サステナビリティ渋沢栄一

渋沢栄一の名作

11月11日は渋沢栄一の命日です。2024年11月11日夜には、東京タワーをはじめとして、渋沢栄一ゆかりの企業や場所でライトアップなどがされるようです。2024年7月には新札(1万円札は渋沢栄一)も発行されましたし、その偉業を讃えてのイベントのようです。

というわけで、本日の記事はとある『論語と算盤』(以下・本書、角川ソフィア文庫版を原則指す)の勉強会に参加している私のメモということで、前半の5章分の感想をまとめます。書評ではないので、簡単なものですが、エッセンスは伝わるかと思います。

本書は古典中の古典でありますが、文字通りの温故知新のために、サステナビリティ経営に関わるすべての人に読んでもらいたい書籍です。年末年始休みなどの長期休みでぜひ深く読み込んでみてください。

『論語と算盤』前半のメモと感想

1章:処世と信条

冒頭に「われわれが道徳の手本とすべき最も重要な教えが載っているのが『論語』である」という文から始まるのが本書です。このメッセージが本書の最も重要な点の一つです。で、これは全体でも言えますが、渋沢栄一は常に怒っています。社会に対する憤り、人に対する憤り、制度に対する憤り、諸々。社会を変える、を本気で考えるとある種の怒りに近い感情があるのかもしれません。

なお、本書でいう「道徳」とは、今でいう企業倫理と言えるでしょう。また「算盤」とは経済性を一般的に指すとされますが、読み込むと経済基盤や経済を回す行動自体を指している場面もあります。「論語と算盤」という考え方以外にも「道徳経済合一説」「義利合一(義理合一)」などの考え方もあります。意味合いの大枠はほぼ同じで「倫理観と経済の融合の重要性」を説いたものです。

近い概念として「公益と私益」についての言及もあります。サステナビリティ経営の視点でいうと、財務的インパクトと社会的インパクトでしょうか。「仁義道徳を根源とする正しい道理の富でなければ永続できない。」というわけで、まずは論語と算盤の世界の始まりを感じた章でした。

2章:立志と学問

この章で大きな学びとなったのは「大立志」と「小立志」です。大立志とは大きな志(夢)と考えて良いでしょう。小立志とは大立志のマイルストーン(中間KPI)です。ですので、企業にとっての大立志とは、パーパスであり、ミッションであり、サステナビリティ(将来のあるべき姿)そのものです。

たとえば、海外企業では大立志(パーパス、長期ビジョン)を先に掲げ、日本企業はまず小立志(中期経営計画など)を掲げがちとされます。渋沢栄一はどちらも大事としていますが、まずはなんといっても章題にもなっている「志を立てよ(立志)」です。なお論語で「四十にして惑わず」とされたのは志が明確でブレなくなったことを指すと渋沢栄一は解釈しています。

やはりパーパスは、組織でも個人でも重要ですね。特に個人の場合は、人生をかけて成し遂げたいことを決めるには、自分自身をよく理解して身の丈にあったものを選ぶ必要があります。その上で、小さなマイルストーンを置き、「人生をかけて成し遂げたいこと」と連携させていくことが重要。

ただ、大立志が何かは最初からはわからないものです。個人で考えると、1社目から天職だ!なんてなりませんから。未来は誰でにもわからない。だから「Connecting the dots(点と点をつなげる)」の考え方が役に立ちます。一見、関係のなかった物事が、後から考えると1つのストーリーでつながっているという視点です。企業は、パーパスを定期的に修正しながら、過去と現在をつなぎ未来を明確にして、大立志を確実なものにしていくのでしょう。

3章:常識と習慣

この章では「中庸」という概念が出てきます。中庸はわりと聞いたことがある人が多いと思われます。中庸とは「(極端にならず物事の)真ん中」を指すように思いますが(それもありますが)、中庸の本質は「バランス」であると感じました。

中庸とは単なる真ん中ではなく「ベストポジション」が最も近い解釈のようです。極端によらなければいいかというとそうでもなく、仮に真ん中ではなかったとしても、バランスを考慮したベストポジションであるならばそれは中庸と言えるでしょう。

渋沢栄一は、この中庸のスタンスこそが「常識」だとしています。本書で定義される常識は、現代社会のそれとは異なります。ここでいう常識は、将来のあるべき姿、つまり将来的に当たり前にすべきことという考え方で常識という表現を使っています。

