CSR活動におけるKGI/KPIマネジメントの課題点

CSR-KPI

KGI/KPIマネジメント

御社では、CSR活動のKGI/KPIはどのように設定しているでしょうか。流れで昨年のKPIを何の疑いもなく今年もKPIとしてはいないでしょうか。今回はそのKPIの課題についてまとまめます。

KPI設定は難しくて、間違えると外部不経済や論理矛盾を生み出しかねません。CSRだけではなく、CSV/ESG/SDGsなどの分野でも重要な考え方です。

しかし、第三者の検証もほぼなく、特にCSR先進企業ほど成果を可視化しやすいKPIを選びがちです。(どこも自社の弱い部分は開示したくないから)

ですので、実は理想的なKGI/KPIを見つけられるのは、偶然にも近い話なのです。

マネジメントプロセス

まずは、CSR/サステナビリティ推進活動を行う時に、以下のような大きなフェーズで考える必要があります。

1、現状分析と課題発見
2、戦略策定
3、活動推進
4、効果測定と活動報告

本来のKPI設定は、現状分析を行い、自社の課題(社会やステークホルダーのニーズ)を明確にして、その課題を解決するためのアクションとして作るのがセオリーです。しかし、統合報告書やCSR報告書を発行する大手上場企業らの開示情報を見ても「そのKPIがどんな課題解決に貢献するのか(価値創造できるのか)が明記されていない」のです。

アウトカムと社会変化の整合性および因果関係を証明するのは非常に難しいですから、すべては対応できないとしても、明らかに“無難”な数値をKPIとして開示しているように見えます。これらは単純に「現状分析が不足している」ことがあり、2〜4番のすべてがズレてしまっていることが挙げられます(すべてではないですが)。

最近はないですが、大手アパレルが使用済み衣料を回収し、途上国に配布するという取り組みをしていましたが、現地では経済効果を生まない(むしろ現地のアパレルビジネスをつぶしている)し、輸送の環境負荷も大きいし、トータルで社会的意義はあるのかどうか、という視点もあります。こういった状況の中で、アウトカム(受益者サイドのポジティブな変化)ではなく、行動指標となるアウトプット(輸送衣類の枚数)をKPIとすると外部不経済を生み出しがちであると。

なお私は、CSR活動にKPIはいらないと言っているわけではなく、アウトカムとの整合性や合理性(一定の因果関係が証明できる)があるかどうかが問題だ、と言いたいのです。

事例1:バグのマネジメント

たとえば天下りマネージャーがやってきて、今度のプロジェクトでバグを撲滅すると言い出す。そのため、バグを出したプログラマやベンダーはペナルティを課すと宣言する。そして、バグ管理簿を毎週チェックし始める。すると、期待通りバグは出てこなくなる。代わりに「インシデント管理簿」が作成され、そこで不具合の解析や改修調整をするようになる。「バグ管理簿」に記載されるのは、ドキュメントの誤字脱字など無害なものになる。天下りの馬鹿マネージャーに出て行ってもらうまで。
天下りマネージャーが馬鹿なのは、なぜバグを管理するかを理解していないからだ。なぜバグを管理するかというと、テストが想定通り進んでいて、品質を担保されているか測るためだ。沢山テストされてるならバグは出やすいし、熟知しているプログラマならバグは出にくい(反対に、テスト項目は消化しているのに、バグが出ないと、テストの品質を疑ってみる)。バグの出具合によって、テストの進捗と妥当性が判断できる。
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2019/09/post-f6f8b8.html

このようなことが、CSR/サステナビリティ分野でも起きています。目先のネガティブな数値(KPI)を減らすことだけをマネジメントすると“木を見て森を見ず”なことになりがちです。客観的、定量的な評価を人々は求めるので、なんでも数字で測ろうとするけれども、実際はそうすることで人は数字だけを操作しようとする例です。

事例2:成功率のマネジメント

もう一つ事例を。外科医が「手術成功率」を成果(KPI)として評価されたり報酬を決められたりすると、より複雑であったりリスクの高い症状の患者の手術拒否をする場合があることが証明されているというデータがあります。医師としてはそうすることで手術成功率も評判も上がり報酬も高くなるというインセンティブが生まれるからです。言われてみれば当たり前の話ですね。ですが、その裏では患者が犠牲となっています。本来は「患者側のポジティブな変化」が指標になるべきですが、手術という行動をKPIにしたほうがわかりやすいから問題となる例です。

