サステナビリティ社内浸透

社内浸透に極意ってあるの?

2024年4月から法政大学で社内浸透に関する研究会を主宰しているためか、サステナビリティにおける社内浸透について考えることが増えています。その研究会の中でも少し話をしたのですが、社内浸透は「変化」を求める活動でもあるよね、というものです。

ただ変化といっても実務としては非常に難しいです。それができたら苦労しないよ、と。では、社内浸透施策がどのような変化を生み出せるのか、また変化を生み出す仕組みを作ることができのか、考えをまとめたいと思います。

社内浸透はSXである

私は「社内浸透はSXである」とする立ち場です。SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)は経産省が研究会で2020年に提唱した考え方ですが、変化にフォーカスしている点が評価できわかりやすいので、社内浸透を説明する時に使ったりします。

SXの困難さは「S(サステナビリティ)」の導入より、変革していく「X(トランスフォーメーション)」のほうです。Sの知識や経験も重要だけれども、Xの知識/経験、例えば経営企画、新規事業、組織改革等の経験がSXには必要です。

しかし変化に反論はつきものでして、相当うまくこなさないと反対意見につぶされてしまいます。たとえば、長期的な視点で変化を求めるSXは、既存ステークホルダーとの関係性の再構築が必要な場合が多いです。既存のステークホルダーとの関係性を優先し配慮していると、SXを進められないというジレンマもあります。

サステナビリティは「持続可能性」と訳されますが、持続可能性を「現状をいかに持続させるか」だと勘違いしている人と「現状の方法論ではビジネスに限界があるため、持続可能な状態へ移行させなければいけない」と理解している人とでは大きく認知が異なります。私は、SXはこの後者の考え方を取りまとめたものだと認識しておりまして、まさにサステナビリティにおける社内浸透が、その変化を促し組織変革やコミュニケーション変革とつながっていると思うのです。ちなみにSX自体についての解説は他の記事でしていますので興味がある方は以下の記事をチェックしてみてください。

SX銘柄から考える次のサステナビリティ経営戦略とは
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)で変革すべきは人である
SX版伊藤レポート(伊藤レポート3.0)から学ぶべきことは何か

長期視点の必要性

その変化の話で必ず必要になるのが「長期視点」です。サステナビリティ戦略において、半年や1年で必ず結果がでるものなどほとんどなく、数年から数十年後に成果を最大化できる(目標達成できる)ものがほとんどです。そのため、急激な変化をさせたところで反発が大きいわりに成果がでなかったりするので、長期的な目線で施策を考える必要があります。

また、サステナビリティの取り組みは短期的な利益につながりにくいため、社内にサステナビリティ的視点を定着させる難しさを感じている企業も少なくないはずです。とりわけ、昨今の生産性を突き詰めた忙しすぎる職場で、サステナビリティを「通常業務+αの取り組み」と位置付けていては、社内への浸透はほとんど期待できません。

たとえば、社内浸透施策の一環でサステナビリティ研修を全社的に行い、部門横断的に集まった従業員で課題を共有し、改善案を考えたとしましょう。そこまでは良いのですが、それぞれが通常業務に追われていたため、結局の計画の多くは実行できずに1年が過ぎてしまうということもあります。サステナビリティ研修は業務の一環であり、通常業務で研修成果をいかに発揮するかが重要なのに、研修だけして終わりの企業が多いものです。

短期的な視点だけでは社内浸透施策はほとんど機能しないため、長期的視点に立ったロードマップが必要になります。ですので、長期視点を具体的に指摘するのであれば、一つは「ゴール/目標を作ること」です。目標があるから行動ができます。社内浸透は、インプットも大事ですがこの目標設定が最初に必要です。目標とは、関心の根源でもあります。

多くの従業員は、通常業務において長期的な視点で活動ができにくいものです。そもそも人事評価が1年以内の短期的成果のみで評価される制度の中では、サステナビリティの重要性に気づきにくいし、動機づけにもならないし、適切な評価にもなりません。長期的な目標と長期的視点を取り入れた仕組みおよび評価を含めて整えることで、社内浸透が機能していくのではないかと考えます

