統合報告書

統合報告書のあり方

統合報告書はいまや600社を超える企業が発行しています。世界でも発行社数は多いほうのようですが、クオリティの話になると一部企業のみが世界基準であとは厳しいなんて意見も聞いたことがあります。

今後は4月の市場再編で、2021年の改訂CGCの影響もあり、プライム企業の1,800社程度は、近い将来、事実上の統合報告書発行に動くでしょうね。そもそもプライム市場が世界レベルの企業群という触れ込みであり、英語の開示情報も少ない、統合報告書(サステナビリティレポート)も出してない、では色々プレッシャーをかけられるでしょう。

10年以上サステナビリティ領域の仕事をしてきて感じるのは、サステナビリティが一気に進むフェーズというのが何度かありまして、その要因の一つは間違いなく規制当局の動きであります。その規制が国内外でつくられてきてますと。直近では改訂CGCですよ。はい。

というわけで、今一度、統合報告書の制作/作成において、2022年以降で注意すべきポイントをまとめたいと思います。皆様の参考になれば幸いです。

統合報告関連のガイドライン

先日、統合報告書を含めた情報開示ガイドラインのまとめ記事を書きました。現状の大きな流れはこちらでキャッチアップしてください。

>>サステナビリティ情報開示ガイドラインまとめ(2022)

統合報告書といえば、開示ガイドラインはIIRC「IRフレームワーク」の一択ですが、サブ扱いとして価値協創ガイダンス、TCFDやSASB、GRIなどのスタンダードも参照ガイドラインと挙げられていました。今、日本発のガイドラインである価値協創ガイダンスは改訂のワーキンググループが動いてまして、今のところ良い方向に進んでいるよう(無理にガラパゴスにしていない)に見えます。

>>第1回 価値協創ガイダンス改訂ワーキング・グループ

あとはガイドラインというか、有報との整合性は以前より格段に強くなっています。統合報告の内容を統合報告書ではなく、有価証券報告書で出す企業もあります。金融庁が毎年「記述情報の開示の好事例集」をだしているので、こちらを参考にしてください。投資家やアナリストのコメントは統合報告書のあるべき姿も表している、とも受け取れます。

ここ数年の流れを見ていると、統合報告書の未来って有報にある(逆もまたしかり)のかも、なんて思ったりもします。個人の妄想ですがかなり現実味を帯びてきています。最近は経産省「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」からの価値創造ストーリーみたいな話もでてきています。

盛り上がる人的資本と生物多様性

さて、サステナビリティ情報開示での話題は、2021年は気候変動でしたね。COP26の影響も大きかったです。2022年の話題はというと、社会の流れを含めて私なら「人的資本」と「生物多様性」を挙げます。

人的資本は、改訂CGCの影響が直接的にあります。人的資本という考え方自体は何年も前からありました。SASBスタンダードで5つの局面の中の一つが人的資本です。IIRCのIRフレームワークで2013年には発表されてました。ですのでオクトパスモデルを考えてきた企業にとっては、概念自体は知っていたけど、ここまで盛り上がるとは、という人は多いと思います。現首相もなぜか義務化を考えていると発言していて非常にホットな話題です。

生物多様性のほうはTNFDですね。これは私の予想が外れたのですが結構盛り上がってます。色々な開示ガイドラインでも生物多様性の話がでております。

で、これらは企業価値や財務アウトカムとの関係性を問われるので、開示メディアはサステナビリティレポートではなく、統合報告書になるだろう、ということですね。人的資本や生物多様性への対応が、どれだけ価値創造や財務インパクトを生み出すか。この命題を開示までまとめられる企業は…ありますかね?

統合は財務報告?

