サステナビリティ目標

とにかく難しい目標設定

貴社がサステナビリティの目標設定をする時にどんな点に注意を払いましたか?

サステナビリティ戦略そのものであるマテリアリティ特定も大変なのですが、それに近いものとして「目標設定」があります。目標は企業によってはマテリアリティである場合もあるしそうでない場合もあります。厳密にはマテリアリティを定量化したKGIが実践では目標になるのでしょう。

しかし、目標とは、一言でいっても本当に適正なものは決めるのが大変です。SDGsも達成年の2030年までちょうど半分になる2023年だからこそ、目標を再度作る企業もあるでしょう。

そこで本記事では、サステナビリティ推進における目標はどのように決めればいいか、といういくつかの視点を紹介します。

1.マテリアリティ特定

実践活動の目標設定は、まずはマテリアリティ特定を行っていることが前提となります。マテリアリティが特定されていない組織は、そもそもの実践目標など立てられるはずがありません。(もちろん細かい活動の目標は別軸ですが)

「何を目標にしてよいかわからない」と質問を受けることも多いですが、答えは単純でマテリアリティが決まっていれば、自ずと見えてくるものです。マテリアリティがあっても目標が見えていない組織は、マテリアリティが企業経営においてマテリアルな項目ではない可能性が高いです。そういう場合は、目標設定の前に、マテリアリティの見直しを行いましょう。

加えてマテリアリティは、目標設定と効果測定をセットで考えるべきものです。たとえば「2050年カーボンニュートラル達成」は昨今多くの企業で設定が進みますが、本当に実現可能なバックキャスティングな目標なのか、どの指標をどれだけ改善すればよいのか、またその効果測定は適切なのか、などの課題が常にあります。目標設定ができても、プロセスと効果測定が適切でなければ、ただの独り言です。

ですので、本来は、マテリアリティ特定とそのKPIおよび効果測定手法の確立が全部セットで目標設定となるのですが、表側の目標だけ見ていても意味はありません、ということになってしまいます。ここまで意識してマテリアリティ特定をしている企業は少ない印象です。それくらい難しい話ではあります。

2.部分最適と全体最適

結論を言いますが、昨年発売の拙著『未来ビジネス図解 SX&SDGs』にも書きましたが、サステナビリティの目標設定は「部分最適」ではなく「全体最適」でなければなりません。

一般的に、従業員は自身の業務のKPI達成(ノルマ)が最優先で、どうしても「自分さえよければいい」という考え方になりやすいものです。しかし、組織の中で自分や自分の部署だけがよければいいという「部分最適」の考え方が広まってしまうと、組織はどんどん弱くなってしまいます。極端な話、他部門で二度手間になろうが迷惑をかけようが、自身の目標達成にメリットがあるからです。

スポーツの団体競技で個人プレーに走る選手がいたら勝てないのと同じで、組織でも「自部署のKPIさえ達成していればそれでいい」という雰囲気になると、会社の成長が鈍化してしまう可能性があります。サステナビリティ推進は、経営トップをリーダーとしたチーム戦であり、全体最適における指標がKPIとならない限り、個人の利益を最優先した活動になりがちです。

3.現実論と理想論の目標設定

とはいえ「2050年カーボンニュートラル達成」などの政府目標を、そのまま企業のサステナビリティ目標に据え置くところも多いです。これは従来の日本企業では少なかった「理想型目標」とでも呼びましょう。究極的なバックキャスティングの目標設定方法です。

この理想型目標は、理念先行とも言える欧州で多いタイプという印象です。日本企業は「現実型目標」というか、実現可能性を重視した展開することが多い印象です。で、理想型目標を良しとする文化圏では、現実型目標は受け入れられにくいようです。

そもそも、理想型目標は、パーパスなど理念が先行するので実現可能かどうかを最初に議論しないのです。しかし日本企業の多くは、よく言えば責任感が強く実現可能性を詰めて確信を得てから目標を立てようと考える傾向があります。(当社比)

サステナビリティは超長期の話なので、現実型の目標設定は馴染みにくいとかもあるようで、欧州には現実型目標はあまり評価されていません。たとえば、欧州で日本の統合報告書の評価が低いといわれ、「デザインとかストーリーテリングが足りない」などが原因ともされますが、私はこの目標設定のスタイルの差が低評価の一因のように思うのです。

実現可能性を考慮して保守的な目標になるのもわかります。理想型目標を決めるとサステナビリティの情勢を知らない社長や役員から適当に決めるなと怒られますからね(実話)。理想を重視し実現可能性を抜きにして野心的な目標を求めるとなかなか社内の同意が取れないのですよ。どちらの目標設定スタンスでも、逆側の理論で批判されるんだからサステナビリティ推進担当者はつらいよね。担当者の皆様ご苦労様です。

私個人としては、身の程知らずで野心的な目標でも、それが目の前の行動推進の動機になるなら良い事だと思います。行動の意思決定に関わらない目標なんで害悪ですらありますので。

