統合報告書

統合報告書の価値とは

私は、全上場企業が統合報告書を発行すべきである、と考えています。しかし、現実的に、全上場企業約3,800社の中で発行しているのは600社程度という、全体の20%にも満たない企業だけが対応しているのみです。一応、統合報告書に近いサステナビリティ・レポートもあるので、事実上20%弱が発行している、と考えればよいでしょう。それでも少ない。もうじきIIRCのIRフレームワーク発表から10年、CSR元年から20年、となるのに。

私は、今の統合報告書は過渡期だと思っています。IIRCのIRフレームワークが2021年1月に改定され、IIRCがもうすぐSASBと合併したりと、統合報告書の事実上の開示ガイドラインであるIIRCに大きな動きがあったのが一つ。もう一つは、TCFDなど、開示ガイドラインのグローバルスタンダードの覇権争いが、終盤戦となり、最終候補が出揃い始めたのもあります。

近年、企業経営においてESGやSDGsへの関心が集まり、財務情報のみでは判断できない「目に見えない資本の価値」を、企業判断の軸として重要視し始めています。その一方で、いかにESG活動の成果を実証し企業価値に結び付けていくか、課題感を持っている企業も多い現状です。

そんな何度目の過渡期(とはいえ何十年も前から過渡期ではない年はないのですが)となる2021-2022年シーズン。あらためて、統合報告書と価値創造およびノイズについてまとめます。

なぜ価値創造ストーリーが必要か

統合報告書の課題で100%登場する「価値創造ストーリーがうまく作れない」というもの。実際に難しいです。制作支援会社担当者と企業側担当者だけでどうにかなるものではなく、企業の部門横断での概念整理が必要ですし、制作支援会社のアイディアも第三者の専門家等の客観的評価を受けなければ独善に陥りがちです。

そういう時はまず基本に立ち返りましょう。そもそも、統合報告書自体の価値とは、「投資家などがその会社の良い部分を知りたいから読む」ものだったはずです。ここでいう「良い部分」とは財務的な側面だけではなく、非財務的な側面になります。

非財務側面ってなんやねんというと、価値自体はお金ではないけど、価値を創出できればお金を手に入れられる、という趣旨のもの。資本の創出/増強とも言えます。イメージとしては、財務資本に付加価値を生み出す(非財務分野の)源泉はどこか。そして非財務資本が、価値創造するプロセスはどのようなものか、ということ。価値そのものではなく、その源泉/発生源からのストーリーの解説です。

今の貴社の統合報告書を読んで、ステークホルダーはビジネスモデルの付加価値を理解できるでしょうか。ビジネスモデル自体の価値は、同業他社とたいして変わりません。しかし、付加価値や価値創造プロセスは企業固有のものです。だから、他社ではなく、貴社が生み出せる価値を教えてくれというのが、情報ニーズになります。

ですから、パーパスからマテリアリティ、そしてPDCA(目標と実績)までの流れを、他社のコピペでなく作ることができれば、本来的には同業他社と同じプロセスになることはなく、価値創造ストーリー自体が独自性を持つようになるのです。だから、IRフレームワークが登場した当初から、価値創造ストーリーって重要だよね、と言われてきたはずです。

ニュースバリューのある統合報告書

そのレポーティングにはニュースバリューがあるのか。そしてそのニュースは、読者のどんな課題を解決できる、もしくは意思決定に貢献する冊子およびウェブサイトなのか。

統合報告書は、投資家が非財務分析を行うための媒体であり、投資家にとって企業評価を行うためのニュースバリューがある情報が掲載されていることが前提となります。投資家にとってのマテリアルな項目です。

つまり、ここで議論すべきは「投資家の情報ニーズを満たす統合報告書」についてです。統合報告書はマルチステークホルダー向けのものではなく、投資家向けのものです。つまり、分野としては、サステナビリティではなくIRカテゴリのコミュニケーション・ツールです。まずは、これを前提にしなければなりません。統合報告書には、投資家や評価機関にとってニュースバリューがある情報がなければなりません。

