ステークホルダー・エンゲージメント

ステークホルダー・エンゲージメントとは、組織の決定に関する基本情報を提供する目的で、組織と1人以上のステークホルダーとの間に対話の機会を作り出すために試みられる活動、のことです。(ISO26000[2010]より引用)

「ステークホルダー・コミュニケーション」「ステークホルダー・ダイアログ」「ステークホルダー・マネジメント」など、近しいワードが使われることもありましたが、最近はステークホルダー・エンゲージメントに統一されつつある印象です。

さて、CSRの国際規格ISO26000では、ステークホルダー・エンゲージメントは、CSR活動において社会的責任における基本的な慣行であるとしています。つまり、CSR活動の中心的な活動だと解釈すればよいでしょう。当然、CSR活動は誰のために行うものかというとステークホルダーのために行うものですから、CSRの基本がステークホルダーとのエンゲージメントだというのはわかりやすいかと思います。

しかしながら、CSR担当者の実務としては、CSR関連報告書の制作業務が中心になってしまい、ステークホルダーと向き合うことがなかなかできないこともあると思います。そこで本記事では、一歩踏み込んだエンゲージメント方法といいますか、この10年の支援活動でみえてきた、ステークホルダー・エンゲージメントのヒントをまとめます。活動の参考にしていただければ幸いです。

CSRの成果の最大公約数

突然ですが、CSR活動において「妥協」はとても重要です。妥協とは、ネガティブなイメージでよく使われますが、実は究極に創造的な姿勢です。社会やステークホルダーという、自分たちでは100%コントロールできないものと対峙する時に、必ずどこかのポイントで妥協する必要があります。

妥協とは、どちらかが折れるという話ではなく、双方が最も利益のあるポイントの見極め、そのゴールに向かってアクションすることです。一時期、局所的に流行った「アウフヘーベン」です。ですので、結果でいえば妥協は最終的に双方の利益になります。こちらが引いた分だけ先方が得するというゼロサムではなく、双方のメリットを実現できる施策を見つけることでプラスサムにできるのです。

お互いほしいものや目指したいものがあるのであれば、奪うではなくお互い高め合いましょう、というのがエンゲージメントの基本ロジックです。高め合うとは“新たな価値創出”でもあります。お互い今もっているものを持ち寄って一緒に施策を進めましょう、と。だからこそCSR活動は、社会やステークホルダーにどんな価値提供をできるものなのかが求められます。本来は、企業とステークホルダーは利害の面において対立する存在ですが、エンゲージメントを行うことで、敵対どころか経済的および社会的価値の創出を行うパートナーになることができるのです。

エンゲージメントの落とし所

企業と社会、企業とステークホルダーをつなぐ役割を持つのがCSRです。他の事業活動は基本的にターゲットとなるステークホルダーが限られています。「人事→従業員」「IR→株主・投資家」「営業→顧客」など。CSRは全ステークホルダーが活動ターゲットになるため、業務の難易度は非常に高いです。(他が低いというわけではないです)

特に上場企業や大手企業は、事業活動においてすべてのステークホルダーに利益をもたらさなければなりません。利益とは必ずしも経済的なものだけではなく社会的な成果も含まれます。ここでの利益は価値とも言えるものですが、なぜ価値提供が必要がというと、企業とのエンゲージメントにメリットを感じてもらい関心をもってもらうためです。そもそも、ステークホルダーがCSRに関心がなければエンゲージメントが成立せず、組織のCSR活動は形式だけになってしまいます。ニーズのない活動を自己満足で行うってさみしいですね。

ステークホルダーとエンゲージメントしたいなら、まずは圧倒的に価値提供すべきです。ステークホルダーだって馬鹿ではないので、企業に対して何かしらの価値を感じなければエンゲージメントしてくれません。またステークホルダー・エンゲージメントとは、ステークホルダー側の関与度や価値観に従うことでもあるので、エンゲージメントの主役はあくまでもステークホルダーであることを忘れてはいけません。

ステークホルダーが望むものは、そのステークホルダーでないとわかりません。それだけが本物のニーズであり、企業担当者が、あの人はこんなことを望んでいるにちがいないと想像するニーズは、どれだけ理にかなっていたとしても“予想”にすぎないのです。だからこそステークホルダーとコミュニケーションを取り、そのニーズの把握が必要になるのです。ステークホルダーから評価を獲得するには、まずステークホルダーが自社に何を期待しているのかを知ることです。ここがずれてしまうとエンゲージメントは生まれません。

エンゲージメントのターゲット

エンゲージメントのターゲットについてですが、私は「顧客というステークホルダーはいない」という話を好んでします。BtoC企業であれば、顧客といっても人口の数だけいるようなもので、ひとりひとりの年齢・住所・趣味・仕事などその属性が異なる人たちの集合体でしかありません。顧客というステークホルダーは1人の人格ではありません。ですので、ステークホルダーというカテゴライズだと顧客となるのはしょうがないものの、その多様な存在自体を否定してはいけません。そうでなければエンゲージメントを行うことは不可能です。

