サステナビリティ社内浸透

社内浸透をマネジメントする

サステナビリティ研修などを軸に、サステナビリティの社内浸透に取り組む企業は増えています。しかし、多くの企業はミクロな課題を含めて、社内浸透が思うように進まないのではないでしょうか。

社内浸透は、従来の価値観の書き換えでもあり意識変化を促す行動なだけに、難易度は相当高めです。リソースを投下すればいいというものでもないです。では、どんな点に注意すれば社内浸透の成功確率は上がるのか。私が大学での研究で見えてきたプロセスの一部を本記事で紹介したいと思います。大きく3つの視点でまとめました。ぜひ御賞味ください!

社内浸透をマネジメントする4つの方法

サステナビリティ推進活動において、15年以上前からある重大課題として「社内浸透」がある。どの企業も少なからず取り組みをしているのだが、満足する結果を出せている企業は少ない。そこで、15年以上のサステナビリティ経営支援の経験と、法政大学で主宰している「サステナビリティにおける社内浸透研究会」の研究考察を加えて、サステナビリティにおける社内浸透のマネジメント方法をまとめたい。

サステナビリティにおける社内浸透施策は、多くの場合サステナビリティ研修を中心に、社内報やイントラネットなどの自社従業員がアクセスできるコンテンツを通じた知識のインプットが軸となる。これはこれで重要なのだが、多くの企業では社内浸透の「ゴール(目的)」も「マネジメントプロセス」も考えずに始めてしまうことが多く、充実した成果を出している例は少ない。

我々の研究では「社内浸透は組織ごとに得意なパターン(プロセス)がある」と現段階で仮説を立てている。特に社内浸透のスタート地点を間違えると成果が半減する可能性があり、そのスタート地点としては大きく「理念」「経営者」「現場」「管理組織」に分けられると考えられる。以下、4カテゴリごとに解説する。

1. 理念先行型
・確立された企業の理念/文化を起点に社内浸透を進めるパターン。
・ただし「パーパスの社内浸透=サステナビリティの社内浸透」ではない。
・インパクトスタートアップ、Bコープ企業、などに多い。
事例:パタゴニア、など

2. カリスマ経営者型
・経営者自身が先頭に立ち社内外でサステナビリティの発信を行うパターン。
・経営者の経営哲学を組織的管理プロセスとして落とし込む必要がある。
・創業家および創業社長、プロ経営者、などに多い。
事例:丸井グループ、など

3. 現場リーダー型
・社内でサステナビリティに関心のある個人/グループが主導するパターン。
・組織や理念よりも活動がフォーカスされる傾向にある。
・比較的フラットな組織、などに多い。
事例:リコージャパン、など

4. 組織順応型
・組織全体の視点を強く持ちサステナ担当者からスタートするパターン。
・社外への情報開示をきっかけとし社内広報が始まる傾向にある。
・多くの日本企業があてはまり大手企業や大手製造業などに多い。
事例:多くの日本企業

まず前提として、様々なメディアやセミナーで、社内浸透の他社事例や具体的な方法論を挙げられているが参考程度に見た方がいい。よくあるのが「パーパスの浸透から始める」という意見だ。パーパスを考慮した社内浸透の取り組みが重要であるのは間違いないのだが、前述したようにすべての企業の得意なコミュニケーションプロセスと合致するわけではなく、サステナビリティにはESGのようにパーパス以外の要素が強いため、必ずしも当てはまらない。

また「経営者への浸透から始める」というのも正解であるパターンも多いが、経営層がサステナビリティの重要性を理解したからとして全従業員に浸透する行動を取るとは限らない。逆に経営層の理解が最低限でも社内浸透する事例もいくつもある。ここが方法論から考える社内浸透の限界とも言えるかもしれない。社内浸透には何から・誰から始めるという視点以外のマネジメントが必要と考えるのは、まさにこのような現実があるからである。

