価値創造プロセスの必要要素
日本国内で統合報告書が普及し「価値創造プロセス(ストーリー/モデル)」の考え方もだいぶ浸透してきたかと思います。今は、統合報告書は上場企業の2割未満しか発行していませんが、投資サイドの情報ニーズから今後も微増していく中で、価値創造プロセスの開示も増えていくことでしょう。
サステナビリティ情報開示が専門なので、このあたりの作り込みや見直しにコンサルティングをすることも多いのですが、実際は正論だけでは作ることができず、さまざまな制約が強くある中での作り込みになります。
さて、そんなタスクを5年以上行っているわけですが、最近思うところがありまして、本記事では価値創造プロセスの考え方のヒントになるであろう、6つの視点をお伝えしたいと思います。
1.資本
統合報告書で、IIRCで求められる6つの資本をどんなに詳細開示しても意味はありません。価値創造プロセスは、すべての資本が複雑に関与し創出される価値を、総合的な視点で説明するものなので、資本単体での説明では不十分です。たとえば、人的資本に「従業員数」を入れる企業が多いですが、従業員の多さと価値創出の総量に相関はあるとしても、因果関係はありませんから。そのような「その資本の指標おかしくない?」と感じる説明は多いです。そこから読者は何を読み取ったらええねん。読者に過度に考えさせる内容は不親切です。
で、IIRCのオクトパスモデルは、資本(≒お金の流れ)を軸にしたフレームワークであり、つまりビジネスモデル外の価値創造が表現しにくいのです。例えば、カルチャー(企業文化)などです。厳密にはIRフレームワークでも「文化、倫理および価値」を開示しましょうとしていますが、日本企業ではまず見たことないです。
企業文化なんて日々の業務に、とても大きな影響を与えるものなのに、こういったフレームワークでは表現しにくいです。これはオクトパスモデルの限界でしょう。そもそもIIRCも、オクトパスモデルを100%再現する必要はないと言っていますが。この資本も今一度見直すべきでしょう。その資本とする指標は本当に価値創造につながるものなのか、と。
2.プロセス
価値創造プロセスで重要なのは、時間軸です。ストーリーというか「風が吹けば桶屋が儲かる」のプロセスを開示する必要性があります。連想ゲームのエビデンスと言いますか。オクトパスモデルでは改訂前から、この価値創造の長期視点が求められていました。
その中で特に経営哲学は価値創造プロセスに盛り込みたいですね。経営哲学は、企業の数だけあるはずで、これがないと、同業者であればほぼすべて同じ価値創造プロセスになってしまうはずですから。あとは、価値創造プロセスにネガティブなアウトカムの要素を書く勇気があるか、は大きなポイントになるような気がします。(特に改定IRフレームワークで)
価値創造の源泉は事業プロセスにあります。しかし、すべての事業プロセスに価値があるわけではありません。「プロセスに価値がある」というのは、超有名企業か、成果の文脈が明確に見える場合のみです。普通の企業が普通なことをやってるのを、どんなに上手く見せたってそれはただのハリボテです。サステナビリティ・ウォッシュの典型例です。見せ方を考えるより行動して実践して成果だしましょう。
社会的価値を、どのタイミングで、どのように経済的価値に変換するのか。この時間軸の考え方やプロセスのまとめま方も重要です。長期的な利益の最大化を目指す場合は、短期志向とは発想が異なる場合も多いです。
3.価値創造の文脈
あなたは「企業価値とは何か」と問われた時、なんと答えるでしょうか。
「企業価値」の定義は文脈や人によってさまざまですが、サステナビリティ分野でいえば「ステークホルダーのニーズに応えること」でもあります。たとえば、ステークホルダーを顧客と考えるとわかりやすいでしょう。顧客の課題を解決できる、商品・サービスを持っていて提供できること。これは企業の価値になります。ただ、それだけでは部分的な価値でしかありません。
企業の組織としての価値となると、多様なステークホルダーのニーズに応えること、つまりステークホルダーに必要とされる「存在意義」があることが価値となります。商品・サービスだけではなく、組織自体も価値を生み出せなければ、社会やステークホルダーに必要とさない存在になってしまいます。
ここで難しいのが「価値を生むこと」と「価値をお金に変えること」を本来別だという話です。「価値を生むこと≒非財務」「価値をお金に変えること≒財務」に近いかなと私は整理しています。マイケルポーターらのCSVのように、社会的価値と経済的価値を同時に生み出す、というのも不可能ではないものの“物は言いよう”であり、大喜利の域を出ないものもそれなりにあります。
情報開示でいえば、価値創造は文脈とアウトカムがセットになって初めて意味を生み出します。たとえば、砂漠にある飲料水と、満腹時に目の前にある飲料水では、ニーズの切実さが違い価値の絶対値も変わります。つまり、価値とは同じ商品・サービスのビジネスモデルであっても、文脈によってその絶対値も変わるというわけです。だからコンテクストのない価値創造プロセスは、無意味なのです。ページ数の関係上、説明を省く必要があるのもわかりますが、ここはとても重要な局面なので、可能な限り丁寧に説明したいですね。
4.統合報告
統合報告のメディアでの価値に対する表現を統一する必要があります。開示媒体(有価証券報告書、統合報告書、サステナビリティレポートなど)が変わっても内容が整合している必要があり、同じストーリーとなっていなければなりません。だから、サステナビリティ・レポートは統合報告ではないからといって、価値創造プロセスのモデル図の説明はなくてよい、とはなりません。サステナビリティ戦略において重要なポイントは、すべてのメディアで重複すべきです。
私が最近思うのは、統合報告書の価値創造プロセスは、1ページのトップメッセージから始まっている、という冊子全体の文脈の構造です。トップメッセージも、組織の価値創出のプロセスを説明する有力コンテンツです。見開き1ページのオクトパスモデルだけで、価値創造プロセスを示すものではありません。極論、冊子の1ページ目から最後のページまで、すべてがストーリーの要素であるのではないか、と。オクトパスモデルの表現をこねくり回しただけで第三者にはそ真意や本質は伝わりません。
