パーパス経営

パーパス経営の実務

統合報告書やサステナビリティ・レポート、サステナビリティサイトなどでも「パーパス(存在意義、志)」について言及する企業が増えています。全上場企業で見れば1割にも満たないレベルですが、良い傾向とは思います。

そもそもIFRS財団の「IRフレームワーク」や「統合思考原則」でも、パーパスはめっちゃ大事やで、って言われてます。IRフレームワーク(:2021 日本語版)では、パーパスを「存在意義、使命及びビジョンは組織全体を包含し、明瞭かつ簡潔な言葉によって組織の目的と意図を示す。」と示しています。まぁ、そういうことです。ですので、本記事でいうパーパス経営とは「パーパス(企業理念)実践型の組織マネジメント」とでもしましょう。

私はパーパスという単語がサステナビリティ界隈でほとんど使われていなかった頃から使用していますが、昔からの注目点はやはり実践になると考えています。パーパスを作ることが無意味ということではなく、サステナビリティ界隈では、長期目標や戦略を一生懸命作るのですが、実践となるとほとんどされていないようにも感じています。で、その実践での最重要ポイントの一つが「全体最適」ではないか、と考えます。のちほど詳しく説明します。

ということで本記事では、サステナビリティ視点によるパーパス経営のあり方と、全体最適となるパーパスの実践という考え方を紹介します。

逆説のマネジメント

企業のマネジメント層は、サステナビリティ推進にあたり数字や根拠を出せと言います。ビジネスとしては当然の考え方ですが、超長期の時間軸で見るべきサステナビリティ戦略を、現在取得できる定量的な指標や科学的根拠のみで判断に使うのは愚かといえます。30年前に今の状況できなかったように、これからの30年も定量的に予想すること(フォアキャスト思考)は困難です。では、今後は何を根拠にマネジメントをすべきか。ここで考えるべきは「社会が変わっても変わらないものは何か」です。

サステナビリティでいえば、たとえばルール(ガイドライン)は変化が早く1年前とはまったく違う基準ができていることもあります。そんな早い変化があっても変わらないのがパーパスです。パーパスとは創業者の想いや沿革や企業文化を要約したものでもあるので、これを軸にするのです。もちろん、パーパスの表現レベルの修正は5年とか10年で行ってもよいと思います。パーパスの文言変更はしてもいいけど趣旨というか意図は変えてはなりません。これらの理由を根拠として30年後も変わらないものは、あらゆる物事の中でもパーパスくらいしかありません。30年もたてば人もほぼ入れ替わっていますし、ビジネスモデルも大きく変化していますので。

TCFDをはじめとして、長期にわたるシナリオ分析が推奨されていますが、複数シナリオを考えたところで基本的には予想はあたりません。たいてい最大値もしくは最低値を大きく超える結果となるでしょう。現状からいくら分析しても未来予測は外れます。そのためマネジメントにとって本当に重要なエビデンスは未来予測ではありません。予想はするけどそれが外れる可能性が高いことを見越して、臨機応変に社会の変化を自社のビジネスモデルの変革に活かすための組織づくりが重要なのです。つまり社会(≒ステークホルダー)の変化を、社会のニーズと捉えて対応するステークホルダー資本主義的な発想が、マネジメントの重要要素になりうるのではないでしょうか。

創業から、どういう想いで、どんな事業を、どんな従業員としてきたのか。それらの成果として、社会にどう貢献し、どのような価値を創出してきて、今後もどのように価値を創出しようとしているのか。それらを明確な言葉で表現し、すべてのステークホルダーにむけて発信し、納得・共感してもららうことがステークホルダーエンゲージメントの本質です。このステークホルダー資本主義的な発想は、社会がどんなに変化しても経営の方向性は変えることなく対応することができます。そしてそれらの起点になるのがパーパスであると。

