ステークホルダーエンゲージメントのCSR課題

ステークホルダー・エンゲージメントとは「組織の決定に関する基本情報を提供する目的で、組織と1人以上のステークホルダーとの間に対話の機会を作り出すために試みられる活動」のことです。(ISO26000[2010]より引用)

「ステークホルダー・コミュニケーション」「ステークホルダー・ダイアログ」「ステークホルダー・マネジメント」など、近しいワードが使われることもありましたが、最近はステークホルダー・エンゲージメントに統一されつつある印象です。

で、ステークホルダーとは、利害関係者のことで「組織とお金のやりとりがある人たち」のことです。もう少し厳密に定義すると「お金や権利の関係性がある人たち」です。

さて、ステークホルダー・エンゲージメントは、文字通りステークホルダーとエンゲージメント(関係性作り)をすることなのですが、ESG投資の文脈を含めて、ステークホルダー・エンゲージメント推進を本気でし始める企業が増えているのですが、ちょっと問題ありそうな例も見聞きしています。

そこで本記事では、ステークホルダー・エンゲージメントにおける昨今の課題についてまとめたいと思います。

エンゲージメントの課題

そもそも、ステークホルダーが御社に期待することを把握していますでしょうか。バウンダリー(事業影響範囲)を調査・確認すれば、大まかなニーズは把握できると思うのですが、最近の企業はバウンダリー特定をないがしろにしている気がします。少なくとも、各種報告書ではそう見えます。

他の分野がどうか知りませんが、CSRでは自社がやることは「他人(ステークホルダーや社会)」が決めることになるパターンが多いです。自社は誰とも関与せず存在するのではなく、社会自体や様々なステークホルダーの中に存在しています。ですので、ステークホルダーとの関わりの中で自社の存在意義やすべきことを知ることが、本来的なCSRの意味になります。

たとえば、CSVなどは“自社”の経済合理性を追求する取り組みであり、社会性があると言いながらも、活動の主語は自社であり続けます。社会的インパクトを追求した結果として経済効果も創出できるようになった、ならわかりますが、CSVが戦略フレームワークである以上、ステークホルダーの視点が希薄な取り組みであることは間違いありません。(CSV自体の概念は非常に有用ですが)

ステークホルダーとの対立

そもそも、事業活動においてさまざまなステークホルダーとの関わりがあり、利害が一致する取り組みもあれば、利害が対立する取り組みもあります。利害を調整するには、友好的に双方でコミュニケーションを行わなければなりません。そこが、まさに、ステークホルダー・エンゲージメントの役割なのです。

ステークホルダー・エンゲージメントで、ステークホルダーをマネジメント(管理)しようとする企業がありますが、ステークホルダーをコントロールすることは現実的にできませんので、そのあたりの勘違いはやめた方がよいかと思います。

多くのビジネスパーソンが他人を説得したり管理しようとし、そのために本を読んだり研修を受けたりしますが、結局出来ずにまだスキルが足りないと思いさらに勉強することに…。そもそも、他人に説得されたい人はいません。コントロールされたい人も。元々無理なのかと。諦めて代わりにお願いしたり頼るほうがいいと思います。

ですので、この10年以上の活動の中で感じているのは、ステークホルダーは基本的に組織と利害対立する存在であり、ポジティブに捉えすぎずにフラットに捉える必要があると。対立が起きるのを当然として、説き伏せる(論破する)のではなく、双方の利害に対してどれだけ真摯に向き合えるか、です。

ステークホルダーとの関係性作り

CSRは、ステークホルダーに価値を提供するところから始まるため、ある程度の経営リソース(ヒト・モノ・カネ)が必要です。ある程度の事業規模や安定した業績があるところでないと進めにくい問題はたしかにあります。たとえば、私は毎年のように全上場企業のCSRウェブコンテンツをチェックしていますが、上場企業でもジャスダック・マザーズ・東証2部の企業はほとんどCSRをしていないのを知っているわけです。CSR活動を新たに始めた企業は増えてはいますが、網羅性がなく偏りのある自己満足の塊みたいな慈善活動がほとんどです。

慈善活動がダメなわけではなく、前述したステークホルダー・エンゲージメントのプロセスが不明瞭なのでダメなのです。たとえば、寄付活動をした結果、どこにいる、どんなステークホルダーに、どんな価値提供ができ、どんな良き社会作りに貢献できるか、というプロセスの開示が必要です。これをストーリーテリングとも言います。

そんな状況の中で、CSR活動として様々なステークホルダーとエンゲージメントをしていかなければならないのですが、その際のポイントは「ステークホルダーの行動変容」です。企業サイドがどのようなアクションをすれば、ステークホルダーサイドが意図したリアクション(行動)を取ってくれるのかを設計することです。このあたりはマーケティング的な視点が役に立つでしょう。

ステークホルダーを動かす/変える

最近思うのは、企業から見て、社会やステークホルダーは「変えるもの」ではなく「(自然と)変わるもの」ではないか、ということです。

たとえば、社会起業家などソーシャルベンチャーは「〇〇で社会を変える」をミッションにしがちです。それを目指すのは素晴らしいですが、人間、自分自身の生活習慣を変えることさえ大変なのに、ステークホルダーの意識や社会の制度を変えるというのは、現実的にはほぼ不可能です。

