CSRとマテリアリティ
CSR/サステナビリティ推進において、最も重要な戦略は「マテリアリティ(重要項目)」です。CSR/ESG/SDGs/CSVどんな分野でも、マテリアリティが重要ではない場面はありません。
企業は政府でも自治体でもないので、世界にあるすべての社会課題にアプローチできるわけではありません。世界で一番大きい企業でさえ(GAFAなどは小さい国よりお金持ってますが)、1社だけで社会課題を解決できるわけではありません。
当然、専門家/有識者/コンサルタントは、すべての人がマテリアリティが重要と言っています。現代のイニシアティブやガイドラインでも「マテリアリティはいらない」なんていうところはありません。
ビジネスには、普遍的かつ客観的な唯一絶対の正解は存在しません。マテリアリティとは、自社の活動の正統性を示す、ある種の正解でもあると思います。その重要性に改めて気づく企業も多く、マテリアリティの見直しなどのご相談をいただくことも増えています。
本記事では、改めてマテリアリティの特定および見直しに関する視点をまとめます。コンサルティング会社に外注する前に、一旦自社のみで取り組むことをおすすめします。
マテリアリティの流れ
マテリアリティに流行りはないですが、大きな流れとして「抽象化」があるように思います。ESGカテゴリの中で、3〜5程度の比較的抽象的なマテリアリティを選定し、そこから5〜15程度のKGI/KPIを定めると。
極端な話、ESGをそのままマテリアリティにしてもいいんですよ。「環境経営/E」「人材活用/S」「サプライチェーンマネジメント/G」とか。実際、マテリアリティが適切な形で特定されていれば、指摘されることはほぼないです。たとえば、マテリアリティに環境関連項目が入っていないからといって、即ダイベストメントが起きるわけではありません。戦略に重要なのは項目ではなくその特定プロセスですから。
コロナショック真っ最中のこんな緊急事態でも、マテリアリティの概念はCSR推進の羅針盤となってくれるものです。とにかく、何をもってしてもマテリアリティです。サステナビリティ推進に必要なのは、SDGsでもCSVでもありません。まずはマテリアリティです。マテリアリティ特定の前にSDGsやCSVに手を出すから成果がでないのです。
それはなぜか。マテリアリティとは、CSR/サステナビリティ推進の「理由」であり「大義名分」であり、いわゆるパーパスや Why とされる、企業の根本的を指し示す概念なのです。企業の、CSR/ESG/SDGs/CSV/サステナビリティを語る人間でマテリアリティに言及しない人間がいたら、その人が“ウォッシュ”です。マテリアリティさえ決まっていれば、もうCSR活動の半分が終わったようなものです。
マテリアリティ特定プロセス例
マテリアリティは、基本的には誰が特定作業をしても同じに項目に“なるはず”のものです。おおまかには以下のようになります。初めての特定プロセスでは、すべてのプロセスを実施することは難しいので、いくつかスキップをして“暫定版マテリアリティ”(≒なんちゃってマテリアリティ)を特定することが現実的な落とし所です。それ以降は数年かけて見直しを行い、社会変化を加味してより精度の高い項目を洗い出していくのがベターでしょう。
特定プロセス
1、社会課題の抽出
国際的なイニシアティブ/ガイドライン、企業の方針/経営計画/事業課題/事業リスク、ESG評価機関の評価項目、などから抽出。バウンダリを考慮しながらもできる限り多くの項目をピックアップする。500以上の項目をピックアップできると良いです。
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2、内部ヒアリング(自社重要性調査)
抽出した項目から、主要事業会社ごとに重要項目を抽出。ポジティブ/ネガティブ両面の内容を抽出するよう注意する。すでに「バリューチェーン/サプライチェーン分析」「ステークホルダー分析」「バウンダリー特定」が行われていれば、その情報を活用します。
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3、課題の整理
グループ全体の事業との重複・関連性を評価し、検討すべき課題を抽出。グループに様々な業種があり重要項目がバラバラになることもあると思いますが、必ず重複する項目がありますので根気よくまとめていきます。
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4、外部ヒアリング
主要ステークホルダーから、優先的に取り組むべき課題をアンケート調査。ステークホルダーごとの重要項目や会社への期待を抽出。
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5、業界動向調査
競合・同業他社のマテリアリティ特定の分析。業界のマテリアル・イシューを特定する。
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6、調査/調整
「主要事業会社」「ステークホルダー」「業界動向」に重複する重要項目をまとめる。「リスク発生確率」や「投資家のニーズ」なども考慮して絞り込みを行い最終的なマテリアルイシューを特定する。