サステナビリティという視点からパーパス経営を考えると、パーパス以外を常に変化させるべきマネジメント手法とも言えるでしょう。大変な考え方です。人間は基本的に変化を嫌う生き物ですから。ただ前述したように、パーパス経営は非常にサステナビリティ戦略と整合しやすく生存戦略にもなりうる可能性を持っています。逆説的ではありますが、変化するためには、変化しない軸を明確する必要がある、というのが私の主張です。(反論は認めます)

パーパスと業績の関係性

「パーパスを持つ企業のほうが業績が良い」という調査結果も見たことがありますが、「パーパスを作れば業績が伸びる」というのは誤解と思いますけどね。事例とされるそれらの企業史をみれば、そもそも業績が良く、パーパスを制定した後も失速せずに継続的に業績が良い企業というのが正直なところ。業績が継続的に悪い企業がパーパスを制定して上向きになったケースはないような気がします。あったとしてもパーパスが主要因ではないでしょう。相関を因果と都合よく捉えるのは危険です。

身も蓋も無い話で恐縮ですが、どうにもならないビジネスモデルの企業がパーパスを定めたところで、サステナブルな企業になれる可能性はほぼありません。万年赤字の会社は、パーパス策定前に売上をどうにかしましょう。パーパスを決めれば売り上げが上がるというコンサルタントおよび企業もありますが私は賛同しません(上がる企業もあるのは事実ですが)。パーパス策定だけでビジネスモデルが変えられるとすれば事実上倒産する会社がなくなることになるので、決してそうはいかずロジックは破綻しています。サステナブルな企業の裏にはサステナブルでは無い企業がたくさんあるのです。あくまで業績は「ビジネスモデル × パーパス」(他にも変数はたくさんあります)なのでどちらも重要です。

もはやバズワード化していて、とにかくパーパスを制定することが優先され、それがあれば成長につながるのではないかという過剰な期待や誤解が生まれているように思います。パーパスは企業の存在意義を定義しようとの話だと思いますが、そもそも存在意義がない企業はないはずです。

どのような企業であっても、パーパスと呼ばずとも、理念やビジョン、もしくは創業者の言葉や社内の暗黙知(組織文化)として、パーパスに近しい概念は必ず存在しています。それが整理されていないならパーパスとして明文化するのがよいでしょう。ですが、現時点で存在しない存在意義を改めて作ることはできません。

スタートとゴールを両立させる

私は、実務的にいえば、パーパスはスタートでありゴールでもある、と考えています。従業員からするとパーパスは「スタート(業務の意思決定の判断軸)」であり、組織からするとパーパスは「ゴール(あるべき姿、実現すべき目標)」であります。もちろん、これらの概念では簡単に分けることはできず、どちらの方向性も複雑に関連しているというのが現状かと思います。

ただ難しいのは、パーパスは定性的で抽象度が高い概念ですので、そもそも従業員が行動を逆算しにくいものであることは理解すべきでしょう。ですので、厳密には「個人のパーパス」と「組織のパーパス」のすり合わせが重要というか。100%合致することはないですが。この試みを行なっているのはSOMPOホールディングスなどがあります。詳しくは「SOMPOホールディングス 統合レポート2022」で解説されているので参考にしてみてください。

従業員個人が、組織のパーパスに共感するのはもちろん大事ですが、従業員の数だけ“パーパス(≒働くことの意味)”があるわけでして、両者をすり合わせていかないと企業文化はなかなか変わらないし、本当に自分ごととして仕事に取り組めないのではないでしょうか。で、組織は価値観が異なる個人の集合体でもありますから、個人のパーパスをとりまとめる、全体最適としての組織のパーパスがなければダメなのです

企業が立派なパーパスを掲げているのに、それがどうして従業員に理解されないのか、どうして判断基準として活用されないのか、その理由についてマネジメント層が深く考えた方がいいですね。パーパスをマネジメントの言い訳にしてはなりません。だって、コンサルタントやメディアでは「パーパス経営を行う企業」とされる企業の従業員の方に聞くと、中はボロボロというか、パーパスはどうでもよくて成果を出すことが最優先とか、そういう状況もあるわけですよ。全従業員が意思決定にパーパスを指標にするのは難しいですが、目指してすらいないのはナンセンスかと。

