統合報告書

統合報告書の中身のありかた

統合報告書。日本では2023年に発行社数1,000社を超えたそうです。全上場企業が4,000社近くあるので、上場企業全体でいえば25%程度であり、まだまだメディアとしてはニッチであるものの、広報・IRの担当者でもよく見聞きするようになったのではないでしょうか。

そんな状態ではありますが、IRフレームワークが2013年に発表されてから10年がたち、いよいよ次の10年というステージに入りました。発行社数が増え母数が整ったので、これから“本格的な二極化”が始まると予想しています。

というわけで本記事では、2024年〜2025年の統合報告書に記載すべきコンテンツと考え方を紹介します。2025年発行の統合報告書のヒントになれば幸いです。

統合報告書の原則

統合報告書の原則からまず振り返りましょう。統合報告書の原則の一つは「投資家の情報ニーズに応える」です。

そもそも統合報告書は誰が読むものでしょうか。ほとんどの企業では統合報告書の想定読者は投資家やESG評価機関および専門家でしょう。マルチステークホルダーとする企業もありますが、定義的にはサステナビリティレポートであって統合報告書ではないです。最近は投資家などがAI等で統合報告書を読む(読ませる)人も多いようで、AIも主要読者ではありますがアウトプットを人が見ていることを考え、ここでは投資家とします。

では投資家は統合報告書にどんな情報を求めているのか。私はIRが専門ではないので詳しくないのですが、このあたりは私の素人意見よりも、素直に機関投資家が発行する「スチュワードシップ・レポート」を読みましょう。外資系でも日本語版を出している組織もあります。機関投資家が、企業に何を求めているか本音が書いてあります。(少なくともそう中の人から聞いています)他には、GPIFやJPXもサステナビリティ関連財務情報開示や投資家が企業に求めることなど、さまざまな調査レポートを出しているのでチェックしてみてください。

投資家は投資事業が主要ビジネスなので、投資リターンのある会社を選ぶために統合報告書を読みます。ですので、ふわっとした活動報告や抽象的すぎる戦略とかどうでもいいのです。むしろノイズでしかない。ネガティブ/ポジティブどちらのチェックもありますが、少なくとも投資家の情報ニーズに耐えうる統合報告書を目指しましょう。

ビジュアル面で工夫するのもいいし、CEO/CFOの情熱的なメッセージを載せるのもいいでしょう。ただし、それが絵に描いた餅に見えるようでは駄目で、定量的・定性的なエビデンスを適切に開示し、こういうことなら価値創造につながるはずだという納得感がなければ心は動かせません。特に業績が微妙もしくはよろしくない企業は相当な工夫が必要です。

ウォッシュな統合報告書

とはいえ、投資家ばかりを意識すると、どうしても組織を“良く見せる”ことを重視してしまい、従業員から見れば実態と合っていないという印象を持たれることも多いです。まだ1社しか出会ってませんが「当社は企業価値評価が非常に高く実態が評価に追いついていない」という企業もありますが、例外中の例外です。99.9%の企業は逆で、実態を評価してもらえていないと感じていることがほとんどと思います。

とはいえ、IRの良し悪しだけで株価が良くなるわけではありません。基本的には事業業績で企業は評価されますので。IRに積極的で株価が低迷している会社があれば業績を見てみましょう。ほとんどの場合は業績がダメです。逆は存在しますよ。IRに積極的でなくても株価が伸び続けている企業は業績いいことが多いですよね。ですので業績もビジネスモデルもパッとしない(失敬!)企業が、統合報告書を作り込んだところで評価が上がるというわけではないのも現実でしょう。投資家もバカではないのでそれくらいわかりますよね。

そういう業績が微妙な企業の統合報告書も微妙なことも多いし、夢物語を語りすぎというか。(意図的かどうか別として)投資家を騙すような、ウォッシュな統合報告書はやめましょう。誰も幸せになれませんよ。

「稼ぐ」話があるか

ですので、統合報告書は非財務報告よりも財務報告に近い性質となっています。たとえば、日本企業が大好きな「TCFD」「TNFD」は、いわゆる「サステナビリティ関連“財務”情報開示」です。統合報告書も基本は同じです。せっかくTCFDに対応しているのにその考え方を統合報告書にも活かさない意味がわかりません。

で、まさに投資家が必要とする情報が「サステナビリティ関連財務情報」です。つまり、現状は非財務であっても将来的に財務への影響があるとする項目(未財務・プレ財務・将来財務、などとも呼ばれる)なのですが、最終的に財務インパクトがあるのであれば、それって財務情報ですよね、という。もちろんそうするとどのように会計対応するのかという話になるのですが(インパクト加重会計)、概念上は財務情報ですよね。

