CSR中長期戦略

CSR課題の重要な視点

CSR/ESGをある程度のレベルまで実践した企業が突き当たる課題は、例えば以下のようなものがあります。

1、サステナビリティを経営に組み込む
2、ESG対応の財務インパクトの明確化
3、適切な情報開示(ストーリーテリング)

日本で統合報告書を発行している企業は全上場企業の500社程度ですが、それらの、比較的CSRの対応と開示が進んでいる企業レベルでも、上記3点を満たしている企業はほぼありません。特に投資家サイドからの情報ニーズなわけですが、開示テクニックだけではなく、実務面でも相当ハイレベルな項目であり、何年もかけて対応することになります。

その中で今回は「サステナビリティを経営に組み込む」における、中長期戦略の考え方についてまとめます。中長期戦略の策定だけではなく、見直しのヒントにもなるかと思います。

長期目標とパーパス

長期目標の設定は、パーパス(企業の存在意義)やミッションを作ることにも通じます。

現代のCSRは、下手したら“10年やり続けて11年目にやっと結果が出る”ものもあります。CSR推進にパーパスやミッションなどの社会的存在意義が重要というのは、まさにここが理由なのです。明確なゴール(パーパス)を描いていないと、そもそも10年続けることは不可能なのです。社長が変わった時に、結果が出ていないと規模縮小か中止に追い込まれるのが目に見えていますから。

CSRとはいえ事業活動なのに、すぐに結果がでないとわかっていることをどれだけ継続していけるのか。成果があろうがなかろうが自分たちの価値観は絶対に変えない、という強烈な意思を企業文化にできるかがパーパスのポイントです。私はCSRとは組織変革だと考えています。組織体制や企業文化が今まで通りでCSRだけ進めることなんてできません。それこそグリーンウォッシュやSDGsウォッシュになってしまいます。

極論、パーパスなきCSRはコストであり事業メリットはありません。なぜかというと、そこには必然性がなく、自社がすべき意味(WHY)がないからです。そうでなければ長期的視点でやり続けることはでません。経営層の誰かの正論で潰されるオチです。

長期目標の意義は戦略策定自体ではなく、戦略の実践を担保する理念体系の整備と体制作りなんですね。ここを曖昧にしながら「サステナビリティを経営に組み込むのが難しい」と、皆様おっしゃるのです。特に大企業では、非常に困難な茨の道でありますが、根本的な課題を放置して長期にわたる価値創造などできるはずがありません。組織も変えられないのに、もっと大きな社会を変えようと。それは都合が良すぎますね。

サステナビリティなど長期の時間軸で企業のことを考えると、本質志向・原点志向になっていきます。たとえば、10年もたてば今ある多くのテクノロジーは新しいものに代替されるし、表面的な話があまり意味をなさなくなってくるからです。不確実な時代でも明確なのは無形資産です。形あるものはいつか壊れてしまうし、なくなってしまう。しかし、想いは永遠に人々の心に残り続けることある。だからCSRまわりでも、パーパスが注目されるようになってきているのでしょうね。

シナリオ分析

では長期目標はどのように作ればいいか。基本的には、パーパスやミッションにそった形でバックキャスティングを用いて作ればよいです。でもその難易度はとても高いものです。明日のことでさえ誰も知らないのに、10年後のことなんて誰もわからないし、誰も正解を知らない。そんな「予想できないこと」をどうやって予想するか。その道標になるのが「シナリオ分析」です。

TCFDなどでもよく言われている未来予想にシナリオ分析があります。シナリオ分析とは、不確実性のレベルに応じて戦略立案せよ、という分析方法です。だいたい「レベル1=確実に見通せる未来」から「レベル3=何も見通せない未来」といった複数の予測をし対応を作り込んでいきます。しかしここで問題になるのが「確実に見通せる」と思ってた未来がこない時です。パンデミック含む大災害を体験してわかるように、長期予想なんてほぼあたらないし、当たったとしても、何十年も対策と準備をする余裕は企業にありません。つまり、残念ながら、長期目標は現実問題として、意味はあまりないのです

長期予想なんて当たらないので、何が起きても柔軟に対応できるかのほうが重要です。超大型地震と津波(東日本大震災)とか、パンデミック(新型コロナ)とか、誰もわからなかったでしょう。その道の専門家は“いつか起きる”とずっと言っていましたが。そのいつかに何年・何十年備えるのは難しすぎます。