行動を変える

社内浸透は変化させることである。だとするとその対象は何かというと、従業員の「行動」や「意識」ということになります。ただ、日々の業務において、予算と時間があるならサステナビリティを最優先に考えた行動を取ることもできるでしょうが、そんな状況はほとんどないため、日々の業務は自分が最適化したものになっており、行動が変わることは考えられません。

ですので、サステナビリティ研修などでサステナビリティに関連する知識を得たとしても、それが行動につながることはほぼありません。「knowing-Doing Gap」というヤツですね。もしあるとすれば、社内イベントや社内キャンペーンみたいな行動をルール化して、行動した後より理解が進むということはあると思います。

では、従業員の行動を変えるにはどうしたらいいか。一つのアイディアは、従業員の「(自主的な)行動」や「意識」そのものを変えようとしないことです。基本他人では変えられないからです。では何を変えればいいか。たとえば「目標」や「価値観(企業文化)」を変えることです。社内浸透のマネジメントシステムに関しては、ちょうど書籍にまとめているところですが、社内浸透「を」マネジメントするのではなく、社内浸透「で」マネジメントする仕組みが必要と考えています。

社内浸透の目的の一つは「従業員のサステナビリティに資する行動の総量を増やす」があります。しかし行動を増やすには、今の企業文化のままでは難しいでしょう。なぜか。今の企業文化が最良であるならば「従業員の行動の総量を増やす」ことはできているはずだからです。今現在、思ったような成果が出ていないのであれば、何かを変えなければ結果を変えることはできません。つまり、行動を変えるには、直接的に行動を促すだけではなく、仕組みや企業文化など従業員の労働環境を変える必要もあるのではないか、ということです。

変化はそもそも嫌われ者

経営層は(自分以外の)変化を好むものですが、現場が変化を能動的に受け入れることはありません。単純に大変でメリットが少ないからです。偉い方々はすぐ業務改革っていう割には組織改革はそんなにやりたがりません。現組織は、色々なしがらみや苦労の末に行き着いた方法(答え)ですからね。ですので“部分最適”としては間違っていないことも多いです。

社内浸透とは「異文化コミュニケーション」とも言えます。ですので、従業員の現在持っている価値観を否定してはいけません。単純に、価値観を否定すると心理的な反発しか生まれません。ダイバーシティがある職場環境は重要ですが、安易なインクルージョンは組織も従業員も幸せになれない場合があるのはこのパターンです。D&Iでみんなハッピーなんて現場を知らないコンサルの戯言と思っています。特に、文化・宗教・政治が異なる従業員がいるグローバル企業でのインクルージョンなんて最高レベルの困難さですよ。逆にいえば、それができた企業は世界最高レベルの組織と言えるでしょう。

で、社内浸透の実務としては、サステナビリティ推進はあくまでもアップデートに過ぎず、従来の価値観を否定し新しい価値観を作るものではないと伝えるべきです。まぁ(当面は)すべての行動をサステナビリティ視点で行う必要もないし、業務の1部だけを変えるだけでも大成功です。自己肯定感を完全否定するような社内浸透活動はやめましょう。サステナビリティと気づかれないようにそっと実務に組み込んで、いつのまにか通常業務がサステナビリティに資する活動でした!という取り組みが最高です。(できるとは言っていない)

まとめ

サステナビリティにおける社内浸透は「変化」である。変化のリテラシーがない組織に社内浸透しても意味がありません。まずは、サステナビリティ戦略と経営戦略(中期経営計画など)の同期化をすること、サステナビリティの考え方を社内に取り入れ社会の変化を受け入れること、の社内コンセンサスが必要です。

変化はなかなかしんどいことも多くて、変化を生業とする(?)サステナビリティ推進担当者の苦労はほんとうに大変であると思います。ただ、変化の先には、組織と社会のサステナビリティに貢献する企業が生まれるわけで、過渡期をどのように乗り越えるかで企業の未来が本当に変わると考えています。人が変わり、企業が変わり、世界が変わる。

本記事が、みなさまのサステナビリティにおける社内浸透活動のヒントになれば幸いです。

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