マテリアリティ特定の意味
ここ数年で最も注目されるCSR活動は「マテリアリティ」でしょう。事業戦略や“本業でCSR”の名の下に、いよいよCSR活動が企業の重要戦略として語られる社会情勢になってきたことを素晴らしく思います。
しかし、多くの企業にとって、マテリアリティ特定は“危険な状態”であるようにも感じています。セオリーとされるプロセスでマトリクスを作ることが危険なのはなぜでしょうか。
ちなみに、CSR/ESGカテゴリだけではなく、国際的ガイドライン(GRI,IIRC,SASB,SDGsなど)によるマテリアリティの考え方もありますが、それぞれやや異なる定義をしているので注意しましょう。
本記事では、マテリアリティ特定に関する、課題、企業事例、プロセスなどを含めてまとめます。
マテリアリティ・プロセス
そもそもマテリアリティ(重要課題)の特定とは、何を指すのでしょうか。色々なガイドラインやイニシアティブによって解釈が異なりますが、大枠は以下のようなポイントといえます。
1、策定プロセスが明確になっている
2、課題が明確にされ優先順位がある
3、外部ステークホルダーの評価が反映されている
4、リスクの発生確率が考慮されている
マテリアリティが決まれば「マテリアリティ決定 → KGI/KPI決定 → PDCAをまわす」と実務的な落とし込みも本来は簡単にできます。しかし、なぜか「マテリアリティを決める」まで進みながら、次のステップに進まない企業がとても多くあります。非常にもったいないです。戦略は実行されてナンボなはずなのに。なぜ実効性のない空虚な「マテリアリティ」が生まれてしまうのでしょうか。
マテリアリティと統合報告
私はIRやファイナンスが専門ではないので、詳細は他のところで確認いただきたいですが、特に統合報告書に記載されるマテリアリティマトリクスは「ステークホルダー重要度」ではなく明確に「長期投資家にとっての関心・重要度」を取り入れるべき、と考えています。
企業サイドからみれば、業界・業種に強く関係性があるイシューを中心にマテリアリティを考えますが、情報の受け手においては、例えば、一般消費者と投資家が同じマテリアリティ(ここでは情報の質という意味で)をニーズとするわけないな、と。今、社内外に発信しているマテリアリティは、誰にとってのマテリアリティなのでしょうか。全ステークホルダー(社会的インパクト評価より)なのでしょうか、それとも投資家(リスクマネジメントより)なのでしょうか。
統合報告書はマテリアリティを重視した記載に移行してきています。その特定に際しては、グローバルな社会的要請、社会課題、ステークホルダーのニーズ、自社のミッション・ビジョン、企業活動の影響、など様々な視点を考慮し中長期の時間軸でまとめて、報告書に記載することが不可欠です。
また、個別の項目についても「言いたい情報」だけでなくステークホルダーの「知りたい情報」を探り、情報の非対称性を解消することが重要です。このように情報の選択は発信企業の一存だけでは意味あるコミュニケーションができない時代を迎えているといえるでしょう。
マテリアリティ事例
最近、事例としてよくみるし、私もいいなと思うのは、コニカミノルタ、味の素、オムロン、花王、などでしょうか。
戦略との整合性であればオムロンの「サステナビリティ課題の目標と決定プロセス」(統合レポート2017)あたりは、非常に興味深いものがあります。制作会社に丸投げせず、きちんと社内で作り込まれている感じがしますね。(マテリアリティ特定は支援会社に“丸投げ”というパターンは意外に多いのです)
事例といいますか、例えば、マテリアリティのコンテクスト(実務的プロセス)としては以下のようなプロセスも考慮されるべきでしょう。
1、企業の様々なチャネルにおいてエンゲージメント活動を実施する。
2、エンゲージメント活動の中で得られたステークホルダーのニーズ(期待・圧力)が集約され、その背景や根源的なニーズおよび課題が特定する。
3、社内各部署の対応と、エンゲージメント活動の概要や特定された重要な課題について経営層にレポートする。
4、経営層より必要な経営資源の配分やトップダウンが意思決定される。
しかしながら、このプロセスにおいて企業サイドのフィルターが多ければ、当然、自社のメリット(もしかしたら社会にはポジティブインパクトを出せない可能性)を中心に項目の選定が行われます。まぁ、CSR/サステナビリティ全般に対してたいして知識がない人が集まって話をすればそうなります。
だからこそ、私は「専門家によるフィリタリング」を強く勧めています。知識や情報をもたない人たちが“自分の立場で”議論しても何も生まれません。素人ではなく、特定に関するプロや、重大なステークホルダーの視点を入れなよ、と。
マテリアリティの課題
マテリアリティには多くの課題があると思いますが、なにはともあれ、初期フェーズの現実的なマテリアリティ特定は「答えの出せる範囲で、最も社内外へのインパクトがある課題」としたほうがよいでしょう。
CSRコンサルティング会社に頼めば、世界的なイシューからどんどん取捨選択するセオリーとされる方法でマテリアリティ特定を行うでしょう。しかし、現実的には外部の支援会社が決めたマテリアリティの戦略も、結局現場では使われずじまいということも残念ながらあります。なぜなら、理想論は作れるけど理想と現実のギャップを埋める方法がわからないからです。そう考えると、無理せずに現実的なマテリアリティ特定を行い、数年かけて実行できうるマテリアリティの精査を行なっていくほうが良いこともあります。
マテリアリティの初期の問題は「その計画実行責任者は他の誰でもなくあなたですよ?」です。つまり、形式として特定プロセスを経て決定されたマテリアリティだったとしても、それが形式だけでは意味がなく、CSR担当者がマテリアリティ特定によって優先順位がついた重要項目の課題解決策が実行される必要があります。
日本企業に多い、CSR戦略を作って実行されない「形式主義」に陥るのでは意味がありません。マテリアリティは目標を達成するための手段でしかないのですが、多くのCSR担当者はマテリアリティ特定自体が目的になってしまい、マテリアリティ特定が企業価値を生み出す所まで意識がまわっていない現実が多く見られます。
そう。マテリアリティは、最終的にCSR活動が企業価値向上に貢献する単なる道筋でしかないのです。支援側が過度に煽るからという側面は否定しませんが(私含めて)、その目的の先に何があるのかをよく考えて、マテリアリティを作らなければなりません。
まとめ
マテリアリティ特定は、ステークホルダー・エンゲージメントと並ぶ、CSR活動の最重要項目の一つです。特に上場企業であれば、もはやCSR活動をしないという選択肢はなく、どこまで戦略的にCSR活動ができるか、という視点が必要となります。
すでにマテリアリティが決まっているという会社もありますが、話を聞くと中身の杜撰さに驚くこともあるくらいなので、マテリアリティが決まっているからといって、それが本当に戦略的で実務に落とし込めているか、今一度確認したほうがよいでしょう。
“見せかけ”の戦略性をみて、ステークホルダーが何かしらの“間違った”意思決定をしたら…。そんな誰も得しない“マテリアリティを決めるだけ”というマテリアリティ特定はしないようにしてくださいね。
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