未来予測なんてあたりもしないのにする必要はない。私のCSRの師匠もそう言っていました。私も同感で、CSR関係者は、不確実な世界においてシナリオ分析の方法論は本質的に破綻し、矛盾を抱えているということを知るべきです。その上で、2050年目標などを整備すべきでしょう。矛盾を理解した上での長期目標は、いくぶんか実行力があることは間違いありません。

はっきり、現実的な話をしますと、この世に企業自身のサステナビリティなど存在しないのです。形あるものにはいつか終わりがくる。それが1年後なのか、10年後なのか、100年後なのか、1,000年後なのか、それだけの差であります。そう。私たちにできることは、社会・環境に与えるネガティブ・インパクトを最小限にすることだけ。これはパタゴニア創設者のイヴォン・シュイナード氏がよく言っていることで、私もそう思います。

長期戦略におけるインパクト

実際、1年以内にCSR活動の成果として何かしらの変化がないと「効果なし」とみなして取り組みをやめてしまう例もあります。特に環境活動なんて10年単位の活動なのに、です。それは環境活動なんて年単位でみれば、まったく費用対効果が合わないですよ。だからこそ中長期でどれだけ価値を生み出せるかを考えなければなりません。

ビジネスはその特性から、効率や経済合理性を中心に意思決定が行われます。だからこそ、と言えると思いますが、CSRは、目先の利益(短期視点)を重視する短絡的な日常から、目線を上げて長期視点を得られるものでもあります。企業は存続を前提としており、短期視点と中長期的な成果の両方を見越す必要があるため、どうしても後回しにしがちな経営上のリスクと機会を、無理やりにでも対応させるものでもあるというか。

また、インパクトとしては、CSRは中長期的な取り組みのため、経営戦略として整合性はあっても、現場ではコストにしか見えないことも多々あります。これは「本社 vs 現場」みたいなCSRの対立を生んでしまうことになります。

CSRでは中長期の定量的目標設定が流行っていますが、説明責任を含めて、対外的に必要な面もあるのでその意義を否定はしませんが、すべてにおいて正しい姿勢であるとは思えません。2050年の定量目標を、その頃に会社にいない50〜60代の経営層が勝手に決めて何か意味ありますかと。コミットメントをもとめるRE100などもありますが、私が思うに、あれはベクトルの話であり、本質的な定量目標とは違うと思うのです。(RE100が必要ないとは言っていない)

長期思考のメリットは「短期では損するけど長期では儲かる選択」を出来ること。短期的に儲かっても、長期的な利益にならないことも沢山あるわけで。ある程度の期間の中で、最も利益を生み出すには、短期・長期のインパクトのバランスが必要なのです。

長期目標の意義

なぜ、CSRでは長期目標が重要なのか。今一度おさらいしてみましょう。

あなたの日常生活を思い浮かべて欲しいのですが、「考え事をしながら家の近所を散歩していたら、たまたま富士山の頂上に着いた」なんてことは絶対ありませんよね。まずは、そもそも富士山の麓までいかなければならないし…など前提条件が多すぎます。資本主義経済下では、ここにライバルも加わるし、感染症によりそもそも登山が禁止されてしまうという環境の問題もあります。そのため、普通の企業では、将来目指すべき山(目標)を定めて、準備し、実際に登山を試みる必要があります。

私は、「企業が30年先を考えると本質しか考えなくなる」と考えています。30年後(別に20年後でもいいですが)には、外部環境で変化するような表面的な話は意味がなくなってしまいます。もっと、本質的な、企業の経営理念・カルチャー・使命感が多く語られるようになるでしょう。だから、統合報告書でも、ファクト(定量数値)をまとめるだけではなく、それらがビジネスモデルの本質にどう貢献しているか、というストーリーテリングが求められるのだと思います。

もう一つの要件としては、CSRは「緊急ではないが重要なこと」であることです。ToDoリストの中でも「緊急かつ重要なこと」は誰でも最優先で行っているでしょう。私もそうです。次に「緊急だが重要ではないこと」も、文字通り緊急なので対応しているでしょう。しかし「緊急ではないが重要なこと」はどうしても後回しになってしまい、最終的に後手後手で慌てて対応するようになってしまうことに…。残念。

超長期目標の意義

SDGsの目標年である2030年まであと10年となりました。2020年に出生した子どもは、現在の平均寿命(80歳前後)を勘案すると2100年ごろまで生き続けることになります。2020年に生まれた人たちにとっては、もはや、2030年や2050年は長期ではなく中期とも捉えることができます。

