投資家視点の統合報告書のあり方
投資家は統合報告書に何を求めているのか。これは投資家以外の人たちは皆知りたいことだと思います。私はIRやサステナブル・ファイナンスが専門ではないのですが、昨今のサステナビリティ情報の、投資家からのニーズの高まりを感じています。
当たり前ですが、統合報告書は投資家(ESG評価機関)向けのメディアですから、投資家の情報ニーズにあったコンテンツを開示する必要があります。会社案内パンフレットであれば、自社の自慢をしてればいいですが、統合報告書はガイドラインも存在し、適切なコンテンツを開示しなければなりません。
というわけで、本記事では、IR担当者や投資家サイドの方は知っていることも多いと思いますが、サステナビリティ推進担当者向けということで、統合報告書に関する調査や投資家の意見などをまとめたいと思います。
投資家のESG情報ニーズ
投資家意識調査
投資家は信頼できる情報が不足している中でも気候変動対策を企業の取り組むべき優先事項と認識
・投資家の44%が、気候変動問題への取り組みは企業の優先事項のTOP5に入ると回答
・投資家の78%は、企業報告でグリーンウォッシングが蔓延していると回答
・気候変動問題へのフォーカスは投資家にとってビジネス上の課題であり、3分の2近くが投資収益の増加を重要な動機と回答
出所:PwC(2022)「グローバル投資家意識調査2022」
投資実態調査
・機関投資家はエンゲージメント活動と併せて、ESGリサーチなどの責任投資の推進体制を充実させている。「専門部門・部署があり、専門人材を配置している」との回答が59%にのぼった。「専門部門・部署はないが、専門や兼任の人材を配置している」ところも加えると、全体の85%は人材を配置している。
・2022年度に重視しているエンゲージメントのテーマの首位は「気候変動」(100%)だった。
・2位は「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」(62%)。機関投資家の「人的資本」や「人材の多様性を含む育成と確保」などに対する関心も高い。
・3位は「人権」(58%)。政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定したことが背景にあるようだ。
出所:QUICK(2023)「ESG投資実態調査2022」
投資家が評価する統合報告書(活用ポイント)
・企業価値創造プロセス、マテリアリティ、トップや社外取締役等からのメッセージ、ESGへの取組み状況、前年からの変化等を把握し、主に非財務情報を中心とした定性分析に活用している。
・ESGにおけるTCFDおよび人的資本開示の確認、またガバナンスにおける取締役会の多様性の確認などに活用している。
・任意開示資料である統合報告書については、経営トップの経営戦略や各企業のビジネスモデル(儲ける仕組みであり、利益創出の源泉)を理解する媒体として重視している。
・企業評価の観点では、長期的な企業価値創造に向けて、外部環境や内部要因の重要要素を踏まえて、企業経営が有機的合理的に組み立てられているかを確認する。
・日頃の企業分析と投資意思決定の為の情報収集、並びに独自のESG評価軸に基づく分析の材料として統合報告書を活用。
出所:GPIF(2023)『GPIFの国内株式運用機関が選ぶ「優れた統合報告書」と「改善度の高い統合報告書」P5〜7』
投資家の統合報告書への期待
※上位5項目:トップメッセージ、財務的なKPI、社外役員メッセージ、人的資本に関する取り組み、技術開発に関する取り組み
出所:QUICK|統合報告書を巡る企業と投資家との間のギャップ
統合報告書の適切な文章量
前述の3つの調査で、投資家がどのような開示を求めるか、統合報告書にどんなコンテンツを求めるのか、がだいぶご理解いただけたかと思います。さて、もう一つ話題提供をしたいのですが、アステラス製薬の話です。先日、アステラス製薬が統合報告書のページ数を半分にしたとのニュースがありました。興味深い事例です。個人的には大歓迎です。
――2022年の統合報告書はどのような点を改善しましたか。
情報を取捨選択したことが大きい。想定読者の投資家や株主に聞き取り調査をしたところ、『ボリュームが多い』という指摘を多くいただいた。前回の187ページから今回は92ページと半分程度にボリュームを減らし、読みやすくした。字が多くて読みにくいというコメントもあり、文字数を減らし、図とか表や写真を入れた。――どのような情報を取捨選択しましたか。
