
サステナビリティ経営はトップの仕事である
企業のサステナビリティ推進担当者から「経営者の理解が進まない」という話を聞くことがあります。サステナビリティ戦略を実装するうえで経営者(社長/代表取締役/トップ/CEOなど)のリーダーシップは不可欠ですが、そもそも経営者がサステナビリティをどこまで理解する必要があるのかは、あまり議論されていません。
まず前提として、企業は事業活動によって利益を生み出し、持続的に成長することが求められる組織です。すべての企業に対し、あらゆる社会課題の解決を直接の事業目的とするよう求める一般的な法律はありません。社会課題の解決そのものが最大の目的ならば、NPOや行政、政治家などのほうが直接的に貢献できる場合もあります。経営者に求められるのは、まず自社が継続的に利益を生み出せるビジネスモデルを構築し、その事業活動を通じて社会課題の解決にも貢献することです。
つまり、事業を通じた社会課題解決は、経営戦略の実行によって生み出される成果である、という考え方です。もちろん、人権侵害や環境汚染を許容してまで利益を追求してよいわけではありません。私は、サステナビリティ経営とは「社会に良いことをする経営」ではなく、「社会の変化を捉え、社会価値と経済価値を継続的に生み出す経営」だと考えています。その実現に最も大きな影響を与えるのが、経営トップの意思と行動です。
と、前置きが長くなりましたが、以下、当たり前だけど意外に議論が進んでいない話を含めて、まとめます。
経営トップに求められる役割の変化
近年サステナビリティ戦略は、CSR的なリスク管理および法令対応や慈善活動から、成長戦略や企業価値向上、の重要テーマへと変化しています。2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでも「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」という方向性が示されており、サステナビリティ課題を経営レベルでの対応することが期待されています。
また、SSBJを中心に、サステナビリティ情報開示の制度化・義務化が進むことで、経営者にはサステナビリティ課題をどのように事業戦略へ反映するかについて、説明することが求められています。ここで重要なのは、経営者自身がサステナビリティの専門家になる必要はない、ということです。
サステナビリティの国際情勢の詳細をすべて理解する必要はありません。専門知識は担当部門や外部専門家が補完すればよいのです。一方で、経営者には、重要なリスクと機会を理解し、経営方針を決め、執行側に適切な指示を出す責任があります。いわゆる、監督と執行の視点です。
つまり、よくある「経営者がサステナビリティの重要性を理解しない」という問題は、厳密には「経営者が適切な経営判断や指示をできていない」という問題とも言えるでしょう。また、経営者だけでなく、投資判断や資金配分を担うCFO、事業執行を担うCOOの理解も重要です。逆に、経営者よりも現場に近いCFOとCOOがサステナビリティの重要性を理解していないと、経営者の意識レベルが高くても、財務や事業の責任者が動かなければ、サステナビリティ戦略は現場まで届きません。経営者の課題はガバナンス課題そのものであるとご理解ください。CEOの意識と行動が変わらなければ組織は変われない。しかし、CEOの意識と行動が変わる“だけ”では、組織は変われないのも現実。
企業担当者が押さえるべきポイント
それでは、サステナビリティ推進担当者は、経営者のリーダーシップを引き出すために何をすべきでしょうか。私は以下のポイントが重要だと考えています。
サステナビリティを経営課題として提案する
サステナビリティを「ESG特有の課題」ではなく「事業成長の論点」として経営者に提示することです。例えば「2030年までにCO2排出量を30%削減しましょう」だけでは、経営者にとって経営判断が難しいものです。一方で「主要顧客からの脱炭素要請に対応しなければ、数年後に一定の売上を失う可能性が高いです」というような説明であれば、経営判断につながりやすいです。(実際はもっと細かい根拠が必要ですが)
サステナビリティ推進担当者が考えるべきなのは、3〜10年後のステークホルダーの期待を予測し、経営者が意思決定できる選択肢を提示することです。企業の主要なステークホルダー(投資家、顧客、従業員など)からの要求を整理し、競合企業との比較や財務的影響まで示せれば、さらに説得力が高まります。経営者は自社の事業を熟知していても、すべての社会変化を俯瞰できるわけではありません。担当者には経営者の視座を引き上げる役割があるのです。
重要なことは「事前に整える」です。サステナビリティ対応はいかには早く動き出せるか、が勝負の分かれ目です。競合が先に動き出したら、もう遅い可能性が高いです。競合も同じだけ努力し続けるわけですから、一生追い越せることがないことになります。「ESG課題の顕在化(リスク)」「ESG視点の価値創造(機会)」までの時間があればあるほど、いろいろな対応の検討・実行ができますよね。
トップの意思を具体的な経営指示に変える
