企業価値向上

価値創造ストーリーの重要性

上場企業において昨今重要視されている「価値創造ストーリー(価値創造プロセス/価値創造モデル)」。単なるサステナビリティ推進の活動報告ではなく、ビジネスモデルの中でどのように価値を生み出しているかを明確にすることで、投資家により共感してもらおうという話です。

統合報告書を発行している企業であれば、価値創造ストーリーをレポート内に見開きの図解を掲載する例が多いですが、価値創造のプロセスはトップメッセージから説明が始まっていると私は考えており、もっと広い視点で考える必要があると思います。価値創造ストーリーは2〜4ページのオクトパス図だけで説明できるものではありません。

さて、では今後の価値創造ストーリーにおいて何を気をつければ良いか。いくつか気になる点があるのでまとめます。なお、ここでいうストーリーとは、設定を作り込んだ「物語(寓話)」というよりは、具体例を文章にした「エピソード(挿話、逸話)」に近いものを想定しています。

背景情報の重要性

そもそも、なぜサステナビリティ情報開示でストーリーが重要と言われるのか。これは10年以上前から言われてはいますが、腹落ちしている企業担当者の方は実は多くない印象です。答えは一つで「わかりやすいから」です。

定量的なESGデータ自体は「なぜ?」を教えてくれません。専門家でもない限り数字は数字にしか見えません。そこで重要なのが定性的情報(背景情報、文脈)です。トップメッセージなどがそうです。定性的な背景情報があると、データ自体に意味が生まれます。

ESGデータが点だとしたら、ストーリーは線と言えます。点と点をつなぐ線。点と点を線でつなげることで意味が生まれるのです。サステナビリティでいうストーリーテリングとは「つなげること」とも言えるでしょう。財務と非財務、過去と現在、現在と未来。つなげることで見えてくる世界があるのです。

数字の羅列では第三者には関連性が見えません。だから数字をグループごとにまとめたり、過去の数字と比較したり、財務インパクトの視点で説明したりするのです。活動成果としての数値は当然重要なのですが、それだけでは説明不足であるということです。

ストーリーを作る時の注意点には「コネクティビティ」があります。コネクティビティとは「関連づけて開示する」ことです。文脈の意味合いが強いとコンテクストとも言います。文脈というか、背景というか、行間というか。

これまでの、特に日本企業の傾向を見れば、理念や中期経営計画、ビジネスモデル変革やサステナビリティのマテリアリティ特定、それらのKPIとPDCAプロセスなどを“個別に”設定することはしてきました。しかし、第三者からするとそのパーパスとマテリアリティで、なぜその中期経営計画になるのか、とわからないことも多々あります。今後大事なことは、個々の施策をストーリーとして一つにつなぐことによって、社内外で共有できる統合的・俯瞰的な価値創造のプロセスを明確にすることです。前述したように点と点をつなぐのに必要なのがストーリーなのです。

ストーリーテリングの3つの視点

1. 自社のストーリー(自社の沿革)
2. ステークホルダーのストーリー(共通する体験)
3. 社会のストーリー(社会課題解決への道筋)

この「自社・ステークホルダー・社会」という3つの登場人物(主語)で、価値創造を語れるとベストです。一つの事象を3つの視点で語れれば、ほぼすべての人に共感してもらいやすくなります。多くの企業がストーリーをまとめられていないのは、いつも自社が主語になっているからでしょう。

もちろん主語だけではなく、ただグラフや数字を出すだけではなく、なぜその数値をモニターする必要があるのか、この数値はいいのか悪いのか、今後どう改善してくかなど、記述による説明も必要になってきます。これがステーリーテリングのポイントの一つです。あなたも、他社の統合報告書で「主要非財務KPI」だけが開示されていて、なぜその指標がKPIになったのか、そのKPIが達成されるとどんなアウトカムが生まれるのかを知ることはできないはずです。重要な情報は、きちんと点と点をつなげて説明しましょう。

企業のサステナビリティ情報開示は「科学的な連想ゲーム」みたいなものです。サステナビリティの財務インパクトとか、アウトカムとか。企業は投資家にポジティブな連想をしてもらえたら勝ち、とか。連想を促す開示は、まさにストーリーテリングの真骨頂です。

また、背景情報は、誰もがイメージしやすいものである必要があります。たとえば「対荷重1,000kg」の大型金庫があったとします。なんとなく丈夫そうということはわかりますが具体的なイメージはできません。これを正確かどうか別として、たとえば「象が踏んでも大丈夫な金庫」とすると、一気にイメージがしやすくなります。今、皆さんの目の前に具体的な象と大型金庫のイメージがでてきたはずです。ちょっと例えは微妙ですが、言いたいのは「イメージ“も”伝えること」が大事ですよ、ということです。

