
マテリアリティKPIの実効性
最近「マテリアリティKPIの実効性」の話を見聞きするようになりました。マテリアリティ項目は重要だという認識も増えて、マテリアリティ特定やその見直しをする企業も増えていますが、問題はそのKPIです。
KPI(目標数値)という考え方は、ビジネスパーソンであれば一度は聞いたことはあるでしょうし、日々の業務でも文字通り重要指標となります。ただ、サステナビリティにおけるマテリアリティKPIとなると、まず設定自体が最大難易度となります。そしてその運用も非常に高難易度となります。どうしたらええんや。
というわけで、本記事では「マテリアリティKPI(サステナビリティKPI)の実効性」というテーマで、マテリアリティにおける課題や合理性についてまとめます。皆さんの会社のマテリアリティの特定や見直しにおける一つの視点として、参考にしていただけると幸いです。
マテリアリティの重要性
当たり前の話で恐縮ですが、マテリアリティはサステナビリティ戦略そのものでありとても重要です。マテリアリティが重要性という意味ですから「重要課題は経営にとって重要だ」という意味不明な表現になってしまうのですが、マテリアリティを重視しない企業(主にその経営層)も多いため、改めて宣言しておきます。
なぜサステナビリティ戦略の軸となるマテリアリティが重要なのか。一つは「戦略の失敗は戦術では取り返せない」と言われるように、「マテリアリティがない」もしくは「マテリアリティの方向性が間違っている」のであれば、どんなに合理的で効果的なサステナビリティ施策を実施したとしても、ゴールに辿り着くことはできません。ゴールへの方向(戦略)が違うからです。
で、マテリアリティ特定のご支援をよくさせていただくのですが、最近特に感じているのが「マテリアリティはESGだけのものではない」です。マテリアリティ特定というと、どうしてもESG課題を軸に考えがちです。それ自体は問題ないのですが、ESG以外の話が入ることが少なく、経営課題として設定できていない点があります。
マテリアリティをESG課題だけに限定して考えてはなりません。マテリアリティには、環境や人的資本・人権、組織体制などのESG課題だけではなく、事業戦略や財務に関わる課題も含むべきです。認識として「マテリアリティ(重要性)」と「マテリアル・イシュー(重要課題)」の差というイメージでしょうか。ESG課題(≒社会課題)はマテリアル・イシューではあるが、経営戦略上のマテリアリティ項目とは限らないのです。「マテリアリティ=重要課題」ではなく「マテリアリティ=重要性の原則」くらいのニュアンスが良いのかもしれません。
マテリアリティは、サステナビリティ戦略そのものであるが、サステナビリティに限定された戦略ではなく、むしろ通常の経営戦略/事業戦略にESGを取り込む、くらいで理解したほうがいいかもしれません。自社の経営戦略上の重要な要素がマテリアリティになく、ESG課題しかなければ、それは戦略とは機能しません。大きな戦略が2つあるということは、ゴールが二つあることになり、成果も分散してしまいます。
マテリアリティの優先度
もう1点指摘したいのは、マテリアリティとは「優先順位をつけること」でもあります。経営課題に優先順位をつけて、中期経営計画や長期ビジョンなどにESG視点を取り込み、成長戦略として位置付けられないとサステナビリティ施策にリソース(人・時間・予算)が投資されません。成長していくために、事業機会創出に貢献するテーマを特定し、適切なリスク対応が必要になるのです。
マテリアリティはいわゆるサステナビリティ戦略の軸となります。そして、マテリアリティは現場における判断基準にもなります。マテリアリティのそれぞれの項目は、現場にとってゴール(目指すべき目標/あるべき姿)であり、「何をやり、何をやらないのか」という判断基準を提供するものでもあります。現場のチームごと(部や課など)の活動計画の指標にもなるからですね。マテリアリティとその判断基準がなければ、現場は何を優先すべきかが分かりません。