4.中期ESG目標の意義

目標設定に重要な要素はいくつもあるのですが、特に重要なのは「具体性」「測定可能」「達成可能」あたりです。たとえば「2050年カーボンニュートラル達成」は具体的ですが、それをどうやって達成するのか、そこまでのプロセスはどのように効果測定していくのか、あたりまで開示ができていないと、目標として成立はしません。

投資家などは特にですが、ステークホルダーが知りたいのは実効性です。「で、どうするの?」の開示をしてくれ、と。実効性のない目標を信じるほどステークホルダーはバカではないですよ。SDGs宣言とか2050年カーボンニュートラル達成とか、みなさん適当なことばかり言うので、ステークホルダーは疑心暗鬼になっており、今後実効性に対する目はどんどん厳しくなっていくでしょう。

とはいえ実効性があることを伝えるのはなかなか難しいです。それこそ、5年前くらいでは、経営におけるサステナビリティの実践とは中期経営計画にサステナビリティを組み込むこと、みたいな言説がありました。これは今現在でいうと、やや不正確という認識です。

中期経営計画(3〜5年)へのサステナビリティの組み込みは重要なのは間違いありません。パーパスからマテリアリティを導き出し、KGI/KPIを定めてPDCAを決めて…と、理想的な目標設定をしている企業であれば、意味があります。しかし、多くの企業にとっては中期計画は一番中途半端であることも事実です。

極論、長期目標に対して短期目標と実績がしっかりしていればいい、という見方もよく聞くところであります。短期目標達成の積み重ねのみが長期目標達成に貢献する方法論なのです。新型コロナとかウクライナ紛争とか、経営にも大きな影響を与える社会的な出来事が起きれば中期目標は無意味な目標になってしまいます。そのたびに変更なんてできませんし。

これも拙著『未来ビジネス図解 SX&SDGs』にまとめているのですが、3〜5年後、もっと言えば10年後のサステナビリティ・トレンドは現在ではまだ顕在化していない社会課題がトレンドになる可能性も高いです。ですので、一番予想がしにくい中期の未来予想図は活用しにくいのです。

実際、5年前はESGという話は関係者以外でほとんど盛り上がっていなかったですよね。ESG投資とかもこの5年くらいで急速に拡大しているだけですから。そう考えると、中期目標って近くもなく遠くもなく微妙な目標なんですね。このあたりを理解して中期目標を決めないと後で困りますよ、と。

5.ゴールのある目標とない目標

サステナビリティは、基本的にはゴールがない概念です。分野によってもゴールの認識に差があります。たとえば、「達成すべき数値目標(≒CO2排出量)」のある環境課題と異なり、ビジネスに常に存在する人権課題にはゴールがありません。人権に対するすべての成果を定量的に測定できるものではなく、人権対応のゴールをどこに置くかは工夫が必要です。

で人権のように「CO2排出量」など明確なゴールのないESG課題の目標設定をどうすればいいかが問題です。私が最近出した結論の一つは「目標はあまり重要ではない」です。本記事の趣旨と矛盾しているようですが、まず聞いてください。

それはなぜか。たとえば、これは科学的に証明されているけど、結果(アウトプットおよびアウトカム)に大きな影響を与えているのは、目標よりも「仕組み」とされています。目標を「がんばって達成できそうな数値より10%上」という人がいたりしますが、目標が90点だろうが、100点だろうが、110点だろうが、実際の結果には大した影響はないと。目標はあくまでも方向性をブラさないために必要なものであって、目標設定いかんで結果が変わることはあまりないという話です。

つまり、まさに人権でいえばデューディリジェンスの継続なのです。目標も大事だけど、そのプロセスを明確にする仕組みこそが成果に貢献する可能性が高いのです。なので、目標は目標で定めますが、実効性という意味では、そのプロセス実行をどのように担保するかのほうが重要な場面もあるのではないか、と。このあたりが、サステナビリティの目標設定の難しさの一つだと思います。

まとめ

サステナビリティにおける目標設定に関して、最近感じたことをまとめました。目標設定って本当に難しいですよね。逆にいえば、適切な目標値さえ見つけられたらそれで勝てるとも言えます。

サステナビリティ対応は、時間がたてばたつほどハードルが高くなります。つまり、2020年よりも、2025年のほうが、より多くのものが求められるというわけです。今の日本のサステナビリティ領域でも、たとえば、2000年ころには寄付をしていれば評価されたのが、2010年ころにはCSR調達(リスクマネジメントなど)がサステナビリティ推進活動の本丸とされ、2010年代後半にはSDGsやESGへの対応が求められる様になった、というような感じでしょうか。

2010年ころと2020年では、サステナビリティに求められる要素がまったく違いました。そしてひとつひとつの内容の求められるレベルも上がっています。つまり何が言いたいかというと、ハードルが上がる前に始めましょう、ということです。目標設定をしてすぐにでも動き出しましょう。

サステナビリティ推進担当者は、社内外のステークホルダーとのしがらみでくじけそうになっていると思いますが、目標設定だけは手を抜かずがんばってください。目標設定の参考になれば幸いです。

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