マテリアリティ

マテリアリティのポイント

昨今のサステナビリティ推進においてマテリアリティ特定は、推進戦略の基礎となる最重要課題の一つになりました。

2010年代前半から本格的にマテリアリティに関する議論が始まって、2013年に「GRIガイドライン第4版(GRI/G4)」が発表され、サステナビリティ・レポーティングにおいてマテリアリティの重要性が確立されました。G4の登場からもう10年経つわけですが、この10年でありとあらゆる場面でマテリアリティが語られるようになりました。

読者のみなさんでご存じない方も多いと思いますが、当時はISO26000が開示の軸だったのに、いきなり戦略的な概念がでてきて、界隈が戦々恐々としたものです。あれから10年です。日本のサステナビリティも相当進化しましたね。

さて、ここ数年の文脈でいえば、企業価値との関係性もあります。IIRCやSASBのマテリアリティの定義は、企業価値および価値創造に関するものであり、まさにESG情報開示における本丸の議論の中にマテリアリティがあります。(なお「IIRC/IRフレームワーク」も2013年発表)

そんなマテリアリティも進化をして、さらにさまざまな概念を取り込み複雑化しています。そんな中で感じた課題や、今後の方向性を本記事でまとめていきたいと思います。

マテリアリティの定義

では改めてマテリアリティの定義について。一言で言えば“乱立しています”ということです。統合報告書でいえば、IIRCのマテリアリティの定義に従うのが定石とは思いますが、トータルでの開示では、シングル(財務マテリアリティ)とダブル(社会マテリアリティ/インパクトマテリアリティ)の差もあり、悩ましいところです。

GRIはインパクト・マテリアリティというか、社会・ステークホルダーへのインパクトを重要視したマテリアリティとなっていますし、従来的なマテリアリティがこちらの意味になります。財務インパクトを最重要視しないので(無視してはないが)投資家サイドから人気がなとされるGRIも、ISSBと急接近し、いまや指標の共通化も議論されているらしいですね。トップが変わって独自路線から協調路線になったのでしょうか。

マテリアリティという言葉の定義は広がりすぎていて、この前は「財務インパクトも考慮したマテリアリティを特定したのに、投資家からこれは違うと言われた」という企業担当者の話を聞きしました。シングルマテリアリティやダブルマテリアリティなどの言葉で整理する試みもありますが、未だに解決に至っていないません。

で、投資家同士でもマテリアリティの定義が異なることも聞いたことがあります。投資家といっても立ち位置もそうですし、会社ごとにもスタンスがあるでしょうから、そうなってしまうのかもしれません。結果として、誰にとってもマテリアルでないものが、堂々と統合報告書に書かれてしまうという悲劇が起きうると。結論としては、自社で明確にマテリアリティを定義し、外野から何を言われようがマテリアリティを突きつめて結果を出すしかないでしょう

統合報告におけるマテリアリティ

まずは、統合報告書におけるマテリアリティの開示動向を紹介します。ディスクロージャー&IR総合研究所の調査によれば、調査対象(日経225の発行企業)の9割がマテリアリティ開示をしているが定義説明は6割のみ、とされています。

マテリアリティは開示しているけど、マテリアリティの定義を明確にしていない企業が結構あると。サステナビリティの分野は、概念の範囲が膨大すぎるため主要概念は自分達で定義をしなければなりません。特に統合報告書は投資家サイドとのエンゲージメントのツールなので、読者(投資家)の理解を進みやすくするために定義は絶対必要です。

また同社の別の調査によれば、マテリアリティ特定をした企業の半分しかKPIを開示していないとのこと。KPIがないのにどうやってマテリアリティを管理するのかわかりませんが、公開していないだけで社内では指標化され管理している事例もあるでしょうし、そうであってほしい。

こういう状況を見ると、マテリアリティ特定をしている企業でも、半分近くは定義も不明瞭でKPIの開示もない、というレベル感と言えます。正直、もう少し低い数値を予想していたので、以外にがんばっている企業はあるのかなとは思いますが、全上場企業で考えるともっとレベルが低いので残念な気持ちにはなります。二極化しすぎです。後述しますが、マテリアリティの重要度は増すばかりであり、マテリアリティを特定できていない企業のサステナビリティ推進活動は単なる自己満足の可能性すらあります

■参照
ディスクロージャー&IR総合研究所(2022)「統合報告書分析レポート マテリアリティとKPI」
ディスクロージャー&IR総合研究所(2022)「統合報告書分析レポート 読者フレンドリーなマテリアリティ開示」

