価値を生むエンゲージメント

ステークホルダーエンゲージメントは、古くて新しいなかなか難しい課題の一つです。ここ数年のESG投資の盛り上がりで、投資家とのエンゲージメントの重要性は広まっていますが、すべてのステークホルダーとのエンゲージメントとなると、対応は厳しいものです。

サステナビリティにおけるエンゲージメントとは、IR視点でいう「目的のある対話」とは少し異なり、いわゆるコミュニケーションに近いものだと考えています。しかし、大手企業では、この5〜10年で一通りのステークホルダーエンゲージメントは行なっており、さらに一歩進んだ取り組みとなると、一体何をしたら良いのだと思うこともあるでしょう。

そこで本記事では、ステークホルダーエンゲージメントのヒントになるであろう視点をいくつか紹介したいと思います。上場企業であれば、エンゲージメントはいかに価値創造に貢献するか、という視点の一択だと思いますが。ともあれ今後の活動の参考にしてみてください。

エンゲージメントの意義

私は、それこそ10年以上前から、持論としてサステナビリティ推進の目的は「信頼される企業になるため」であると言っています。サステナビリティの具体的な活動であるステークホルダー・エンゲージメントを通じ、ステークホルダーから信頼を獲得することによって、信頼が価値となって企業へのリターンとなるのです。たとえば、BtoCでいえば、企業名を知っていて信頼されている企業であれば、商品・サービスも売れますから。

で、結局のところ、何を持ってエンゲージメントするかというと「情報」なわけです。情報を発信するだけではなく、まとめたり整理したりすることでもエンゲージメントが生まれます。ただし情報自体には文脈がないため、ステークホルダーに丁寧に説明する必要があります。

しかしそこで大きな問題に気づきます。企業(担当者)は、ステークホルダーを知っているようでじつは理解しきれていないのではないか、と。解像度高くステークホルダーとのコミュニケーションを取っている例は実は多くないんです。

ステークホルダーを知らないとは、すなわちすべてのサステナビリティ施策の根幹が揺らぐといっても過言ではありません。ステークホルダーのことを知れば知るほど、意味のない施策があぶり出されていきます。これ自体は精査の一つなので悪いことではないですが、社内の誰も気づかず「なんちゃってエンゲージメント」を進めている企業は結構あります。私は気づいてますよ。御社のことですからね。

ステークホルダーをコントロールする

企業はステークホルダーをなんとかコントロールしようとする傾向がありますが、エンゲージメントとは双方向であり、ステークホルダー側もまた企業をコントロールしようとするのです。まさに「深淵を覗く時、深淵もまた覗いている」ということです。つまり、株主・投資家以外のステークホルダーのガバナンスという作用も考慮にいれるべきです。企業は常にステークホルダーに試されているのです。まずはこれを理解しましょう。

サステナビリティとは、次世代のための経営というだけではなく、ステークホルダーとの合意形成でもあります。サステナビリティは、ステークホルダーとの“関係性のマネジメント(≒エンゲージメント)”を行い、リスクの最小化、機会の最大化、を目的とするものでもあります。

エンゲージメント活動を通じ、相互関係にあるからこそ価値が生まれるのであり、一方的な企業からの情報発信では生まれません。そう考えると、これからのステークホルダーエンゲージメントには「事業と社会ニーズが折り合っていること」「未来においてステークホルダーにどんな体験を提供できるか」「ステークホルダーが参加できる余地がある」あたりが、ポイントになりそうです。

エンゲージメントのポイント

他にステークホルダーエンゲージメントで重要なことは「ステークホルダーが共感できる課題設定」「その課題を解決するアクションプランの創出」などでしょうか。共感が重要とはどの分野でも言われることですが、ポイント課題設定のほうです。アジェンダセッティングというか。

本来は、サステナビリティ推進部門の顧客とはステークホルダーです。しかし、大手企業では、社内政治や他部門との交渉に時間を使うことも多く、ステークホルダーの顔を簡単に見失うし、誰のためのサステナビリティかわからなくなります。

これは株主含めてですが、取引先・顧客・従業員・地域社会など、さまざまなステークホルダーが共感(≒納得)できる課題設定をできないとなんの価値も生み出せません。形骸化されたエンゲージメントという名の独り言を永遠に言い続けるだけです。

ステークホルダーとの信頼

ステークホルダーが欲しいのは結果(社会的成果≒自分達のメリット)であり、単なる宣言や意気込みではありません。結果は行動することでしか生み出すことはできないため、行動を伴わないものはすべてウォッシュだとも言えます。

信頼とは「相手に対する関心」から生まれるものであり、ルールから生まれるものではありません。ステークホルダーに関心を持ってもらえる情報開示ができているのか。GRIにそう書いてあったからとステークホルダーと指定されてもありがた迷惑なだけです。

