長期目標

企業に求められる長期視点

統合報告書を出すレベルの企業(国内上位600社程度)であれば問題ないと思いますが、そうではない国内上場企業の残り8割弱は、これからサステナビリティの中長期目標を作るというところも多いと思います。

担当者レベルで作られているけど、役員レベルの承認が取れず開示できないという企業にも出会ったことはありますが、その完璧主義が企業評価を下げているんだよ!と…言う勇気もなく迎合してしまうことも過去ありました。反省。

さて、昨今でいえば、TCFDのシナリオ分析もあり、長期戦略の重要性を理解する企業は増えている印象です。中期経営計画でもいいのですが、3年前後が多く、それだけでサステナビリティ戦略というのは無理かと思います。

そんな状況もあるので、本記事では改めて、中長期の戦略および目標設定のポイントをまとめます。参考にしてみてください。

組織構造の限界

まずは課題の整理を。通常のサステナビリティ推進業務は、年度単位で行うというところが多いでしょう。そうすると、年度の予算や業務に縛られて中長期視点で続けるべき活動もしにくいでしょう。この、そもそもの業務の仕組みが長期目線ではない課題もあります。

他には、専門性の高いサステナビリティ業務をジョブローテーションしてる人事制度も問題かもしれません。大手だと3〜5年くらいでローテーションしているイメージです。キャリア10年の人はごく稀です。ここまでくると業界ではかなり有名人担当者になります。このレベルの方は各種セミナー講師でよく見かけます。

あと、トップや担当者が変わると戦略が変更されてしまうのはよくありません。何度か見聞きしました。前任者を否定して、自分で独自の路線を取りたがるのかわかりませんが、長期目標設定の前に、そもそもの組織体制やビジネス構築自体に問題があるのでは?と。単年度主義から中長期で企業価値を最大化する方向にしましょうよ、というのがサステナビリティの基本的な考え方となります。だから社会がどんなに変化しても変わらないパーパスなどが求められるのでしょう。

これは担当者レベルでどうにかなるものでもなく、まさにモヤモヤしながら、これらの制約の中で葛藤しながらも、成果を出すべく努力をするわけです。ご苦労様です。トラディショナルな大手日本企業は、このあたりは特にありそうな課題です。

サステナビリティ推進において、戦略的に、科学的に、理論的に、こういう目標を・こういうプロセスで・こういう成果のためにやりましょうとなっても、それを実践できるかは社内の“政治的判断”です。担当者の上司、担当役員の壁を超えることが、科学的であることより難しい…という企業もあるだろうなぁ。

長期目標と二項対立

さて長期目線の戦略や目標を定める企業は増えていますが、長期目線があるからといって、直近3年は赤字でOKなんて投資家はいません。最近の投資家の視点は厳しく、上場企業には長期にESGのコミットメントを促しながらも、短期での利益創出も求めてきます。環境・人権・ガバナンスをがんばりなさい、しかし売上も株価も短期でも上げ続けなさいよ、競合に負けたらあかんで、と。長期で成果上げますので短期での利益の最大化は難しいです、という話は聞いてもらえません。ツライ。先日、ESG先進企業のダノンCEO解任事件がありましたが、厳しい時代です。

ただし、長期目線の本来の意義としては、これは未来のためなら今は損してもよという二項対立の話ではなく、長期的視野や目標があることで、現在においてよりよい意思決定を行うことができる、という点がもっと注目されるべきです。絶対的な話として、短期での最善策と長期での最善策が同じものになるとは限らないからです。はい。この、短期でも儲かるし長期でも儲かる、というのが、サステナビリティを経営に組み込んだ施策の最良事例なのですが、現実的にはそんな甘い話はないのが現状。担当者としては、ではどうしろと言うのだ!と叫びたいでしょう。

2050年目標が素晴らしければ毎年赤字でいいというわけではなく、あくまでも今現在の意思決定を最適化するために、先をみる、ということだけです。将来のゴールが明確であればあるほど今の意思決定が目的にフォーカスしたものになるはずです。コロナ禍で視点が目先のことになりがちな今こそ、将来の目標から逆算して、よりより意思決定を行うのです。何かを得るために何かを失う的な発想ではなく、一挙両得的な発想でいきましょう。

リスクマネジメント

次はリスク管理の視点です。サステナビリティを経営に取り入れる(≒長期視点を組み込む)ことで、今は重要ではないが近い将来、自社事業に対して大きな影響を及ぼすリスクを見つけることができる、というメリットが長期視点にあります。たとえば、気候変動が今トレンドになっていると感じている人もいると思いますが、実際は10年前から普通にトレンドでしたよ。

