サステナビリティにおける社内浸透
サステナビリティ推進活動には多くの課題があります。その一つが、私が法政大学で研究している「サステナビリティにおける社内浸透」です。企業の社内浸透施策で有名なのは「企業理念浸透」だと思いますが、理念の浸透とサステナビリティの浸透は似て非なるものであり、同じセオリーが通じるわけではありません。
ただ、この1年間の研究でだいぶ見えてきたこともあり、学術的アプローチではないですが、サステナビリティにおける社内浸透施策の一つの考え方として、5つのポイントをご紹介いたします。
このブログは、事業会社のサステナビリティ推進担当者の方を想定読者としていますが、わりと支援側(サステナビリティ・コンサルティング会社)の方も読んでもらえているようですので、このあたりのノウハウを使ってお客様の支援をしていただきたいと思っています。ではどうぞ!
社内浸透の大前提
そもそも、日々の業務で忙しい従業員の皆さんは、サステナビリティ推進活動なんてしなくないし(少なくとも今までは)、興味のない新しい用語や社会背景の勉強をしたくないのです。新しいことをすることは大変だからです。理路整然としたサステナビリティ戦略を現場に落とし込もうとしても、思ったように実行されることなどあり得ないのです。
また、そもそも、サステナビリティ推進は経営課題を解決するための一つの手法・考え方でしかなく「なぜサステナビリティを進めなければならないのか」という根本的な理由を示さなければ誰もついてきません。これはサステナビリティに限った話ではないですが。この「サステナビリティの社内浸透は難しい」という前提を理解した上で、ではどうしたらいいかを考えなければなりません。というわけで、以下5つのポイントについて解説します。
1.ゴールを設定する
結論から言います。サステナビリティにおける社内浸透の最も重要なことは「ゴール(目標・あるべき姿)を決める」ことです。ゴールがないのに成功や成果を定義することはできません。社内浸透で実現したいゴールは何かを明確にし、ゴールから逆算してロードマップを作成して、全体像をまず把握しましょう。ここでのポイントは、組織も個人もゴールを明確にする必要があるということです。組織でゴールを決めても、従業員個人の目標まで落とし込めていない企業が非常に多いです。
ではゴールをどのように決めれば良いか。原則としては、サステナビリティの社内浸透施策が、サステナビリティ戦略(≒ 中長期経営計画)の中でどの位置にあるのかを明確にし、その経営課題解決のためにゴールを部門やチームごとに定めます。社内浸透はゴールが重要としましたが、ゴールを描くには起点となるサステナビリティ戦略が必要なので、サステナビリティ戦略がない企業ではそもそもの社内浸透が機能しない可能性が高いです。とはいえサステナビリティ戦略があろうがなかろうが、社内浸透施策のゴールが必要です。組織のゴールは経営層が決めればいいですが、現場に落とし込むには以下のような流れでまとめればよいでしょう。
ゴール決まっていれば、従業員ひとりひとりに「ゴールを達成するために必要な自身の行動を3つ決める」とし、そのあとに「その行動をするのに必要なものは何か」「その行動を邪魔する要素は何か」「最も優先度が高い行動は何か」などの要素も整理しながら、アクションプランを考えていきます。これをワークショップで行う企業もあるのですが(ダメではないが)、後ほど説明するほかの仕組みが不十分で、アクションプランを決めてもほぼ実行されない例を多く見てきました。この点では、サステナビリティ研修屋さんは大いに反省すべきです。御社、企業に迷惑かけてますよ。
あと、ゴールの定量的指標としてKGIとKPIがあります。とくにKPIでは「成果指標」と「行動指標」の二つに分かれます。成果指標は結果でありアウトプット/アウトカムの指標、行動指標はインプットの指標とイメージしてください。これはまったく別の指標なので混同しないでください。たとえば、成果目標は「社内ビジネスコンテストでの入賞」で、行動目標は「(アイディアの精度を高めるために)アイディア出しと仲間集めのために、毎週3人の従業員とランチする」とか。ゴールの設定は、社内浸透だけではなくサステナビリティ経営全体で非常に重要な要素なので、別の記事でまた説明します。
2.共感を期待しすぎない