ESG課題は細かく見れば1,000項目以上あるわけですから「何に積極投資をしないか」を決めることでもあります。なお、たとえば「コンプライアンス(法令遵守)」がマテリアリティとして挙げられなかったとしても、絶対に対応しなければならない課題ではあります。ただし、法令に対応できていれば、過剰に対応する必要はないという意味で、成長戦略ではないためマテリアリティとする必要は、原則ありません。適切なKPIを定めてモニタリングできていればOKです。逆にコンプライアンスをマテリアリティとしないと不祥事が止まらないという企業の場合はマテリアリティとして設定すべきです。
マテリアリティの実効性向上はKPIから
マテリアリティも経営戦略の一つである以上、社会正義のためでありリターンはなくても良いとはなりません。その実効性や生み出されるアウトカム(ポジティブ/ネガティブ)を見極めるべきです。マテリアリティ項目の特定自体は、GRIスタンダードからSSBJ基準まで方法論が示されているので、基本はその通りにやればいいのですが問題はKPI策定です。
多くの企業(主に経営層)がマテリアリティを「戦略設計が甘い」「KPIが整理されていない」と課題を捉え、精緻なマテリアリティの「KPIツリー(KPI対応一覧表)」を作り込みます。もしくは明確で厳格なエビデンスや特定プロセスをサステナビリティ推進担当部門に求めます。適当にマテリアリティを特定してならないし、そのKPI策定も科学的に行いたいという経営陣の気持ちもわかりますが、そんなことしてたらいつまでも決まらないか、決まっても“無難な項目”になってしまい、本来のマテリアリティの価値を発揮できません。
さて、そんなこんなでマテリアリティKPIを特定したあとが一番の問題だったりします。そして、最も重要なのがここだったりもします。マテリアリティを実践するのは現場のひとりひとりですから、実効性が低ければ結果も期待できません。成果を生み出すサステナビリティ推進施策という視点では、マテリアリティ項目の精度はわりとどうでもよく、そのKPIこそが良し悪しの試金石となるのです。ちなみにマテリアリティの名誉のために補足すると、マテリアリティ項目自体は抽象的な表現であっても方向性を示せれば問題はないので、マテリアリティ項目名などはあまり重要ではない場合もあるのです。
なお、ほとんどの従業員において、通常業務以外にマテリアリティKPIを追うことにメリットはないです。給料をもらっているから嫌でもやりなさい、となるからモチベーションも低いし社内浸透もしないわけです。極端ですが、マテリアリティKPIを達成することが、給料や人事評価のアップにつながるのなら、多くの人は(通常業務を手抜きしてでも)マテリアリティKPIを追うのです。一応、一般従業員の人事評価にESG項目を入れる企業もチラホラ出てきていますが、それはそれで大変なようで、先行企業の今後の結果に注目しています。
ですのでマテリアリティKPIの実効性を高めたいのであれば、現場に丸投げするなど適当に作らず、サステナビリティ戦略全体をよく見ながら決めることをおすすめします。KPIのレベルをどれだけ高められるかが、マテリアリティ自体のアウトカムのカギとなるのです。
KPIは全体最適で考える
とはいえ、KPIだけにフォーカスしすぎて全体感を見失ってしまうのもよろしくありません。私はこれを「トッピングのイチゴだけで語ってはいけない」と言っています。ショートケーキをイメージしていただきたいのですが、全体のバランスが味の決め手や印象になるため、トッピングのイチゴを食べてケーキ全体の評価してはいけませんよ、という話です。一般的な慣用句でいうと「木を見て森を見ず」でしょうか。(それを先に言え)
マテリアリティ項目自体は、特定ガイドラインもありますし他社事例もありますので、簡単ではないが難しくはないです。問題は、マテリアリティを特定したあとのKGI/KPIです。ここでは便宜上KPIと一旦表現しておきます。マテリアリティをKPIに落とし込む(反映する)のはとても難しいです。特に事業計画と連動したKPIが定められている企業は、全体の1〜2割くらいでしょうか。
