情報開示のあるべき姿
2023年はISSBなど情報開示のグローバルスタンダードが発表されたし、欧州や米国でも大きな枠組みが固まってきています。日本でも2023年に有価証券報告書でサステナビリティ情報開示が義務化となってから、組織規模を問わず上場企業が本気でサステナビリティ情報開示に動き始めました。サステナビリティ情報開示も大枠が世界でまとまってきたし“アルファベットスープ”も緩和されそうかな、めでたしめでたし、と思っていました。今までは。
何を開示すべきかという議論はそれでも一旦まとまったものの、これらはいわゆる規定演技の部分であり、企業固有の価値創造を語れる項目ではないのかなと思います。また、ガイドが定まったことでまた議論に上がってきたのが「わかりやすさ」です。ISSBがサステナビリティ情報開示のわかりやすさをエスコートするものの一つかもしれませんが、これがすべてでもないわけです。
では、開示項目が統一化されつつある世界において、わかりやすさとは何を指すのでしょうか。本記事ではこのあたりの問題提起を含めてまとめます。
ISSBが普及期へ
先日、ISSBの「IFRS:S1」「IFRS:S2」の公式日本語訳が発表されました。日本企業への適応には、公式の日本語訳がないとニュアンスや解釈の差がでてしまうので、ここから日本企業も本格的な対応が進むのではないでしょうか。日本企業で普及するのはいつも日本語版が出てからですからね。
>>IFRS|2023 – Issued Standards Japanese
ちなみに、ISSBの枠組みは、新しいサステナビリティ開示基準ではなく、財務開示としてのサステナビリティ基準、というイメージです。なお、日本企業の開示も英訳が求められていますが、もちろん英訳版は英語版のS1・S2を参考にするようにしましょう。
現時点でのグローバル状況でも、10ヶ国近くがISSBをそのまま採用するか、ISSBと整合した自国基準を採用するとしていますので、わりと早い段階でISSBがスタンダードとして活用されそうです。
「わかりやすさ」とは何か
さて本題です。“わかりやすい統合報告書”、“わかりやすいサステナビリティレポート”、“わかりやすいサステナビリティサイト”。あなたが今まで読んだ統合報告書の中で一番わかりやすいと感じたのはどの企業のものでしょうか。また、その時に“わかりやすい”と感じた理由はどのようなものでしょうか。個々人の前提が異なるため「わかりやすい」の定義がわかりやすくない問題もあると思いますが、気になるところではあります。
辞書によれば「わかる」とは、「[頭の中で]はっきりしていなかったものがはっきりする」「[意味や道理が]理解できる」としています。たとえば「わかりやすい統合報告書」とするならば、「不明瞭なビジネスモデルやそのプロセスをはっきりと開示している統合報告書」「開示意図やストーリーライン(道理・道筋)が明快な統合報告書」などが、いわゆるわかりやすい統合報告書と言えます。こういわれると、なんだかわかりやすい統合報告書っぽく聞こえます。個人的には、特に「[意味や道理が]理解できる」は、かなりわかりやすさをわかりやすく定義できている印象です。この文章、この図解、このストーリーラインは、読者の理解に寄り添ったものですか、と。
あと、コンテンツ作成者の中には、文字数を最小限にするなど情報を単純化することがわかりやすさのポイントだと思っているようですが、必ずしもそうとは限りません。たとえば、文章量を減らして複数の要素を一つの文章に詰め込むと、より複雑な文章になりわかりやすさを損なうことが多々あります。文章には文字通り文脈や前提(背景)があるので、〇〇をすればわかりやすくなります、みたいな万能なノウハウはほぼありません。つらい。
※三省堂国語辞典(第八版)
開示における時間軸の考え方
とはいえ、わかりやさにも何かしらのポイントがあるのは事実です。サステナビリティ情報開示でいうわかりやすさでは、一つは「時間軸(時系列)」があるように思います。たとえば、E・S・Gの同じカテゴリのテーマでも、時間軸が異なる項目が多いと、統一感が出しにくくなり、読者の理解を阻害してしまう可能性があります。