“儲かる香り”のしない統合報告書って、統合報告書の価値がないんですよね。結局、統合報告書はいかに稼ぐかをアピールするメディアです。だから、企業価値への言及が必要だし経済的にも社会的にもビジネスモデルの価値創造ストーリーが必要なのです。

長期ビジョン達成に向けた2025年目標のゴールが目前となった本年2024年版では、皆さまの関心が最も高いと思われる“レゾナックには稼ぐ力があるのか”という点にフォーカスしています。
出所:レゾナックホールディングス「レゾナックレポート2024 P01 読者のみなさまへ」

たとえば、レゾナックの統合報告書は冒頭でこう宣言しています。読者であるあなたは、当社に稼ぐ力があるか知りたいでしょ?じゃあそこにフォーカスして情報提供します、と。これが統合報告書のあるべきスタイルです。これは、統合報告書の中身の話であり発行体の企業規模は関係ありません。レゾナックだからできるわけでもなく、他の企業でも宣言はできます。

そもそも稼げない企業は統合報告書云々の前に未来はないのよ。サステナブルな存在になるにはまず稼ぐこと。もちろん、そのビジネスプロセスが倫理的である必要はあるものの、倫理的なだけで稼げてないビジネスは何かが間違ってるということになります。投資家が共感する統合報告書は、感動的なエッセイではなく、儲けるストーリーが明確になっている企業なのでしょう。

コンテンツのネタ

ではコンテンツとしてはどのような視点を重視すればいいのか、もう少し具体的な部分も指摘いたします。

制作会議に参加したわけではないのでわかりませんが、少なくとも制作コンセプトが不明瞭な統合報告書は多いです。色々と説明はしてるのだけど、読み終わった時に結局何を言いたかったのかわからないという。振り返ってみると、いわゆる活動報告的なレポートが多いです。サステナビリティ推進活動は素晴らしいですが、ビジネスなので成果で語っていただかないと、第三者には理解できないわけです。

たとえば統合報告書で「SDGs」の話題の扱いは難しいです。あと、SDGsに関する話で、投資家の方の評判は良かったためしがありません。2015年にPRIに署名したGPIFも、最初はSDGsを指針に掲げていましたが、直後からESGに言い直しましたよね。いまでは、SDGsへの言及があるものの、具体的な活動でSDGsを指標にしたものをほとんど見ません。以前から、事業活動がSDGsのゴールのどれか、マテリアリティがSDGsのどれか、いずれも大半の投資家は重要視していない印象です。SDGsは主語が大きく、SDGsの基礎となる国連目線(全世界的視点)の目標と、企業目線の目標が完全一致することは稀です。

例えばマテリアリティ項目をSDGsに寄せると、主語が大きすぎて企業固有の事情(経営課題)が見えない曖昧なものになってしまい、投資家からすると意味のない開示になりやすいです。2030年までの開発目標なので、年次報告の時間軸と合ってないし、長期投資家もはっきり言って気にしてないし不要だと思うんですよね…。2030年は、時間軸的に今や中期目標で長期目標ではないのも、企業がSDGsを扱いにくい理由と思います。(SDGs自体が無意味というわけではありません)

あとは、ネガティブなことを書く勇気も必要です。サステナビリティ関連財務情報開示は、統合思考でいう6つの資本の開示が重要なのですが、統合報告書を見ていくと資本を増やす話しかなく、減ったらどうするかという話まで書いてないことがほとんどですね。資本は常に増減しているのに。

その場合の統合報告書は投資家の信頼を得られるものでしょうか。たとえば、ネガティブな情報は、必ずしも低評価を受けず、ネガティブな情報を出せるリスク認識の高い企業と評価を受けることもあります。これが財務側面であったらそうもいきませんが、ESGの社会的側面だからこそとも言えるのかもしれません。だったら、それを報告しない理由はないよね、と。

まとめ

統合報告書の主にコンテンツに関する個人的な意見をまとめました。結論をまとめますと、コンサルタントのアドバイスもいいけど、IRフレームワークを読み直したり、投資家の意見に耳を傾けたり、よりユーザーフレンドリーな統合報告書を目指しましょう、ということです。(私のアドバイスは参考程度にしてください)

統合報告書に関連するアワードやランキングには、投資家サイドの審査委員も多くいるものですが、統合報告書がどんなに素晴らしくても業績がダメなら株価や企業評価は上がらないので、結局は日々、強いビジネスモデルを作り上げていくしかなかったります。(本末転倒・因果応報)

とはいえ、等身大より一回り大きな評価得ることは可能でしょうし、統合報告書で将来性をアピールして、御社のファンを1人でも多く増やしていきましょう。

関連記事
マテリアリティ特定は企業のためか社会のためか
統合報告書のIRフレームワークから新たな学びを得る方法
サステナビリティ情報開示のSSBJ基準を振り返る