コミュニケーションは“相手”から始めなければなりません。ステークホルダーエンゲージメントの趣旨は、ステークホルダーからのフィードバックであって、想いを伝えるだけでは不十分です。今まではそれで通じた部分もあるかもしれませんが、今後は無理です。

聞き手中心の言葉を使うこと。聞き手のことを第一に考えようと努め、ステークホルダーのニーズ、価値観、関心、などに自社のメッセージを合わせるのです。これを実行するには、時間を費やしてステークホルダーを理解し、自社のメッセージを相応に調整する必要があります。ステークホルダーはどんな言葉、逸話、関連情報、事例にみずからを関連付けるだろう。どんなテーマや価値観の下にここに集まっているのか。これらのことを深く考え、ステークホルダーに共通するものを見つけ出すのです。

「どうやったらステークホルダーのインサイトって見つけられますか? 」と聞かれることがありますが、そんなのわかりませんよ。極論、人の数だけ想いがあるし、人間は色々な顔(たとえば私でいえば、40歳・男性・父親・ワイン好き・Mac歴20年・都内在住・長野県出身、など様々な側面)があるので、日本人だけでも何億ものステークホルダーがいることになるし、決めつけはできません。

企業は感動的で共感のできるストーリーさえ勇気を持って語ればいいと思いがちですが、ちょっと違います。その共感は、主導権は企業側にあって協働的ではないというか。もっと、ステークホルダーが主語になるような、参加ができる余地があってもいいかなと。たとえば「CSRイベントの活動報告」ではなく「CSRイベントの参加者募集告知」のような。

企業がステークホルダーを知ろうとして、コミュニケーションを重ねること自体が、信頼や価値を生むのだと、最近は思っています。

エンゲージメントのアウトカムと価値創造

御社では、ステークホルダー・エンゲージメントの目的と成果を明確に定義してますでしょうか。2010年代とは違い、20年代ではずいぶんエンゲージメントの方法論(手段)は揃いましたが、目的が混乱している企業が多いように見えます。

たとえば、情報開示でいえば、サステナビリティ情報がどれくらいのステークホルダーに届いているかというアウトプットの評価から、情報が届いたことによってステークホルダーの意識がどのように変わり行動したのかというアウトカム評価を重視しなければなりません。IIRCでもアウトプットとアウトカムを明確に区分しなさいとしてたと思います。

私は、ステークホルダーエンゲージメントこそが、サステナビリティ推進で最も重要なアクションだと考えています。それは、ISO26000で重要な要素として取り上げられているというのもあるし、価値創造という視点でも、ステークホルダーとの関係性強化は、それ自体が価値(資本)になりうるからです。

たとえば、企業が共創的なサステナビリティ推進を消費者と行い、関係を構築できた顧客は、その企業の長期的価値を形成する重要な「資本」とも考えられるのです。その価値は物質ではないので上限なく生産できます。

企業でもステークホルダーでも、価値観とは社会の変化とともに揺れ動くものです。だからこそ継続的なステークホルダーとのエンゲージメントが必要だし、企業は常にステークホルダーからフィードバックを受け軌道修正し続けなければなりません。

人間とは点でものを見がちです。時間軸で言えば今、目の前の業務を優先しがち。だからこそ、サステナビリティの視点が必要で、上を向いて歩こう、なのです。

ステークホルダーのとの関係性自体が価値を生みます。企業はステークホルダーに対して、価値提供をしているだけではなく、その関係性から新たな価値を生み出している。

ステークホルダーとのコミュニケーションなんて、マルチステークホルダーのサスレポの話でしょ?なんて思ったら大間違い。ステークホルダーエンゲージメントでも、やり方によっては価値創造に貢献するものになります。ようはそのやり方を知っているかどうか、だけでしょう。

まとめ

ステークホルダーエンゲージメントについて、最近、私が思うことをまとめました。統合報告書でもサステナビリティ・レポートでも、形式的にステークホルダーエンゲージメントについての解説をしている企業がほとんどですが、一部の企業では、価値創造プロセスにステークホルダーエンゲージメントのプロセスを入れるところもあります。

統合報告書を発行するレベルの企業は、投資家やESG評価機関を重要視するがあまり、他のステークホルダーをないがしろにしてきました。ステークホルダーあってこそのビジネスなはずなのに、人の手柄を自分のものにするような表現が多くて辟易します。ステークホルダー・エンゲージメントで価値創出できないのであれば、それは御社のやり方に問題があるわけで、ステークホルダーのせいにしないでください。

というわけで、今一度、ステークホルダーエンゲージメントの目的を明確にすべきです。みなさん忙しいと思いますが、変化が多いときこそ、変わらない軸に立ち返りましょう。

関連記事
ステークホルダーエンゲージメントのCSR課題と行動変容
統合報告書をバリューレポートに進化させよ
なぜ経営戦略にCSRな中長期視点が必要なのか