
サステナビリティ経営
「サステナビリティ経営とは、長期視点の経営方針である」という表現を使うことがあります。サステナビリティ経営というと、マテリアリティなどの戦略や、ESGの具体的な対応施策を思いつく人も多いと思いますが、特に役員研修などでは、こう言った表現のほうが伝わりやすいことがあります。学術的な定義もなくはないけど実務的ではない考え方も多く、まずは長期視点にフォーカスした経営方針であることだけでも理解いただくと、他の考え方もスムーズにこ理解いただきやすいように思います。
サステナビリティとは長期視点であるというのは、私だけが言っているものでもなく、昔からSSBJ基準なども含めてサステナビリティ情報開示ガイドラインでは「短中長期」という表現をよく見聞きすると思います。日本企業は中期経営計画があるので、短中期の経営戦略は馴染みがあるものの、長期の経営計画までは、そもそも馴染みがなかったりします。
というわけで本記事では、そもそも長期視点ってなんですか、という話をまとめたいと思います。
「長期視点」の定義
サステナビリティ開示ガイドラインなども含めると、長期視点は10年以上の時間軸を指すことが多いです。開示ガイドラインでは短中長期という表現も多いですが、なぜ時間軸で開示をする必要があるかというと、それぞれの時間で求められるアウトカム(成果)が異なるからです。アウトカムという視点でいえば、短期成果の積み重ねが中期成果になり、中期成果の積み重ねが長期成果になるので、すべての時間軸での成果等を考慮する必要があるのですが、企業のあるべき姿(ゴール)から逆算して考えるために長期視点が必要であるとも言えます。
■時間軸のイメージ
短期:1〜3年
中期:3〜5年
長期:5〜15年
ですので、長期視点とは「普遍性」や「成長性」とも言えるでしょう。サステナビリティ推進の実務担当者ですと、組織の長期経営計画にタッチできることはほぼなく、長期視点が必要と言われても実務として対応できることはあまりなかったりします。経営層で戦略的に長期視点の取りまとめをしない限り、現場ではどうにも動けず、結局長期視点の対応と開示が弱いままだというジレンマも。ここが長期視点の最初の課題です。
各社が長期的に取り組むべき課題を絞り込んで可視化し継続的に取組を進めていくことが求められますが、マテリアリティがわりと短中期的視点で作られてしまい、マテリアリティだけでは長期視点の担保ができなくなりつつあります。これが続くと、10年後に「誰かがやってくれると思っていた事」が、実は「自分がやらなきゃならない事」だったと気付く時が来るのです。人間の行動原理なんて「怒られる・反対されるのが嫌だから」がほとんどです。怒られずとも自律できる人間なんて極少数です。そういった状況を打破するためにも長期視点が必要なのです。
長期で儲ける
長期のアウトカムというと難しく考えがちですが、前述したように、短期の成果が積み重なり中期の結果となり、中期の成果の積み重ねが長期の結果になるわけですから、長期的成果の構成要素を分解していくと、わりと具体的なロードマップが描けたりします。本来的にはそれが中期経営計画であるわけです。
サステナビリティ推進活動は、短期的にはコストになります。ただし中長期的視点で考えると、トータルでプラスになると想定できるから意思決定できるわけです。逆にそうでなければ実施できませんよね。とはいえ、短期的に利益を稼ぐことが、長期的にも稼げるとは限りません。これが問題なわけです。短期的には合理的な事業だったとしても、長期的には衰退が確実視される事業もあります。企業は自社の目先の利益ばかりに焦点をあててしまうと、負の外部性が重なり合って重大リスクに至る可能性という視点を持つことが重要です。
短期的には非合理的な意思決定であっても、長期的に合理性があると判断できれば投資をする価値がある。そんな自社の正義にのっとり「(短期で)儲けなくていい覚悟」が重要です。企業は社会のために損をしろという話ではなく、短期的には儲からなくても、中長期的に儲かって総額でプラスになるのであれば、そちらを選択する勇気を持ちましょうということです。コストにしかならないからサステナビリティはやらないという某国大統領のような考え方もありますが、それが将来的な損失につながっているかは、もっと慎重に判断したほうがいいのではと思います。
とはいえ、直近の財務状態が良くない企業が、10年後に成果を最大化するための動きを取れるわけもなく、売上・利益に直接貢献しないタスクはどんどん保留されます。現状が厳しいと将来を考える余裕がなくなってしまいます。その結果として、サステナビリティに対する企業の取組は衰退してしまいます。当社も過去赤字の年もあったのでわかりますが、財務状況が厳しいと未来の話は後回しになりますよね。