他にも事例を。学校で「いじめ発生件数」がKPIだったとしましょう。これは少なければ少ないほどよいことになります。しかし、日本の学校でいじめがなくなることは100%ありません。なんらかしらの形で必ず起きているはずです。ですので、いじめで自殺者がでると、学校側は「いじめとは思わなかった(認知なんかしたら自分の評価が下がるじゃん)」とか「見てはいるがいじめと認識していなかった(だから報告しなかった)」となるわけです。ポジティブなKPIを100%にする取り組みに弊害はでにくいのですが、ネガティブなKPIを0%を目指すタイプののもにすると、必ず何らかしらのか形で隠蔽が起きます。

目標は常にそれが正しいのか自問自答しなければなりません。固定化したパフォーマンス指標で計測されてることを知ると、 その指標だけを最大化しようとしてリスクテイクしなくなる。医者が手術成功率上げるため、難しい患者を避けるなど。 副次的な効果を含めて目標を決めるというのは、なかなか難儀なものです。

成果は測定すべきなのか

CSR活動も他の業務と同じく「成果」を求められます。これは事業活動として当然ではありますが、社会的インパクトは効果測定が難しく、さらにいえば社会的インパクトが経済的価値を持つかというとそうでもないため、CSR活動の短期的には“ビジネスインパクトが見えない状態”であることも多いです。

すると当然「CSRをやったらどうなるの?メリットは何?他の業務より重要なの?(成果わからないならやめようよ)」と成果に対してのみプレッシャーをかけて、できる限りCSR活動にリソースを割かないようにするマネージャーが出てきます。経営層がこういうパターンですね。リスクをつぶすのが仕事ですから、自身の成果にはつながるのでしょうけど、それは部分最適であって大局的なインパクトを把握できていないのですね。機会損失(リスクを取った時のメリットを失う)は、マネジメントの範囲外なのでこういうことが起きてしまいます。

理由はわかりますが、成果主義の風潮と短期に目に見える結果を出すプレッシャーにさらされすぎると、「カウントしやすい」数値目標を追い求めるようになります。「2050年までにCO2排出ゼロ」よりも「来月やる清掃ボランティア参加人数」を目標にしたり(ボランティアがダメというわけではないが…)。インパクト測定は複雑なのに表面的で数値化しやすいものしか測定せず、その数値が実態を完全に表していると思い込むのはよろしくありません。

CSR活動による最終的なインパクトは、単一の数値ではなく、関わる社会(地域)やステークホルダーの中の変数も出てくるものです。つまり「自社だけではトータルの成果を測定できない」ことが必ず出てきます。CSR活動は社会やステークホルダーにポジティブなインパクトを与えるのが役割ですから、当然、自社のみで完結する効果測定は少ないです。ステークホルダーや社会からフィードバックをもらわないと、最終的なCSR活動の成果がわからないのです。

しかし、それをしようとすると時間や手間が非常にかかる。だから自分たちで完結し測定できる活動が重宝される(「女性従業員のリーダー研修受講率:100%」とか)。CSRはただでさえ成果が見えにくい領域なので、KPI設定を間違えると、パフォーマンスにも大きな負の影響が出る可能性がありますよ、という話です。

「マネジメントとは成果評価にある」という“計測できないものは管理できない病”が、あらゆる組織に蔓延していると言えます。しかし、成果を数字化することに固執するあまり、測定そのものを目的化してしまっていないでしょうか。測定できる成果が必ずしも“測定に値するもの”だとは限りません。そもそも、その測定が本当に正しいのか、という評価は誰がするのか、という話です。CSR活動の正当性は本来誰が評価してくれるのでしょうか。

成果目標の柔軟性

成果を最大化し、なおかつ、測定管理できる方法はないのか。実は、その方法はなくはないです。その方法の一つが、拙著『創発型責任経営』でもまとめた「数値ではなく人を中心に管理する方法」です。測定は実務が成り立って初めて成立するものです。測定しやすさから実務を考えるなど愚の骨頂。目的と手段は明確にすべきです。

