パーパス経営

サステナビリティ的視点のパーパスは、ブラックロックのラリーフィンクCEOの年初メッセージでも有名です。しかし、やや抽象的な話題も多く、実際に機能するためのパーパスはというと、あまりない印象です。

ここ数年でパーパスに関する書籍もたくさん出ましたが、内容というか著者がいわゆる広告・マーケティング系の方々が多く、サステナビリティ文脈でいうパーパスとは少し意味合いが異なる気がします。

というわけで本記事では、サステナビリティ視点によるパーパスの実践についてまとめます。

機能しないパーパス

パーパスはプロダクトやサービスに組み込むことができた時点で成立します。企業理念もそうですが、言葉(概念)として存在すれば良いというものではないです。でも多くの企業にとって今はまだパーパスは言葉なのです。やはり強いのはパーパスが形になったプロダクトやサービスです。口だけではなく、パーパスが実践された状態は、具体的にはプロダクトやサービスとして具現化されていることだと思います。

そう考えると、パーパスってカルチャー(社内文化/組織風土)に近いですよね。私は、パーパスは、ミッション・ビジョン・バリューの最上位にある概念と考えていましたが、パーパスはミッション・ビジョン・バリューとは別枠というか、全体を包括する企業文化なのではないかと最近思うようになりました。

しかし、パーパスを主要事業のプロダクトやサービスに組み込むとなると、これは相応に時間がかかります。特にサステナビリティ的アプローチの場合は。ですので既存のビジネスのラインではなく、まずは別枠で象徴的な“パーパス実践プロジェクト”を作ると良いです。

まずはパーパスの実践が目に見えることが重要です。「〇〇社といえば〇〇」というような特徴的なプロジェクトが何か1つあると浸透や広がりが大きく違います。たとえば「オムロンのTOGA」とか。(詳しくは拙著「創発型責任経営」で)ここまでくると、パーパスだけがパーパスを指すのではなく、そのプロジェクトやプロダクト自体がパーパスそのものになります。ソーシャルベンチャーなどは最初からこの方向性に経営を持っていけますが、いわゆる大手JTCは、なかなか難しいですね。

パーパスのつながりと実践

よくあるのが、社会性が強い“良いパーパス”があっても、抽象的で自社のビジネスモデルとは関わりそうにないものは機能しない印象です。パーパスは、主語が社会やステークホルダーに近くなるので「世界を平和にする」みたいな大きな視点になってしまうのです。パーパスは単なる希望的観測ではなく、日々の実務のための指針でなければなりません。

この問題は、結局のところ社外の人が考えたパーパスは表層的にしか機能しない可能性があるということです。どんなにワークショップやヒアリングをしても、社外の人間は組織文化を体験していない以上、深層的なパーパスまで辿りつけないと。もちろん、本当に機能するパーパスを特定できる支援企業もあるとは思いますが、日本に何社あるの?というレベルな気もします。

やればやるほどサステナビリティのマネジメントのポイントは、正しい・正しくないではなくてパーパス(≒ポリシー)なのだと感じます。パーパス自体がなかったり、同じ会社なのに部署や上司によって従うべきパーパス(の解釈)が違うことが問題です。営業部門も総務も同じパーパスの元でサステナビリティ推進をすべきなのに。

パーパスは儲かるのか

企業やブランドのパーパスと、ビジネスとしての利益は相関するという事例もあります。正確に言えば“正しいパーパス”を定義し、それを顧客接点として浸透させた企業やブランドは、高い確率で利益も上がっているということです。事例としては、のちほど説明する私も大好きなブランドのパタゴニアやオールバーズなどです。

パーパスを軸とした、ブランディングやマーケティングは色々な人がすでに言っているので、ここでは詳しくは言及しませんが、パーパスを含むサステナビリティの一番の問題は、事業の成長と整合していないことです。エーザイ・柳さんの「柳モデル」(特定ESG課題対応を中長期でみるとPBR向上につながっている話)などもありますが、ごく一部をのぞきパーパスと収益の相関関係すら証明できません。事例として挙げられる会社でさえ何十社もないが“こじつけ”の域を出ないレベルの話ばかりです。

これは当然で現場の従業員のほとんどは、パーパスを見て仕事をしているわけではないからです。またパーパスを実践するメリットが少ないのもあります。パーパスを実践しても給与上がらないし休みが増えるわけでもないし。パーパスは従業員が推進したくなるものでなければ、業績に連動するなんてことはないでしょう。

パーパスがそもそも儲かるためのツールと考えているのが本来的ではないと思うのですが、それでもパーパスが業績に貢献するというのはステークホルダーに開示していかなければなりません。価値創造の領域ですね。たとえば、パーパスの浸透が進むことで非財務リターンがあるかを示すとか。たとえば「パーパスの実践と浸透により従業員離職率が低下した」など。因果関係の証明が難しいけど相関の傾向は見つけられるでしょう。サステナビリティ全体にも言えますが、パーパスが直接売上に貢献する例はごく一部なのですから、直接的に関与するするであろう非財務リターンを特定するほうが現実的です。