コーポレートウェブサイトとほぼ同じ内容を掲載していたところがあるので、この重複箇所をかなり減らした。データの羅列ではなく戦略に沿ったかたちで、データを載せる理由もはっきりさせながら、掲載するようにした。(温暖化ガス排出削減量などの)データを盛り込む際も、その背景をインタビューなどを交えて示すよう心がけた。
アステラス、報告書のページ半減 株主の声で取捨選択
私は以前から、統合報告書は80〜100ページ程度が最適解と考えていました。最初から最後までちゃんと読むとこれぐらいでないと辛いからです。特にアステラスのように200ページ近い統合報告書がちょうどいいって言う人、逆に中身ほとんど読んでないと思いますよ。日本の統合報告書は全般的に文字が多くて、作るほうも読む方も大変です。
投資家やESG評価機関は開示量を求めていますが、統合報告書というメディア単体で考えると、今後のトレンドはどちらにいくのでしょうか。結局、それぞれの企業のサステナビリティサイト等との、開示戦略によって情報量を絞る企業と、さらに増やす企業の二極化するのだと思いますが。
統合報告書のアワードやランキング評価では情報量が明らかに評価に影響しています(実際にあるアワード審査員が100ページ以上必要と発言している)が、実際はすでに情報量が多すぎてもはや人間でチェックできるリソースを超えていると感じています。
これらの理由もあってか、統合報告書の一次チェックをAI(自然言語処理、テキストマイニング含む)でしているという機関投資家やESG評価機関は割と以前からあります。こういう状況は増えているようなので、もし機械を主要読者とするならばページ数は多くてもいいでしょうが、人間だったら100ページくらいがわりと限界な気がします。
参考
出所:KPMG(2023)「日本の企業報告に関する調査2022」
統合報告書に量を求めているのは誰か
また、統合報告書のこれら膨大な非財務情報が、そもそもの投資において本当に有益であるのか、という議論もあります。これらの非財務情報は統合報告書による年次更新であり、ただでさえ増える傾向のある非財務情報は年度が終わって半年くらいたって公表されることも多いです(3月決算企業が8〜9月に発行することは多いです)。最長で情報が1年半前のものとなりタイムリーではないため、運用にはあまり有益でないこともあるし、さらに情報が多いとなると…。私は投資家ではないのでわかりませんが、個人的には昔から言っているとおり、冊子はマテリアルな情報を中心としてある程度コンパクトにまとめ、サステナビリティサイト等でリアルタイム開示をするべき、と今でも思っています。
予算ありきで統合報告書のページ数が決まることも多いですが、少なくとも統合報告書が自社にとってどのような冊子であるべきかは、コンテンツ制作の前にきちんと議論しておくべきでしょう。今でいうと「統合報告書」「有価証券報告書」「サステナビリティサイト」の3つのメディアの立ち位置あたりは明確にしておきたいです。特に投資家は有報は必ず読むはずなので、統合報告書と有報の棲み分けは重要です。サステナビリティ情報の開示義務化によって、有報が統合報告書化している企業もありますので。
参考データ
統合報告書ではありませんが、企業が開示すべきサステナビリティ情報の参考文献として、金融庁が各種関連情報を取りまとめている、特集ページを作っていますので共有します。まずはこちらの一次情報にあたるようにしましょう。特に投資家視点のサステナビリティ経営と開示をしていくには、経産省よりも金融庁ルールがメインですから。
・サステナブルファイナンスの取組み
・サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ
まとめ
企業のサステナビリティ推進担当者向けに、投資家のサステナビリティに関する情報ニーズはどこにあるのか、という情報をまとめ共有させていただきました。
個人的には、アステラスの統合報告書がページ半減、というニュースが衝撃でした。私の主張は間違っていなかった、と。機械ではなく人間を想定読者とするならページ数絞るのが正解と思いますけどね。なぜ多くの企業は毎年増やしていくのか疑問です。
私が統合報告書の制作に関わるのは、全体的な制作アドバイザー、第三者意見、たまにトップメッセージ作成(コンセプト作成から執筆まで)をするくらいです。私自身も精進して投資家等へ有益な情報提供ができるようがんばります。
本記事以外にも、統合報告書に関しては定期的に記事にまとめていますので、さらに情報が欲しい方は以下の関連記事からチェックしてみてください。
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