統合報告書は誰のためか
2010年代から、私を含めてあらゆる支援側から統合報告書やサステナビリティレポートなどの書き方について情報発信されてきています。公開情報だけでも制作のヒントになるようなものがたくさんあります。しかし、僭越ながら意見させていただきますと、一部の超高評価企業をのぞき、何を言っているかよくわからないレポートも多いのも事実です。そもそものコンセプト企画に問題がありそうですが、実際に制作サイドになるとなかなか気づけないものです。これは必ずしも企業が悪いのではなく、意見や指摘のできない制作会社が悪いこともあります。
というわけで、私がここ数年で感じている統合報告書を読まれるためにブラッシュアップすべきポイントを紹介します。参考にしてみてください。
1. 最適ページ数
今年、割と界隈では注目された動きだったと思いますが、アステラス製薬や日立製作所が統合報告書のページ数を半減させていました。日経の記事によれば、アステラス製薬は投資家・株主に「ボリュームが多い」とフィードバックを受けて187ページから92ページにしたとのこと。(いや187ページは誰が見ても多いけど、誰も気づかなかったってこと?)
東洋経済の記事によれば日立製作所も、投資家との対話でボリュームが多いという指摘があったとのこと。そこで前年の106ページから53ページへと半減したと。私は前から言っていますが持論として「統合報告書は100ページ以下が理想」です。そしてこの感覚は正しいと実感しました。逆に100ページをこえる情報量でないと困る人は、アワード審査員やごく一部の読者だけだと感じています。ほとんどの投資家は正しいです。私としては100ページを超えると一言一句は(時間・体力的に)読めないので、60〜80ページくらいが理想です。削った情報はサステナビリティサイトやIRサイトで補完しましょう。
ちなみに、KPMGの調査によれば統合報告書の平均ページ数は「75」です。統合報告書の44%が61〜90ページ、31%が31〜60ページ、だそうです。これが現実だと思うし、大手企業は100ページ超えるのが当たり前みたいな空気感はなくなって欲しいです。リソースが比較的かけられる大手企業こそ、情報量に頼らずに質を担保していただきたいです。
※「情報開示の優等生」日立が進めた大胆な断捨離
※アステラス、報告書のページ半減 株主の声で取捨選択
※KPMG(2023)「日本の企業報告に関する調査2022」
2. ストーリーライン
統合報告書制作において、より価値創造にフォーカスした内容が求められるようになってから「ナラティブ」とか「ストーリーテリング」とか、文脈や背景情報を重視するコンテンツ作りが必要になってきました。でもナラティブな開示ができているレポートが多いかというとそうでもありません。理由は、ナラティブとかストーリーの話は、基礎部分の開示できているから意味があるのであって、基礎の対応ができていない企業にはたいして効果がないように思います。
統合報告書って、一見するとロジカルに作られているように見えますよね。でもよくよく見るとバイアスがかなりあるというか、背景情報を飛ばして語られることが結構あります。いわゆるハイコンテクストなのですが、残念なことに当事者(発行体)の多くはこれに気づきにくいという問題があります。ですので、アワード総なめしている日立製作所でさえ投資家や株主から「ボリュームが多い」というフィードバックを受けないと、その情報量の多さに気づかないわけですよ。そして開示量を減らすというコンテンツ構成に修正したと。
やっぱり「ストーリーライン」が重要ですね。ストーリーラインとは、文字通りストーリーのライン、つまり全体の構成や流れを指します。ほとんどの統合報告書発行企業に必要なのはストーリーではなくストーリーラインです。なぜストーリーラインが必要かというと、とにかく数値を開示すればいいというわけではないからです。
「定量的な開示が必要です」といわれると、とにかく開示量をふやすために無意味な数字も開示する企業がありますが、たとえば人的資本でリスキリングための学習時間を増やしているとか、女性管理職比率などを単に開示しても意味がありません。大事なのは価値観や理念です。その開示の背景にどのような価値観を持ち、人材のどんな面を大事にし、どのような体験をしてもらい、それを糧にどのように活躍してもらい、その人材の生み出した価値と企業価値をいかに連動させていくのか(部分最適から全体最適)、というストーリーラインを描けているかが求められているのです。数字自体に意味はありません。背景情報があってはじめて数字に意味が生まれるのです。
