バリューレポーティングの価値とは
今の統合報告書からさらにレベルを上げたいなら、そもそもの概念を「バリューレポート」に進化させるしかないです。
統合報告書は、一般的には財務情報と非財務情報を統合して報告するメディアでありますが、最近、私はこれではないかも、と思いはじめました。つまり、財務と非財務が別の話である前提が、そもそも間違っているという可能性に気づいたというか。
では何を統合した報告書であるべきなのかというと、それは「価値」です。どこぞのグローバル・イニシアティブの名称のようにバリューレポーティングであるべきなのでは、と。ちなみに統合報告書の名称がバリューレポートである企業はいくつもありますが、中身としてはお世辞にもバリューに対して、的確に開示されていると感じる企業は多くないです。
財務と非財務をむりやりロジックで繋げようとしているから矛盾が生まれてしまうのであって、そもそも、財務でも非財務でも価値という共通項で統合すれば、意外とすっきりするんですよね。財務・非財務で生み出す価値と守る価値(リスクと機会)という視点でまとめるというか。価値という視点でみれば、財務も非財務も企業経営やビジネスモデルなどすべてに存在するので矛盾しません。
というわけで、本記事では統合報告書制作におけるいくつかのポイントを価値という視点でまとめます。
統合思考と実践
ここ数年で、日本企業の統合報告書は格段にレベルが上がってきています。こうコメントする有識者は多いし私も同感です。しかし、情報開示のレベルが全体的に上がる中であらたな問題が出てきました。私はそれを「それ実践できてないのでは問題」と名付けておきます。
経営陣や担当部門だけが統合思考になったとしても、現場の従業員は本当に理解できていないこともあります。統合報告の内容が“綺麗事”で終わってしまい、実行されていないケースもよく見聞きします。「従業員は人財です」と言っている会社が労働問題を抱えていたり、当社は気候変動問題対応をしっかりしてます!というところが、環境負荷の高い業務を外注しているだけだったとか、笑えませんが実話です。
こういう企業を何ウォッシュというかわかりませんが、情報開示では綺麗に言っているけど実践できてないよね、と。サステナビリティ界隈では、実践ができないのに宣言やら開示やら行われていますが、まったく意味がありません。企業の実態を知っている人間からすれば“合法的な詐欺”に近いのではないでしょうか。
綺麗事は大いに結構。サステナビリティを語るのだから、大言壮語、ビックマウス、どんどんいったれ。しかし、口だけ、はダメです。この「言行一致」しないことを巷では“ウォッシュ”といいます。
良い統合報告書はどうかと言うと言行一致ができています。宣言したことを本気で達成しようと動く企業です。本来は当たり前なのですが、実際は宣言で終わってしまう企業があるのが事実です。そういう企業の統合報告書は、よく読めば矛盾しているところがいくつもありますし。特に素晴らしくなおかつ抽象的なコピーライティングが続く場合は、疑ったほうが早いです。だからいつも言っていますよね。統合報告でもサステナビリティ・レポーティングでも「具体性が重要」です、と。
開示情報と実践に差異があるということは、自分の首を絞めていることなのに、体裁を取り繕うことに全集中しすぎて、ロジックが破綻してますよ…。価値を生むのは「価値創造プロセスの図」ではなく「日々の通常業務の積み重ね」ですから。
統合報告書のありかた
統合報告書だけではありませんが「情報の質は受け手が決める」が原理原則です。ピータードラッカーも著書で言っています。どんなに自分が素晴らしい人間だと思っていても、他人にそう思わなければ、そうではないということです。統合報告書の良し悪しは読者が決めるということです。
社内外のステークホルダーからフィードバックを得ながら、情報開示のやり方や内容を変え続けることが、情報発信の質をあげる唯一の方法になります。そのため、情報開示はステークホルダーのインサイト(本音・ニーズ)の把握が必要です。ステークホルダーは何を求めているのか、何に関心を持っているのか、を徹底的に調べ想像します。場合によってはアンケートやインタビューを行ってインサイトを見極める場合もあります。
あとデータの取り扱いも注意が必要です。最近は、ESGやSDGsの活動をデータ化するというサービスが勃興しておりますが、投資家はデータを求めるからと、データの開示に力を入れすぎる企業もあります。ESGデータはただのエビデンスです。あくまでもストーリーが重要なのです。数値(データ)はそれ自体に意味を内包しません。他の数値や背景と対比することで、数値に意味が生まれます。
極論、統合報告書に必要なのはデータではなく「仮説」です。ここでいう仮説とは、中長期を見据えたサステナビリティ戦略も含みます。データはあくまでもエビデンスの一つであり、仮説の正しさを証明するだけのものです。主役ではありません。主役は価値(価値創造の仮説)をどう表現するか、です。データは価値創造の名脇役にすぎません。
