サステナビリティにおける社内浸透
「サステナビリティにおける社内浸透(インターナルコミュニケーション)」と一言でいっても色々な意味合いがあります。広くサステナビリティ領域全般(ESG・SDGs含む)は当然のこと、社会的側面を含むということで、マテリアリティや中期経営計画などの戦略の浸透施策から、パーパス(ミッション・ビジョン・バリュー)や商品ブランドの社内理解向上などの一部も含まれます。
今、法政大学でまさにこのテーマを研究しているところですが、研究すればするほど課題が出てきますし、実務としてかなり難易度が高い領域と感じています。過去、何度かサステナビリティの社内浸透をテーマにした記事をまとめてきましたが、本記事では課題などもまとめながら、具体的な施策や事例を紹介していきたいと思います。
ちなみに「社内浸透」と「インターナルコミュニケーション」は厳密には定義が異なりますが、本記事では便宜上、社内浸透という概念で統一しておきます。
社内浸透の効果測定
社内浸透の課題として必ず上がるのが「効果測定」です。まず社内浸透の成果自体を定義する必要があります。なんでもそうですが成果の見える化が難しいのは、成果自体を定義できていないために起こることが多いです。
サステナビリティ推進活動全般でも言えますが、成果とは定石では「変化量」を指します。つまり、1年目にSDGsの認知度が「90%」ですとなっても、それ自体は意味がなく、2年目にどれくらい増えたのかが測定できてこそ成果となるのです。経済的指標(売上など)は絶対指標ですが、社会的指標は相対指標が多く、変化量を見てみないとその良し悪しを判断することはできません。
詳細に成果を見える化するならば、インパクト評価というかロジックモデルを組んで計測します。ロジックモデルの「インプット→アウトプット→アウトカム→インパクト」という流れでいえば、アウトプット程度のレベルの「行動指標(研修を3回した、など)」は成果とは言いにくく、アウトカム/インパクトが「成果指標(研修した結果理解度が30%上がった、など)とされます。なぜかというと、アウトカムこそがビジネスにおける付加価値であり価値創造の根源だからです。アウトカムがない企業は新たな価値を生み出せておらず、社会的な価値がそもそも低い、と。
ですので社内浸透においてもKPIを定め測定・管理すること自体は、そこまで難しい話ではありません。絶対的な指標がないので、これをKPIにしましょうとは断定できませんが、「サステナビリティの理解度」あたりから、理解度が高まったことによって生み出された変化を指標化するとよいでしょう。インパクト評価の詳細は、ネットで検索してもらえれば色々出てくるのでチェックしてみてください。
従業員のためになっているか
社内浸透施策の実行支援で、現場の従業員の方のヒアリングをすることがあります。わりと出てくる課題(愚痴)が「我々にメリットかがない(自身のためにならない)」という話です。また、全従業員向けの研修・ワークショップをさせていただくこともありますが、その中でも「研修しても業績に反映されるわけでもないし、仕事をさせてほしい」という趣旨のご意見をいただくことがあります。
ただ単に研修したところで、サステナ部門はなんの権利があって我々の時間を奪っていくんだ、となります。ごもっともです。サステナ部門の業績指標と他の部門の業績指標が異なるからです。これは私の反省でもあるのですが、参加必須の研修をするならば、その理由や意図を事前に伝えておく必要があります。サステナビリティを理解し業務に活かすことがなぜ必要なのか、それをすることで自身や企業にはどんなメリットがあるのか、このあたりも丁寧に伝えましょう。
社内浸透は、情報提供よりも行動できる仕組みづくりが大切です。従業員も行動ばかりを催促されると疲れてしまいます。節電/節水、出張削減、諸経費削減、とかの業務改善みたいな案が大半だと、現場の反感買いますよね。ですので、従業員自身が儲かる(ESG-KPIの業績反映)とか、活動をしていて楽しいとか、行動自体にインセンティブがある状況が理想です。
サステナビリティを企業文化に融合させる
社内浸透を進めたいなら、その前提となる企業文化にも目を向けなければなりません。たとえば子会社や関連会社が多い企業の場合、グループ全体のサステナビリティ推進が難しいと言われています。M&Aが多い会社もそうですね。グループ会社同士でカルチャーが異なるので、同じ方法でサステナビリティ進めますといっても難しいと。
特に、グローバルな製造業企業などは、海外エリアによっては宗教や労働観念が異なることも当然あります。海外と日本の文化・価値観の差もあります。ですのでグローバルで統一した労働概念を浸透させるのは難しいです。つまり「ダイバーシティ(多様性)」のある状態は構築できているけど「インクルージョン(包摂/受け入れる)」は難しいというか。
多様な価値観があるのは良いことですが、それらを取りまとめるのは困難です。ですので、現実的には個別具体的な事象での取りまとめではなく、パーパス等の理念の社会性を抽出し、社内浸透を図るのがセオリーです。パーパスは一定の抽象度があるものの、企業の方向性を指し示すものであり、社内浸透の軸になることでしょう。
