サステナブル・マーケティングとしてのCSV
2011年にマイケルポーター氏らがCSVを提唱してから今年で10年です。2011年には私もCSRやサステナビリティ推進活動支援をしていたので、そのコンセプトにとても興奮したものです。
いまでこそ、SDGsやリスクと機会という概念の普及もあり、ビジネス・オポチュニティとしてのサステナビリティ推進は当たり前になっていますが、あのころは東日本大震災直後でもあり、またCSR/ESGが社会貢献やリスクマネジメントの領域を越えられずにいたので、とても新鮮に感じました。
今では、CSV推進部という部門名だったところがサステナビリティ部に戻ったり、“CSVウォッシュ”で短期的な施策しかしないCSVだったり、10年前とはその意味合いも変わってきているように思います。
とはいえ、ソーシャルマーケティング/サステナビリティマーケティング(サステナブルマーケティング)というか、経済的かつ社会的な価値を生むマーケティングの存在は広く認知されており、新しい形でCSVが花開こうとしています。
ということで、本記事では、CSV的なマーケティングの課題や、その未来予想図などをまとめます。
社会課題とマーケティングの関係
企業が取り組むべき社会課題とマーケティングの関係はどうなっているのか。
サステナビリティ推進活動が企業価値向上に貢献する、このようなロジックはだいぶ浸透してきたかと思いますが、ここ10年で紆余曲折があり、あまり進んでいないカテゴリとしては「サステナビリティ視点のマーケティング」です。過去10年でいえば「ソーシャル・マーケティング」「コーズ・マーケティング」「CSV」などが盛り上がりました。最近はめっきり見聞きしませんが、その中でもコーズマーケティングは一世を風靡したと言えるでしょう。「1L for 10L」のコーズマーケティング・キャンペーンで有名なボルヴィックは10年間も続きましたが、結局2020年末で日本市場から撤退です。果たして、この世に長期で成功するサステナブルマーケティングなんてあるのでしょうか。
マーケティングは専門ではないので、マーケティング自体の話はさておき、社会課題解決型マーケティングといわれるような、社会課題をマーケティングで解決しようという動きは、実際は無理かなと感じています。論理的にはできるのですが社会課題解決は「マーケティングだけではできません」ということです。
そもそも商品・サービス自体の社会性が高くないと、表面上の社会性を取り繕ったところで社会課題など解決できないのです。この10年でそんな事例ないですよね?また自社でサステナビリティを最低限進めている必要もあるし、広報やIRとの連携による情報発信も必要になるので、社会課題解決型マーケティングの本質は「マーケティング部門だけで、マーケティングをしない」かなと。
同様の社会性のあるマーケティングでいうと、最近はCSVより「パーパスドリブン・マーケティング」のほうがよく見聞きします。パーパス(存在意義)は、相対的価値ではなく絶対的価値を社内外に伝えるものであり、競合と比べた競争優位性をアピールすることではありませんが。
だから、パーパスは信念/志であり、価値観であり、社会的文脈、であると思うのです。社会貢献をするマーケティングというと難しいけど、マーケティングに社会的視点および社会の文脈を取り入れろ、ということだと思います。というかすべての企業がすべきなのは、現在のビジネスモデルの社会性を高め、倫理的なマーケティングしましょう、ということ。何か新しい取り組みだけが、サステナブルなマーケティングではありません。
これは私の妄想ですが、たとえば2011年時点でなくとも、CSVを「経済性と社会性を両立するビジネスモデル」ではなく「経済的・社会的な価値を生み出すビジネスモデル」と、バリュークリエイションにフォーカスした概念にまとめていれば、今以上に全世界で流行したのではないかと。サステナビリティは国際ルールですが、CSVは国際ルールではありませんので。
これだけESGやらSDGsやらが浸透してくると、「経済性と社会性を両立するビジネスモデル」なんて当たり前にしなければならなくて(たとえば環境配慮)、今では一部が国内でも法制化されてきていますから。これもCSVのおかげといえばそうなのかもしれませんが、今とくに上場企業に求められているのは価値創造なので視点がややせまいかなと。
マーケティングで社会課題解決
マーケティングで社会課題解決に取り組むには、何をすればよいのか、どんな視点が必要なのか。
たとえば、企業がマーケティング・コミュニケーションとして、ソーシャルグッドなメッセージを発信するのはとても重要ですが、多くは単発で終わってしまい継続的(少なくとも数年)なメッセージとして発信している企業は世界的にも多くありません。社会課題解決型のマーケティングで最も悪いのは単発のキャンペーンで終わってしまうことです。サステナブルな企業になるには、マーケティング施策も長期目線で見なければなりません。これは短期的成果の最大化を目指さないことでもあり、マーケティングの矛盾にもなることから、なかなか実践できている企業が少ないのです。ですので従来のマーケティングとはそもそもの発想を変えないと先に進めません。
マーケティング・コミュニケーションを通してできる社会課題解決の糸口があるとすれば、それは「総合力を高めること」だと思います。つまり、前述したように、マーケティング部門だけでマーケティングを行うのではなく、広報もマーケティングもサステナビリティ推進部門もみんなで一貫したコミュニケーションを作り上げることです。
部門間を飛び越え組織として動くには、部門ごとのKPIでは動けないので、組織全体のパーパスや企業理念などのミッションが重要になるのです。また、マーケティングと異なり、パーパスは時間軸による成果指標がないのでサステナビリティと相性が良いです。これがサステナビリティ分野でいわれる「統合思考」です。
また、社会課題解決を本気で目指すならば、1社ではどうにもできないので(時価総額世界一のAppleでさえ1社では何の社会課題も解決できていない)、業界団体や時には競合と一緒に共同マーケティング・プロジェクトを進めるしかありません。つまり、マーケティングの“ネタ”としてサステナビリティやSDGs、もちろんパーパスも使うのは賢明ではないということです。