社内浸透では「共感」というワードがよくでてきます。共感とは、サステナビリティという概念自体への共感から、サステナビリティ戦略の必然性などに理解・腹落ちし自分ごと(当事者意識)としてもらう、という趣旨の概念です。共感は社内浸透プロセスにおいて重要な要素である一方、過度に意識されてしまっている気もします。採用活動であれば、自社の価値観や戦略に共感しない人は採用しない、でいいのですが、サステナビリティの社内浸透は別の価値観を持って入社した後に共感しなさいと言われるので、そんなん知らんがな、という話なのです。
ですので、自社のサステナビリティへの共感が必要とは言いますが(もちろん重要なのですが)、共感してもしなくても、サステナビリティが社内に浸透するように、マクロからミクロへの施策設計をする必要があります。究極的には、感情と行動を一緒にしない仕組みでカバーできる制度設計をしましょう。何かに依存する手法ほど脆いものはありません。ただ、価値観を変えられる人も一定数いますので、従業員個人の共感に頼らない「チームごと化(チーム単位の当事者意識)」は同調意識の強い日本人ほど成果が期待できます。共感してくれた人から周囲へと広げてもらう方法です。
3.「チームごと化」させる
「チームごと化」について少し説明します。教育科学の話でもありますが学習の相乗効果が期待できる取り組みとして「教えあい」があります。「教えあい」とは、文字通り学習するチームごとにお互いが理解していることを教え合うことを指します。理解している人も、できていない人に教えることで自分の学習を整理でき記憶の定着も促されるとされます。
これは実感がある人も多いでしょう。この教え合いのような環境を作り、従業員個人の理解・共感をチームで促していくことを私はチームごと化と言っています。サステナビリティ経営支援を15年以上行ってきて、最近はこの考え方の重要性をさらに認識しています。私は日本文化的にチームごと化が機能しやすいのではと考えています。
社内浸透ができていない日本企業の多くはチームに対する社内浸透施策が弱いです。一人ではうまくできないことでも、チームで個人の弱点を補完しながら、成果の最大化を目指し、ひいては目標の達成を目指すという話です。従業員個人は人間なので、良くも悪くも、特に身近な従業員(チームメンバー)の影響を大きく受けます。個人の力量以上の成果を引き出すために、チームで機能させるような施策・ルール・インセンティブを準備しましょう。社内浸透はコンテンツやコミュニケーションの話だけではなく、施策や全体設計が重要なのです。
チームだからクリアできることも多いですよね。実際、個人の共感や成果なんて全体で見ればたいした事なくて、何人か集まったチームで達成するから一定の成果になるというのもあります。部分最適の積み上げが全体最適になるとは限りません。成果という視点で言えば「チーム > 個人」です。もちろん、個人の価値観を無視しろという話ではなく、サステナビリティの社内浸透は何らかの経営課題を解決するためのものだったはずなので、成果を先に考え、個人への落とし込みは並行していけばいいよね、というものです。
サステナビリティもかなり広範囲な概念なので、サステナビリティの社内浸透となると、個人にフォーカスしすぎると、求めた成果に辿りつかない可能性が高いです。だとすると自分ごと化よりもチームごと化にフォーカスすることで、結果として個人の当事者意識もたかまるのではないか、という仮説です。
4.インセンティブを作る
あとは大前提ですが、サステナビリティの社内浸透施策におけるインセンティブを用意して、良い習慣(自主的な行動)を根付かせることが重要です。この良い習慣をMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)で策定する企業もあります。ほとんどのサステナビリティ推進活動の場合、従業員側にインセンティブがないです。むしろ、対応に業務時間をとられネガティブにとらえられてしまうことも多いようです。
インセンティブは外的要因ではありますが、とくにスタートダッシュには必要です。メリットがなければ誰も面倒なことはやりませんよ。従業員のサステナビリティ推進活動に対するモチベーション(内発的要因)を高めたいなら、まずはインセンティブの設計です。サステナビリティの社内浸透活動は、今までしてなくてもビジネスがまわっていたわけで、だったら今後も必要ないと考える人は多いです。研修などをさせていただくと直接言われることもわりとあります。
