サステナビリティ広報のポイント
「サステナビリティ広報」と聞いて皆さんはどのような業務を思い浮かべるでしょうか。
サステナビリティ広報は、主に広報に近い分野の方が使用する印象で、一般的には「サステナビリティコミュニケーション(Sustainability Communication)」「ステークホルダーエンゲージメント(Stakeholder Engagement)」が近い概念だと思います。企業の使用事例を調べてもこの2パターンに集約する印象です。
サステナビリティ広報は、使用例も限られているものの、最近よく見聞きするようになったので私の考えをまとめておきます。広報に近いサステナビリティ推進担当者の方は、日々の業務のヒントにしていただければ幸いです。
ステークホルダーエンゲージメントとは
この5年くらいだと思いますが、広報領域でもサステナビリティの話題がよく上がるようになりました。会社で定期購読している「広報会議」という月刊誌があるのですが、1年に1回はサステナビリティ広報の話が特集されています。私も何度か寄稿させていただいてます。
サステナビリティの概念の普及によって、上場企業の広報はステークホルダーの視点をいかに取り入れるかが重要となりました。もちろん、以前からサステナビリティ広報的な視点はあったのですが、サステナビリティ推進との兼ね合いで重要度が上がっている部分もあるかと思います。ステークホルダーが事業視点でフォーカスされたのは「ステークホルダー資本主義」の流れもあります。
で、ステークホルダーエンゲージメントですが、文字通りステークホルダー(利害関係者)とのエンゲージメント(良い関係性作り)のことですが、広報的アプローチでそのまましようとしてもなかなか難しいです。基本的にどの企業も自分が正しいと思うことをするじゃないですか。ただ、その正しさは自分ではジャッジすることができない、というのが難しいのです。企業が正しいかどうかを決めるのはステークホルダーなので。
イメージとしては、その実践する人と評価する人がいて、そのギャップを埋めるのがサステナビリティ広報であり、ステークホルダーエンゲージメントなのかなと。サステナビリティにおけるステークホルダーエンゲージメントって「みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために」なんだけど、このサイクルを稼働させるのが超絶困難というね。善意だけでは必ず破綻します。なのでそのステークホルダー間の合意形成が必要であり、それがエンゲージメントであると。ステークホルダーとは利害関係者であり、原則組織と利害が対立する人たちなので、簡単な話ではないのです。
ステークホルダーの特定
当たり前ですけど、サステナビリティはステークホルダーとの関係性を見つめ直すところからスタートですよね。最近のサステナビリティ推進活動は情報開示がメインで、法律やガイドライン対応およびESG評価機関対応が主な活動になっていて、ステークホルダー対応を形式的なものだけにしてしまってるのが課題です。
私は、サステナビリティにおけるマネジメントでは、ステークホルダーとの良い関係性作りが重要、と考えています。基本的には、個々の企業の利害と、ステークホルダーの利害は必ずしも一致しません。その落とし所を見つけるのがサステナビリティという側面があります。で、そのステークホルダー間のコミュニケーションおよびエンゲージメントがサステナビリティ広報と言えます。
「ステークホルダー・エンゲージメントの相手や優先度がわからない」という話も聞きます。その場合はまず「マテリアリティ項目における重要ステークホルダーから対応する」が定石です。ステークホルダーの考え方は、経営戦略やビジネスモデルと密接に関係しており、リスクと機会の側面からより重要なステークホルダーを特定します。一般的なものにはありますが、直接的なステークホルダーは以下のような人たちになります。
■直接的なステークホルダー例
株主・投資家、従業員、顧客、関連会社(親会社・子会社)、取引先(調達先)、代理店、パートナー企業(業務提携先)、業務委託先、労働組合、金融機関、投資先企業、など
ステークホルダーのニーズを満たす
