創発型責任経営

CSRと人間中心主義

拙著『創発型責任経営-新しいつながりの経営モデル』(日本経済新聞出版社、共著)が昨年6月で発売され今月で丸一年となります。神戸大学・國部先生を中心として執筆されており、著者4名のうち私はコンサルタントとして、オペレーションについて主に担当しました。

さて、本書のテーマがそのまま書籍タイトルになっているのですが「創発型責任経営」と言われても、何を指すかイメージしにくい方もいると思います。そこで本記事では重要コンセプトの一つである「人間中心主義」について、まとめます。

「創発」とは、平たく言えば「従業員が主体となるボトムアップな活動」を指します。創発型責任経営は、従来型のCSR活動では不十分であった価値創造を補完する概念であり、社会的責任に対応することが価値を生む仕組みを体系化したものです。

コロナショックで、CSR/ESG/SDGs/CSV/サステナビリティの“未来予想合戦”がいたるところで行われていますが、外的要因がどうあれ、オペーションは大きく変ろうともCSRの本質はほぼ変わらないので、意義のある話だと思います。なお、本記事は個人の考えも含まれますので、本書との差異がある場合は、そちらの表現を優先することとします。

人間中心がもたらす価値

企業は経済組織であるが、それ以前に人間組織であり、人間が経済に優先されるとすれば、人間のつながりを経済とは独立して創り出す必要がある。創発型責任経営は、企業の中で経済関係に集約されやすいつながりを、人間中心に取り戻す営為である。
(本書「あとがき」より)

CSRは組織主体の事業展開から人間中心になっていくべきです。コロナショックでESGの中でも「S(人)」がより重要視されてきたなんていう人もいますが、そんなの前からSは重要だって話であり、人間が中心にならずに企業の持続可能性は担保できるわけないです。

当然、この「人間中心」の考え方は、私や共著者の先生が初ではなく「SDGs」でも「Society5.0」でも、言われている、ごく当たり前なCSRロジックなわけです。

企業というのは、何も考えないと経済合理性(効率)が求められ続けます。それはそれで必要なことですが、外部不経済といいますか、効率ばかりを求めて“ブラック企業”になる組織も多いわけです。昔は「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」みたいな方向性でしたが、その結果、企業の労働慣行は劣悪になりすぎてしまったわけです。CSRというのは、難しい話はさておき、効率至上主義の視点から、人間自身に視点を向けるための視点でもあります。

そもそも、大手企業では特に社員が現状のビジネスモデルに“閉塞感”を持っていることも多く、CSVなどは特にそうですが、新しい視点が必要となり導入された経緯もあります。

人間中心のつながり

では人間中心主義とは何か。もう少し説明をします。

創発型責任経営によって、CSR活動を“人間のつながり”にフォーカスすることで、社会と組織との新しいつながりを生み出すことができます。CSVがもてはやされ、CSRに経済合理性が持ち込まれた結果、それはCSRではなく普通のビジネスと何も変わらない、ただの事業活動になってしまう懸念がありました。

しかし、企業と社会・ステークホルダーとの経済的なつながりは、表面上は強くみえますがが実は切れやすいのです。(「金の切れ目は縁の切れ目」といいます!)従業員やステークホルダーにとって、経済的なメリットがなくなれば、その関係を維持する意義がありませんから。そのため、社内においても、経済的なつながりではない、社会的な側面でのつながりを強化することによって、より強固な組織になる可能性があります。これは従業員エンゲージメントにもつながります。

社会に対する責任を意識して、社員の主体性を促すマネジメントを採用することで、社員とステークホルダーや他の組織メンバーとの間に多様なつながりが生み出されます。これらのつながりは、組織の内外に多様な相互作用の関係を生み出し、そこから創発的(≒ボトムアップ的)に価値が生み出されます。グループ/ホールディングスの統一感は重要ですが、CSRはマイクロマネジメントしても良いことはほぼありませんから、現場の自由度も必要なのです。