とにもかくにも、まずは自社のコミュニケーション特性を分析し、方向性および方針が明確になってから、個別の社内浸透施策を考えていただきたい。社内浸透の本質は、社外ではなく社内にある。効率や生産性も重要だが、どこかのタイミングで社内浸透と正面から向き合うべきである。社内浸透もビジネスプロセスであるから、誰のために、何のために、どんな目標を達成するために、行うのかを簡単にでも良いのでまとめてから取り組み始めよう

組織変革のための社内浸透の4つの実践方法

社内浸透には自社にあった相性の良いマネジメントシステムがあると考えるが、取り組み自体もより戦略的に取り組む必要がある。そこで、15年以上のサステナビリティ経営支援の経験と、法政大学で主宰している「サステナビリティにおける社内浸透研究会」の研究考察を加えて、サステナビリティにおける社内浸透のマネジメント方法をまとめたい。

筆者は、グローバルなサステナビリティ情報開示および戦略策定の枠組みである、以下の4分野において社内浸透の戦略立案施策をまとめている。

1. ガバナンス(マネジメント)
・社内浸透の「ゴール」は何か
・社内浸透の「推進組織」はあるか
・推進活動を「特定・測定・管理」する仕組みがあるか

2. 戦略
・社内浸透の「中長期計画および方針」があるか
・社内浸透で「どのような経営課題を解決する」のか
・社内理解を促す「ツール」は何か

3. リスク管理
・社内浸透でどのような「リスク低減」が期待できるか

4. 指標と目標
・社内浸透の「ロジックモデル」はあるか
・社内浸透の「測定方法およびKPI」は何か
・期待する「アウトカム(行動変容)」は何か

社内浸透のガバナンスは、まさに社内浸透をいかにマネジメントするかという視点であり、ゴール(あるべき姿)の設定や、推進組織の明確化、活動のPDCAサイクルをまわすための仕組み、などが挙げられる。このマネジメントの仕組みがあれば、他の3点は自ずとまとまってくるため、何よりもまず先に設定する必要があると考える。

戦略は、中長期にわたる取り組み計画と方針などが挙げられる。中期経営計画にサステナビリティ戦略を組み込んだり、具体的なアクションプランの組み立ても含まれる。戦略は、あくまでもガバナンスがあってこそ活きるもので、戦略として単独には存在し得ず計画のための計画であってはならない。

リスク管理は、サステナビリティの社内浸透がいかにリスク低減につながるかを明示することである。たとえば、サステナビリティ研修の一種であるコンプライアンス研修は将来の法令違反対策にもつながる。社内浸透といえど、事業成果に貢献しなければ経営層の理解を得られにくい。サステナビリティの社内浸透は、サステナビリティ推進のため、ではなく、あくまでもなにらかしらの経営課題を解決するための施策であるとしたい

指標と目標は、文字通りで、社内浸透施策におけるKGI/KPIの特定と管理を指す。昨今のサステナビリティ推進活動では「インパクト評価」「インパクト加重会計」など、成果(アウトカム/インパクト)の定量化や、財務価値換算の概念が浸透し始めている。しかし、社会の変化を最終成果とするサステナビリティ推進活動は、定量化の議論と最も相性が悪い。また、定量化できる指標が必ずしもゴールの定量化指標であるKGIに貢献するかというとそうでもない場合もあり、悩ましい状況も多い。KPIの取り扱いは困難なものの、逆にいえば、適切なKGI/KPIを決めることができれば、マネジメントの面で他社を追い抜き、本当の意味で社会に貢献する企業となることができる。

「ヒト・モノ・カネ」と言われるように、人は最重要な経営資源のひとつであり、人を財産とする企業は多い。しかし、その人の教育をないがしろにしている企業は一定数ある。うわべだけの取り組みには従業員が一番敏感なのだから、本気で人が財産というのであれば、上記4点に注意しながら、サステナビリティ施策においても従業員と正面から向き合うしかないだろう

社内浸透施策におけるKPIの考え方

サステナビリティ推進活動において、成果を定量化しやすい領域としにくい領域がある。ESGのE(環境)はCO2排出量など定量化しやすい領域なのだが、S(社会/人材)の人に関する領域は、特に定量化が難しいともされる。そこで、15年以上のサステナビリティ経営支援の経験と、法政大学で主宰している「サステナビリティにおける社内浸透研究会」の研究考察を加えて、サステナビリティにおける社内浸透のマネジメント方法をまとめたい。

