サステナビリティ経営

サステナビリティの限界

サステナビリティ経営には限界があります。サステナビリティ推進は事実上の義務化とはなっているものの、それだけで経営課題のすべてが解決できるわけでもないし、どのように進めるかは企業ごとに異なるため、唯一絶対の解はありません。

だからこそ、社会の変化を事業変革に活かす「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」という考え方もあるわけですし、限界突破をいかにするか、まさにトランスフォーム(変革)が必要なのです。

とはいえ、その社会の変化がサステナビリティ推進にポジティブなものとは限りません。たとえば、アメリカの「アンチESG」の流れは、政治的な背景として企業に大きな影響を与えています。綺麗事でサステナビリティ推進を終わらせないためにも、このあたりの限界というか、大きな壁については一応知っておくべきかと思いまして、記事にまとめたいと思います。

ESGという政治的課題

ESGは日本でも昔から政治的要因が大きな影響をもっていました。日本企業の多くは“法律になれば徹底的にやる”という精神があり、2010年代前半などは「ウチの会社は法律ではないから最低限しかしません(最低限もできない会社がほとんどでしたが…)」という上場企業役員も多かったですから。とはいえ、時代は変わり、有価証券報告書でサステナビリティ情報の開示義務化となり、全上場企業が対応と開示に舵を切り始めました。これくらい政治の影響力は大きいものです。

で、より問題なのはアメリカの状況です。いまや、アメリカ企業がサステナビリティ対策(主に気候変動)を発信すると左派からは「グリーンウォッシング(見せかけだけの対応)」と言われ、右派からは「意識高い系(と馬鹿にされる)」と批判されるという状況になっています。ですので“沈黙が吉(グリーンハッシング)”との判断が広がっているというのです。今までとにかく開示しろ!と言われてきたのに、いざ開示をしたら非難されるという…なんでやねん。というか、2023年に入り、いわゆる「反ESG法」がアメリカの10州以上で成立するなど、そもそもサステナビリティが排除される空気感になってきています。某大手機関投資家のCEOも「ESGという表現は今後使わない」と言っていましたし、大変な時代になってしまいました。

たしかに、開示より行動(成果)へと焦点が移るにつれ、サステナビリティの矛盾が明らかになってきている側面はあります。ステークホルダー(主に投資家)のために長期的に価値を生み出し続けることは企業の使命であり、サステナビリティ推進が企業とステークホルダーの利害と一致する場合もありますが、とはいえESGなんて単なる綺麗事とされ、ESG投資を進める投資家もESG推進企業も犯罪者扱いされているとか。

しかし、残念ながら、企業にとっては気候変動などのコストを直接負担するよりも、ステークホルダーおよび社会に負担させた方が利益になる場合が多いのも事実(して良いとは言ってない)。「外部不経済」の議論です。そのため気候変動対応についてコンセンサスが得られていないアメリカの州では、規制当局と投資家・企業と衝突していると。このジレンマが解消されない限りESGのアクションは失敗となってしまうのでしょう。

マネジメントの限界

昨今のサステナビリティ経営では「価値創造による企業価値向上」や「アウトカム/インパクトの最大化」などが一大テーマになっており、成果の創出を軸とする推進活動を重視してきました。その中では効率を重視するような考え方がほとんどで、マテリアリティ特定からKPI設定そして日々の業務におけるPDCAスタイルによるマネジメントが行われています。

しかし、サステナビリティ推進活動の成果はすべてを定量化できるものでもなく、成果の数値化をしにくいこともあり、数値を重視してKPIを中心としたPDCAにおいて「マネジメントの限界」の理解が進み始めました。もちろん、定量化できればそれにこしたことはないのですが、サステナビリティの話はScope3のように、自社だけでは測定できない項目が多く、どんなESG先進企業であっても、そのマネジメントの限界に突き当たってしまいます。このような現状もふまえながら、いかに定量化するかを議論しないと、努力してもどうにもならないことにリソースを割きすぎても難しいものです。

経営のジレンマ

マネジメントの限界、というと壮大な命題のようですが、いわゆる管理におけるジレンマや矛盾と言っても良いでしょう。たとえばこんな話もあります。

「サステナビリティ・トランスフォーメーションのジレンマ」
とあるホテルが、サステナビリティに配慮するために、今使用している大量生産された一般的な家具を、より環境にも社会にも配慮されたサステナブルな家具に移行したいと考えるとします。このとき、消費者は当然ながら後者のほうがこのホテルはサステナビリティに気を遣っているなという印象を覚えます。
しかし、企業のSXにおいては、ここに大きなジレンマが発生します。まだ使用可能な家具がある場合、企業にとってもっともサステナブルな選択肢は、それらの家具を廃棄して新たにサステナブルな家具を調達して提供することではなく、いますでにある家具をできる限り長く大切に使い続けることなのです。
ここに、企業としてのサステナブルな選択と、消費者から見たサステナブルなイメージとのギャップが生まれます。移行期には、消費者やステークホルダーの目線を意識したサステナビリティ・トランスフォーメーションのプロセスが本質的にはサステナブルな選択とはならず、だからといってトランスフォーメーション・プロセスをサステナブルにしようとすると、今後はいつまでもステークホルダーからサステナブルには見られないというジレンマが発生するのです。
出所:IDEAS FOR GOOD(2020)「Business Design Lab 11月号」

少し長いですが引用させていただきました。他には、低環境負荷をうたうブランドの服を新たに買うより、大量生産された今着ている衣類を着続けた方がエコです。この手の話ではパタゴニアの考え方も参考になります。

