IRフレームワークの現在地
IIRCの「国際統合報告<IR>フレームワーク」(以下、IRフレームワーク)をご存知でしょうか。今はIFRS財団が管理する統合報告フレームワークです。
私は統合報告書の作成支援をさせていただいていることもあり、毎年IRフレームワークを見直しているのですが、毎回気づきがあるというか、学びを感じています。もちろん、ISSB基準の中にIRフレームワークの概念が含まれていることもあり、今後のSSBJ基準への準拠を考慮しても、特にプライム企業は必須のガイドラインとなっています。
そのIRフレームワーク周辺で新しい話題があったのでその情報をシェアしながら、改めてIRフレームワークの振り返りをします。ご存知の方も多いと思いますが、復習ということで読み進めてみてください。
IRフレームワークの更新ガイド
先日、IFRS財団から、企業がIFRSサステナビリティ開示基準を考慮しながら、IRフレームワークを使用するのに役立つガイドを更新したと発表しました。
従来のIRフレームワークよりも How の部分を強化した解説で、入門編とは言うけれど統合報告書発行企業の担当者は全員チェックしたほうがいいです。30ページ程度なのでサクっと読めます。本資料のポイントは「IFRS S1,S2 の対応を目指す統合報告書発行組織向け」となっている点です。以前は、IFRS S1,S2が存在しておらず関係性などは説明されていませんでした。今回のガイドに対応することが IFRS S1,S2 への準拠とはなりませんが、少なくともIFRS基準の根底になる概念と整合させることはできます。
たとえば、この中で統合報告書制作に関するロードマップを6つのステージに分けて解説しており、6つのステージをさらに17テーマにわけて解説しており、中途半端なコンサルに頼むより、よほど親切なガイドとなっています。「ヒント」とかもあってめちゃくちゃ親切。3年かけてそれぞれの項目にフォーカスする方法論も紹介されていて、こんなの欲しかった!的な企業も多いのではないでしょうか。
■統合報告のロードマップ
1. 現状分析をする
2. 計画を策定する
3. 情報ニーズを特定する
4. システムと統制を評価する
5. 報告コンテンツを準備する
6. プロセスを改善する
無料でダウンロード(英語)できるのでチェックしてみてください。
IRフレームワークとは
IRフレームワークは、基本的には日本でいう統合報告書の開示フレームワークとなっています。2013年にIIRC(当時)から発表されたIRフレームワークは、2021年に改訂され日本語版も同年に発表されています。2021年版は2022年1月1日より開始する報告期間に適用とされ、遅くとも2023年発行の統合報告書には適用されていなければなりません。2013年の発表から考えると10年以上経っていますが、最新版の適用で言うと、わりと最近の話です。
さすがに、統合報告書を発行しているとされる約1,000社の日本企業で、参照ガイドラインとして紹介すらしない企業など1社もないとは思いますが(皮肉)、開示には非常に参考になるガイドラインです。ちなみに、参考にするとは、「オクトパスモデル図(価値創造プロセス図)」を作れという簡単な話ではありません。
IRフレームワークでは、「指導原則」と「内容要素」という概念があります。オクトパスモデルはこれらの概念を整理した図解を指すので、「6つの資本(財務資本、人的資本など)」を整理しながら、この2つの概念を中心に統合報告書を作成する必要があります。
7つの指導原則
サステナビリティ界隈で「指導原則」といえば国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が一般的ですが、情報開示分野限定でいえばIRフレームワークの「7つの指導原則」を指します。多分。個別項目は以下のとおりです。
1. 戦略的焦点と将来志向
統合報告書は、組織の戦略、及びその戦略がどのように組織の短、中、長期の価値創造能力や資本の利用及び資本への影響に関連するかについての洞察を提供する。
2. 情報の結合性
統合報告書は、組織の長期にわたる価値創造能力に影響を与える要因の組合せ、相互関連性、及び相互関係の全体像を示す。
3. ステークホルダーとの関係性
統合報告書は、組織と主要なステークホルダーとの関係性について、その性格及び質に関する洞察を提供すると同時に、組織がステークホルダーの正当なニーズと関心をどのように、どの程度理解し、考慮し、対応しているかについての洞察を提供する。
4. 重要性 (Materiality)
統合報告書は、組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報を開示する。
5. 簡潔性
統合報告書は、 簡潔なものとする。
6. 信頼性と完全性
