サステナビリティトランスフォーメーション

SXの流行と浸透

最近、サステナビリティ経営の戦略として「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」という考え方に注目が集まっています。

SXとは、経済産業省が2020年に「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」の中間レポートで発表した「企業のサステナビリティ(稼ぐ力)」と「社会のサステナビリティ(社会課題解決)」を同期化させ事業の変革に取り組む経営戦略を指します。当初は投資家との対話を含めてIRの側面が強い考えでしたが、最近は「サステナビリティを経営戦略に取り込み変革を目指す」という広義の意味で使われることが増えています。

この10年間、経産省の新しいサステナビリティ概念は、作っては消え作っては消えとなかなか盛り上がりませんでしたが、SXは国連のSDGsと同じく大ヒットしています(たぶん)。私はサステナビリティ・コンサルタントとしてSXが専門というわけではありませんが、SXの考え方は2020年代のサステナビリティ経営においてより重要度が増すと考えておりますので、本記事でまとめて解説したいと思います。

SXの基本的な考え方

サステナビリティ推進は業務変革の意味合いが強いです。業務の社会性の強化とも言えます。一方SXは、業務もさることながら、事業構造自体の変革という意味合いが強いです。まさにSXによる企業価値向上の流れは、この事業構造の抜本的な強化および改革による価値創出を指すと考えればよいでしょう。

SXの戦略や実行支援をできるコンサルタントは世の中たくさんいますが、最終的には社内人材が戦略も実行を行わなければなりません。そのための長期的な視点と10年単位の継続的な活動が求められるSXでは、社内人材開発も非常に重要です。逆に優秀な人材さえいれば中長期的には戦略も実践もあとからついてきます。SXはこの時間軸も重要なポイントです。

SXの要訣は「トレードオン」です。従来の考え方では“両立できない(トレードオフ)”とされていた経済性と社会性の両立を実践するために中長期にわたり努力した結果、ビジネスモデルの変革を実行できるというものです。経済性と社会性の両立は簡単な話ではないからこそ、もし実現できれば、社会から賞賛され社会に受け入れられる確固たるビジネスモデルとなります。SXは単なる既存業務のサステナビリティ化ではありません。その業務自体、ビジネス自体を見直すのです。抜本的な変化無くしてトランスフォーメーションとは言えません。

SXをしなければならない企業には大きく2つの理由があります。「不祥事や大規模事故があった」「NGOや投資家から強力な要請を受けた」などの大きく変わらざるを得ない状況になることで、外的要因からのSXです。もちろん、自らのビジネスモデルを分析し、現代社会においてトレードオンを成立させるように行動するという、能動的・主体的(内発的要因)に自ら変わろうとする企業もありますし、パタゴニアのように企業理念がそもそもトランスフォーメーションを迫るというパーパス経営実践企業もあります。そういう企業は企業文化や組織のサステナビリティ化が進み、勝手にSXが進み始めるようになります。

ちなみに、SXに関連する書籍・本はまだほとんどありません。SDGsやサステナビリティ経営がテーマの書籍の一部分で解説される程度で、SXを書籍タイトルにするような事例はほぼないです。

SXで社会を巻き込むイノベーションを生み出す

企業側だけのSXで技術的イノベーションは起こせるかもしれませんが、社会でもそれを補完する社会側のSXも必要です。たとえば、企業がどんなに環境負荷の低いイノベーティブな服を生産したとしても、わざわざ環境負荷の低い服を買おうという消費者や社会の潮流(文化や制度)がないと、ビジネスとしては成立しません。ですので、企業サイドも社会サイドもどちらにも変革を起こすことが、本当の意味でビジネスとして成り立つSXとなるのです

社会/地域の文化にポジティブな影響を与えられる商品・サービスの開発は非常に難しいですが、もし開発することができれば新たなビジネス市場を創造することにもつながりブルーオーシャンの確立につながります。経済性と社会性が両立するビジネスというのは、非常に難しい命題であるからこそ、挑戦しビジネスモデルを構築できた企業は、社会から称賛され、顧客からは感謝され、投資家からは期待を受けることができるのです。

SXで企業の「価値の転換」を促す

何かを大きく変えるには大義名分が必要です。理由なき変革に手を貸してくれるほど従業員は暇ではないはずです。その大義名分の一つが「社会を良くするビジネス(≒SDGs対応)への移行」です。これは従来の価値観からさらなる高みに視点を上げる必要があります。

このように、SXのような大きな変化を起こすポイントは「価値の転換」があります。従来の価値観のままではSXは実行できません。変革すべきは組織や仕組みでありますが、組織はひとりひとりの従業員が集まり構成されているため、このひとりひとりの「価値/発想の転換」を行うことが、SXのきっかけとなり、企業として社会のサステナビリティにつながっていきます。

より社会に貢献するために、ビジネスの社会性を高め、社会やステークホルダーから信頼されるような組織になるための手法がSXですが、この価値の転換は簡単な話ではありません。時には自社がこれまで何十年と信じてきた価値観が否定されてしまうこともあるからです。何かを転換する、何かを変化させる、というのは移行期の苦しみです。この従業員の視点を理解しないと誰も賛同してくれません。だからこそ大義名分が必要であり、企業の目指す方向を明確にして、従業員を含む社内外のステークホルダーに働きかけなければなりません。

まとめ

SXという 概念は、サステナビリティ関係者であれば一度は見聞きしたことがある程度には知名度があると思いますが、とはいえSXを積極的に進めようという企業はあまり多くありません。

SXは、マンネリ化し頭打ちしているサステナビリティ推進活動のその先へと進める重要な要素だと思っています。大手企業こそSXの概念を取り込み、さらなる企業価値向上に挑戦してもらいたいと思います。

余談ですが、このあたりの話を次に出版する書籍に詳しく書いていきますので、興味がある人は買ってください。2022年8月中旬には書店に並ぶと思います。

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参考資料
経済産業省|サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)