ですので、たとえば統合報告書でいえば「未来→過去→現在→未来」という時間軸でコンテンツを構成するとか。まず、社会課題を解決した未来予想図(あるべき姿)を語ります。そのあとに、自社の沿革や過去の実績を話して、素晴らしい未来を作るために、今何をしているかをまとめて、その結果としてどんな成果が生まれて、あらためてどのような未来作りに貢献できるのかを話すという流れです。統合報告書の評価の高い会社や、わかりやすい会社は、この時間軸のまとめが秀逸な場合が多い印象です。(解像度低くくてすみません)
というのも、長期視点と短期視点を同じ目線で話すと、とくにアウトカム/インパクトや価値創出に差異が出てしまいます。理由は、長期と短期では価値観がズレるからです。長期的には良い活動があったとしても、短期的に大きな負荷になり絶対今は選択できない、とかです。短期的に最悪な意思決定を、長期では良いからと意思決定できるのか。だから、サステナビリティはストーリーというか背景情報が重要なのです。
たとえば、2013年当時でIIRCがIRフレームワークという統合報告書のガイドラインを出していましたが、2013年当時で「短・中・長期の価値創造」という表現が出てきます。それぐらい昔から、時間軸を意識した価値創出の開示が重要視されており、やっぱり基本であり、ここがしっかりしないとわかりやすさも何もないなと思っています。
開示での差別化ポイント
サステナビリティ情報開示はナラティブが重要だ、ストーリーテリングが重要だ、と言われることがあります。これは私も同感です。ただ、人によって解釈がかなり異なっていて、何がナラティブなのかわかりにくいです。
ナラティブが企業の背景情報まで丁寧に説明するという話であれば、ある種の差別化要素を明確にするのもナラティブなのかなと、個人的には思います。で、開示で差別化をしたいならわりと簡単で、自社の強みや独自性、サステナビリティ視点の事業機会創出にフォーカスしたものにすれば良いのです。強みを言語化とはいうもののこれが非常に難しいのですが。
独自性とは、何か珍しい取り組みをすることでもありますが、そこまで難しく考えずに、社名を隠してもテキストや図解だけで自社を表現できるか、くらいで十分独自な開示といえます。統合報告書やサステナビリティレポート、サステナビリティサイトをある程度見ている人は知っていると思いますが、トップメッセージとか、社名と社長名を隠したら、多くがどこの会社のものかわからなくなりますよ。下手したら業種さえわからないくらい抽象的な活動報告しかしないものもありますから。こういう開示をわかりやすいとは言いませんよね。
情報開示を文脈で分けると「1.答え明確系」と「2.解説必要系」の二つがあると思ってます。1番はたとえば気候変動対応で主軸はCO2削減です。答えは明確であり説明はなくても意味は通ります。他の要素もあるけど多くはない。しかし、2番の、たとえば人的資本対応の答えは無限にあるので補足説明が必要になります。
1番はレベルの差こそあれ、業種差はありません。すべての企業の対応が必要だからです。変わるのは2番の「補足説明が必要かどうか」です。これを逆にすると読者は何を読み取ればいいのかわからなくなってしまいます。ですので、ナラティブな説明が必要な領域とそうではない領域があるので、ここを気をつけないと、なんでそうなったのか社外の人にはわからないからです。
まとめ
わかりやすさ。私の説明を見て、その本質を理解できる人はいないと思いますが、開示のポイントはいくつか指摘できたかと思います。わかりやすい文章って本当に難しくて私は苦手なんですよ。(お前が言うな)
今回の話はサステナビリティコンサルティング会社のコンサルタントや、ベテランのサステナビリティ推進担当者には既知の情報だったかと思いますが、これからのサステナビリティ情報開示のヒントにしていただければ幸いです。
サステナビリティ情報開示については以下の記事でも解説をしているので興味ある人はチェックしてみてください。
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