そういう意味では、統合報告書とは、可視化です。価値創出を中心に、財務報告ではしてこなかった、言語化されなかった価値を明文化するレポーティング方式でもあります。価値創造ストーリーはまさにそれです。企業が持っている価値を言語化することで、その価値を認めてもらおうという、企業のアピール書類です。
ちなみに、あなたは、自社の発行する統合報告書の「キーメッセージ」が何か考えたことがありますか?読者に絶対覚えてもらいたい、唯一無二の伝えるべきメッセージは何でしょうか。そのメッセージを適切に強調できているでしょうか。具体的にいえば、読者が貴社の統合報告書を読み終えた時、この統合報告書が伝えたかったことは何か、を覚えていることが重要なのです。
200ページの超重量級の統合報告書を作っても、読み終えた読者が(情報が多すぎて)何も内容を覚えていないのでは意味がありません。逆に40ページであっても、キーメッセージが明確なら、価値を正しく伝っている可能性が高いです。企業は、できるだけ多くの情報を統合報告書に盛り込もうとしますが、どうでもいいです。メッセージは何か、生み出されている価値は何か、これがわかればあとはオマケです。
価値創造の発生源はどこか
今、ステークホルダー主義が叫ばれるのは、企業価値はバリューチェーン全体で作り上げるものであり、企業単体で生み出せるものではないと気づいたからもありますね。
あと非財務情報はESG情報であるとの誤解が多く見られます。企業の価値創造メカニズムの中で特に重要な役割を占めている非財務要素は、従業員の意欲、リーダーシップ、意思決定スピード、技術的優位性、独自性など、いわゆる知的資本に属するものが多くあります。これらはESGのどのカテゴリーにも入りませんが、極めて重要な非財務要素です。
価値の発生源をあまり狭く考えすぎないのも必要です。ESGという枠だと、企業文化などの無形資産への投資などが表現できないため、最近は、ESGの前段階にあるパーパスやミッション・ビジョン・バリューなどの理念体系の重要性が見直されている側面がありますよね。もちろん、すべてのESG項目が価値創造につながるわけではありません。だからこそ、特に価値創出に貢献する項目をマテリアリティにしよう、という話があるわけです。
価値創造という視点で考えると、統合報告はもっと事業に関する「人」の話をすべきです。従業員もそうだし、その従業員が実践の軸とする、企業文化や企業理念などの無形資産に関する情報を掲載すべきです。そしてそれらがどのような価値を生み出しているのかを伝えましょう。
IIRCのフレームワークは、オクトパスモデルを見るとわかると思いますが、ビジネスモデルの話なので、パーパスとかまとめにくい側面もあります。オクトパスモデルに「使命とビジョン」という項目もありますが、私は「6つの資本」まで使命とビジョンに内包されるべき(企業のバリューチェーンなので)と考えています。
価値を生み出すのはESGやビジネスモデルだけではないから、資本の論理だけにとらわれない価値創造ストーリーが必要です。資本だけの話であれば結構財務側面で語れますから。
もっと細かく言えば、価値創造プロセスのまさに価値創造の流れである「インプット→アウトプット→アウトカム」の流れを説明できているかどうかです。すべての事業では、当然、ネガティブなアウトカムも生まれます。モノを作れば環境負荷がかかる(CO2排出が増える)とか。アウトカムの時間軸も異なりますので、改訂オクトパスモデルができたのですから。
「社会から企業が受ける影響」もリスクですが、「事業活動で生み出されてしまうネガティブなアウトカムをどうするか」もリスク管理です。これはダブルマテリアリティの議論なので、統合報告書では必ずしも求められませんが、サステナビリティ・レポーティングでは重要になります。
まとめ
もう一度書きます。統合報告書はバリューレポーティングであるべきです。財務と非財務の統合報告ではなく、アウトカムとしての財務インパクトと非財務資本創出の統合報告であるべきです。
私が「社会的責任と価値」についてきちんと考え始めたのは、拙著『創発型責任経営』(日本経済新聞出版、2019)の執筆過程(2017〜2019年)で学んだ、共著者の神戸大学副学長である國部克彦先生が「責任が価値を生む」という概念を説明されていたことです。財務資本だけではなく、非財務資本や社会的責任への対応が価値を生むこともあると。(先生間違ってたらすみません)
つまり、価値についての考察は、統合報告だけではなく、サステナビリティ・レポーティングでも重要だよ、ということです。詳しくことは『創発型責任経営』を読んでね!
今、まさに制作中という企業も多いと思いますが、第三者としてみなさまの2021年発行分の統合報告書を楽しみにしています。ちなみに、当社に挨拶も兼ねて郵送いただく企業もありますが、印刷も輸送もエコでないので、メールでPDFのURLを教えていただければチェックして簡単ですがコメント返すので、そうしてください。
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