向上につながるのかというストーリーの説明ができるようになります。ですので、今後はよりインパクト評価が求められるでしょう。
ある程度の規模の日本企業、たとえば統合報告書を発行するレベルの企業においては、その多くがサステナビリティにたいして“真面目に”やっていると感じています。グローバルでみても、統合報告書の発行者数は多いし、基本レベル以上の開示企業も多いと感じてます。ただ少ないのは「サステナビリティ推進でどのような価値を生み出せるのか」「サステナビリティ推進で、中長期的にどのように儲かるのか」という開示でしょうか。投資家の視点では「サステナビリティでもなんでもいいから株価が上がる材料をくれ」という話なんでしょうけど。
まとめ
サステナビリティ領域でも「企業価値」ってよく使うようになりましたが、わりと曖昧にしてしまっている人が多いです。私も深く説明できていないのは反省点です。
結局、企業が評価されるのはまず財務側面(業績)であり、サステナビリティ推進担当者が直接的に企業価値向上に貢献できる部分はあまりありませんが、前述したように事業成長に貢献する資本も広義の企業価値とするならば、遠からず財務インパクトに貢献できる可能性もあります。
「それをする意味はあるのか」「サステナビリティをする必要性は何か」という、身も蓋も無いフィードバックを経営陣から常に受けているサステナビリティ推進担当者のご苦労はよく存じ上げております。サステナビリティが嫌いならやらなくても結構ですが、わりと法律や事実上の規制として絡むことも多く、必要性の有無を議論している場合ではないのが現状とは思うのですけどね。
さて、御社では「サステナビリティにおける企業価値」をどのように定義しているでしょうか。今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。
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