サステナビリティ広報のとっかかりとしては、ステークホルダーが企業に何を求めていて、何を喜んでくれるのか、商品・サービスのどこに価値を見いだしているのか、を洞察し実現することに注力しましょう。サステナビリティコミュニケーションで言うところの価値創造ストーリーはまさにこの視点が必要になります。
サステナビリティは、外部不経済の対応というか、顧客のニーズを満たすだけではたりなかった、他のステークホルダーのニーズも満たす方法論でもあります。そのためコストがどうしても先に必要となるため、事業活動として優先順位が下がりがちです。
たとえばサステナビリティでも推進方法に対してステークホルダーごとの考え方に違いはあっても、目指すべき姿(社会課題解決)が同じなら一緒に歩いていける。逆にゴールは別で方法論が同じだったとすれば短期的には協調できますが、長期的にはどうにもなりません。サステナビリティ広報と通常の広報活動に違いがあるとすれば、この目指すべき姿(ゴール)の意識の仕方があるかもしれません。パーパス(経営理念)の解像度を高め、社内外に目指すべき姿を発信し、事業の目的・目標を明確にすることで、ステークホルダーの共感・理解が進みます。
サステナビリティ広報をステークホルダーエンゲージメントとすれば、コミュニケーションの対象が従業員の場合、経営情報の共有による透明性向上という趣旨であれば「オープンブックマネジメント」(経営情報の内部開示による組織管理)のような、事業情報共有の積極化も可能性はあります。サステナビリティの社内浸透やインターナルコミュニケーションにもオープンブックマネジメントの考え方が役立ちそうです。
ステークホルダーとの利害関係の改善
ステークホルダー視点の話は非常に重要なのでもう少しさせてください。私は、サステナビリティコミュニケーションは「ステークホルダーファースト(利害関係者第一主義)」であるべきと考えています。しかし、ステークホルダー視点は重要だということは多くの経営者が感じていますが、実際に行動する人は少ない印象です。
理由は簡単です。組織とステークホルダーとは、基本的に利害の対立があるからです。事業活動を行う上で、企業のメリットとステークホルダーのメリットが合致しないことが多いから利害関係者と言われるのです。
当たり前ですが、企業が自社にメリットのある意思決定を行うことに合理性があるわけでして、自社の合理性を毀損するようなステークホルダーが優先された意思決定はされにくいものです。企業経営にはこの矛盾があることをまず理解すべきです。綺麗事だけではエンゲージメントはできません。
企業とステークホルダーの、双方の合理性/利害が一致しない時に、企業はステークホルダー側にメリットのある選択肢が選べるのか。企業はステークホルダーに試されています。口先だけではない選択肢を選べるのか、と。これは相当勇気(あとコスト)が必要です。ですので、極端な話、サステナビリティKPIに、ステークホルダー視点のないものは意味がないのです。
売上や利益は企業の最重要指標ですが、両方ともステークホルダーには直接関係ない数字です。だからこそ、ステークホルダーのニーズを徹底的に調べる必要がある。企業としての選択肢は明らかにAというものでも、ステークホルダーのニーズがBであるのであれば、そこでBの選択肢を選べるか。これがまさにサステナビリティ経営です。「損して得取れ」の世界なのです。
とはいえコストばかりではサステナブルに取り組むことはできません。だからステークホルダーの利益になる社会課題解決を事業で行う、というリスクと機会でいう事業機会創出の視点が求められるのです。企業もステークホルダーもみんなに利益のある取り組みに、より多くのステークホルダーを巻き込んでいく。このあたりがまさにサステナビリティ広報の醍醐味であり必要な視点と言えるでしょう。
まとめ
サステナビリティ広報とステークホルダーエンゲージメントについてまとめてみました。ご存知の方も多いとは思うのですが、ステークホルダー視点をコミュニケーションに取り込むことの大変さと重要さは知っていただけたかなと思います。
個人的にはサステナビリティ広報を単なるPRの手法としてではなく、事業視点に立った価値創造の取り組みであると考えています。ぜひ広報関係の方にはこのあたりを軸に活動をしてもらいたいと思います。
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