また、経営者の想いを具体的な組織行動に変えることも重要です。例えば、社長が「人的資本経営を強化する」と宣言しても、人事部だけに任せていては限界があります。事業戦略上必要な人材やスキルの定義、人材育成、次世代経営人材の選抜など、経営全体で意思決定する必要があります。そもそも人的資本経営で最初に問うべきなのは、従業員の能力だけではなく「経営陣の人的資本」ではないでしょうか。10年後の会社を考えることは、10年後の経営者を“いま”育てることでもあります。個人的には、人的資本の文脈でサクセッションプランが語られないのがおかしいと考えています。
環境分野も同様です。脱炭素投資や事業ポートフォリオの転換は、短期的なコストや収益とのトレードオフが生じるため、トップダウンでの判断が必要です。そのためには経営者が方向性を示し、CFOが資金配分を検討し、COOや事業部門が実行する仕組みを構築しなければなりません。これが、本質的なマテリアリティの特定と実践です。
CSO(サステナビリティ・オフィサー)を設置する企業もありますが、肩書だけでは意味がありません。実際にどこまでの権限と責任を持ち、他の経営層に働きかけられるかが重要です。担当者としては、経営者に「サステナビリティを推進してください」とお願いするのではなく、「誰に、何を、いつまでに指示していただきたいのか」を具体化すべきです。日本のCSOは「サステナビリティ部長」くらいの立ち位置が多い印象です。経営に絡めないCxOは無駄ですらあります。
トップ自身の言葉で未来と成果を語ってもらう
最後は、経営者による情報発信です。統合報告書などのトップメッセージでは、サステナビリティへの取り組みを羅列する企業が多いです。しかし、投資家や従業員が知りたいのは、経営者がどのような未来を描き、どのように会社を成長させるつもりなのか、ということです。
投資家は占い師(?)ではないので、未来を正確に予想することはできません。もちろん、経営者もそうなのですが、経営者だけは「未来を決めること」ができます。10年後に社会や会社がどうなるかはわからないけど、経営者としてこういう方向を目指し、こういう企業になり、こういう価値を生み出していきます、と宣言するのです。そのコミットメントの良し悪しをステークホルダーが判断し、ステークホルダーごとに企業と関わり合っていくことになります。経営学者のピーター・ドラッカーは「未来を予測する最善の方法は、自ら未来を創造することである」と言っています。このとおりです。
重要なのは理由・根拠です。経営者としての信念があるからこそ“らしさ”が生まれるのです。なぜ、その社会課題に取り組むのか。なぜ、その事業を成長させるのか。なぜ、その経営判断をするのか。長期ビジョン、財務数値、社会的成果を一貫して説明できる経営者には説得力があります。逆に、いくら美しい文章を並べても、本人の意思が感じられなければ信頼にはつながりません。統合報告書自体や中期経営計画のサマリーになっている、統合報告書のトップメッセージは多いです。これでは、経営者以外の発言としても成立してしまうし、社内外のステークホルダーは何も読み取れません。
特にAIが企業情報を分析する時代には、抽象的な美辞麗句よりも、具体的な戦略と根拠のある説明の価値が高まると考えます。担当者は原稿を代筆するだけでなく、経営者に徹底的にインタビューおよびディスカッションし、その人自身の問題意識、経験、意思を引き出すことが重要です。合理的な判断と決断は別物です。将来の不確実性が高いからこそ、経営者の理念やパーパスが、組織の意思決定の道しるべになります。
まとめ
簡単ではありますが、サステナビリティを推進する経営者のあり方について考えてきました。サステナビリティ経営に必要なのは、ESGに詳しい経営者ではありません。社会の変化を俯瞰し、自社の事業機会を見極め、経営資源を配分し、組織を動かせる経営者です。自分の言葉で話せる経営者は強いですね。何度も統合報告書のトップメッセージのヒアリングを担当させていただいて実感しています。
そして、その根底に必要なのは「意志」です。どれほどロジックを整えても、経営者に「(本気で)理念や経営計画を実現したい」という強い意志がなければ、大きな変革は起きません。サステナビリティであろうがなかろうが、経営ってそんな生易しいものではないのです。
一方で、担当者も「経営者がサステナビリティを理解してくれない」と嘆くだけでは何も変わりません。経営者が適切に決断できる情報と選択肢を提供し、意思決定を組織の行動につなげる必要があります。皆さんの会社の経営者は、5年後、10年後の自社の姿を、自分の言葉で語れるでしょうか。そして、その未来を実現するための具体的な指示を出しているでしょうか。ちなみに、この20年で企業様のインタビューを何百社とさせていただいてますが、経営者がちゃんと動いている企業は、担当者が何年もかけて意識改革していることがほとんどです。
私は外部の人間ですが、サステナビリティ推進担当者の皆様の努力は知っているつもりです。陰ながら応援しております!現場からは以上です。
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