社会的責任を担えるのは人間のみ

そもそも、CSRの主体は組織と考える人が多いですが、実体としての社会的責任は“従業員個人だけ”が担えるものです。CSRは、便宜上で企業組織の責任といっているに過ぎません。「法人」って人とは書きますが、ただの概念であり実体はないですから。あくまで社会的責任の主体は従業員であり、従業員が介在しない社会的責任は存在しえないのです。これを、ESG/CSV/SDGsなどの視点で組織視点のみのCSRを語るためにおかしな脚色がついてしまうのです。

責任は、企業/法人のような実態がないものが担うことはできず、従業員にしか負うことができないものであって、しかも他人に委譲できないものです。自社の社会的責任を他社になすりつけることは、意味的にも同義的にも不可能なのです。

CSRの費用対効果を高める、とすれば組織運営のセオリーどおり「階層を作り、分業を進め、効率を極限まで高める」ことになります。組織全体の利益を最大化する全体最適の考え方です。現代の組織としてはよくある形ですが、CSRは社内外のステークホルダーを巻き込み、エンゲージメントをしていくことが基礎概念となっており、方向性は逆に「階層を飛び越え、社会ともつながりを作り、価値創出を極限まで高める」ことだとも言えます。

本書の副題が「新しいつながりの経営モデル」なのですが、まさに言いたいことはここです。従業員どうしのつながりを重視したCSR戦略が創発型責任経営なのです。そして、2020年代の企業の最も必要な戦略であると考えています。組織戦略的には「ティール組織」が近いです。

社会的責任とエンゲージメント

創発型責任経営では、成果や行動を「経済合理性」ではなく「人間中心」とし、マネジメントは成果ではなく人を管理することで成果を担保する、というフレームワークを提案しています。従来のCSR推進活動では、通常の事業活動と同じく、効率や成果を重視し、マテリアリティ特定からKGI/KPIの設定、PDCA式によるCSRマネジメントが行われるのがセオリーです。これでだいたいのマネジメントは行えます。

しかし、その弊害として、実践を行う社員の顔が見えない表面的な活動も増えています。組織のとっての経済合理性は従業員自身にインセンティブがないことも多く、従業員が「指示されたからやっている」となってしまい、主役が組織になってしまう状況といいますか。そうなれば、従業員は組織の歯車にしかならず、上司から渡されたタスクをこなすだけになってしまいます。これでは価値を最大化しうる構造とは言えません。

私がこの10年以上でCSR活動支援を行なってきて感じているのは、オペレーションにおいて重要なのは、書籍副題にもなっている「新しいつながりの経営モデル」ではないかと。ここでいう「つながり」とは、組織と従業員とのステークホルダー・エンゲージメントであり、従業員と社会および社外ステークホルダーとのエンゲージメントでもあります。ISO26000ではステークホルダー・エンゲージメントはCSR活動の基本である、という趣旨でしたが、10年たって、改めてその画期的な視点を学ぶべきなのかもしれません。

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まとめ

コロナショックがあり、今まで以上に人を中心とした人権・労働慣行分野が注目されています。戦略だなんだと言っていますが、足下の従業員にもっとフォーカスすべきです。人の介在しない社会的責任は机上の空論に過ぎません。CSR/ESG/SDGs分野で評価が高いアノ企業も、担当者の方や裏話を見聞きするに、現場はひどいものです。それも複数社。安定したパフォーマンスを出すために、今年は従業員に目を向けましょう。

さて蛇足ですが、本書では「KPIの柔軟性」の可能性に言及しています。昨今の社会は変化が激しく、単体のKPIでは、長期的な業務指標として完結できないのではないか、と。社会が変われば、CSRの前提条件も変わるのであり、KPIも変える必要があるのです。ビジネスではあくまで結果が求められます。そうしたら結果を出すために、目的と手段でいえば手段(KPI)は変えても良いと思うのです。つまり何が言いたいかというと、コロナショックでKPIを何も変更(もしくは変更を検討)しない企業は、センスがない。というわけです。ここは説明がさらに必要なのまだ別の記事で解説していきます。

出版から1年たちましたが、大手書店であれば「経営」のコーナーに並べていただいているところが多いです。ありがたいことです。またAmazonや楽天でも買えます。電子版もあるのでそちらでも購入可能です。ぜひ購入のご検討を!

ちなみに、余談ですが、なんと創発型責任経営の英語版を現在作成中です。秋までには出版できそうです。

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