統合報告書は、重要性のある全ての事象について、正と負の両面につきバランスのとれた方法によって、かつ重要な誤りがない形で含む。
7. 首尾一貫性と比較可能性
統合報告書の情報は、期間を超えて首尾一貫し、組織の長期にわたる価値創造能力にとって重要性のある範囲において、 他の組織との比較を可能にする方法によって表示する。
たぶん、統合報告書を一度でも作ったことのある担当者であれば、この7つの指導原則の重大さを理解できると思うのですが、まだサステナビリティレポートまでの企業担当者は、何を言っているか理解できないかもしれません。あと、改めて指導原則を見て思うのは、ちゃんとサステナビリティ視点を取り入れたシングルマテリアリティだなとも思うわけです。
あとは「マテリアリティを網羅的に開示せよ」という指針も重要です。マテリアリティを網羅的に開示していない統合報告書はただの“会社案内パンフ”です。4番・6番あたりの話です。なんちゃってマテリアリティの会社も多いですし、統合報告書を作るならまずマテリアリティを見直しましょう。逆にマテリアリティとPDCAサイクルおよびKGI/KPIの特定と実践ができていれば、統合報告書の目次案も自ずとできあがると。本当に、よくできているフレームワークです。
8つの内容要素
IRフレームワークでは「各内容要素は本来的に相互に関連しており相互排他的なものではない」としています。いわゆる「オクトパスモデル」の構成要素ですね。IRフレームワークでは、この8つの要素が価値創造プロセスの根源になるというものです。個別項目は以下のとおりです。
1. 組織概要と外部環境
組織が何を行うか、組織はどのような環境において事業を営むのか。
2. ガバナンス
組織のガバナンス構造はどのように組織の短、中、長期の価値創造能力を支えるのか。
3. ビジネスモデル
組織のビジネスモデルは何か。
4. リスクと機会
組織の短、中、長期の価値創造能力に影響を及ぼす具体的なリスクと機会は何か、また、組織はそれらに対しどのような取組を行っているか。
5. 戦略と資源配分
組織はどこを目指すのか、また、どのようにそこに辿り着くのか。
6. 実績
組織は当該期間における戦略目標をどの程度達成したか、また、資本への影響に関するアウトカムは何か。
7. 見通し
組織がその戦略を遂行するに当たり、どのような課題及び不確実性に直面する可能性が高いか、そして、結果として生ずるビジネスモデル及び将来の実績への潜在的な影響はどのようなものか。
8. 作成と表示の基礎
組織はどのように統合報告書に含む事象を決定するか、また、それらの事象はどのように定量化又は評価されるか。
経営学者ピータードラッカーの「5つの質問」みたいな、かなり本質的な問いだと思います。2023年には統合報告書を約1,000社が発行したとされていますが、そのうちの何社が上記の8つの問いに、忠実に回答できているものになっているでしょうか。
というか、TCFDやTNFDと同じく、ファイナンスのディスクロージャーが統合報告書です。つまり、統合報告書は「サステナビリティ関連“財務”情報開示のレポート」であり、事業戦略やビジネスモデルの開示が必須となります。統合報告書といいながら、事業戦略やビジネスモデルへの言及が少ないものも多いですけど、それ単なるサステナビリティ・レポートやん、となります。(サスレポが重要ではないとは言ってない)
3〜5番は特に大事。「ビジネスモデル」「リスクと機会」「戦略」は、ISSBの中でも当然あります。さらにこの中でも「リスクと機会」は、統合報告書発行企業でも議論が進んでいないボトルネックである印象があります。注意しましょう
関連記事
以前書いた、統合報告書に関する記事を紹介します。こちらもぜひ参考にしてみてください。
・日立製作所・デンソーが最高評価-「統合報告書アワード」考察(2024)
・統合報告書を“読まれる”ためにする5つのポイント
・SSBJ基準でも言及されるマテリアリティ特定の注意点
・御社の価値創造ストーリーは“つながって”いますか
・貴社のパーパスは企業経営の役に立ってますか?
まとめ
私の持論ですが「IRフレームワーク」は毎年見直すべきです。毎年、新しい気づきがあったあり、試行錯誤する中で書かれていることに実感できたりします。統合報告書の制作担当者が一年中忙しいのは知っていますが、1年に1回は半日でもいので時間をとって、社内関係者で読み合わせすべきだと思います。それくらいよくできたガイドラインだと思います。
統合報告書の第三者意見(9割できた段階でのレビュー等を含む)も担当させていただくことも多いのですが、よくできている統合報告書ももちろんあります。逆に私が学びになることもしばしば。2024年も8〜9月あたりが、統合報告書の発行ピークかもしれませんが、私も個人投資家というか読者として勉強させていただきます。
参照:IIRC(2021)「国際統合報告<IR>フレームワーク」※現在はIFRS財団が管理