効果測定の妥当性は、まさに、今、CSR担当者が考えるべきマネジメントです。特に、CSR活動を一通りしてきた大手上場企業こそ、改めて考えるべきでしょう。CSR報告書や統合報告書に大きく書かれているその数値、本当に社会が良くなることに貢献できているものですか、と。

部門別に目標管理をするときには、KGI/KPIを用いることで目標の設定がしやすくなり、厳格な目標管理が可能となります。一方で柔軟性に欠けるという問題もあります。設定した当初は緊急性のある達成目標だったとしても、外的要因などに左右されて、時間の経過とともに形骸化してしまう場合があるのです。

定性的な指標であっても代理指標活用やブレイクダウンをすることで、定量化することもできるので、ある程度は定性的な評価も、指標として組み入れてよいでしょう。

ゴールとマイルストーンの差

KGIを達成しようとすると、様々な具体的施策(KPI)が思い浮かびますが、問題はそれらのKPIを高めることによってKGIに本当に到達できるのかという点です。そのKPIとKGIの間に因果関係があるのか(もしくはかなり精度の高いエビデンスおよびロジックがあるのか)が問われます。

例えば、「女性従業員のリーダーシップ研修受講率:100%」というKPIがあったとしましょう。これは毎年100%を継続すればいいと思います。しかし、インパクトという視点で考えるとどうでしょうか。ステークホルダーの多くは「女性従業員のリーダーシップ研修受講率:100%」という実績をどう感じるでしょうか。取引先、顧客、地域、監督官庁などのステークホルダーは、企業が「KPI:100%」を達成することでどんなメリット(インパクト)を受けられるでしょうか。この事例でいくと、そのまま考えれば社外のステークホルダーにメリットはなさそうです。

いろんな会社のCSR/サステナビリティレポートを見ればわかりますが、このパターンは結構あります。これらは行動指標(CSRではアウトプット)であって社会的インパクトではないのです。インパクトで考えると「受講率100% → 売上が0.05%上がる」みたいな因果関係が証明できるならよいですが、CSR活動は相関は証明できても因果関係を証明するのは不可能に近いんですね。CSR活動“だけ”が経済的・社会的インパクトを生むわけではないので。

ただ現実的なKPIとして「100%を目指すCSRプログラム」はゴールとしてわかりやすいのは事実です。イメージがしにくい活動は「パーセンテージ化」するとはいえます。ただし相当に吟味する必要はあります。

私は思うに、CSRのマネジメントとして財務的なKPIでみると失敗する可能性が高いように感じています。財務(結果)のKPIと事業(実践)のKPIは異なりますし、そのKPIそのものが価値を持っていることかというと、またそれも別問題になるわけです。100億円規模の事業が100億円分の社会的価値があるかというと、必ずしもそうではないわけで。

行動経済学によると、結果までの時間が長くなるほどに価値は落ちていくといわれています。ですので、直近で得られるものを選択しがちになります。中長期の高い目標を持つことも大事ですが、遠い先に達成できることだけを設定するのではなく、その効果を「日常的に実感できること」で見つけることも大事です。目先の実感(価値創出)がないと、続かないですよね。

アウトカムは、さまざまな要素が絡んだ結果であり、CSR活動の成果のみを抽出することが非常に難しいという現状があります。CSR活動における最も重要なことは、効果測定そのものではなく、「何のためにCSR活動を行っているのか」という目的の明確化です。そして、その目的に合わせた施策の立案・実行にあるのは言うまでもありません。

まとめ

CSR活動におけるKPI設定の問題点は、自分たちではその良し悪しがわからないこともある、という点もあります。

目標が間違っていれば、どんなに現場でがんばっても成果が生まれないし、社会の役に立たちません。

KPI設定は、非常に難易度が高いものですが、逆に自社が目指すべきKPIを見つけられたらCSR活動のレベルが相当高まります。

特にCSR活動の初期フェーズにある企業では「まずは行動しよう」から始めがちですが、フォアキャスティングではなくバックキャスティング(逆算)から始めましょう。有意なKPIを見つけられれば、それだけで半分目標を達成したようなものです。下記記事もハウツーの一部紹介しています。御社のKPI設定の参考になれば幸いです。

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