マテリアリティ特定

CSRにおけるマテリアリティの意味

マテリアリティ特定とは、CSR戦略を決めることそのものでもあります。

マテリアリティの分析や特定(設定・策定)は、CSR/サステナビリティ戦略を考える上で非常に重要な概念となることはご存知の方も多いでしょう。最近では「ESGにおける重要課題」という表現をマテリアリティに使う企業も増えています。ESGでは特にリスクと機会の分析と対応が求められるので妥当と言えます。

従来のCSRという枠の中だけではなく、マテリアリティの範囲がESG/SDGsなどまでカバーするようになり、マッピング(マテリアリティマップの作成)作業の難易度が上がってきている背景もありますが、ESGやSDGsに意識を取られすぎて、本質を見逃しては意味がありません。

そこで本記事では、ESG/SDGsをふまえたマテリアリティ特定における、課題やKGI/KPIの関係、監査・アセスメントの考え方をまとめます。

投資家目線のマテリアリティ

マテリアリティ特定は、マトリクスでいうところの「縦軸:ステークホルダーの関心・期待」と「横軸:自社における重要度」の接点をみつける、というのがセオリーです。しかし、その時に見落としがちなのが「投資家目線のマテリアリティ」です。

ステークホルダーの中でも、投資家は企業への関心・期待がトップクラスに強いのですが、他のステークホルダーとは企業への期待するポイントが異なっています。たとえば「事業の継続的成長性」とかです。従業員は自分の属する企業なので関心度合いが高いと思われますが、取引先・顧客・地域社会/NPOなどは、いうほど事業の成長性を最重要視はしません。

そうなるとマテリアリティとは「自社の重要度、ステークホルダーの重要度、財務への影響力」の3要素で決める、もしくは説明できるものが理想ということになります。どんなに「自社の重要度、ステークホルダーの重要度」が高い項目があったとしても、経済合理性のあるビジネスインパクトへの影響(因果関係の解説)がわからなければ、マテリアリティとはいえないのではないかと。「リスクと機会」の機会によった考え方をする必要があるということでもあります。

■今までのマテリアリティ 
全ステークホルダーの関心にフォーカスしたCSRマテリアリティ(自社の重要事項 × ステークホルダー・社会の重要事項)
■これからのマテリアリティ 
投資家の関心にフォーカスした財務マテリアリティ(自社の重要事項 × 財務面への影響重要度 × 社会課題解決の合理性)

あまりにざっくりしていますが、たとえば上記のようなフォーカスポイントも、一つの考え方として考慮すべきでしょう。CSRにおけるマテリアリティとIRにおけるマテリアリティは基本的に異なることもあり、社内的でしっかり議論をし「CSRでもIRでもマテリアルな項目」をマテリアリティとすべきと。

インパクトの経済合理性

あと、最近の議論では「マテリアリティの経済合理性」が一部でホットなテーマになっています。マテリアリティの経済合理性とは、「企業がそのマテリアリティを突き詰めることで最終的に儲けることができる」というロジックモデルを作り実践できること、です。

少なくとも、マテリアリティを突き詰めることでどれだけ社会的価値の創出が行えるか、そしてそれが組織にどれだけポジティブなインパクトを与えるかを示さなければなりません。逆に、そのマテリアリティをどれだけ推進しても、経済的にも社会的にも価値創出が行えていないとするなら、それは自社にとってマテリアルな項目ではなかった、ということになります。その場合は言い訳をしていてもしょうがないので、潔く見直しをして別の項目を選定しましょう。マテリアリティの達成が経済的・社会的なインパクトもなにも生み出さないとしたら、ステークホルダーの誰も幸せになれませんよね。

サステナビリティの考え方自体は、企業経営にとって合理的なものなのです。もし、CSR/ESG/サステナビリティに合理性を感じられないのであれば、それは本来の趣旨から外れている可能性が高いのです。しかし、注意すべきは「経済的価値を生み出さないCSR活動の優先順位を下げすぎる」問題です。特にリスクマネジメント的側面が強い活動項目は「マイナスをゼロ(リスクを減らす)」にするCSRの基礎的な活動であり、「ゼロをプラスにする(経済価値を生創出する)」が正義と言われてしまうと、コンプライアンスやコーポレートガバナンスはしなくてよいことになってしまいます。

CSR活動における経済的メリットの主語は企業であり、社会ではありません。社会に貢献しているかのように見えて、実は公益ではなく私益を求めているにすぎない場合も多々あるわけです。そこをマテリアリティとしては本末転倒です。

マテリアリティの実践

主宰している「サステナビリティ評価研究会」での議論でもあったのですが、「マテリアリティの実践ができていない」という話がありました。戦略は実行されてこそ意味があるわけですが、実際にはマテリアリティを決める(特定する)だけで、満足してしまうケースは意外に多いと感じています。

その中で、解決方法の一つとして「マテリアリティの抽象化」の方法をお伝えしました。マテリアリティを20項目作るくらいなら(そもそもそれはマテリアリティではないです!)、少し抽象化させて3〜5程度に絞ったほうがよい、というものです。マテリアリティ特定は抽象化と逆方向と思う人もいると思いますが、先進企業は結構この手法を使っています。どう考えても、限られたリソースで20項目のマテリアリティのすべてを網羅し、最優先に展開させるのは不可能です。