たとえば、ステークホルダーが企業のCSR報告書を読む、CSRウェブコンテンツに訪問する、これらの行動はなぜ起こるのでしょうか。また、これらの情報取得をすることでステークホルダーにはどんなメリットや利益があるのでしょうか。そして、そのニーズを満たす情報提供ができるのか。ここで重要な考え方は「N1思考」です。CSRでいう、N1とはステークホルダーの対象者1人を想定したエンゲージメントのことです。

たとえば、もっとも重要なステークホルダーで「従業員」とカテゴライズしても、入社1年目の方と20年目の方では、意識もスキル、ポジションもまったく異なりますので、同じ方法論でエンゲージメントができるとは思えません。単に「従業員に対するエンゲージメント(CSRの社内浸透)」でも1つのアクションではなく、その中でも細分化したグループを明確にイメージして、施策をおこなわなければ成果には結びつきません。この視点が低い企業のほぼすべてが「CSRの社内浸透がうまくいきません」となっているわけです。(浸透しない要因は他にもありますがここでは割愛)

いわゆる一般的なステークホルダーリサーチは意味がない可能性があります。それよりも「n=1」の想いや原体験が大切だと考えています。例えばアンケート調査では「n=100」などから主要ステークホルダーのペルソナが浮かび上がりますが、そこには顔の見える個々人おらず、結局結果が「誰かのためのなにか」になってしまう恐れがあります。ステークホルダー・エンゲージメントをデザインするときのペルソナもプランも、結局は単なる仮説にしかすぎません。実際のステークホルダー像やその行動は複雑であり、企業側が把握・管理できる部分は限られています。この問題がエンゲージメントを阻害する要因なのかもしれないと最近考えています。

そうなると、CSRやサステナビリティの領域では“北風ではなく太陽のようなエンゲージメント”をしないとだめだなということでしょうか。力ずくでエンゲージメントさせようとする北風スタイルより、ステークホルダー自らからアクションを起こしたくなるようなエンゲージメントを設計するのが理想です。

ステークホルダーと共にに作る

今は10年前と異なりエンゲージメントの具体的施策も変わってきています。活動途中段階でもいいので成果を先に出して、ステークホルダーみんなでアップデートしていくという、オープンソース開発的な共同作業に変わり始めています。規模の小さいパブコメみたいなものです。公平で透明性のあるマルチステークホルダー・プロセスのフィルターをかけることで、様々な価値が組み込まれ、より多様性のあるCSR活動への進化するみたいな。これはCSRレポーティングにおいても重要な変化だと思うんです。企業担当者は開示情報の質をあげるために、もっと本気でステークホルダーからフィードバック(アンケートやダイアログ)を受けるべきなんですよ。少なくとも専門家のフィードバックくらいは受けておきましょう。

エンゲージメントを行うにはCSR活動の内容に関わらず「なぜそれをすべきなのか」を常に意識することが重要です。「競合他社がしているから」「世間で盛り上がっているから」といったことはすべき理由にはなりません。世の中の意見を自社の意見のように語ってもステークホルダーの共感は得られません。そこに必然性がないからです。「なぜすべきなのか」を自身で問いながら、ステークホルダーを巻き込むことで、エンゲージメントになり価値創出が行えるのです。ステークホルダーとチームになり社会課題解決を行うという意識が必要になったといいますか。ですので、その社会課題への対応は“多くのステークホルダーが共感するもの”である必要があります。

エンゲージメントの手法で「ダイアログ(グループディスカッション)」があります。そこでの注意点は「ステークホルダーの声は聞くな行動を見ろ」です。ステークホルダーの意見や要望を直接に企業経営に反映することは現実的ではありません。なぜなら、ステークホルダーは企業経営者でもなく、組織を十分理解しているしているわけでもなく、自身がCSRや自身の意見の意味性を言語化できないのです。ステークホルダーは、ある意味、究極的に自己中心主義です。だからこそダイアログは企業が主導しなければ破綻してしまいます。

まとめ

ステークホルダー・エンゲージメントは、最近はどのCSR関連報告書でも開示されています。GRIスタンダードで規定されているからというのも大きいですが、エンゲージメントの重要に気づき始めた企業が増えてきたとも言えるかもしれません(希望的観測含む)。

ですので、同業他社やCSR/ESG評価が高い企業のステークホルダー・エンゲージメントの活動は、具体的なCSR活動として参考になる部分も多いと思います。本当に調べようとするなら「CSR企業総覧(東洋経済新報社)」などのデータ集を使うと良いでしょう。

冒頭でも申し上げたとおり、ステークホルダー・エンゲージメントは、CSR活動そのものでもあります。一通りCSR活動をしてきて次の一手を考えているような大手企業の方も、CSR活動の基本中の基本であるステークホルダー・エンゲージメントがおろそかにならないよう、折を見て振り返る必要があります。

CSR担当者は「組織のステークホルダー対応窓口(代表者)」の自覚を持ち、日々の業務に励んでいきましょう!ステークホルダー・エンゲージメントは専門でもありますので、色々お手伝いできると思いますので、サポートが必要な時はお声がけください。

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