とはいえ、身も蓋もない話で恐縮ですが、サステナビリティも重要ですけど、その前に、創業者・経営者、パーパス/企業理念、企業文化、価値観、製品・サービス、などに魅力はありますか、と。どんなにストーリーテリングの手法を熟知していても、これらが魅力的でなければ、ステークホルダーはなかなか共感してくれません。特に投資家はそうでしょうね。

独自性の出し方

独自性の高い個性的な開示とは何か。たとえば、気候変動対応では「CO2排出削減」にすべての企業が行き着くわけですが、枠組みが標準化されればされるほど、結果的に独創性はなくなります。もちろん、枠組みから逸脱している奇抜な指標も受け入れ難いです。では、どこで差別化(自社らしさ)が出せるのか。答えの一つは「プロセス」です。

たとえば「CO2排出1万トン削減」を複数の企業が達成できたとしても、そのやり方は異なるはずです。結果は他社と同じでも、その結果に行き着くまでのプロセスは異なるはずですから、そこをアピールすることで独自性を出せます。その背景情報を含めて説明をするのがストーリーテリングなのかなと。

他社より効率よく排出削減できていたり、圧倒的に少ないリソースで実現できていたり、他の環境系KPIも改善するような一石二鳥型の取り組みをしていたり、何かしらの形でそれぞれが他社より優れている点があるはずなので、それを開示したいです。

あとはストーリーにマテリアリティの視点を取り入れることも独自性につながります。たとえば、日本には大手自動車メーカーがいくつかありますが、同業種であれば産業特性によるリスク側面(環境・人権/労働慣行など)はほぼ同じマテリアリティ項目になります(いわゆるキー・リスク・インジケーター)。しかし、事業機会の創出(価値創造)の源泉となる資本構造や文化・従業員は各社異なるので、この点を加味した(していますよね?)マテリアリティは、独自性そのもののはずです。

つまり、リスク対応に独自性は基本ありませんが、事業機会創出や価値創造には独自性が色濃く出る可能性が高いのです。もし御社の価値創造ストーリーが“同業他社と社名を変えても意味が通じてしまう”レベルのものであれば、それは的確に機会側面のマテリアリティを特定できていない可能性が高いです。

あと、統合報告書で「企業の沿革」や「創業の想い」がコンテンツ化されるのは、まさに独自のストーリーだからですね。事業そのものや財務情報ではなく、企業の成り立ちや企業理念・パーパスとビジネスモデルの整合性など、非財務が得意とするのがストーリーです。しかも、創業の想いなどは企業固有の話で独自性がありますから。

経済性の視点

企業が求められる社会的責任は、この20年くらい(2003年のCSR元年以降)で大きく変化してきており、社会・ステークホルダーに対して、ポジティブインパクトを生み出すような事業活動が求められています。その流れから、自社として特定のサステナビリティ課題(マテリアリティ)に取り組むことが、中長期的に見て自社の経済活動の視点でも合理的な選択だと伝えられるかが重要です。

サステナビリティのストーリーテリングに説得力を持たせたいのであれば、環境や社会の視点からやらなければいけない理由を語るのではなく、ぜひ「経済的な視点」から理由を考えてみてください。経済の視点がクリアになると、従業員もよりその価値に腹落ちしてサステナビリティ活動に取り組むようになり、結果としてより大きなインパクトを生み出すことができるようになります。

サステナビリティを経済合理性のみで判断するのは危険ですが、しかし経済合理性のあるサステナビリティ課題を探す努力を諦めてはいけません。そもそも、サステナビリティにおける「価値」とは、経済活動が創り出した「ステークホルダーに生み出す変化」を通じたインパクトを指します。ですので経済的視点はとても重要です

私は毎年、企業のレポート(統合報告書、サステナビリティレポートなど)は数百社分を見てますが(ウェブサイトは4,000社)、「リスクと機会」の機会(事業開発、企業価値向上など)の側面の開示が、まだまだ少ないと感じています。

そもそも、任意開示のレポートの発行の目的は「アピール」なはずです。日本企業の統合報告書もレベルはどんどん高くなっていると思いますが、まだまだアピールが弱い。自社がどれだけすごいか、なくなったら社会がどれだけ困るか、これをアピールすることです。その時に財務インパクトなどの経済性の視点が必要なのです。

まとめ

企業価値を理解してもらうにはストーリーが重要です。このロジックは本記事で少しはご理解いただけたかと思います。

ストーリー作りとなると、広告会社やクリエイティブ系企業が強いと思いますが、サステナビリティのストーリーってちょっと違う気もしていて難しいなと。IRの視点があまりないというか。難しいですね。

本記事で紹介した視点以外にも、価値創造ストーリーを作る重要な要素はあるのですが、それらはまた別の記事で紹介したいと思います。

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