なお、統合報告書の品質を高めるには、できるだけ多くのフィードバックを受けて今後に反映させていくほかにありません。ある年に突然完璧な報告書ができあがるとか、偶然が起きる確率は“ゼロ”です。
3. 投資家視点を取り入れる
統合報告書の主要想定読者は投資家・株主ですから、当然ながら投資家サイドの情報ニーズに合う内容が求められます。私はIRやファイナンスが専門ではないため、意識ギャップを埋めるために投資家サイドの方々には定期的にヒアリングさせていただいています。また機関投資家が発信する記事等もチェックして投資家の視点を日々学んでいます。そのなかで複数の人が指摘する項目もだいぶ見えてきていまして、「長期ビジョン」「強み」「沿革・社史」「財務視点」あたりがあります。
長期ビジョンは、そのままの意味で、中長期で組織やビジネスモデルを考えた時に、ビジネスモデル自体がサステナブルになっているか、という視点です。今どんなに儲かっているビジネスでも明らかに数年で終わると予想される状況では、長期視点の投資は難しいですからね。短期的に効果の期待できる戦略と長期的に効果があると思われる戦略は異なることも多いです。ですので、いかに長期視座を持ちながら短期視点でビジネスを進められるかを投資家は知りたいと。
ですから企業は「自社のビジネスモデルはサステナブルです!」というだけではなく、その根拠となるESGデータやストーリーを開示しましょうということです。自社のサステナビリティに貢献しにくいESG情報ばかりを開示されても、そこからどんな情報を読めばいいのかわかりませんから。ちなみに、開示の時間軸のセオリーは「未来→過去→現在→未来」をまずはイメージいただき、コンテンツによって調整してください。
強みとしては、企業価値向上の源泉となる自社の強みは何か、さらに競争力を高めるために計画している施策は何か、あたりの開示です。企業価値向上のプロセスというか源泉となる要素は何かということです。ビジネスモデルをESG視点で見た時には、どのような強みがあり将来的な財務インパクトを生み出す可能性があるのか、あたりでしょうか。私も強みはよくチェックします。でもこの強みが「技術力」とかだったりするがっかりします。それ同業他社も近いこと言ってるんですよねぇ〜競争優位に繋がらなそうですけどぉ〜他にはないんですかねぇ〜、みたいな。結局、投資家は「価値創造のためのESG」を求めていると言えるでしょう。御社の統合報告書は、その情報ニーズに応えられるレポートとなっていますか?
企業の沿革/社史をよく読むという投資家の意見はよく見聞きします。沿革によって、創業の想いや受け継がれてきた価値観・経営哲学を知ることができ、また経年のマイルストーン(重要イベント)も理解できます。社史は過去の事実ですから、嘘もつけないし表現で綺麗に装飾することができない領域です。思想が出やすいコンテンツの一つですね。私も大好きです。統合報告書だけではなく、単発でも長期でもコンサルティングで関わる企業の沿革は100%チェックしています。
これ、最近注目されるパーパス経営にもつながります。「創業の想い」は、そのままパーパスになる例も多いでしょう。また創業の想いを、現在のトップがどのように解釈しどのように実践しているかを知るためにトップメッセージも100%チェックしています。レポートの要約になるようなトップメッセージは無意味であり、きちんと会社の歴史に向き合ったメッセージを期待します。それこそパーパスだと思うのです。パーパスは創業の想いから始まり社史で形作られるものであります。パーパスはその背景含めてのパーパスであり、言葉だけでは共感を生み出すことはできません。
4. アウトカムの明確化
コンサルティングといいますか、制作プロジェクトに専門家(レビュー要員)として参加させていただく時によく指摘させていただくのが「アウトカムの明確化」です。IFRS財団「IRフレームワーク:2021」でも、よりアウトカムを明確化するように言っていますよね。インプット→アウトプット→アウトカムという流れなので、アウトカムはアウトプット(インプットの結果)ではないところに注意です。これ間違えている開示多いです。御社もそうかもしれませんよ?