従業員の心理的要因として、本能的な側面として「休みたい」「楽に仕事したい」「給料上げて欲しい」など直接的な欲求があります。これらは根源的な欲求であり保守的な側面です。とはいえ、従業員個人の欲求ばかりでは組織として成立しないので、規則的な側面として仕組みやルールを作ります。サステナビリティ(社会性)の話のほとんどは規則よりの話。なので個人の本能的には必然性がありません。このように心理的側面にも断絶が存在すると言えます。社内浸透は、実は難易度の高いことをしてるのです。ですので、インセンティブをより意識して制度設計をする必要があるのでは、と思っています。
5.仕組みを作る
社内浸透には「制度設計(仕掛け等含む)」「コミュニケーション設計」の2つの側面があります。コミュニケーション設計は社内報を作るとかイントラネットを充実させるなどのコミュニケーション全般であり、インプット要素が強いです。ここでいう仕組みとは業務制度や組織変革を指します。
インセンティブ設計もそうですが、サステナビリティにおける社内浸透施策のアウトプットが、現場の役に立つ方法を考える必要があります。役に立たない作業ほどモチベーションが下がる業務はないです。従業員は人間です。モノや機械ではありません。感情がある生き物なので押し付けだけでは話は進まないし、理路整然と“論破”しようなんてもってのほかです。
サステナビリティは自分の業務と関係ない(と思っている)人が多い現状の中で、いかに制度設計をするか。たとえば、まずは業務に紐付く形で社内浸透を行うのはどうでしょうか。「社会に役立つからやりましょう」と言っても、もともと意識がある人しか動きません。各部門の業務に紐づく目標設定をすることと同時に、イベント・勉強会等で考える機会を作る、気軽に楽しく参加できる仕掛けをすることも大切です。
単に社内浸透のHow Toの活動しかないコミュニケーション戦略だから社内浸透しないのです。コミュニケーションの基礎となる制度や仕組みがなければ“穴の空いたバケツに水を入れる”形になってしまいます。コミュニケーションの成果を最大化するために、どのようなルールがあればいいか。どのような組織体制が必要か。本来的に言えば、組織体制だけではなく、サステナビリティが許容された企業文化を作ることも社内浸透の役割であります。
制度設計によっての成果は何か。一つは「従業員の行動変容」です。行動変容は、従業員にとってはチャレンジです。そしてその行動を継続してもらえるようなインセンティブを作る(習慣化)。習慣化は難しいです。それができれば苦労しないよ、と。習慣化は様々な研究があり関連書籍も多いですが、基本的な要素は「行動のハードルを下げる」と「一定程度繰り返す」です。これを実践できるルールを作りましょう。
ちなみに、サステナビリティの社内浸透施策の意義や目的を伝えていく際には、会社の成長はもちろんのこと、従業員個人の成長や幸せ、働きがいに寄与するものになっているかという視点を持つと、より従業員の理解を得やすくなりそうです。
まとめ
社内浸透には他にも重要な要素がたくさんありますが、特に重要な5つの要素について解説させていただきました。大枠の制度設計では「ゴール設定・仕組み化・チームごと化」あたりを重視しましょう。
サステナビリティは抽象的な概念なので「経営者が考えるゴール」と「従業員が考えるゴール」と「ステークホルダー(投資家・顧客など)が期待するゴール」のギャップが起きるのが普通です。サステナビリティの社内浸透はそのギャップをいかに埋めるかを考え実践する施策でもあります。社内浸透によって、サステナビリティでよく起きる「手段の目的化」を解決することができると考えています。
社内浸透を考えるには、サステナビリティ推進のあらゆる仕組みづくりと整合させる必要もあるし、やっかいな問題です。だからこそ、実行し、社内浸透することができれば、相当強い組織になれます。サステナビリティ推進担当者のがんばりは、見てくれている人は見れくれています。今後も一緒にがんばりましょう!
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