行動という意味でいえば、3大ステークホルダー(特に大きな利害関係にある)ともいわれる「顧客・従業員・株主」との直接的な接点となる「営業・人事・IR」の部門が、どこまでサステナビリティの考え方を業務に組み込めるかで全体の成果が大きく変わります。他の部門の従業員はいらないというわけではないのですが、この3つのチームが変わらない限り、本当の意味で社内に浸透したとは言えません。
つまり、社内浸透は「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」でもあります。社内浸透は現在の企業文化にサステナビリティを融合させ変化させる施策です。ですので、企業文化の変化を望まないのであれば社内浸透はすべきではありません。
社外にも社内にも
コンサルティング業務の一つとして、マテリアリティの特定支援もさせていただきますけど、社外にはレポートやサイトで開示するものの、自社の従業員に丁寧に説明する企業はあまりないんです。リソースの関係上しょうがないのですが、マテリアリティを実践するのは現場の従業員ひとりひとりなので、サステナビリティ推進部門よりもさらに理解してなければなりません。そもそも、従業員の多くは自社のサステナビリティ推進の進捗がわかっていません。共有されてないのだから当然ではあります。たとえば、サステナビリティ委員会の活動状況を社内に情報発信している会社は少ないです。
社内のサステナビリティ推進活動の事例紹介などをして、自社の取り組みを知ってもらいましょう。バックオフィス系から営業部門、役員まで、誰がどのような取組みをしているのか、顔が見える発信をすることで自社のサステナビリティ推進活動を認知しやすくなります。
「サステナビリティとは何か」を教えられても、サステナビリティを活きた知識として理解することは困難です。サステナビリティの基礎知識を取得し、さらに自社では実際にどのような取り組みが行われているかを知ることで、知識と実践が結びつきます。ですので、サステナビリティの社内浸透とはいえ、サステナビリティに関連する知識だけでは不十分なのです。他社事例とか、開示義務化されているとか、多くの従業員はどうでもいいことですからね。当事者意識を持ってもらいたいなら当事者であることを伝える必要があります。
自分ごとではなく「チームごと」?
社内浸透施策で必ず言及されることに「自分ごと化(当事者意識の醸成)」があります。最近は「自分“たち”ごと化(チームごとの当事者意識の醸成)」も重要と考えるようになりました。個人の意識を変えるだけではなく上司とチームを軸に変えるというか。
実務で言えば、個人のサステナビリティの意識が高まっても、チームの上司がサステナビリティに理解を示さないと話が進みません。また従業員ひとりひとりの理解度や実践度がバラバラでは大きな成果を生み出すことはできません。従業員が完璧な当事者意識を持って能動的にサステナビリティ推進に関わってくれる…わけないですよね。当たり前ですが、理解や腹落ち感には個人差があります。だからこそ、そのマイナス部分も埋められるような、チームワークとしての理解や仕組み化が必要なのではないでしょうか。
良い悪いではなく、個人の善意や能力に依存し責任を追求するような社内浸透施策はやめて、チーム単位でも社内浸透進めましょう。チームワークは日本企業が得意なところでしょう?これで世界に勝ちましょうよ。そう思います。いつも言っているように、サステナビリティ推進は「部分最適」ではなく「全体最適」の視点を常に持ちましょう。個人の合理性よりも組織全体の合理性の重要度を上げ決定を行うのです。
事例|ソフトバンク
先日、ソフトバンクのESG推進室 室長の池田さんの講演を聞いたのですが、ソフトバンクの仕組みづくりはかなりよくできているなと感じました。セミクローズドのものなので詳細は割愛しますが、ESG説明会の資料でその時の話に近い資料があったのでシェアします。法政大学の研究会で講演依頼したら来てくれるのかな?
出所:ソフトバンクの中長期成長を見据えたESG戦略と環境対応の推進(ESG説明会資料、2024年2月26日)
まとめ
サステナビリティ全般に言えることですが、サステナビリティって「総論賛成・各論反対」みたいな側面があり、その社会的意義は理解するものの、自分が実務で追加業務増えて喜ぶ人はいませんし、反発すら生まれがちです。
ですので、前述したように、社内浸透における課題を理解し、少しずつ進めるしかないとは考えています。この「正解はないけど不正解はある」みたいなのもサステナビリティ推進の特徴でして、結論からいうとどうにもならんのですが、それでも使命を背負うサス担のみなさまは非常にロックだと思うわけです(良い意味で)。
ちょっと課題の指摘を中心にしてしまったのですが、逆に言えば、社内浸透できた組織は本当に強いと思いますし、そこを目指してください。以下の関連記事もぜひ参考にしてみてください。
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