なぜなら私たちが惑星のためにできる最善のことは、消費を減らし、すでに所有している衣類をより長期間活用することだからです。まずは消費を減らす。必要ないものは買わない。次は修理。まだ使えるものは直して使う。または再利用したり、共同使用することもできる。そしてついにこれらの選択肢がなくなったとき、リサイクルすること。(中略)
私たちが会社としてできる最も責任あることのひとつは、長持ちする高品質の製品を作ることで、それにより皆様は消費を抑えることができます。衣類の寿命をわずか9か月間延ばすことにより、炭素排出、水の使用のフットプリントを20%〜30%も削減できます。
出所:パタゴニア「Worn Wear」

アパレルブランドであれば、服を新たに買って欲しいけれども、購買自体はエコではない、と。このようなサステナビリティの視点では、ビジネスモデルそのものを否定してしまうような場合、企業の存在意義として矛盾が生じてしまいます。

ですので、企業には、現実的な商慣習として、環境負荷を一定レベルかけてでも、お客様は当然として、多くのステークホルダーにとっても価値があるというビジネスモデルにしなければならないし、その意義を伝え続けなければなりません。

組織規模による差

サステナビリティ推進は難しいことなんですよ。大手企業でも予算があればできるものでもないし、中小企業の社長が毎日叫べば進むものでもないです。だからどんな形であれ前に進めている企業はすごいと思います。中小中堅の上場企業では結構な頻度で「ウチは大企業じゃないから予算も人もない」という話を聞きますが、実際には時価総額1兆円以上の会社であっても無限に予算があるわけでもないし、規模で比べれば中小中堅企業より割合で低い場合すらあります。つまり大企業だって限りあるリソースの中で、なんとか工夫しながら進めているんですよ。組織規模を言い訳にしてはダメです。ナンセンスです。

「企業は規模が大きくなると社会的責任も増してくる」という考え方は方々で目にすることでしょう。しかし間違っています。企業規模によって、サステナビリティでいうバウンダリーが広く・深くなることはありますが、社会的責任の大きさ自体は従業員1人の会社でも従業員1万人の会社でも同じです。つまり中小中堅企業が規模の言い訳をしている時点で、ステークホルダーに“言い訳”をしていることになります。中小中堅企業“でも”できること、中小中堅企業“だから”できること、を突き詰めていきましょう

大手企業担当者や情報感度の高い人はサステナビリティという概念を以前から知っているけど、日本の多くの企業にとってまだまだサステナビリティは新しい概念なんですよね。2003年にCSR部門が出来始めた「CSR元年」と呼ばれた時代から2023年で20年。このあたりはあまり進化してません。国内外でルール化されなければ、いまだにひどい状態だったと思いますよ。

オペレーションにおける課題

これだけサステナビリティ経営について、(役に立つ情報は一部としても)相当なノウハウが公開されているのに、なぜ多くの企業では実践されないのか。これは簡単な話で、サステナビリティ経営の概念は理解できたけど、それを企業内で立案して、稟議通して、実行し、効果測定して、改善の計画を作るという、一連のプロセスが途方もないから、です。(大問題…)

大手企業・上場企業のサステナビリティは“後付け”がほとんどですが、それでも創業時から根付く「社会・人の役に立てる事業をしたい」という情熱がサステナビリティのモチベーションになることも多いです。パーパスなどです。それを見るのに機関投資家などは「社史・沿革」をよくみるなんて聞くし調査でも重要視されているという結果も出ています。単発の活動より過去の積み重ねを見るのです。実績以上に成果を表現できるものはありません。

その中でいうと、中長期の施策に失敗という概念はありません。単に“うまくいかなかったこと”がわかるだけです。最も重要なのは、どのように失敗するか、だけです。最初から予想通りにすべての施策が成功すればよいですがそれは100%ありません。基本的に、毎日のように予想外のことが起きるし、当初の筋書きがその通りに進むこともないのです。

あと実務での課題は、たとえば「我々は社会課題を解決するこんな事業を行っている」とPRしているけれども、よくよく話を聞いてみると、その事業はボトムアップで始めた小さなプロジェクトで、リソース(ヒト・モノ・カネ)が配置されず、戦略的にも重要案件と位置づけられていないものだったりします。つまり、インパクトが出せていないのです。それ事業と言えるの?という。そのプロジェクト以外の99%の事業は、短期利益を目指して相変わらず外部不経済を生み出している、ということがよくあります。インパクト小さすぎ。

サステナビリティ経営は、常にジレンマや矛盾と戦っています。課題しかない。ほぼほぼ対応なんて無理。だからこそ、サステナビリティ推進で評価されている企業は本当に素晴らしいですし、10年単位での取り組みとかもあるし本当に尊いです。

まとめ

本記事では、サステナビリティ経営の限界や矛盾について、例も含めて紹介させていただきました。唯一の解決方法はないのですが、自社の矛盾と向き合うヒントになれば幸いです。

前述したように、サステナビリティ経営なんて矛盾だらけの概念で、ステークホルダーと対立してばかりではありますが、社会の変化をビジネスモデルに取り入れて組織およびビジネスモデルをトランスフォーメーションできたなら、本当に強いビジネスモデルに昇華できます。

サステナビリティ・トランスフォーメーションってめちゃくちゃ難しいことですけど、社会がこれだけ変化しているので、企業も変化しなければならないことはご理解いただけると思います。

私はサステナビリティ・コンサルタントとして、こういった矛盾を乗り越えるべくアドバイスをさせていただいているわけですが、これもまた難しい仕事で結果を出すのも大変ですが、企業担当者と伴走しながら世界のために動いていこうと思うのでした。

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