ミクロな最適化施策をどんなに積み上げても、マクロな成果が生まれないことも多いです。つまり、マーケティングやCSRなど各部門だけで、個別の施策をしていても、組織全体としての成果の最大化には貢献しない可能性もあるということです。だからまずは組織全体の利益の最大化を規定した方向性を決めることが重要で、そこから各部門の取り組みに落とし込むのです。社会課題解決というとてつもなく大きな問題にマーケティングで立ち向かうには、まずは社内のリースの集約・最適化が必要です。
マーケティングの今後
マーケティングは、今後どのような社会課題解決に貢献できるのか。
これは私見ですが「応援消費」のフレームワークが応用できると考えています。応援消費とは、東日本大震災の復興支援として、個人が東北の名産品を意識して買うようにした消費活動を指します。これは寄付とは違い、物品を買うというリターンが明確なため、単発的とはいえ多くの人が動いた背景があります。これらのストーリーを意識したマーケティングができれば、地域貢献と自社の利益の両立も可能になります。
コロナ禍でもありますが、お気に入りの飲食店が緊急事態宣言下で大変な状況になっているのでできるだけテイクアウトをしよう、という消費行動です。応援されるだけのストーリーが必要なわけですが、何かしらの関係性をすでに顧客と作れている企業・店舗は強いですね。私もこれはやったことがあります。
あとは「エシカル消費」(倫理的な購買活動)でしょう。社会課題解決というよりは、マーケティングをより社会の文脈に合わせる方向性です。マーケティングというと、新しい企画や施策に注目が集まりますが、応援消費、エシカル消費など、既存の一定の成果がでている施策も合わせて検討すべきです。エシカル消費は、消費者庁をはじめ国策として動いてるくらいなので、この波を逃す理由はありません。
あとは「社会が良くなることに対して反対する人は誰もいないということ」です。もしいるならそれは反社と呼ばれる方でしょう。宗教・文化・政治をはじめ、世の中のほぼすべての考え方には賛否があるのですが(正義の反対は悪ではなく、もう一つの正義である)、全世界で唯一ソーシャルグッドだけは、誰も否定しないししてもいけない。
そんな全員が万歳のマーケティング手法として使わない手はないですよね。中途半端に手を出せば炎上しますが、組織やブランドが誠心誠意、社会課題と向き合うことで生まれる想いや施策は、必ずや成果に結びつくでしょう。サステナビリティというと難しく考える人がいますが、マーケティングでいえば「顧客と共に(顧客を通じて)社会を良くする」の体現を目指すことが、自然と組織や社会のサステナビリティに貢献するのだと思います。
売上とサステナビリティ
マーケティングの意義とは、第1に売上向上です。売上に貢献しないマーケティングはマーケティングではありません。それをサステナビリティの視点を組み入れるとどうなるか。たとえば、B2Cの分野で言えば、社会や環境にとっていい商品・サービスは、SNSで多くの「いいね」が付きやすくファンが増えて売上げが伸びる可能性があります(やり方次第)。逆に社会や環境に悪いものは、SNSで叩かれやすく不買運動すら起きる可能性があります。
B2Bでも厳しいです。Apple社のように、社会や環境にマイナスのインパクトを与えている企業をサプライヤーリストから外す大企業が、今後も増え続けます。これはマーケティングとは厳密には異なりますが、そもそもマーケットにあがることすら許されません。いわば、自社のサステナビリティ推進活動がセールスやマーケティングの基礎となっているのです。
ビジネスセクターにでは、商品・サービスから実施施策までで、「役に立つか、立たないか」をなぜか「お金になるか、ならないか」と置き換えて考える人がいます。たとえば「サステナビリティ推進 → お金にならない → 役に立たない」です。じゃあ、経理・法務・総務・人事などバックオフィス業務は売上を上げる部門ではないので(コスト削減の利益創出も永遠にできるわけではない)、全員解雇し業務を放置したら?しないですよね?
言ってしまえば、セールスもマーケティングも売上のためのコストかかってますよね。ですのでサステナビリティは金にならないから意味がない、ではなくで、今の時代しなければならないので、どうせならそれをビジネスモデルにうまく組み込めないか、と考えを変える必要があります。
ちなみに「貧困」という社会課題は数十年前から世界中で解決に取り組んでいる課題ですが、国連や世界銀行が30年以上かけても解決できていない問題です。このレベルでマーケティングを語れますか?と。何を言いたいかというと、社会課題解決もすべきですが、まずは既存のビジネスモデルを中心に考えましょうということです。
まとめ
コロナ禍の中、CSR/サステナビリティ分野でも大きな変化があり、当然にそれらの社内の変化がマーケティングにも影響を与えています。
サステナビリティ分野以外でも、特にSDGsなどはポジティブな面ばかりが語られ、その本質がないがしろにされています。特にマーケティングでいえば、SDGsの17のゴールではなく、概念としてのSDGs(サステナブル・ディベロップメント)を理解し、コンセプト(誰も置き去りにしない)を引き継ぐ形で活かすべきです。
私がこの5年見てきて思うのは、マーケティング分野ではSDGsよりもパーパスの方が、何かソーシャルグッドなことという意味では使いやすいということです。だいたいSDGsマーケティングといっているほとんどが、それSDGsをCSRに置き換えても内容変わらないですよね?というものばかりですから。(それ自体が悪いわけではないが)
というわけでやや厳しめの意見で長くなりましたが、成功すればこんなに素晴らしいマーケティング手法は他にないと思いますので、企業担当者の皆様にはがんばっていただきたいです。
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