SX版伊藤レポート

SX版伊藤レポートが発表

8月末にSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)のガイダンスとなる「SX版伊藤レポート(伊藤レポート3.0)」と「価値協創ガイダンス2.0(価値協創のための統合的開示・ 対話ガイダンス2.0)」が、経済産業省より発表されました。

>>「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)」・「価値協創ガイダンス2.0」を取りまとめました

個人的には、同時期にSX解説本を出版したということもあり、かなり大きなニュースだったのですが、残念ながら私の周りではあまり盛り上がっていません。あなたの周りではどの程度話題になったでしょうか。

ただ、統合報告書の参考ガイダンスとして価値協創ガイダンスを挙げている企業も結構あり、2023年以降の統合報告書が結構変わるかと思い、私の感じたところを一旦まとめておきます。

SX版伊藤レポート

SX版伊藤レポートの本文自体は、10数ページ程度の内容なので、まず一度目を通すことをおすすめします。良し悪しをコメントする立場にはありませんが、多くの人は「従来からのサステナビリティの議論と変わらないかも」と感じたはず。私も思いました。

つまり、SX版伊藤レポートに書かれている「SX」を「サステナビリティ」に置き換えても、だいたい意味が通ってしまうということです。トランスフォーメーションはどこにいってしまったのか。SXの実現はこのような項目に注目しましょうと書かれていますが、詳細は実は皆無だったりします。価値協創ガイダンスを見ろということだと思いますが…。

では、事業会社の担当者、SX(サステナビリティ)コンサルタントおよびコンサルティング会社、はこのレポートをどのように解釈すればいいのか。一つは、最新のサステナビリティ戦略の議論を把握する、ということでしょうか。とてもコンパクトに、昨今のサステナビリティに関する議論が整理されているなと感じました。ですので、これらをインプットするのに役に立つことは間違いありません。

個人的には、SX研究会での議論が有用すぎたため、簡素にまとめられたSX版伊藤レポートがちょっと物足りなく感じています。やはりSX版伊藤レポートは価値協創ガイダンス2.0の導入解説ポジションなのでしょうか。

価値協創ガイダンス2.0

前述していますが、2017年に「伊藤レポート2.0」と「価値協創ガイダンス1.0」が発表され、直近の2022年発行分の統合報告書でもよくみる参考ガイドラインとなっています。改訂版が2022年8月末の発表だったので、2022年発行分の統合報告書には反映されないと思いますが、2023年発行分の統合報告書からは、100社単位で価値協創ガイダンス2.0を参照するでしょうから、SX的な考え方が反映されたものは来年からですね。

では、2023年発行分以降の統合報告書の参考ガイドラインは価値協創ガイダンスがメインになるかというと、私は懐疑的です。価値協創ガイダンスがダメという話ではなく、ISSBの開示枠組みが、傘下のVRF(IIRC)のIRフレームワークがメインになるわけですから、グローバル視点ではやはりIRフレームワークがメインのままだろうなと予想。

しかし、これらの参考ガイドラインの議論は、あくまでも開示の枠組みの話であり、開示の本質ではありません。あくまでも基本は「自社の価値創造ストーリー」が軸にあって、情報整理や枠組みの参考として、価値協創ガイドラインとIRフレームワークを使い分ける、というスタイルが今後は確立されていくでしょう

もちろん、私としてはこの発表と時を同じくして拙著『未来ビジネス図解 SX&SDGs』も発売となったので、価値協創ガイダンスが浸透し、SXの視点を取り入れた企業でさらなる展開が進むことを期待しています。従来で議論されてきた話とSXは重複する部分も多いですが、特にスタンダードやグロースの中小中堅上場企業は、より「稼ぐ力」にフォーカスしたSXをサステナビリティ推進に取り入れる価値があると思うのです。

SXは新しくない概念?

こうやってポイントを確認してみると、サステナビリティ推進やESG情報開示の議論ですでに挙げられている項目も多く、ますます「サステナビリティ戦略 ≒ SX」となってしまう側面もあるとは思います。

では、私が従来のサステナビリティ推進とSXの差を挙げるとすれば、DX(デジタル・トランスフォーメーション)と同じく「X(トランスフォーメーション、変革)」がポイントであり、変われてこなかった企業に再び変革を迫っていることなのかなと。人も組織も基本的には変わりません。私を含めて人はそんな簡単に変われないのです。

JTCと揶揄される大手上場企業では、商慣習が完全に出来上がっていて、人や組織は硬直していることが多く、サステナビリティ担当者がどんなにがんばっても、人も組織も変わらないということは多くあるようです。それこそ、社長がサステナビリティ推進派であっても、です。

これはすべてのビジネスで言えることですが、人も組織も好き好んで変わろうとすることはまずありません。日本でこれだけSDGsが流行っても、2016年スタートで7年たって折り返しの年になってもトランスフォーミングできた企業なんていくつあるの、というレベルです。SDGsでも変われなかった人と組織が、SXの登場で変われるかというと…まぁ、いろいろあると思いますが、社会の変化は企業にも変化を求めています。

とはいえビジネスは競争優位や独自性が重要であり、もし、従業員意識やビジネスモデルや企業文化などをトランスフォーメーションできたら、先進企業として相応に評価されるのです。SXをアカデミックにどうこうというよりは、マイケルポーターらのCSVが2011年に登場した時ほどではないにしろ、SXが社内のサステナビリティを進めるトリガーとして、うまく社内外のステークホルダーとのエンゲージメントに活用したいものです。(間違ってもSX推進部とか作らないでね…え、もうあるの?)

まとめ

結論です。まずSX版伊藤レポートは極小ボリュームなので読みましょう。今すぐにです!

で、自分の中でSXの立ち位置を明確にして、まずは大枠の理解に努めましょう。来年以降で浸透していく概念ですのですぐに深掘りする必要はありません。新しい概念が出てきた時は、まずはどんな概念に近いのかを理解しましょう。

ちなみに、その困難なSXも細分化することで、実践に耐えうる施策まで落とし込むことができます。このあたりは拙著『未来ビジネス図解 SX&SDGs』に書いてあるので、書籍で確認してくださいませ。宣伝で恐縮ですが、私に数百万円とかのSXコンサルを依頼する前に、2,000円のこの本で解決できることもいくつもあると思います!

本書は、何か新しい理論の提示というよりは、いかにSXを実践するかにフォーカスしているので、初級〜中級レベルの担当者の方にこそ薦めたいです。あとはあまり大きな声で言えませんが、SDGsやSXのコンサルティングをしている人は絶対買った方がいいですよ。コンサル本はロジックや事例紹介がほとんどですが、実践ノウハウをここまで公開していいの、というくらいには具体的にまとめています。

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