パーパスとサステナビリティ
今、法政大学で「サステナビリティにおける社内浸透」というテーマで研究を進めていきますが、ここでもパーパスの社内浸透の話題はよく出てきます。「パーパスの社内浸透 = サステナビリティの社内浸透」というわけでもないのですが、そもそもサステナビリティ経営における最重要要素の一つとしてパーパスがあるので、パーパスの議論がかかせません。
とはいえ、ブランディング支援などから入るパーパスと、サステナビリティ視点から入るパーパスも異なるような気もするし、まだまだ課題も多くあると考えています。そこで本記事では、パーパス策定や社内浸透について、私の考え方をまとめてみます。ご参考までに。
パーパスの定義
2010年代半ばごろから、サステナビリティ分野でも「パーパス」が語られるようになりました。パーパスとは日本語で「存在意義、決意、あるべき姿、使命、志、大義名分、目的、道しるべ、原点、約束」というような趣旨で表現されることが多いです。個人的には、志、使命、などがしっくりきます。
IFRS(元VRF)の「統合思考原則」というフレームワークにある「6つの原則(パーパス、リスクと機会、ガバナンス、ストラテジー、カルチャー、パフォーマンス)」が、(特に上場企業の)パーパスを良く解説できていると思います。
大立志と小立志
日本企業であれば、パーパスを語る上では「大立志」と「小立志」を知る必要があると思います。大立志と小立志、と聞いてピンとくる人は「論語と算盤」を読んだことがある人ですね。大立志とは、読んで字の如くで、大きな志を立てることであり、現代のパーパスなど当てはまります。小立志は大きな志を実現させるためのマイルストーンをイメージしてください。「論語と算盤」では、大きな志は人生という建築の骨組みであり、小さな志はその飾りとしています。
大立志は本人でさえもわからないものなので、よく考え決めるしかないとされています。パーパスも同じで、誰に決められるものでもなく、社内で議論しながら最終的に自分たちが納得できるものを作り上げていくしかありません。重要なのは“問うこと”です。答えを導く議論というよりは、問いを立てる議論がパーパスの構築には必要な要素と言えるでしょう。
企業ではなく社会が主語なると、サステナビリティは大立志とも言えます。ちなみに、欧州はルール化が大好きなのですが、全体感としてまず大立志を作りコミットメントします。日本はどちらかというと小立志の積み上げ(中期経営計画など)から大立志を考えるケースが多いです。インサイド・アウト、アウトサイド・インの差とも言えます。ですので、パーパスの概念自体は日本文化に合いにくいとする意見もありますね。だからこそ、パーパスを大立志と小立志と置き換えることで理解がしやすくなるのではと考えます。サステナ担当の方はぜひ「論語と算盤」を読んでみてください。
パーパスによる「やりがい搾取」
昨今のパーパスはわりと作るべきという前提から始まっていて(必ずしもダメではないが)、その先の社会的インパクトを考慮していないケースをよく見かけます。これが行きすぎると(悪い意味で)宗教的な企業と揶揄されるブラック企業や、華やかなメディア・エンタメ系企業でパーパス経営の最終到達地点が「やりがい搾取」という形になるなど寂しい話もありますが、実際にあるから怖いですよね。もちろん99%の企業はそこに到達することができないので、普通にパーパスを作ればいいと思いますので心配ありません。
結局、従業員が組織のパーパスに共感できると言っても、そんなに共感できるなら会社のために給料なしで働いてくれといわれたらさすがに生活できないので断りますよね。でも華やかな世界だと安月給であっても喜んで働く人がたくさんいます。パーパスの強い会社は宗教的と言われてしまうし、いわゆるやりがい搾取になることも多いので、それはそれで問題になるわけです。
パーパスが強すぎるのも問題なのに、ここの議論がなく、パーパス浸透最高!みたいな関係者が多い印象です。パーパスは形骸化している例が多いし、かといって浸透しすぎると同調圧力が強すぎてやりがい搾取みたいになるし、なかなか加減が難しい概念でもあります。
「個人のパーパス」は必要か
あと、パーパスの社内浸透の議論では「組織のパーパス」と「個人のパーパス」を融合させよう、みたいな話があります。それはそうなのですが、問題は「では個人と組織のパーパスや価値観が合わなかったら、従業員をクビにでもするのですか?」というとそうではないわけです。
パーパスを制定後に採用された従業員なら、対話を通じて融合させていく、という手段が有効と推測されますが、ほとんどがパーパス制定前に入社している企業が多い中、合わない人をどうするか、まで議論がされることはありません。だから、パーパスの社内浸透は、設計が非常に難しいのでちゃんと支援会社を選んだ方がいいですよ、と助言しています。