まずはKPIの考え方を先に説明する。サステナビリティKPIの特定方法を勘違いしてる企業は多い。たとえば、マテリアリティに「ダイバーシティ推進」を掲げる企業は多い。そしてKPIの一つとして「女性役職者数/女性役員数」とする企業がある。しかし「女性役職者数/女性役員数」はどちらかというとKGIに近い概念だ。また「女性役職者数/女性役員数」は現実的にはコントロールがしにくい指標でありKPIには向かない。もし、本気でその指標を追うのであれば、現在いる男性の役職者を全員解雇および降格させ女性に変更するだけで達成はできてしまう。だが組織としては変化が急すぎて壊滅的なダメージを受けるため実現可能性はゼロに近い。つまり、本気で達成するつもりのない指標をKPIしてはならないのである

KPIを決める上で最も重要なのは「ゴール(あるべき姿)」を先に決めることである。サステナビリティ領域においては、フォアキャスティングによるKPI特定をしてはならない。まずはゴールからバックキャスティングすべきだ。逆にゴールが明確であれば、定性的な方針しかなくても、全従業員が目指す方向性が同じなので、社内浸透をマネジメントできる可能性は高い。

そのため筆者は、その成果が曖昧なKPIよりも、ゴールや目標という長期目線からのバックキャスティング・マネジメントのほうが、よほどPDCA管理に近づくように思う。社内浸透のゴールさえ決まっていれば、直近3年間ですべき活動は見えてくるし、KPIにはできない定性的な方向性だけも十分マネジメントできる。KPIはあくまでもマネジメントの指標・手法であり目的ではない点に注意が必要だ。手段の目的化はグリーンウォッシュである。

それでもゴールから考える余裕はなく、サステナビリティ研修をしなければならず、そのKPIをどこに置くべきかわからないという状況であれば、当面の「暫定KPI」を置きつつ、次年度以降で本質的なKGI/KPIを特定してマネジメントに組み込む方法も現実的だ。初期段階のアウトカム(アウトプット)であれば、研修後のアンケート調査による「サステナビリティの理解度」「自社の取り組みの理解度」などがKPIになるだろう。これを毎年することでその変化が社内浸透活動の成果の一つとすることができる。

社内浸透施策のKPI特定は本当に難しい。本質的には人や組織の変化が指標となるため、現実的にはKPIからではなく定性的なゴールを定め方針を決めて、社内浸透の実践や議論の中からKPIを導き出すのでもよい。KPIを決めた方がいいからKPIをとりあえず決めましたでは、ステークホルダーの誰も幸せになれない。

最後にまとめる。

サステナビリティの社内浸透においてKPI特定は至上命題の一つである。しかしマネジメント手法や管理組織が脆弱な中でKPIを特定しても社内浸透は進まない。サステナビリティ推進は組織変革であるとされる理由はここにある。社内浸透によってサステナビリティ推進組織を社会の変化に合わせることがあるべき姿である。社内浸透は企業経営にとって手段であって目的ではない。社内浸透をより広義の意味で捉え、ビジネスモデルのリスクと機会を包含させ、サステナビリティ推進の最終ゴールである「企業理念の実現」および「企業価値の向上」につなげていただきたい

まとめ

サステナビリティにおける社内浸透の基礎というよりは、サステナビリティをマネジメントするにあたり、社内浸透をどのように行えばいいか、というマネジメントよりの話でした。珍しく他社寄稿を意識した文体・形式になっていますが、それは他社メディアの寄稿用に執筆した記事(諸事情で保留に)だからです。

初期フェーズでは、どの企業も「サステナビリティ研修」から入ると思いますが、前述した点も視野に入れながら、研修を設計するといいのではないかと思います。ご参考まで。

関連記事
サステナビリティにおける社内浸透の仕組み化とは
サステナビリティ担当者に必要な知識とスキル
サステナビリティの研修・講演