私がパーパス経営が実践できている企業として、アウトドアブランドのパタゴニアをよく挙げますが、パタゴニアだって従業員と労働問題に関して争っているし、わりと自己中心的な活動も多く叩かれることもあるわけです。つまり、パーパスがすべての経営課題を解決するわけでもないし、組織と従業員がパーパスを実践できるかは、相当難易度が高い別の話ですよ、ということです。だからこそ、もし実践できたとしたら、相当すごい企業になれるのだとも思っています。

パーパスの実効性と進捗計測

あと、最近思うのはパーパスは抽象的なものなので「パーパスの実践」と言ったときに、何を言っても当てはまってしまう気がします。つまり、そのパーパスの実践フェーズにおいて「パーパスの進捗度を測る」というプロセスが必要になるわけです。でも普通に考えるとパーパスや企業理念の“進捗度”なんてどうやってやるんだよ、と。で、その一つの考え方がインパクト評価です。

パーパス経営は、企業が単に利益(財務インパクト)を追求するだけでなく、社会的価値を創造し(社会的インパクト)、持続可能なビジネスモデルを追求するという考え方です。単に“儲ける”のではなく“儲け続ける”ための仕組みづくり、とでもいうのでしょうか

本記事ではインパクト評価の詳細解説はしませんが、指標をどうやって取り決めるかがポイントです。パーパスの実現に対して貢献しうる指標は何か、ということです。定量的に測定できる概念であればKGI/KPIからのPDCAサイクルを作ればいいのですが、パーパス自体は定性的目標であるために、MBO(目標管理制度)やOKR(目標と主要結果)のような管理フレームワークのほうが合うような気がしています。このあたりのマネジメントシステムは専門ではないので、どなたかにお聞きしたいところではあります。

さて、パーパスの測定と管理の可能性は色々見えてきたと思いますが、次の課題は実効性です。まず考えるべきは、いかにパーパスの実践(≒企業理念の実践)をする仕組みを作るかです。仕組みづくりの究極的な形は「定款変更」です。定款に企業理念を書き入れるのです。コミットメントレベルとしては最大級です。事例としては、エーザイ、良品計画、イオン、オムロン、ぴあ、丸井グループ、メンバーズ、ロート製薬、などがあります。定款に書いてあるのに実践できていなかったら…というレベルですから、実効性の一つとして見てもよいでしょう。

実効性の視点でいえば、パーパス策定だけではなく、それを実現するためのビジョナリー・リーダーも重要です。通常は代表取締役社長が最初のリーダーになります。これらの仕組みを考えていると、ESGで最も重要なのはG(ガバナンス)と言われる通り、どのような組織体制でパーパスを実現させるのか、という視点が、実効性にはかかせません。

結局、パーパスの文言や図解があるだけでは意味がなくて、浸透させる実効性のある仕組みや、ステークホルダーごとの部分最適ではなく全体最適の視点や、定款の変更を行うなどの究極的なコミットメント(覚悟)など、総合的にパーパスを活用できている企業にのみ成果が生まれる、ということなのかもしれません。

まとめ

本記事では、学術的なパーパスの定義や展開については言及しませんでしたが、サステナビリティ・マネジメントにおいてパーパスの果たす役割等はご理解いただけたかなと思います。

パーパス経営といっても、グラデーションがあって実践の程度はさまざまですが、長期視点で経営を考えると必要になるものですので、未策定の企業(世の中の99%の企業ですが)は、少しずつでもよいので策定に向けて動いていきましょう。

パーパスは変化しないからこそ、それ以外の変化のきっかけになりうるという矛盾するような考え方を紹介させていただきましたが、実務的なところは拙著『未来ビジネス図解 SX&SDGs』でも紹介していますので、こちらも参考にしてみてください!

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