とはいえ、サステナビリティ経営は総合力です。企業が厳しい競争環境の中で、長期視点を持ちながら短期的に負けないだけの実力があるかどうかも同時に重要です。短期決戦に勝てない企業に未来はありませんが、短期決戦にだけ勝てても長期的に衰退しては未来はない。この難しい経営のジレンマを抱えています。小さいながらも法人の代表をしたことがある人は、このジレンマは体感しているでしょう。企業経営ってもともと無理ゲーなんですよ。
解像度を高める
長期戦略こそ短期戦略が重要。こう言うと、何を言っているか自分でもよくわからなくなりますが、長期戦略は方向性の話であり、行動しやすいかどうかの話ではありません。再現性のない話ほど夢のないものはありません。
サステナビリティ経営の課題は、課題自体が抽象的(≒ 解像度が低い)で、どのプロセスにどんな課題を抱えているかがわかりにくい点です。長期の経営戦略は、詳細を省くことで方向性を明確にできるメリットもありますが。短期で何をすれば良いかを示すものではないため、詳細の短期戦略を定める必要があります。明確な短期戦略が構築できなければ、長期目標の達成はありえません。
10年後に組織がどうなっているかは誰にもわかりません。しかし、10年後にこうなりたいとあるべき姿を示し、その実現に動いていくことはできます。未来を的確に予想することは不可能ですが、思い通りの未来を作りあげるべく動きだす事はできます。ピータードラッカー的にいえば「すでに起こった未来」です。
そもそも多くの企業や人は、長期的に物事を考える練習をしていません。人というか、動物は、そもそも短期思考です。本能的というか。企業も同じ。何も制約がなければ、どんな手を使っても今この瞬間の価値創出を最大化しようとするわけです。だから長期目標も重要だけど、短期視点で実施すべき方針も同時に重要なのです。長期視点と短期の実施プロセスに整合性がなければなりません。この戦略の統合思考を明確にすることを「解像度を高める」を表現しています。
サステナビリティという組織のインフラ
「サステナビリティの概念の普及」(部分的に法制化)という社会の変化に対して、「今まで対応せずに問題なかったのだから、これからも最低限の対応でいく企業」と「どうせ対応しなければならないなら、変化の機会として、経営資源の最適化を進めようと考える企業」に分かれます。文字通りの二極化です。
すべての企業にとって変化は重荷です。しなくていいならしたくないとほとんどの従業員が思っているはずです。とはいえ、後者のように、どうせ変化しなければならないなら、他にも「変化させたかったけど、非効率だったかが面倒でそのままにしていたこと」も合わせて変えようという、重い腰をあげられるかどうかです。
サステナビリティは、社会でいう「インフラ整備」の側面もあると思います。インフラ整備はたいてい反対されます。それ自体は儲からないですから。施設でいえば電車、道路、葬儀場、保育園、病院などもあるでしょう。現場(地域住民)は特に。いわゆる「NIMBY(Not In My Backyard)問題」なのですが、将来絶対に必要になると明確なものでも、賛成派は少ないものです。長期視点の名の下に自身の利益損失が生まれうるからです。
サステナビリティも同じで、長期的に絶対必要になると分かっているのに、初期コスト増大や今までの慣習の変化を面倒に思う層から反対されがちなのです。しかも反対してもインフラなので、直近の数年間で大きなコスト(損失)となることもあり、さらに変化の機会を見逃してしまうという。長期視点は、つまるところ、10年も儲かるビジネスをしましょうよ、ということなのですが、なかなか考えることが多く難儀なものです。
まとめ
本記事ではサステナビリティの長期視点について解説しました。解説というよりは、半分以上が愚痴でしたね…失礼しました。サステナビリティ経営をどのように解釈しても良いですが、長期視点という要素は非常に重要なので、これを避けることはできませんよ、ということです。
私事ですが、最近の研修のご相談は一般職向けはほぼなく、管理職(リーダー層)か役員(経営層)へのものがほとんどです。その中ではもちろん長期視点の話もします。私は、サステナビリティは「儲けましょう」の延長線だと考えているので、長期視点による経営を制すものはサステナビリティを制す、と考えています。
というわけで、困難極まりない企業経営ですが、社会変化を障害ではなくきっかけとして考え、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)していくヒントにしていきましょう!では、本日はこのへんで。
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