統合報告書の今後

統合報告書とは「企業の長期的な価値創造のシナリオを具体的に説明するレポート」です。抽象的な夢物語を語るメディアではありません。

タイトルの通り、昨今の統合報告書の定義や目的が変わってきています。いや、本来の意味に戻ってきた、といったほうがいいかもしれません。

日本企業の統合報告書対応は世界でもトップクラス(発行社数は)と言われていますが、良くも悪くもテクニカルな方向から、本質的な実務やインパクトが議論されるようになったと感じています。しかし、まだモヤモヤすることも多い。

というわけで本記事では、2019年発行の統合報告書の方向性を含めて制作における注意点をまとめます。

統合報告書の現状と課題

経営戦略や社会貢献などをまとめた統合報告書を発行する企業の増加が一服している。2018年の発行企業は約450社と前年比9%増にとどまる見込みで、増加率は17年(23%)や16年(49%)から低下する。これまでけん引してきた大企業の発行が一巡していることが背景にある。
統合報告書の発行、18年は9%増どまり 宝印刷系調べ

頭打ちの傾向になってきたか、たまたま“踊り場”に乗っただけなのか、どちらかわかりませんが、CSR報告書と同じで近い将来頭打ちになるのは決定事項です。

で、最近の動向としては、一時期のCSR報告書みたいに、国内先進企業の100社程度で統合報告書のアワードやランキングのショーレースを競っている印象です。それ自体は切磋琢磨するのでよいことです。より投資家等のステークホルダーの情報ニーズにあったものができるのは素晴らしいのですが、評価機関や専門家に視線が行き過ぎて、本来のコミュニケーション・ツールである本質を見失っている企業もあるように思います。

非財務情報の重要性は年々増していますが、いまだ多くの発行体が本業と統合できていないのが現状であり、企業担当者として悩みが尽きないことでしょう。CSRは企業が将来に生みだす価値に直結しなければ意味がないのですが、トップを動かさない限り、担当者レベルではどうにもなりません…。

WICIジャパン

11月6日に『第6回WICIジャパン「統合報告優良企業賞」』が発表されました。文字通りいわゆる統合報告書のアワードです。

今年の大賞である「統合報告優秀企業大賞」には、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングスが選出。その下の「統合報告優秀企業賞」には、味の素、コニカミノルタ、大和ハウス、日本精工が。「統合報告奨励賞」には、シスメックス、丸井グループが選出。名実ともに有名な会社が選出されたというところでしょうか。

私が注目しているのは、上記の企業では統合報告書とCSR報告書をどちらも発行している点です。当たり前といえばそれまでですが、統合報告書とCSR報告書では、想定読者が異なるため評価してもらおうと思ったら、情報属性というよりは読者別(ステークホルダー別)で報告書を発行しなければなりません。

今でも多いのですが、CSR報告書を年次報告として何回か出して、CSR報告書を統合報告書にしてしまうパターン。つまり、統合報告を追加で出すのではなく、CSR報告書を廃止する戦略です。これ最も最悪なパターンです。なぜ最悪なのかわからないという方は、当ブログを最新記事から50本くらい読んでみてください。

開示のポイント

統合報告書が普及し制作の方向性やポイントもずいぶんと明確になってきました。まず求められているのは「曖昧で抽象的な情報は評価されないので力強く具体的な情報発信を心がける」ことです。ほとんどの報告書は「事業活動(CSR活動)にいくら使い、生み出せた社会的・経済的成果は何か」が書かれていません。これでは、レポートから何を読み取っていいか、読者しては謎だらけなものになってしまいます。

TCFDの話だけではないですが、CSR活動やESGリスク対応が、企業の将来の財務インパクトにどのように貢献するのかをまずは明確にしましょう。これはCSRでもそうですが、マテリアリティを決めて、KGI/KPI決めて、PDCAまわしていく、という活動の軸が弱い企業が多いことの裏付けともいえるでしょう。軸ができていればそのまま開示するだけで高評価もらえるのに。(これは“言うが易し行うは難し”なのですが…)

あとは、トップメッセージですね。どこでもポイントといわれるのに、それでもまだ弱い企業が多すぎます。トップメッセージは、統合報告書だけではなくCSR報告書でも超重要項目です。良い取り組みをしていても経営者のメッセージ不足で損をしている例もあります。トップは、長期ビジョンに基づく価値創造の仕組みとストリーについて語るべきです。社長がストーリーテラーにならずして誰がなるのさ。そのほかの開示ポイントは例えば以下のようなものになります。参考までに。

■開示ポイント例
1、価値創造ストーリーの実現可能性を裏付ける財務戦略(資本コストの認識と戦略)
2、経営の意思決定で認識されているマテリアルな課題(マテリアリティ特定)
3、中長期の価値創造と関連のある非財務要素の特定(企業価値向上施策)
4、2030年以降へのコミットメント(CSR戦略の持続可能性)
5、社会課題の認識と対応の明確化(課題解決のビジネスモデル化)

CSR報告書との差

統合報告書におけるESG報告の極論は「主要ビジネスモデルのESG課題(リスク)を特定し、その対応を経営戦略の中にどう取り込んでいるのかを説明せよ」ということです。ESGの考慮は負の外部性 (環境・社会問題等)を最小化し、市場全体の持続的かつ安定的(サステナブル)な成長に不可欠です。このあたりの視点は、CSR報告とはちょっと違いますね。

統合報告書は、ステークホルダーの中でも株主(財務資本提供者)視点の価値創造プロセスをESG要素に織り交ぜてまとめたものです。CSR報告書とはそもそもの設計思想が異なります。このような背景があるため、統合報告書とは別にCSR/サステナブル報告書を出すべきと考えています。読者となるステークホルダーの情報ニーズが異なる以上、それに最適化したレポーティングが必要と考えているからです。

CSR報告書の対象は投資家もいるけど向き合う相手は全ステークホルダー。それらのステークホルダーは財務戦略に重大な関心を必ずしも持っていません。だから投資家はESGというワード(社会貢献的なCSRではなく)を作り出した。あくまでも財務への影響を説明してほしいのです。リターン、リスク、インパクトがほとんど語れないレポートでは、投資等の意思決定の材料にはならない、というわけです。

あとは経産省の調査『新時代の非財務情報開示のあり方に関する調査研究報告書〜多様なステークホルダーとのより良い関係構築に向けて(企業活力研究所、2018年3月)』がとてもよい示唆を提供してくれるでしょう。もし、チェックしていない人は、必ず確認することをオススメします。私の論考よりよほどためになります…。

まとめ

統合報告書がここ数年で一気に広がって、全体としては、そろそろ量から質への転換が起きるでしょう。そうなると、現在高評価を得ている上位10%の発行企業も一部は入れ替えが始まるのでしょうか。各種アワードや、GPIFの高評価企業などがどこまで入れ替わるのか楽しみです。

テクニカルな開示にリソースを使いすぎて、足元の活動がおろそかになってはいけません。2018年の発行のピーク(7〜9月)も終わり、2019年発行の統合報告書のコンペや準備を始めている企業担当者も多いと思いますが、報告書は実際に活動をして成果を出してからの情報開示ツールです。

統合報告書が高評価な企業でさえCSRの社内浸透がまったく進んでいないところもあります(社名は絶対言えませんが、誰もが知るアノ会社です)。開示テクニック磨きや戦略の組み立てばかりやってるから社内がグダグダになるんですよ。

というわけで、2019年もがんばって統合報告書を作っていきましょう。

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