マテリアリティの要決

最近のサステナビリティ経営の要決に関する議論はまとまりつつあり、「長期思考/パーパス」「マテリアリティ」「価値創造ストーリー」の3つが基軸になっています。この3点は相互に、そして密に関わり合い、なおかつ他の概念を橋渡する基本概念でとなります。この3つの視点は、企業規模に関係なく重要な要素です。ですので、マテリアリティは単独で議論しても意味がなくて、長期視点や価値創造の視点も併せて考えなければなりません。

マテリアリティは企業が自社の価値観で、自社のサステナビリティ課題の対応優先度を決めることですから、そもそもマテリアリティが特定できなければ、サステナビリティ活動ができないはずなのです。それなのにマテリアリティを決める前に、目先のことから活動を始めるので、価値創造につながらないし、いきあたりばったりになるし、となります。

マスメディアでいう「できることが始めよう」は個人のサステナビリティ推進の話であって、企業が単純に「できることから始めよう」をしてはいけません。実践するには“身の丈に合った”活動が必要なのはわかります。しかし「取り組める活動から始める」と「(あるべき姿から逆算してすべきことを抽出したけどまだできないことが多いから)まずは取り組める活動から始める」はまったく次元が異なります。その差はマテリアリティが特定できているかどうか、の差です。

ですので多くの企業である「何から始めれば良いかわからない」という課題の、解答の一つは「まずマテリアリティの議論を社内でしましょう」です。マテリアリティなくしてサステナビリティなし!

実効性のあるマテリアリティ

マテリアリティ特定はできて開示もされているけど、経営戦略に組み込まれていない、という企業は実は多いです。というかほとんど?まさに手段の目的化です。とはいえ、経営戦略に組み込まれればそれでいいかというとそうでもないのです。

少し前の議論で「何ができれば“サステナビリティを経営に組み込んだ”と言えるか」みたいなものがあり、一旦の着地として「中期経営計画にサステナビリティの概念を組み込む」という意見がありました。とても日本的ですが、日本企業の現実的な解として良いです。

しかし問題は、中計を達成(実現)する企業が少ないのに、サステナビリティの文言が入った程度で意味があるのかとなり、結局、中計よりも上流に組み込む必要があるとかで、パーパスとマテリアリティの融合みたいな議論があったとかなかったとか。つまり、マテリアリティとは、項目を絞り込むだけではなく、その実効性をどのように担保するのかも併せて議論することで、実効性を担保できるのではないか、というものです。これがガバナンスなのですが、マテリアリティにおけるガバナンスって、ぜんぜん議論されないので不思議です。

あと、「価値創造プロセス」にマテリアリティを記載しない企業が多いけど、マテリアリティは価値創造の根幹なので載せたほうが理解しやすいかなと思っています。6つの資本構造の解説だけで価値創造語るのは限界があるよね。こういう開示も、マテリアリティの実効性を担保するものになると思うのです。

マテリアリティは企業が決めればいい。シングルでもダブルでもどちらでもいい。つまり「経営マテリアリティ」を突き詰めればいい。経営にとって重要な項目であれば、必然的に中経にもはいるし、KPIを決めPDCAをまわすことになるでしょう。企業がマテリアリティに振り回されないように、当事者意識(オーナーシップ)をもって関与することが求められているのではないでしょうか。

ホールディングスのマテリアリティ

あと、最近よく聞くマテリアリティの課題は「ホールディングスのマテリアリティ特定」です。特にさまざまな業種の子会社・関連会社をもつホールディングスのマテリアリティは、普通に考えられれば決められないはずです。マテリアリティは産業特性が強く影響するため、非製造業と製造業では異なるマテリアリティになるはずですから。

ホールディングスのサステナビリティの取り組みは、子会社・関連会社とのシナジーはあるのか、サプライヤーとのシナジーがあるのか、などマクロな視点が必要だというのは理解いただけると思いますが、ホールディングスと主要事業会社とのマテリアリティで整合性が保てるのかというのは難しい問題です

一応、主要事業会社のマテリアリティをホールディングスでも採用する、というパターンが多いように思いますが、これが正解かというと、もっと良い形がある気がします。色々な人に聞くし、色々な人が答えている問題ですが、いまだに絶対的な解答に出会ったことはありません。

ただ、前述のロジックでいえば「長期思考(パーパス)」は、ホールディングスで統一できると思うのです。事業会社ごとの企業理念やマテリアリティは、さすがに統一することはできませんから、ホールディングスでサステナビリティの方向性を統一させるとしたら、長期思考やパーパスです。そう考えると、マテリアリティの実効性を考えるときに、パーパスの役割は大きいなと。