つまり、世界中の研究機関やイニシアティブが、近い将来大変なことになる可能性が高いってずーーーーっと言っていたんです。長期視点はこれ。科学的に中長期の社会変化が見えてきている中、すべきとされることを言い訳して対応してなかった企業がいけないのです。

なぜ気候変動がこれほど大きな課題になってしまったのかということについても、私たちは考えておく必要があると思います。それは一言で言えば、30年以上前には既に警鐘が鳴らされていたにもかかわらず、企業の対応が遅れたということにほかなりません。

逆に言えば、今、顕在化しつつあるサステナビリティリスクは、5〜10年後に全世界で規制(法制化)が進むような社会課題になる可能性が高いのです。先手先手で少しずつでも対応するか、問題が大きくなり解決が難しくなってから騒ぐか。サステナビリティ分野のリスクマネジメントって、本来これくらいの時間軸なので、だからこそ世界の動向を常にチェックし続ける必要があるのです。今年もトレンドの話を上場企業の役員会で話す機会をいくつかいただいています。実績あるので、貴社の今年の講習会に私・安藤はいかがですか?

中期経営計画

長期視点が重要なら目標達成年は2050年でいいね(キリよくそして他社と横並びで)とはいきません。投資家も長期でみるとはいえ、中間目標や2030年までの9年間で実行し続けられるだけの、戦略・仕組み・組織体制を求めます。宣言だけなら小学生でもできる。問題は実効性です。国際キャンペーンの「セイ・オン・クライメート(Say on Climate)」の動きも明確になり始めてます。長期目標の宣言を出すだけではもう投資家は納得しません。そのため中期的なアクションプランが必要になります。

日本企業は長らく、3年先をターゲットとした中期計画に基づく経営を続けてきています。将来の見通しがはっきりしている時代には機能しましたが、VUCA(変動・不確実・複雑・曖昧)の時代には合いません。比較的ぶれが少ない長期のメガトレンドと、はっきりしている目の前の変化に軸足を置いた経営を行うべきで、それができないと社会価値も経済価値も生み出すことは難しいです。

あと、短期的価値(経済・社会の両面)を追求しすぎるがあまり、長期的価値を毀損している例もあります。短期利益の最大化を目標とすることで、長期的な視点がなくなり場当たりで非効率な長期戦略となる構図です。とはいえ、長期視点があれば短期利益を獲得できるわけではないので、これが難しい。

まずは、ということでいうと、日本企業の場合は商慣習として中期経営計画の立ち位置が強いので、長期目標の設定前に、サステナビリティを中期経営計画に組み込むのがよいでしょう。こういうビジョンの元、こういうことをやり、これくらいのビジネスをやっていきます、と。中計は未達なことも多いからみんな半信半疑だけど、それでもその方向性を見込んでステークホルダーが動くわけです。そのため上場企業にとっては重要ファクターであるため、そこにサステナビリティを組み込むと。

10年後の確実な未来とは

あなたは「今までの10年間を振り返り、今後の10年間をどうしたいと考えていますか」と質問された時どう答えますか?これはサステナビリティでは重要な質問です。トップの意向を汲んで、担当者が言語化できなくては話になりません。というか、統合報告書の真の意義はこれだと思います。過去10年の振り返りと今後10年のコミットメント、です。

10年もあれば社会は大きく変わります。多分、あなた自身の過去10年をみても相当変わったのではないでしょうか。現時点の「強み」が永久に「強み」であることはありえません。これからはインバウンドだと言っていた、宿泊・観光・サービス業などは現在進行形で大打撃です。残念ながら「永遠」や「絶対」なんてぜったいにないのです。

では、これからの10年をどう考えるべきか。これは明確で、自社がコントロールできるアクションに集中するべきです。コントロールできないことに注力することは戦略ではなく、ただの願望の類で企業が取り組むべき姿勢とは言えません。2050年のサステナビリティ目標も重要だけど、まずは2030年の目標にフォーカスすべきで、その中間目標として2025年あたりも視野に入れて、くらいでしょうか。

とはいえ、サステナビリティ視点がないと解決できない企業の経営課題はいくつもあるけど、すべての経営課題がサステナビリティ視点で解決できるわけでもありません。ビジネスモデルのあらゆる側面にESG課題が関係するのは間違いありませんが、ESG以外にもビジネスモデルに影響を与える要素がありますから。

まとめ

一つ覚えておいていただきたいことは、5〜10年前から顕在化してきた社会課題が、今のホットトピックになっている点です。つまり、言い訳してサステナビリティ対応を先延ばしすればするほど、後手後手の対応になり、企業価値を毀損することになりますよ、と。

中長期戦略の話をまとめようとしたら長くなってしまい、課題感の共有だけになってしまいましたが、長期目標の考え方のヒントになれば幸いです。

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