1981年生まれの私は2100年まで生きている可能性は低いですが、私の子どもは、2100年まで生きている可能性が十分あります。つまり、長期戦略とは“将来世代の普通をどうデザインするか”でもあるのかなと。

人の生き死にを考えれば、CSR対応を後回しにしている場合ではありません。その頃に火星や月への移住ができているかとか、スペースコロニー(宇宙の居住空間)があるとか、そのあたりはどうかわかりませんが、私は本気で、社会問題は一つでも私たちの世代で解決したいと思っています。

サステナビリティに完成形はありませんが、組織や地域が今よりサステナブルな状態になるというのは存在します。企業は今までサステナビリティと対峙した経験がほぼ無く、いまだに明確な目的地は見えていない。しかし進むべき方向は明らかになっており、手探りででも進んでいくしかないのです。

そのような中で、今、経営者に求められているのは、ここまで述べてきた「長期視点への転換」です。3年以下の短期的な視座ではなく、10年から20年というスパンではなく、2100年まで続く企業経営にどう取り組むのか。世の中の動向を読み解きながらどう舵を取っていくのか、というレベルでは100年先までの指針など見えません。もっと大局的で壮大な概念です。

そんなのできるのか、とか言われると100%不可能なので、少なくとも10年後を見据える経営はしていきましょうというところに落ち着きますが、あくまでバックキャスティングによる、経営のブレをなくしましょうという話です。この界隈では「統合報告で言われる長期とはどれくらいか」という議題をしょっちゅう見かけますが、これは10年程度、という方向性でまとまってきた感もあるので、かなり妥当なラインです。

イノベーションのあり方

しかし、気温上昇を2度未満に抑えるパリ協定の目標を実現するには、イノベーションによる非連続的なジャンプが必須といわれています。つまりそこに至る長期目標は現時点の延長線上にはありません。とすれば、未来からバックキャストして現在を合わせていけ、という要求は社内外のステークホルダーの理解を一部超えており、理解されるのは難しいです。100年単位で破壊された自然環境を、たかだかここからの10年ですべて解決しろというのは、困難どころか不可能な話ですが、それはここでは議論しません。

私はイノベーションは結果であり、目標/目的や手段として考えてはいけないと考えています。イノベーションを狙って起こせた人って、直近100年で何人いました?レベルです。そう考えると、一発逆転のイノベーションで社会問題を乗り越えようと考えるよりも、やはり“うまくいかないこと”も計画に織り込み、地道に継続的に進む道も選択肢として作るべきです。経営の方向性さえ決められれば、ゴールは決められない(誰も当てられないので意味がない)としても、レジリエンスに柔軟に動いていく方が、より正解に近いゴールにたどり着きやすいのではなないか、と。

企業経営について重要なのはいつの時も「次」です。「今」も過去から見たら「次」なのです。この「次」の連続がサステナビリティの基本的な考え方でもあります。次(未来)に行く時に、目標達成できなかった事、改善点などを明確にし進まなければなりません。ショートターミズムのように短期の成果を求めすぎると、いつも「次」から成果の前借りをし続けることになります。これはよろしくないです。大きなトラブルが顕在化したらその時点で終わってしまいます。すべてとは言いませんが、効率を重視した経営スタイルを変えてくる上場企業もそれなりに出てくるかもしれませんね。

イノベーションが本当に起こせるならそれで構わないのですが、目指したからといって達成できるものではないので、やはりイノベーションの代案も考えて、長期戦略のプランBとして水平展開すべきなのでしょう。レジリエンス大事。これは拙著『創発型責任経営』でも書いているところです。

まとめ

中長期および超長期の目標設定に関して、ネガティブな話も、現実的な課題も、まとめてみました。

サステナビリティとは、今ある資源を大事に使っていく姿勢やあり方ですが、現状でいうと省資源化だけでは足りません。失われたものを取り戻し以前以上の豊かさを取り戻す取り組みでなければならないのです。マイナスからゼロ、ゼロからプラスへ。ここまできてはじめてサステナブルな社会が実現できます。

長々と書いてきましたが、結論としては「長期目標は重要なので、現実的なラインでまずは方向性をまとめましょう」ということでしょうか。少なくとも中期経営計画(3〜5年)だけではなく10年目標は決めましょう。その目標設定が正しいのかは、10年たってみればわかります。

サステナビリティを経営に組み込むには、短期的な施策よりも、中長期戦略のほうが合わせやすいでしょう。中長期戦略の策定だけではなく、見直しのヒントになれば幸いです。

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