で、サステナビリティ開示で、なぜアウトプットではなくアウトカムでの定量開示が重要なのかというと、アウトカムこそがビジネスの成果だからです。「IRフレームワーク」の改訂でアウトカムの明確化が規定されたのも、価値創造の具体化にはアウトカムの定量化が必要だからです。アウトカムこそが価値創造の結果であり、いわゆる付加価値なわけです。
もちろんアウトカムがすべてとは言いませんが、アウトカムの変化を語れる統合報告書こそが価値創造プロセスを明確にできるわけです。価値創造メカニズムの開示、とでもいうのでしょうか。これらのストーリーラインは、時間軸と関係性の2点の強化で作れます。短・中・長期ごとの戦略と、6大資本のそれぞれの関係性をまとめることです。まぁ、もういちどIRフレームワークを見直してください。今のあなたに必要な指針が書かれています。
5. “勝つため”の開示
統合報告書は基本的に投資家向けのメディアですので、経営戦略の視点で言えば「そのサステナビリティ経営戦略で“勝てる”のですか?」という疑問へのアンサーソングであると。もし“勝てる方法論”があるのであれば、それを真っ先に投資家に伝えましょう。
勝てる戦略の開示となると、その開示は投資家の業績予測のヒントになるもの、ということです。だから、散々、ESGの財務インパクトを、と喧伝されるようになっていると。企業の固有の価値創造の変換メカニズムを明確にし、アウトカムを定量化するのです。これができると競合との差も明確になります。マーケティングやブランディングでいう競争優位性とは違う競争優位性とはなります。
そのため、統合報告書は「サステナビリティのビジネスへの貢献をいかに可視化するか」がポイントです。いわゆる「サステナビリティ関連財務情報開示」であり、基本はビジネス(財務)の話をしなければならないわけです。また、統合報告書で、中経を軸に戦略を開示している企業が多いですが、IRフレームワークなどで求められるのは「短・中・長期」の視点なので、中経の単一時間軸(3〜5年)は、表現的に上手くない場合もあるので注意が必要ですね。この時間軸のおける視点は重要です。非財務情報がいつどのように財務インパクトとして発現するのか、つまり「未財務情報」という視点で情報を開示していくことが求められています。
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統合報告書に関しては以下の記事でも、最新情報やオピニオンをまとめています。ぜひチェックしてみてください。
・いま投資家は統合報告書に何を求めているのか
・なぜ統合報告書にパーパスが必要かわかりますか?
・イシュー特化型のサステナビリティレポートは流行るのか
・サステナビリティ情報開示を考えるための最新資料集(2023年上半期)
・サステナビリティ・ブランディングが生み出す価値とは
まとめ
統合報告書の制作は本当に難しいと感じています。今回は5つの制作のポイントをお伝えしましたが、他にも重要なことはたくさんあり、アドバイスし足りないです。このあたりはまた他の記事でまとめていきます。
統合報告書の第三者意見からのコンサルティングのような支援もさせていただくことがありますが、そもそも第三者の意見を聞くなどフィードバックを得ようとしている企業はすごいですよ。普通そこまでしませんから。統合報告書のアワード/ランキングもありますが、まずは「自分たちが100%納得できる統合報告書」を作りましょう。自分たちが納得できないのであれば、たぶん読者も納得できません。
というわけで一部極論がありましたが、これから統合報告書を作る企業の担当の方などは参考にしてみてください。