マテリアリティはより限定的にすべきだという理想はそうですが、実践しにくければ意味がありません。CSR支援をさせていただいて最も多いCSR課題の一つが「戦略が実行されないこと」です。2003年のCSR元年から15年以上たちますが、立派な戦略を持っている企業はものすごく増えています。しかし、問題はその実行力です。

実行しにくいのであれば、マテリアリティにある程度幅を持たせて、社会の変化に合わせて柔軟にKPIを作り実践すればよいのです。優先度を決めることは、あくまで実行しやすく成果を生み出しやすい環境を作るためのものです。そこを勘違いしないようにしましょう。このあたりの「柔軟なKPIの設定と実行」は先日発売された拙著『創発型責任経営 新しいつながりの経営モデル』で詳しく解説しているので、興味のある方は参考にしてください。

加えて、自社もステークホルダーも重要だと考えていることを実践したのに成果にならなかったとしたら、たとえば、「気候変動対応」がマテリアル項目なのに総合的な環境パフォーマンスが低かったら、何かがずれている可能性が高いです。自社にとって重要ですぐにでも取り組むべき項目で、想定された成果を大幅に下回るなら、そもそもマテリアリティ項目がおかしいか、KGI/KPIがおかしいか、PDCAプロセス(ルーティンワーク)がおかしいか、組織体制がおかしいか、です。

戦略と実践のズレを考慮することはマテリアリティ特定において、とてもとてもとても重要なことですよ。

ステークホルダーの納得度

マテリアリティとは、「どの分野に、どの程度の投資をするか」を決めることでもあります。つまり、マテリアリティ特定で「何をやるか」を決めるということは、「何をやらないか」を決めるということでもあります。

そう考えると、マテリアリティ特定において、ステークホルダー間の合意が行われているかどうか、は非常に重要なポイントになります。つまり、そのマテリアリティは、従業員にとっても投資家にとっても消費者にとっても、合理的であると判断されるものである必要があるのです。ステークホルダーのすべての人が、組織のマテリアリティに納得するということはありませんが、過半数のステークホルダーに納得してもらえなければ意味がありません。

何度でも言いますが「何かの優先順位をあげる」ということは、「何かの優先順位をさげる」ということです。優先度を上げる指示を出すなら、何かを下げる指示も同時に出さないとよろしくありません。リソースが有限な以上、マテリアリティを決めるということは、他のカテゴリの優先順位が下がるということでもあります。その言い訳も一緒に考えないとステークホルダーは納得しません。

さらに進むと次に当たる壁は、たとえば、気候変動対応と事業戦略の一体化がなされたとして、課題は「どこまでの投資を許容するか?」です。不確実性の高い将来に向けて事業との兼ね合いを見ながら環境への投資を行うことは、非常に難しい意思決定となります。特に上場企業であれば、短期の利益と長期の利益を同時に求められるというポジションにあります。

環境への投資は短期視点ではコストにしかなりません。下手したら数十〜数百年後に成果が生まれる分野です。ですので、投資をし続けるには環境活動をマテリアリティとし、戦略に組み込まなければなりません。それがステークホルダーへの“言い訳”になるのです。

マテリアリティの項目は、特に社外のステークホルダーに、「我々はこれらの課題と本気で向き合います。何が何でも課題解決に貢献します。」というメッセージとなります。逆に、本気で向き合えない課題をマテリアリティにしてしまうと地獄ですね。はい。

社内課題

マテリアリティとは「経営アジェンダ」でもあります。マトリクスの横軸は「企業にとっての重要課題(手段)」、縦軸は「社会・ステークホルダーにとっての重要課題(目的)」と考えると、現場はわかりやすいかもしれません。マテリアリティを中心とした事業活動を通じ、ステークホルダーの課題解決を行なっていく、という流れです。

マテリアリティがない、もしくは形式上のマテリアリティの場合、KPIをほぼ単独で決める形になりますが、これは無謀としか言いようがありません。全体最適の仕組みがあるからこそ部分最適のKPIが活きるはずなのですが、マテリアリティが決まっている(社内承認は通っている)場合でも、本当に吟味されたものかは別問題です。

マテリアリティや価値創造ストーリーを設定したものの、事業部門の協力が得られず“実効性が乏しいマテリアリティ”に留まるといった問題を抱えるケースもあります。これらは単純に事業部門のメリットやインセンティブがないマテリアリティだからでしょう。これらの課題は、本来は特定プロセスの中で解決されるはずのものですが、専門家も交えず、なんとなくマテリアリティを決めてしまった場合に露見するものです。自社でこういう傾向があれば、早急に見直しプランを検討しましょう。

まとめ

マテリアリティ特定を間違えてしまう、もしくは最適な選定ができていない、という状態は、CSRの“ゴール”を間違えることになり、非常に問題となります。ゴールの方向が間違えていたらむしろマイナスでしかありません。

マテリアリティの様々な課題や視点をまとめましたが、やはり監査やアセスメントといいますか、とても重要な部分なので、複数の専門家やステークホルダーときちんと議論してまとめる、もしくは見直す必要があるでしょう。これからマテリアリティ特定を行う企業は上記の課題も知っていただき、今後見直しを検討している企業はそもそも論的に再確認いただければと思います。

ちなみに、マテリアリティ特定のフィルタリングやトータル・アドバイスは実績多数ですので、CSRの成果を上げたい方はご相談くださいませ。

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