たとえば「CO2排出量」というマテリアリティKPIあったとして(多くの企業にあるのですが)、CO2排出量以外の関連指標がマネジメントの視界から消えてしまうことがあります。CO2排出量削減に投資した金額が妥当なのか、より経済的・社会的なインパクトが大きい経営課題は本当にないのか、そもそもCO2排出量は我が社のマテリアルな課題として適切なのか、という視点が抜け落ちがちです。何が言いたいかというと、KPIの妥当性や実効性評価は誰がするのか、という話でもあります。
KPIの妥当性や実効性評価の主役は、理論上は取締役管理が正解なのですが、取締役に専門知識が必ずしもない場合が多いため、一定の企業は「サステナビリティ・アドバイザリー・ボード」等の社外の専門家で構成したアドバイザリー機関を設置し、定期的に経営層と議論をしているのです。サステナビリティ戦略および施策の全体を俯瞰して判断しなければ、「木を見て森を見ず」になってしまいます。
マテリアリティKPIと時間軸は相性が悪い
もう一つ、課題感の共有をします。マテリアリティKPIと時間軸の課題です。サステナビリティは長期視点が重要と言われますが、常に社会は大きく変化しており、3〜5年前に作ったマテリアリティKPIが指標として役に立たない(最適解ではない)、ということはよくあります。KPIはPDCAサイクルのモニタリングとコントロールを司る重要な視点なのですが、短中長期の時間軸ごとにその性質は大きく異なります。
たとえば、従業員の人事評価の多くはが6〜12ヶ月単位なのに、マテリアリティKPIは中長期(3〜10年)が決めれられます。マテリアリティKPIを現場ごとの指標にブレイクダウンできていない場合、従業員は途方にくれてしまいます。「2030年に〇〇%達成」というKPIを、単年度でどう評価するの?と。
役員報酬のESG項目も同じです。サステナビリティを年次評価することになるので、短期思考の強いKPIが含まれがちです。1年で評価できる項目だけが抽出されるため、3〜5年後に成果を最大化できなくてもいいのです。雇われ社長の場合5年後はいない確率のほうが高いのではないでしょうか。事業活動は基本的に「結果を評価する」が、サステナビリティ施策は長期視点のため、短期的な結果が出てない時点で事業評価しないといけないこともあります。ですのでKPIを間違えると、評価そのものができなくなってしまう可能性があります。評価のいらないKPIなどありません。だから厄介なのです。
本来的には、長期的な成長投資になりつつ、短期成果として追っていけるようなKPIが理想です。つまり「事業KPI=マテリアリティKPI(サステナビリティKPI)」という状態です。通常の事業活動をするだけで、マテリアリティ達成にも貢献するKPIが見つけられたら、この議論は終了です。その時点で目標は半分達成したようなものです。この時間軸の視点も重要です。
まとめ
マテリアリティKPIは、今とある大学の研究プロジェクトで企業インタビューを含めて調査をしており、ここには書いていない色々な視点が課題として浮き彫りになってきています。マテリアリティKPIは非常に奥が深いですし、マテリアリティ項目と同等かそれ以上に重要であることに気づき始めていると認識しています。
マテリアリティだけではないのですが、特にサステナビリティ領域は社会正義があるため“綺麗事”が多くなってしまい、組織として本気で取り組むだけの価値がないものも多いのが事実です。ですので、マテリアリティは文字通り重要なテーマですので形骸化させないようにすべきです。だからこそ、前述したようにマテリアリティ項目だけではなく、KGI/KPIとその道筋となるPDCAが重要です。
マテリアリティほど総合力が求められる課題もないです。マテリアリティはすべてのサステナビリティ推進活動の根幹になるものです。まだ特定していない企業は早急に特定に向けた計画を立て動き出しましょう。すでに特定している企業は、早急に数年後の見直しにむけて計画を立てましょう。見直しの準備をする中で、既存項目のKGI/KPIの変更だけ手始めに行うのもアリです。
ビジネスは結果を出してナンボです。サステナビリティも結果を出してこそです。ぜひ、本気でマテリアリティと向き合ってみてください。なお、初回のご相談は無料なので、どうにもならない企業担当者の方は「お問合せページ」からご連絡ください。
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