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7、専門家/有識者チェック
特定プロセスによって特定されたイシューが事業と整合性があるのか最終確認を行う。方法は、ダイアログや専門家へのアンケート調査など。
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8、決定
最終的に社内の経営層の了承を取り決定。年次報告書への開示へ向けて準備を始める。
※見直しもプロセス自体は同様。見直しすべきタイミングは、「特定より2〜3年経過した時」や「影響の大きいイシューやイニシアティブが出た時」に行うとよいでしょう。ただ、ほとんどの場合、マテリアリティの見直しは、手法となるKPIに関する活動項目がメインになります。たとえば「気候変動対応」とか、20年前から今まで重要でなかったことは一度もありませんし、少なくとも数十年は重要であり続けるので、変更する必要性はありません。
マテリアリティとKGI/KPI
マテリアリティとセットで考えなければならないKGI/KPIの考え方について紹介します。特に「SMART」は、CSRでなくてもKPI特定に関して有効な概念です。「SMART」とは、具体的で、測定可能で、達成可能で、自社ビジネスに関連性が高く、期限が定められている、基準というものです。ちなみに、企業によっては「CSR活動のKPI=マテリアリティ」と考えているところもありますが、マテリアリティはKGIですから。これ結構な企業が勘違いしています。組織全体のビジネス成果を定義したものがKGIになるので、マテリアリティは間違いなくKGIでなければなりません。
■KPIの考え方
・いつどのレベルに到達したら目標達成とみなすのか、を定義した指標
・ KPIの目標値を達成し続ければ“ゴール”に到達できる指標
・“ゴール” に対しどれだけ進捗しているかを定量的に表現できる指標
■SMART
Specific(明確性)
Measurable(計量性)
Achievable(達成可能性)
Result-oriented or Relevant(結果指向または関連性)
Time-bound(期限)
ビジネスモデルとマテリアリティ
マテリアリティは、企業のビジネスモデルによって大きく変わります。業界のマテリアリティも見極める必要があります。SASBなどは統合報告で重要視される部分もありますが、サステナビリティ報告でもマテリアリティに関して重要な示唆があります。GRIなどは一貫してその重要性を発信し続けていますよね。
ですが、マテリアリティの定義ですが、たとえばマルチステークホルダー向けの「CSRマテリアリティ」と、投資サイド向けの「ESGマテリアリティ」は異なります。目指す方向は同じものですが、その重なる点を見つけるのは相当難しいでしょう。自社が軸にしているガイドラインがマテリアリティをどのように定義しているか、今一度確認しましょう。
そして、マテリアリティは特定より見直しのほうが重要だと考えています。特定は良かろうが悪かろうが決めるだけなのでですが、見直しは戦略の修正になるため社内調整を含めて難易度が高いです。ともあれ、マテリアリティ特定が最初から100%成功するわけないし、1〜3年での見直しを前提とした体制ができているかがポイントでしょう。大事なのでもう一度言います。社会が変化している以上、マテリアリティは見直し修正すべきものです。(見直した結果、修正なし、ということはある)
「パーパス → マテリアリティ → ビジネスモデル(KGI/KPI→PDCAサイクル)→ アウトカム → インパクト → 企業価値向上 」というプロセスの明確化がESG評価機関をひきつける上でも有効です。日本企業の多くはまだ「ミッション・ビジョン・バリュー」の理念体系どまりな印象です。しかし「パーパス→マテリアリティ」はCSR活動においても最も重要なファクターであることは間違いないですね。
マテリアリティ特定まで手が回らないという上場企業や大手非上場企業もいるでしょう。その場合は、不本意ではありますが、マテリアリティが特定されていない企業であれば「最低限の調査を行い問題/課題の全体像を掴み、CSR施策の優先順位を付ける」がまず必要です。“なんちゃって”でもいいので、まずは自社の方向性を決めましょう。
まとめ
私以外にも、マテリアリティはとても大事です、と専門家はみんな言っているのに、まだ情報開示から始めようとする企業がほとんど。気持ちはわかります。でも中身がないのに適切な開示はできません。
従業員数が10人の会社でも10万人の会社でもマテリアリティは重要です。むしろ、昨今のCSR活動では主たるタスクとして「マテリアリティ特定」があるといっても過言ではありません。CSR担当者だけで決められる話ではないので、実際の業務は大変です。2〜3年かけて特定する企業も結構あります。
まだマテリアリティの特定ができていない企業の方、“なんちゃってマテリアリティ”の企業の方、早急にマテリアリティの特定と見直しを実施してください。すぐに活動を進めたいところですが、それこそ戦略には中長期視点が必要で「急がば回れ」ですから。
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