サステナビリティ研修の重要性
サステナビリティ経営の基礎概念が普及し始めた「CSR元年(2003年)」から20年以上がたちますが、サステナビリティ推進活動のセオリーが確立できたのはマテリアリティくらいで、20年以上経っても抜本的な解決方法が見つかっていない課題もあります。
その中の一つが「サステナビリティにおける社内浸透」です。今、大学で研究しているところなのですが、相当難しいテーマで、多くの企業が四苦八苦しながら取り組みを進めている状況です。手段としてはeラーニングを含むサステナビリティ研修が有名ですが、サステナビリティ研修“だけ”ではサステナビリティは社内に浸透しないのは明らかです。
サステナビリティ教育は必ずしも研修だけではありません。私はもっと「サステナビリティ・リテラシー」について考えなければならないステージにきたのではないかと考えています。このあたりを本記事でまとめていきます。
社内浸透のグランドデザイン
まずは「どんな研修/イベントをしようか」ではなく、グランドデザイン(全体設計)を考えることから始めましょう。サステナビリティにおける社内浸透を「なぜ取り組むのか(Why)」「何を目指すのか(What)」「どのように実行するのか(How)」という三点がポイントになります。
1.目的(Why)
・なぜ行うのか
2.目標(What)
・何をゴールとするのか
3.手段(How)
・どのような取り組みを行うのか
そもそも、サステナビリティ研修は従業員への教養提供のためではなく、組織や事業をサステナビリティという視点で俯瞰するための施策です。そのため研修のポイントになるのは「サステナビリティとは何かをわかりやすく伝えること」ではありません。ポイントは「サステナビリティ推進の理由(Why)」「サステナビリティを実現するためにすべきこと(What)」「サステナビリティで活用される手法や技術(How)」の3点です。
特に理由(目的)の理解が重要です。なぜ我々はサステナビリティ推進活動をすべきなのかという理由を理解しなければ、方法論を知ったところで行動できないわけですから意味がありません。サステナビリティを、なぜするのか(目的:Why)、何をするのか(目標:What)、どうやってするのか(手段:How)、という3点を理解してはじめて、従業員ひとりひとりが活動できるようになります。サステナビリティ・リテラシーとは、環境・社会・経済に関わる課題を統合的に理解し、それを自らの意思決定や行動に結び付けるための知識・技能・態度を指します。
ですのでは私は「社内浸透を手段から考えるな」と提言しています。手段から社内浸透を考え始めると、目的・目標がこじつけになってしまうからです。これが手段の目的化の根本的な課題の一つです。サステナビリティは広範囲で抽象的な概念だからこそ、目的および目標の解像度を高めなければなりません。目的から考えることを意識して実践することで、最短で目的達成までのロードマップが作れます。
サステナビリティ研修の意義
事業戦略としてのサステナビリティ推進をするために、サステナビリティ教育が必要なのです。サステナビリティ教育とは、従業員の教養を高めるためのものではなく、企業の目指すべき姿を共有し、同じ方向に歩みを進めるためのビジョンを強化するものでなければなりません。
たとえば、サステナビリティには選択肢が両立しないトレードオフの問題があります。経営の意思決定としては、良い選択肢と悪い選択肢があれば良い選択肢を選べばいいのですが、問題はどちらも良い選択肢だけど、どちらも一部に課題がある場合です。企業が持続的に成長するためにはコスト削減ではなく投資が必要です。将来の稼ぐ力を強化するために、時代の変化を先読みし事業構造を積極的に変革し、10年後にむけてより稼げるビジネスモデルを作り上げていく投資ができるか、です。この長期視点や成長性という観点をサステナビリティという視点から考えましょうというのが、本来的にサステナビリティ研修に求められるものです。
つまり、社内浸透で最も重要な要素の一つが「サステナビリティを自社の文脈で語れるようになること」です。それはサステナビリティについて一般的な定義を伝えて、従業員に理解してもらうこととは異なります。多くのサステナビリティ課題についての前提知識のない従業員には一般論としてサステナビリティの話をしても、なかなか伝わりません。自社のビジネスモデル(自身の通常業務)とサステナビリティとの関係性が理解できないからです。
この背景には、「自社理解」の低さが問題の根底にあることも少なくありません。自分の仕事が社内の他の仕事とどういう関係にあるのか、社外からはどうみられているのか、経営トップの語る戦略やビジョンとどう結びついているのか、こういった自社理解ができている従業員と、そうでない従業員では大きな差が生まれます。自社理解が深まらないまま、サステナビリティの情報を受け取っても、理解や共感こそ進んでも、そこから行動することは容易ではありません。