では、投資家にとっての価値のある情報というと「これまでどうだったか」よりも「今後はこうする」を開示すべきです。これまで、の話は有価証券報告書をはじめ、様々な財務関連書類で読み取ることができます。最近は有価証券報告書でもESG関連の項目が増えてますよね。

上場企業はビジネスモデルを漫然と紹介するだけでは不十分で、作り出した価値を統合報告書などを通してステークホルダーに“伝える”必要があります。統合報告書は、価値を「作る手段」なのではなく、あくまで「伝える」手段なのです。価値創造ストーリーをどんなに作り込もうが、生み出されてきた価値の総量が変わることはありません。価値生み出しているのは、価値創造ストーリーの図ではなく、日々の従業員ひとりひとりの行動ですから

このあたりをふまえながら、投資家にとってニュースバリューのある情報をできる限り掲載することが必要です。そういう意味では、雑誌のような読者の興味に寄り添うようなコンテンツが求められているのかもしれません。

読者不在の統合報告

サステナビリティ推進が投資家に理解されていないのではないか。ESGやSDGsへの取り組みが、企業の経済的価値創出や競争優位性とどう結びつくのか。社会的価値と経済的価値の両立を投資家に分かってもらえるのか。こうした点が情報発信をする企業と読者(投資家)におけるギャップになっているのではないでしょうか。

投資家も、財務分析などの過去実績を評価することはできます。ですが、サステナビリティなど新しい取り組みであればあるほど、過去の事例は参考にならないことがあります。ここをどう説明していくか。

ここが統合報告書での価値創造ストーリーだったりするのですが、まず単純に、投資家が成長の仮説を描ける情報を提供する、というのがセオリーでしょう。統合報告書は、投資家にどのようにポジティブな想像をされるか、です。投資家は、将来を予想して意思決定をするわけです。だから、投資家に、いかに価値創造ができる会社かをイメージされる情報提供がポイントになるのです。

投資はロジックもありますが連想ゲーム(風が吹けば桶屋が儲かる理論)的側面もあり、読者に未来やバウンダリー外をイメージさせられたら勝ちです。社会がこうなるから、こういう事業領域を強化することで、売上げが伸び株価が上がる、と。だからこそ、統合報告は、投資家に自社の可能性を示すものでなければならないと。

この例は極端だとしても、統合報告書は、評価機関向けではなく、これらの可能性と仮説検証を投資家に伝えていくメディア、という割り切りをすることで、読者不在の最悪な状況は避けられるのかなと。

極論、そのサステナビリティ推進活動はどう株主のためになっているのか、を説明しましょう、です。サステナビリティは、企業と社会・ステークホルダー間の利害対立に対して、課題解決をしていく活動でもあります。利害対立とは、たとえば、株主への配当を減らしてでも環境活動をしていいのか、という課題です。

身も蓋もないですが、どんな戦略も活動も、すべてのステークホルダーのニーズを同時に満たすことはありません。だから様々な活動をするわけですが、株主の利益に直接つながらない事柄があるからこそ、サステナビリティの意義を丁寧に説明する必要があるのです。もちろん、伝えるだけではなく結果を残す必要もあります。世界でトップレベルのESG評価を受けていた企業でも、株価・業績が伸び悩み(微減し)、実際のガバナンス課題を解決できないとなりCEOがクビになっています。

統合報告書の成果

EとSのアウトカム(成果)やインパクト(社会的影響)は、徐々に明確になってきていますが、ガバナンスのアウトカムはむずかしいです。論文がなくはないし計測できなくはないでしょうけど、コーポレートガバナンスの社会的価値とか、もうよくわからんです。

あと成果でいえば、ESGに関する報告がポジティブな物が多すぎます。これは、ネガティブな側面を調べ切れていない可能性も高く、ビジネスへのネガティブインパクトまで直視できておらず、都合の良い解釈で表層的な対応しかできていのではない可能性があります。表現がうまい統合報告は、ネガティブな要素を開示しながならも、うまくポジティブにまとめあげているというか。