パーパスのKGIを見出し、実践施策指標をKPIとする。パーパスを実践に落とし込んだ場合どんなKPIになるか。レイヤーが上がれば上がるほど、指標は曖昧なものになるので上位レイヤーの概念は無理して定量化する必要もありませんが、実践するには何も指標がないというわけにもいきません。ここらも課題ですね。でも不可能ではないと思います。

パーパスと働き方

私は企業としてパーパスを突き詰めると、最終的には「働き方」を考えることになると考えています。

パーパスの実践フェーズでは、従業員個人のパーパスと会社のパーパスとの重なりを見つけることもポイントになります。自分のパーパスに駆り立てられて仕事をしているとなれば、自身のモチベーションアップにつながります。100%重なることはないでしょうが、少しでも重なっていれば、従業員が組織のパーパスを身近に感じることができ(自分ごとにしやすい)、個人のパーパスと会社のパーパスを一緒に考える事ができるようになります。

「パーパス経営」(名和高司、東洋経済新報社)では、パーパスの三要素として「ならでは」「できる」「ワクワクする」としていました。自社の独自のものであり、我々なら実現可能なものであり、従業員としてワクワクするものがパーパスであるべき、と。こう考えても、やはりパーパスを突き詰めると、当たり前ですが働き方に突き当たるのです。

パーパスは、どうしても戦略として経営レベルの話になり、現場の顔が見えないことが多くなってしまいます。だからこそ、パーパスをいかに実践しそれをノウハウとして社内共有するかが重要で、お題目としてのパーパスではなく、他の従業員の取り組み(パーパスの実践)を全社で共有していくことで、より腹落ちを促すのです。

社長の社内メッセージでも、朝礼の唱和でもなく、同僚の行動こそがカギです。人間、目に見えないものより見えるものを信じますので。これはサステナビリティの社内浸透でも同じです。社内浸透させたいなら、インプット(情報提供)よりアウトプット(行動)を促すようにしましょう。こうしてパーパスの実践に巻き込まれた従業員から「パーパスと実務が直結しているのを実感できる」「パーパスを日常業務で意識するようになった」といった声が上がるようになります。

このあたりは最近流行りの人的資本の文脈とも整合性高いですよね。従業員エンゲージメント向上が人的資本向上へつながり、ひいてはパーパスにもつながるという。

パーパス事例

パーパスの選考事例としてよくあがるのはソニーです。ソニーの方の話を以前聞いたことがありますが、ホールディングスをパーパスで、各事業会社はMVVでパーパスにつながっている、という趣旨の話をされていたような。こちらもよく解説される事例なのでここでは割愛。

サステナビリティ関連ガイドラインなどのサステナビリティ文脈でいうと、パーパスはIIRC「IRフレームワーク:2021」やVRF「統合思考原則」にもでてきます。グローバルでのサステナビリティ・フレームワークに登場するというのは興味深いですよね。

私が好きなシューズメーカー・オールバーズのパーパス(ミッション)は「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」です。すごいステートメントです。普通に考えると100%達成不可能です。誰も実現したことがないしこれからもそうでしょう。でも、このメッセージを掲げるのです。これがオールバーズのすごさだと思っています。私は、スニーカーとランニングシューズの2足持っています(どうでもいい)。

こちらも私が好きなファッションブランドのパタゴニアのパーパスは「私たちは故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。こちらも痺れるステートメントです。我々のミッションは地球を救うことであると。パタゴニアは確か数年前にこの端的なステートメントに変更したばかりだったような。私はTシャツを数枚、アウターを1枚もっています(どうでもいい)。

社員数名のソーシャルベンチャーであれば、パーパスなんてなんとでも言えるのですが、ある程度の規模の組織だったり上場していればなかなか難しいものです。実際には、パタゴニアやオールバーズも完璧な会社ではなく、Bコープ企業とはいえ色々と試行錯誤しています。完璧なパーパスとその実践など存在しませんが、やはり言い切れるパーパスがあると企業として強いですね。

まとめ

また色々とパーパスについて考えをまとめましたが、パーパスのポジティブな面ばかりではなく、実現可能性が低いことや従業員の巻き込みが困難なことなども考慮して、一歩ずつ進むしかないと思います。

サステナビリティ経営においてもパーパスはかかせない概念となってきていますが、流行っているからと手を出すのではなく、やはり自社のビジネスモデル(コーポレートサステナビリティ)と社会視点(ソーシャルサステナビリティ)としっかり向き合うことが重要と思います。身の丈に合った戦略も重要だし、大きな夢を追いかけるのも重要なのです。

理想は、パーパス → ミッション・ビジョン・バリュー → マテリアリティ → KGI/KPI → PDCA… とブレイクダウンされた、つながりのあるサステナビリティ戦略が作れることだと思います。ということで、パーパス策定と実践のヒントになれば幸いです。

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