昨今の流れでは、統合報告書は「サステナビリティ関連財務情報開示」という認識がセオリーになりつつあるかと思います。視点はシングルマテリアリティで、企業価値の創出/損失に関連するサステナビリティ事項の報告です。

ヨーロッパはダブルマテリアリティの視点が強いですが、統合報告書はあくまでも財務報告に近い要素が求められています。読者に無形価値を見える化して価値/資産として認識してもらうことが必要で、ダブルマテリアリティは重要ですが、統合報告書はサステナビリティレポートではないので、財務的視点が求められる、と。定量化されるものばかりではないけど経済的視点(財務側面)から語る必要があります。

そもそも、シングルとダブルの二元論でまとめるのもナンセンスなのですが、どうしても制作コンセプトを突き詰めると、シングルに寄らざるを得ないのでしょう。コネクティビティ(財務との繋がり)というか。前から言っていますが、統合報告書はバリューレポーティングなんですよ。企業価値についてまとめたものなのです。

どこぞのグローバルイニシアティブもバリューレポーティングの冠ついてるでしょ?そういうことです。統合というと何と何を統合するか、という話になりますが、もう企業経営において価値創造に関わるすべてを開示すべきであり、特定の、ピンポイントな事象を合わせればいいという話ではないのです。究極的には、統合報告書の目次や見出しはすべて「価値創造の〇〇〇〇」になるべきなのです(100%無理ですが)。

オクトパスモデルの弊害

カラフルできれいな「価値創造プロセス図(≒オクトパスモデル)」がある統合報告書はたくさんあります。一見カッコいいのだけど、結局どんな価値を生み出したいのか伝わってこないものも多いです。個人的に苦手なのは「矢印」がやたら多い価値創造プロセス図。確かに価値創出はすべての線がまっすぐに伸びてるわけないけど、それにしても線が多いと、5分、10分その図を眺めていても、何を読み取ればよいのかわからない。

逆にシンプルすぎて、この価値創造プロセス図から何を読み取ればいいかわからない、という統合報告書もあります。「わかりやすさ」の定義は色々ありますが、一つは「読者に考えさせたり気を使わせるデザインになっていない」があります。読者に物事を伝えるのに考えさせたら負けです。

オクトパスモデルは率直にわかりにくい。IRフレームワークで示される要素のみで完結する図はほぼなく、多くの注釈やコメントがついた“暴走するタコ”も結構あります。見開きページの図の要素が多すぎて、何を見ればいいかわからないのです。はっきり言ってビジネスモデルを確実に説明できるならば、文章でもよいと思います。

一方で、統合報告書の価値創造モデルがわかりにくいいけど、エンゲージメントの材料なのでそんなものである、という見方もあるようです。あの図をパッと見て理解できないからこそ、対話の中で議論が進むというロジック。まぁ、気持ちはわかるけど、やはりわかりやすさが必要と思いますが。

それでいうなら、私は価値創造プロセスは統合報告書の1ページ目から始まってる、と思っています。あの図を補足するストーリーこそ重要というか。価値創造プロセス図がわかりにくいのは、そこに至るまでの背景情報の説明が不足しているという可能性が高いと仮説を持っています。価値創造の話を一切してないのに、急にあの図がでてきたら、理解しにくいのも頷けます。

あと、わかりにくさでいえば、英語版の統合報告書が読みにくいとフィードバックされるという話はよく聞くところ。そもそも曖昧な日本語で作られた統合報告書を英語にするから、当然英語版も不自然なものになってしまいます。日本の統合報告書の評価が低いのは図解ではなく日本語自体が問題と。コーポレートガバナンスコードでは、プライムは英語での情報開示が必須とされているので、今後は改善されることも多いと思いますが、これも根本的な問題でなかなか悩ましい課題です。

相対価値と絶対価値

私の持論として統合報告では「独自性」が知りたいと考えています。同業他社と比べた業界水準との相対価値ではなく、我々はこんな未来を目指しているぞ、こんな想いでビジネスしているぞ、という情熱というか。特に成熟した業界は相対的にではなく、絶対的な価値・個性を出してほしい。リスク管理は業界内企業であればどこもほぼ同じなるはずなので、事業機会をドーンとアピールしてほしいです。私は貴社の素晴らしい部分を知りたいんですよ。

真の差別化戦略というのは、同じ領域において、優れている・見せ方が違う、という比較優劣の話ではなく、異なる領域の価値を生み出すことのはずです。独自性のある価値とは他には無いものであるべき。比較ではなく、そこでしか体験できない価値の開発。何度真似されようが新しい価値創りに向き合い続ける。これは理想論ですが、差別化戦略は相対的なものではなく絶対的なものを期待します。このあたりの課題からパーパスがでてきた線もあると思います。