サステナビリティをパーソナライズする
サステナビリティの社内浸透は、サステナビリティの標準化とは逆方向の動きであり、いかに従業員個人に自分ごととして落とし込むかというパーソナライズが目的となります。標準化とは個人の考え方は関係なくルール化することを指します。サステナビリティをそのまま浸透しようとすると、ISBB基準などの世界標準という主語が大きすぎる問題があり、どうしても個人的な視点は反映できません。サステナビリティの社内浸透は、この標準化とパーソナライズ化の二項対立を崩し、より個人の活動に紐づける役割を果たします。
たとえば、部門ごとに、具体的な実践イメージをコンテンツを準備すると良いです。たとえば、IR部門のサステナビリティ推進活動は「投資家向けのESG情報強化」、営業部門の推進活動は「環境配慮型製品の積極アピール」、人事の推進活動は「ESGを人事制度に組み込む」など。詳細は各部門ごとでKPIからPDCAの策定を行う必要がありますが、まずは「業務で何ができたらサステナビリティに貢献していると言えるのか」を知ってもらう必要があるからです。
階層別研修の意義
パーソナライズというと、階層別の教育の話もあります。業務におけるサステナビリティの必要知識は、階層(経営層、管理職層、一般層)ごとに異なるため、画一的なeラーニングは意味がありません。これはどの研修でも考慮されていると思います。ここまでいいのですが、ある意味そこまでで終わっている企業が多いのも事実です。
つまり、階層別のインプット内容は整理されているのに、階層別のアウトプットが明確にされていないことが多いのです。私は、社内浸透施策はインプットではなくアウトプット(行動および行動変容)に注力すべきとしていまして、今でもその考え方は変わっていません。いわゆる「理解→共感→行動」という基礎ステップがあり、ほぼ100%の会社が共感と行動の間に大きな壁を感じています。インプットは、今時なら手頃でわりと品質の高いeラーニング教材もありますし、コンサルや研修屋さんもたくさんいるので特に困ることはありません。問題は行動(アウトプット)です。階層ごとにインプットが異なるとしましまたが、インプット以上に差があるのがアウトプットです。ここはぜひ注意いただきたいです。
従業員にサステナビリティへの当事者意識を持ってもらうには、自分の関わる業務とサステナビリティが関連づけてもらう必要があります。の当事者意識を感じる「気づき」をどこで得られるか。この気づきこそが「理解する」につながるものと考えます。eラーニングにも課題があります。eラーニングは非常に勉強になるものの、表面的な知識をインプットするだけになってしまうからです。「知ること」と「理解すること」は同じではありません。
特に、サステナビリティとは何か、というeラーニングが多いですが、学んでも通常業務では知識を使う場面もないし、チームメンバーとの会話で出てくるわけでもないし、自社理解等のベース知識などの前提条件がない限りは有効に機能しません。eラーニングをしているのに社内浸透しないと言う企業は、eラーニング教材が不適切なのではなく、eラーニングの背景、理由、仕組みなどに問題があるケースもあります。
蛇足でしかない事例紹介
サステナビリティ推進活動の他社事例は、研修ではあまり意味がありません。我々の調査では、先進企業は「社内事例の共有」が進んでいました。当たり前ですが、他社の事例は、文脈も背景も予算・時間・対応方法も全く異なるため、参考程度の情報でしかありません。しかし、社内事例は自社の話ですからイメージもしやすく、かなり当事者意識の醸成が期待できます。
サステナビリティ研修で事例をあげるなら、規模もインパクトも小さくていいから、必ず1つは社内事例をいれてください。活動でなくても、経営層の本気で進めるぞというメッセージでも構いません。多くの企業が苦戦しているのは、社内浸透を狭義で考えているため部分最適(木を見て森を見ず)になっており、組織としてのあるべき姿とのつながりを見失っている例が多くありますので注意しましょう。
まとめ
サステナビリティにおける社内浸透は、知識の提供のみを指すだけではなく、サステナビリティ推進の全体構想(グランドデザイン)を再定義することにもつながる、重要な要素の一つです。サステナビリティ研修は単なる教育施策ではありません。サステナビリティ研修は、経営戦略を実践するための組織力強化にもつながります。やるのであれば、本記事の内容を参考にしていただき行なっていただきたいです。
また前述したように「目的・目標・手段」は必ず整理してください。特に目的はとても大事です。今回はサステナビリティ研修について解説をしましたが、他にも社内浸透施策で考えるべきことはたくさんありますので、また別の記事で紹介をしていきます。では本日は以上です。
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