統合報告における統合思考とは、非財務情報と財務情報のファクトを並べて記述しましょう、という話ではなく、非財務情報と財務情報との関係性を記述しましょう、という話です。財務情報に非財務の視点を取り入れ、非財務情報に財務の視点を取り入れるのです。どんなにファクト(事実、データ)を並べても、それが直接ストーリーになるわけではありません。情報自体に意味はなく、それを文脈や背景、ビジネスモデルと関連づけて説明することで、読者の理解が深まるのです。
たとえば「CO2排出量1万トン削減」というファクトがあったとして、それは「去年より多いのか少ないのか」「進捗は良いのか悪いのか」「組織規模に対して少ないのか多いのか」「業界としてはトップなのか下位なのか」「それにかかった費用と削減できた費用はいくらか」などなど、背景情報を一緒に説明してはじめて、「CO2排出量1万トン削減」の意味を読者は知ることができるのです。
情報の編集によって、本質的に“意味も価値もないもの”を“意味も価値もあるようにみせる”ことはできます。逆もまたしかり。とてもよいサステナビリティ推進活動をしているのに、開示がよくないだけで価値がないように見せてしまうこともあります。
5.ステークホルダー視点
私は昔から「誰に何を伝えるのか」が、情報開示で最も重要な考え方と言ってきました。今でもこの考えは正しいと思っています。つまるところ「ステークホルダー・ファースト」が重要なのです。
情報の受け手で価値観が違います。一つの情報開示で、すべてのステークホルダーから賛同を得ることはできません。だからこそ、企業側が、自分たちの価値を明言して、それに共感してもらうというプロセスが必要になります。ステークホルダーに振り回される経営と、ステークホルダーと共に価値創造できる経営との差はそこ。ステークホルダーに寄り添うことがすべてではない。圧倒的な自信と成果があるなら、自社の信じる価値創造を貫きましょう。
そう考えると、価値とは相対的なものではなく絶対的なものが多いのかもしれません。本当のオリジナリティは他社との差異ではなく、自社の生み出す価値の絶対量にあるのかな。結果として同業種など近しい企業はありますが、他社の中に自社の価値があるわけではないし、他社と異なることをしても価値を生み出せるとは限りませんから。
先程のステークホルダー視点で考えれば、価値とは「満足すること」であると言えます。価値とは企業が決められるものではなく、社会やステークホルダーが決めるもの。ゆえに“満足ある所に価値が生まれる”となり、ステークホルダー・エンゲージメントの究極的な目標は「ステークホルダー満足度(SS)」であるとは思います。
6.成果の考え方
非財務カテゴリは、貨幣価値換算しにくいだけで、無形価値(ブランド価値、知的財産など)として資産価値は存在します。サステナビリティでも本丸の「人」に関する領域は特に顕著です。例えば非製造業の最大の資産は「データ」と「人」です。データとはノウハウや顧客情報で、人とは従業員です。逆に、非製造業はこの二つ以外のものがなくなっても致命的な問題になりませんが、逆にどちらかがなくなるだけ廃業・衰退してしまうでしょう。
逆に人を大切にしているか、たとえば従業員満足度が高い企業は、今後、企業価値が伸びる可能性が高いです。逆に離職率が高い企業は、今後衰退してしまう可能性が高いです。つまり、財務カテゴリも非財務カテゴリも、価値という視点では同じ目線のものなのです。
今までは、ステークホルダーにバリューを提供することと、サステナビリティ推進活動との間に関係性がほとんどなかったのです。例えば、株主へのバリュー提供と企業の環境活動などです。しかし最近では、気候変動対応など環境配慮の姿勢やアクションは、企業価値に大きな影響を及ぼす要因と認識されており、環境活動が将来的な株主への価値提供となります。
無形資産ともいわれるサステナビリティカテゴリですが、わかりにくい価値(無形資産)を、 見える価値(有形資産)に結びつけることではじめて、 価値創出の実態が見えてきます。 わかりにくい価値の意義だけを発信しても、誰にもその価値の素晴らしさは伝わらないのです。財務情報を非財務視点で語り、非財務情報を財務視点で語るのです。
企業価値とは、手段でもなく目的でもなく、サステナビリティ推進活動を通じて実現した「成果」です。しかしサステナビリティの文脈で企業価値向上というワードが使われると、サステナビリティの目的を指す場合がほとんどです。これでは、サステナビリティで適切な結果を求められるはずがありません。努力の先にある成果が尊いのであり、努力自体が尊いのではない。この「経済合理性では測れないプラスの効果」は、まさにサステナビリティ活動の重要な価値(成果)となるでしょう。
まとめ
少々長い説明となってしまいましたが、6つの視点で価値創造についてまとめてみました。ちなみに、なぜ社会的責任が価値を生むのか、ステークホルダーエンゲージメントが価値を生むのか、は拙著「創発型責任経営」(日本経済新聞出版)でまとめているので、興味がある人は読んでみてください。
結局、統合報告は「我々はこのような価値を継続して創出することができる」という、ビジネスモデルの経済側面のサステナビリティ報告であり、何で日本一、世界一の企業になっていくのか、を示すものであります。価値創造は「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」なんかとも親和性高いです。
ということで、本記事では統合報告と価値創造プロセスについて、いくつかのアイディアをまとめました。貴社の統合報告書およびサステナビリティ・レポート制作のヒントになれば幸いです。
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