統合報告書を見ると、CO2排出量の削減や、持続可能な原材料しか使わないといった、「ビジネスに伴うネガティブな影響を減らす」というメッセージが目につきます。しかし、それだけだと価値を生み出しているとは表現できていません。CGCが言う「サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応」をするためには、むしろポジティブ・インパクトにフォーカスすることが重要です。事業を通じて世のなかのニーズにどう応えていくのか、その結果、企業価値をどれだけ向上することができるのかを、これからは自分たちの言葉で伝えていく必要があるのではないでしょうか。そうなると、KPIがめちゃくちゃ重要だったりするのですが…。

バランスが重要

価値創造プロセスは、まず社会のサステナビリティと自社のサステナビリティが共通する領域を絞り込み、その中で、自社の企業価値向上に明確に資するところを追求する。ここでしっかり稼がなくては次に続かないからです。まさにここがマテリアリティです。

その上で、共通領域を広げていく。今のところ共通化できないが、少しでも貢献したいと思うところがあれば、社会的価値優先で活動することが一部あってもよいです。ブランドの向上、人材の活用、コミュニティのサポート、バリューチェーンの広がりなど、社会貢献がいつか自社の企業価値にも寄与してくると考えられます。ESG的には、慈善活動(フィランソロピー)はプッシュされてませんけど、企業価値向上に貢献する慈善活動があるなら、それはコストかけて取り組むべきことだと思うのです。求めるべきは手段ではなくアウトカムであると。

そう考えると、価値創造に重要な概念は「転換」ではないでしょうか。非財務から財務への転換、人的資本から財務インパクトへの転換、など。アウトプットからアウトカムへ、コネクティビティでもあるけど、価値の転換の流れをどれだけ具体的に開示できるか。

時間軸の戦略構造

統合報告書の「時間軸」の話はとても重要。サステナビリティ推進活動が、短中長期のどこで財務リターンが期待されるのか、そのインパクトはどの程度か、などなど。これはある人が言っていてなるほどと思ったのですが「時間軸で必要なのは短期と長期であり中期は基本的に意味はない」という話です。

中期の計画が必要ないとは言いませんが、サステナビリティ分野では中途半端な時間軸なんですよね。一番コストがかかって価値を生み出せていない時期というか。ですので、中経は基本的にマテリアリティと相性が悪いです。マテリアリティは1年で変わることもあるからです。社会が大きく変わったのに、中経だからと3年間も目標/KPIを変更しないのですか?と。(現実的に変更が難しいのはわかりますが…)

時間軸とはやや離れますが、統合報告書では再現性のあるデータを開示する必要があります。それはなぜか。価値創造の再現性(プロセスとデータ)が見つけられば、それを繰り返すことで新しい価値をほぼ無限に増やすことができるからです。逆に、再現性のない価値創造モデルは単発であり、中長期的にみれば、すぐにコモディティ化する短絡的なビジネスモデルと見られてしまいます。

統合報告書は、結局、今後10年をどう儲けていくのよ、という話です。直近の業績予想なんかは財務分析から考えることができますが、非財務は5年後や10年後に価値を最大化させようという話であり、これは説明してもらわないとよくわからないのです。人間って単純で「未来が今よりよくなる」って思えたら明日が楽しみになる(投資したくなる)のです。別にESG全項目がよくなる必要はなくて、企業として継続的に前に進んでいることをどれだけ示せるか。時間軸の具体性はじつはめちゃくちゃ統合報告書で重要なのではないかと思うのであります。

まとめ

統合報告書を制作するにあたり、どのような視点が必要なのかをまとめました。ガイドラインに準拠するだけではダメだし、だからといって自由に開示しすぎるのも危険であると。

やっぱり統合報告書はバリューレポーティングであるべきであり、ビジネスモデルと価値創造をどこまでコネクトできるかが、発行企業に求められるところであります。統合報告書の作成は、サステナビリティレポートよりも難易度は相当高いです。しかし、これがうまくまとまるとハイレベルのESG情報開示が行えるようになります。

統合報告書については、以下の記事にも色々な視点をまとめていますので、参考にしてみてください。

関連記事
ノイズの少ない統合報告書にするために考えるべきこと
統合報告書制作で役に立つアワード/格付け2021
統合報告書の定義や目的が明確に