たとえば「人が変わる」のは「その人が、自発的に決意をし、それを持続できた時」だけです。決意するだけ行動をしなければ変われておらず、それを継続してやっと変われたと言えるでしょう。自分で自分を変えるのですら大きな苦労が伴うのだから、まして「他者を変えられる」なんてのは幻想に過ぎないレベルです。傲慢もいいところで。ドラッカーは「人を変える試みは、受け手の全面降伏を要求する」と著書で言っているくらいです。

このような、行動変容のハイレベルさの中で、どれだけステークホルダーの行動変容を促し、より良い社会作りに貢献できるか。考えれば考えるほど、CSRにおけるエンゲージメントの難易度の高さが…。

ステークホルダーの理解を促す

「伝えられる(情報を受け取る)」という行為は元々“不快”なことと言われます。知らないことを伝えられてそれを理解するには学習が必要なため、エネルギーのかかる行為でありストレスそのものです。だから、知りたいとは思っていない情報を受動的な態度で受け取るのは大変なのです。

CSRの社内浸透といって、社内報/イントラネット/イベント等で情報を従業員にひたすらインプットする企業がありますが、ステークホルダー・エンゲージメントとしては最悪な部類ですね。情報やデータだけでは人の考えを変えられません。

ステークホルダー・エンゲージメントを考えると必要なのは「論破」ではなく「誘導」です。ここで重要なのは、その情報が「本物」なのかという真実性の証明よりも「納得」という感情が重視されることです。なぜ自分がこの活動に賛同しなければならないのか。その「理由」や「意義・意味」が必要ということです。

そもそもステークホルダーの理解を得られない事業活動をしてはダメです。その見極めやエンゲージメントこそがCSR活動であるべきなわけで。ステークホルダー・エンゲージメントというと、企業が主語になりそうですが、コミュニケーションと同じで、あくまでの双方向な関係性作りをエンゲージメントと理解すべきでしょう。

事例:NTTグループ

ダラダラとエンゲージメントについて課題感を書いてきましたが、では具体的にはどのようなステークホルダーエンゲージメントを考えればよいのでしょうか。事例としてNTTグループのものを紹介します。

NTTグループはステークホルダー・エンゲージメントにより、以下のようなプラスの効果を得ることができます。
◯新たな社会・環境課題のトレンドを特定し、それらを戦略策定に反映する
◯潜在的なリスクを特定し、その対応策を見出す
◯適切にブランドを管理する
◯新たなビジネスの機会や、協働・イノベーションの機会を見出す
◯地域社会との関係を向上させ、ステークホルダーの期待を意思決定に考慮することによって、円滑な事業運営を実施する
◯NTTグループに対するステークホルダーの意見についての理解を深める
◯ステークホルダーからの意見や期待に基づき、より持続可能なビジネスの意思決定を行う

また、ステークホルダー・エンゲージメントによって、ステークホルダーに対し、以下のようなプラスの効果をもたらします。
◯NTTグループの戦略やプロジェクトについての理解
◯ステークホルダーの要望や期待に対するNTTグループからのフィードバックの提供
NTTグループ|ステークホルダー・エンゲージメント

この手の話では、ステークホルダーエンゲージメントのポイジティブな側面を明確しているのが。いくつかはさすがにエンゲージメントの文脈だけでは難しいのでは、という項目があるものの、非常によく考えられ、まとめられています。

特に重要なのは「ステークホルダー・エンゲージメントによって、ステークホルダーに対し、以下のようなプラスの効果をもたらします。」という箇所です。企業組織がしたいだけではなく、エンゲージメント活動はあなた(ステークホルダー)側にもメリットがある話ですよ、と。ここまで状況整理できれば、完璧に近いステークホルダー・エンゲージメントの設計となるでしょう。

他にも、大手企業のCSR/サステナビリティ・レポートには、たいていステークホルダー・エンゲージメントの項目があるので事例研究してみてください。

まとめ

ステークホルダー・エンゲージメントの難しさをこれでもかと列挙させていただきました。まずは現実的な難易度を知っていただかないと戦略的に進めるのは難しいですから。

CSR/サステナビリティは、戦略“だけ”な大手企業が多いですが、CSR活動実務に大きく影響する、コーポレートガバナンスやステークホルダー・エンゲージメント実務がないがしろになっている例は非常に多いです。コーポレートガバナンスが優秀とされる企業の大型不祥事なんて、毎月のように起きているのはみなさんもご存知のところです。

情報開示ありきでCSR活動を考えるのではなく、自社が行うべきCSR活動を見極めてから動き始めて、それらをまとめて情報開示すべきです(ザ・理想論!)。御社のステークホルダーエンゲージメント・プロセスは、明確になっていますか?

あと、世界最大のレポーティングガイドライン「GRIスタンダード」でも、ステークホルダー・エンゲージメント・プロセスの明確な開示が求められてますので、活動もですが情報開示をしっかりやっていきましょう。ちなみに社会的責任の国際規格「ISO26000」は、包括的かつステークホルダー視点が強いガイドラインです。ステークホルダー・エンゲージメントを考えるなら、どのイニシアティブ・ガイドライン・フレームワークよりも参考になるでしょう。ご参考までに。

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