サステナビリティも極めて簡易に言えばバランスの話です。社会性と経済性、現在と未来、などさまざまな矛盾する概念のバランスを見極め対応することこそが、将来に資する企業経営である、という話でしょうか。

4章:仁義と富貴

4章では「義利合一」(義理合一)という考え方ができています。簡単にまとめますと、義(義理/信念)と利(利害/事業)を同じくするというもの。社会正義のために道徳によって人々を豊かにする、という方向性を示すものです。現代でいう、ステークホルダー資本主義のようなものでしょうか。

渋沢栄一の「論語と算盤」、二宮尊徳の金言とされる「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」と同じ意味合いと考えていいでしょう。倫理観のないビジネスはダメだし、倫理観だけで儲からないビジネスもダメだという話で、まさに3章で示された中庸が大切という話に。まさに「論語(社会性)とそろばん(経済性)」の話です。

これらの考え方は、まさにサステナビリティ経営の道筋を作っています。ビジネスを行いながら社会正義を実践できた例はたくさんあるではないか、と。綺麗ごとと言われようが、実践できていない人間ができている人間を否定することはできません。

このブログを読むレベルの方は、そんなの当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、わりと社会悪とされるビジネスをする大手企業もたくさんあります。また、400万社も中小企業があれば、その中には誰かを困らせてでも自社の利益を取る経営者も一定数あるわけです。難しいですね。

5章:理想と迷信

この章では「事業において最も重要なのは『信』である。この『信』の一字を守ることこそが実業界の基盤となる。」という話があります。そしてこの「信」とは商業道徳でそのものである、としています。

あと、孔子の教えとして「仁を身につけた人間は、自分が立ちたいと思ったら、まず人を立たせる。自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させる。」を、すべての事で考慮すべきとしています。これは、ビジネスはまず我慢から始めよという話ではなく、物事における順番が重要だとしているのです。自分の相手(ステークホルダー)が最初から自分のことしか考えずにいたら、それを見て「信」があるとは誰も思わないでしょう。

理想とは何か。100年前の渋沢栄一の考え方にもステークホルダー資本主義的な発想があるのが面白いですね。

参考文献

「論語と算盤」をテーマとした書籍はたくさんありますが、本家というか王道の書籍がシンプルで一番よいです。あまりコンサルの方や自己啓発的なものは間違った解釈や主張もあるので、原著に忠実なもの、または子孫の方の書籍がおすすめです。おすすめというか、他の書籍は「論語と算盤」をテーマにした、単なる自己啓発本がほとんどなので、まずは本質を見極めていきましょう。

ちなみに、本書が難読すぎて読破を断念した日本語話者の1億1,000万人の皆様は、2024年7月発売の「詳解全訳 論語と算盤」(筑摩書房)のバージョンでぜひ挑戦してください。こちらは全文を現代語訳で口語的にまとめているので、非常に読みやすくなっています。

書籍購入費をかけたくないという方は、渋沢栄一記念財団の「論語と算盤オンラインhttps://eiichi.shibusawa.or.jp/features/rongotosoroban/index.html」(1916年、東亜堂書房版)をおすすめまします。無料で読めます。ディスプレイなので紙とは読み心地が異なるかもしれませんが、無料なのに読まない理由はない!というわけです。ぜひ学びましょう。

■書籍
・渋沢栄一「論語と算盤」(角川ソフィア文庫)
・守谷淳「詳解全訳 論語と算盤」(筑摩書房)
・渋澤健「超約版 論語と算盤」(ウェッジ)

■Webサイト
渋沢栄一とは|渋沢栄一記念財団

まとめ

本書の考え方は、わりと日本的なサステナビリティ経営のエッセンスが含まれており、私の好きな書籍の一つです。100年前に書かれた書籍の考え方ですので、今でも通用するものと、さすがに合わないものものあります。それを自分自身のフィルターで選定することも、頭の体操になります。

20代で読み始めて、30代になって読み、40代になって読み、と時間の経過で学びとなるポイントが異なっていたり、やはり40代になった今だからこそ、当事者意識をもって学べる側面もあるかもしれません。そういう意味では、20代の方よりも30〜40代の方のほうが学びが多いでしょう。まさに大立志を確立しつつある年頃ですから。

また、単にサステナビリティ経営の話があるだけではなく、論語の話もありますので、日本的な“人の立ち振る舞い”を学ぶことができるでしょう。私は本書を「座右の書」として、何年かに1度読み直しています。人生、軸があると思考が安定します。皆様の良き教養として、参考までに。

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