マテリアリティと価値創造

■サステナビリティ関連情報開示における価値関連性の重視
サステナビリティ関連情報開示においては、企業価値との関連性を重視することが必要。中長期的な時間軸の中でマテリアリティのある事項を特定し、経営判断・経営戦略の検討と一体のものとして、統合的かつ連続的に開示に取り組まなければならない。
・サステナビリティ関連情報開示を通じた作成者と利用者の対話を効果的かつ効率的なものとするためには、 企業価値との関連性を重視した開示を行うことが必要となる。
・加えて、中長期的な時間軸の中での企業価値のありようを表現することが求められるサステナビリティ関連情報開示においては、短期のみならず、中長期的に企業活動に影響を与えうる広範な事象について吟味を行った上で、企業活動の持続可能性にとってマテリアリティのある事項を特定することが必要となる。
・また、企業にとって重要性のある事項や、その企業価値との関連性は、資本市場や消費市場が企業を評価する視点の変化や、社会・環境・経済の変化などによって常に変化するものである。
・このため、サステナビリティ関連情報開示は、企業の持続可能性確保に関する高度な経営判断・経営戦略の検討と一体のものとして、統合的かつ連続的に取り組まれなければならない。
「非財務情報の開示指針研究会」中間報告

研究会で指摘されているのは「サステナビリティと企業価値との関係性」です。ここでいう企業価値とは、必ずしも財務インパクトというわけではなさそうですが、今までのように「サステナビリティ推進活動の活動報告」だけでは足りないとうことです。

そして、マテリアリティですね。で前述した「長期思考(パーパス)」「マテリアリティ」「価値創造ストーリー」が、これは統合報告書だけの話ではなくて、上場企業であればサステナビリティレポートやサステナビリティサイトでも、この3つの視点をコンテンツとして盛り込みましょう、という解釈で良いと思いますし私もそう思っています。

といいますか、マテリアリティは自社の価値創造に最も貢献する項目なはずですし、そもそもマテリアリティは短中長期の視点が入っているはずなので、必ず長期思考になるはずです。というわけで、とにかくマテリアリティが経営的にも開示的にも重要なのです。

そのため、マテリアリティとは「企業価値向上に貢献しやすいサステナビリティ課題」でなければなりません。マテリアリティとはフォーカスすることであり、それは大部分を切り捨てることですが、その切り捨てた部分に対して「それも重要な問題なのになぜマテリアルではないのか」と指摘する人が必ず現れます。しかしマテリアリティは「絞り込むこと」が戦略の要であるので基本的には問題ありません。もちろん特定されたマテリアリティが正しいという前提が必要ですが。

事業機会としてのマテリアリティ

まず、GRIのマテリアリティマップを思い浮かべてください。マトリクス図になっており、右上が最も重要なカテゴリになっていて、これが自社のマテリアリティになる、というヤツです。

で、この10年で進化したマテリアリティとしては「右上のマテリアリティはやってあたりまえ」であり、今後は「今は社会的な価値はあまり生み出せていないけど、自社が最も重要視していて事業価値が高い領域(右下)」をどうやって引き上げるかが重要なのではないかという議論です。このビジネスとして一応成立して今後社会性を高めるべき項目は、いわゆる「事業機会としてのマテリアリティ項目」になる可能性が高いものです。ポジティブインパクトのマテリアリティ項目は、リスク管理のマテリアリティ項目よりも複雑な構造をしていることが多く、時に、マテリアリティの外側にあるので厄介なのです。

KRI(キー・リスク・インジケーター)、つまりリスク指標としてのマテリアリティは産業ごとにほぼ決まってます。ただし、機会(成長ファクター)としてのKPIは企業固有のものになるはずです。機会としてのKPI(マテリアリティ)は、ちゃんと考えないとわからないのが難点です。

まとめ

マテリアリティについて、色々な視点をまとめてきましたが、サステナビリティの進化によって、マテリアリティも進化を始めたように感じています。

マテリアリティは、企業価値との紐付けが強く求められているのが、現代的な各イニシアティブの唯一の共通点であります。ですので、マテリアリティの議論においては、企業価値という視点が強くなければなりませんし、もし企業価値という視点でマテリアリティが特定されていないのであれば、早急に見直しが必要になってくるでしょう。

そう考えると、今後の統合報告書は、マテリアリティに関するページをもっと増やしてもいいのかもしれませんね。マテリアリティこそが、企業が自社の企業価値をどう考えているかをまとめたものですから、6つの資本や、価値創造ストーリーと親和性高いはずですから。

ということで、大きな結論は特にありませんが、マテリアリティを一度決めたからと安心せずに、社会の変化に併せて適宜見直しをしていきましょう。

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