経営層を中心にパーパスの浸透を図りますが、そこには従業員個人固有の価値観という壁が立ちはだかります。従業員にはこれまでの人生で培われた固有の価値観があるため、企業と従業員の価値観がずれている場合、従業員は企業の考える通りには行動しません。
そこで、次に経営層は「従業員の価値観をパーパスに近づけよう」と考えます。これは「組織のパーパスと個人のパーパスの融合(マイパーパス設定)」となります。ただ一つ言えるのは、個人の価値観の矯正は容易ではないということです。人の価値観はそんな簡単には変わらないのですよ。強引に矯正しようとすれば軋轢を生む可能性すらあります。
経営層はパーパスの主体が、あくまで従業員であることを認識すべきと思います。ここでインクルージョンの視点が活かされます。強引に矯正するのではなく、従業員の多様な価値観を尊重して大きく育て、自然とパーパスとの重なりを増やそうとする姿勢を持つべきなのです。組織の合理性で従業員の感情を説き伏せることはできませんから。
つまり、組織のパーパスに共感するのは、あくまで労働がベースの話であって、それで全てが解決するみたいな、パーパス経営とか生存バイアスの塊みたいな概念は、あまり好きではないのです。組織のパーパスと個人のパーパスが必ずしも一致しないのです。組織と個人のパーパスは一致することはあまりない、この前提に立つことがD&Iのスタートとなります。
パーパスの社内浸透
社内浸透の課題感としては以下のようなものがあります。まずは、形から入るパターンでの失敗です。そもそもパーパスが実務に大事だと思われていないケースです。経営層やサステナビリティ部門だけでなく、他の部門の担当者がパーパスの重要性と社内共有の必要性を切実に認識していなければ、社内浸透することはありません。
特にサステナビリティ視点のパーパスが腹落ちするには、パーパスの「なぜ(理由・意義)」の説明が重要になります。パーパスは決まったからこれでお願いしますと言われても、従業員もなかなか腹落ちできません。これはパーパスの社内浸透の支援をしてきて本当に思います。
もう一つは、パーパスの社内浸透の施策自体に問題があるパターンです。パーパスの重要性を理解はしているけど、どうすれば社内に浸透するのかがわからないケースなど。研修やイベントを積極的にしてるけど、浸透しているようには感じられない、などもあります。付随する形としては、もしパーパスの重要性や有効な浸透施策を理解していたとしても、組織から見ればサステナビリティもパーパスも「重要度は高いが緊急性は低い」という判断をされ、そもそもの社内浸透に必要なリソースを確保できないケースもありますね。
パーパス界隈の話を見聞きすると「パーパスの社内浸透 = サステナビリティの社内浸透」という主張があるのですが、当然、サステナビリティ推進において重要な要素ではあるものの、ESGやリスクと機会などパーパスに含まれない要素もたくさんあるわけで、なかなか難しいなとは思います。(逆もまたそうなのですが)サステナビリティの視点であってもなくても、パーパスの確立と浸透は進めていきたいですよね。
パーパスの実効性
もちろん、パーパスのステートメントだけがあればいいというわけではありません。パーパスがあってもなくても、パーパスを実現し経済的・社会的価値を生み出していくことが重要ですね。では企業事例があるかというと、メディアが紹介する企業事例はわりと適当なものが多いので、第三者の認証も一応ついているという点でいえば、Bコープ企業はどこも参考になると思います。日本企業でも執筆時点で60社程度あります。
パーパスが飾りではないのであれば、パーパスがいかに実務に活かされていて、ビジネスにおける好循環に貢献しているかを考える必要があります。結論、パーパスとマテリアリティが融合されているか、紐付けされているか、そのパーパスにKGI/KPIがあるか、あたりの視点があって初めて実務とつながります。
もちろん、すべての場面でパーパスと事業が調和するわけではありません。また組織の戦略面にパーパスを寄せすぎると、代表取締役の変更と一緒にパーパスと事業戦略を変えてしまう例もあります。サクセッションプランといいますか、代表が変わっても組織文化や方向性を変えないためにパーパスがあるのに、パーパスを5年以内に変更とか、まったく意味がありません。パーパスも掲げるのが評価された時代から、パーパスの実効性が評価されるようになってきたというか。そもそも、パーパスが問われているのは、事業を通じてステークホルダーに対してどのような価値をもたらすかです。そしてそれの価値創出こそがその会社が存在する意義であり目的となるのです。
まとめ
サステナビリティ経営を進める上で最も重要な要素は何か、となるとその一つの要素として必ずあげられるパーパス。パーパスの実効性を高め企業文化をいかに高められるか。抽象的な議論が多い、パーパスとサステナビリティの話ですが、御社の活動のヒントになれば幸いです。
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