統合報告書で必要な要素として、レポーティングのマイルストーンは「市場、セクター、自社のESG課題の認識」「マテリアリティ分析」「短、中、長期の目標設定」「ゴールまでのロードマップ」「情報開示戦略の立案」あたりでしょうか。このあたりを、定量化していくと、投資家サイドはわかりやすいでしょう。KDDIやエーザイの「YANAGIモデル」とかは代表的な視点かと思います。

統合報告書におけるノイズ

最近、統合報告書関連でノイズの話をよく聞くようになりました。つまり、投資家の企業理解に貢献しにくい情報が増えて、投資家が欲しい情報にたどりつきにくくなってる可能性があると。業績や企業価値の向上に貢献しにくい、たとえば慈善活動などの活動報告を統合報告書でされても、投資家がそこから何を読み取ればよいかわからない、と。

ビジネスモデルの詳細をどんなに書いても、投資家の頭の中で真実には辿りつきません。日本の統合報告書の傾向として「詳細は書けるが大きいことが言えない」というのもあるかもしれません。だからこそ、パーパスやマテリアリティからの価値創造とPDCAという、スタートが大きなところから入る。全体図がないままに詳細から詰めるとノイズが生まれやすいです。

統合報告書ではIIRCがありますが、このフレームワークでは「財務資本」以外にも5つの「非財務の資本(人的資本、知的資本、製造資本、社会関係資本、自然資本)」を定義付けています。日本企業の場合、ESGのSが開示不足とされるのは、そもそも人的資本に自体にどんな項目が入るのか理解できていないからもあるようです。

統合報告は様々な側面から資本について解説する媒体ですから、資本以外の話題は、最終的に資本につながる(価値創造に貢献する)もの以外はノイズになる可能性があります。いつも「足りないこと」ばかりが指摘される世界の中で足し算でコンテンツを揃えた結果として情報過多という。そういう作業をするとノイズも増えがちです。答えがあるとすれば、マテリアルな情報以外でノイズとなりそうなものは、ウェブサイトへまとめ総合的かつ網羅的に開示していることなのかもしれません。

ちなみに、投資家はどういった分野に興味を持っているかというと、QUICK ESG研究所が日本国内に拠点を置く機関投資家を対象に実施した「ESG投資実態調査2020」によれば、2020年度に重視するエンゲージメント(投資先企業との対話)テーマとして、トップ3に「気候変動」「労働慣行(健康と安全)」「人権」が入っています。ということは、これらが統合報告の読者ニーズ(投資家の知りたいこと)であるので、積極的に開示しましょうということです。たとえば、少なくともこれらの項目はノイズにはならない項目と言えます。

まとめ

昨今の統合報告書の議論は、価値創造に関する本質的なものに移行している印象ですが、いくつか私が気になっているトピックスを本記事では紹介しました。

統合報告書は大きく2つの要素にわかれます。定められた最低限開示すべき規定開示項目と、自社らしさを明確にする価値創造ストーリーとなる自由開示項目の2つです。統合報告書自体の価値は、当然後者になるわけですが、規定がない中で自分たちで自分たちの開示ルールを作るという、多くの日本企業が苦手な部分になります。難易度高い!活動報告が中心のサステナビリティ・レポートの延長で統合報告書を考えると痛い目に遭います。

では自社の価値を的確に表現し、報告書自体の価値を高めるにはどうしたらよいか、と思う人がほとんどだと思いますが、それこそ唯一絶対の方法論はなく、ケースバイケースなので、私のようなコンサルタントがいるというわけです。お手伝いしまっせ。

トピックとしては、統合報告書の情報網羅性(情報量)が増えてきたからこそ、ノイズという課題が生まれてきたわけだし、何かの課題を解決すると次の課題が見つかるという、ゴールのないマラソンが続くわけであり、サステナビリティ担当者の業務って、本当にタフだなと感じています。陰ながらみなさまを応援しております。

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