価値を生み出す社内浸透
最近、またSDGsやサステナビリティ全般に関する基礎セミナーおよび社内勉強会の依頼が増えています。
社内浸透は、サステナビリティの三大課題(トップコミットメント、効果測定、社内浸透)の一つとも言われる普遍的な問題でありますが、どうにもまずは知識を入手する必要があります。会社によっては、従業員にサステナビリティ系の課題図書を課すところもありますが、業務時間中に読んでいいならまだしも、業務時間外の宿題が実行されることはあまりありませんので、私はお勧めしません。書籍が“活きた知識”になるには、すでにサステナビリティに関わり実践がイメージできる人である必要があります。
サステナビリティ(ESG/SDGs/CSR含む)の社内浸透に課題を持っていない企業は1社もありません。どんなに先進企業と言われている企業でも、末端のパートタイムスタッフを含めなくても、日々のすべての行動に組み込まれるというのはないでしょう。難しい問題です。
そこで本記事では、サステナビリティの社内浸透(インターナルコミュニケーション、社内広報)施策について、最近の気付きを4つの視点でまとめます。
1. トップダウン型
社内浸透は、トップ(社長)が「我々は本気で進めるぞ」と言えば一気に広がります。サステナビリティが社内に浸透してない企業は100%トップからのメッセージが弱いです。とはいえ、そんな社長は日本に何百人もいないので、普通の企業はどうしたらいいかという課題があります。たとえば、よくある“正しくない”トップダウンの方法としては、以下のようなものでしょうか。
→トップの意向でサスティナビリティを重要な経営方針に掲げる
→サスティナビリティ推進部門ができる
→勢いで各部に何か考えろと指令が出る
→とりあえずそれっぽい事をピックアップする
→中学生の感想文レベルのコンテンツでサステナビリティ・レポートが作られる
いわゆる“鶴の一声”的なサステナビリティ推進はほぼ結果につながりません。トップが自分ごととして指示するだけではなく、仕組みも合わせて進めるのであれば結果は大きく変わります。たとえば、社長賞にサステナビリティ的な視点を入れたり、社内アワードの開催を決めたり具体的な指示ができる企業は強いです。トップダウンでサステナビリティの社内浸透をしたいなら、仕組みづくりを指示せよ、ということでしょうか。
2. ボトムアップ型
社内浸透の起点を従業員に考えるのがボトムアップ型です、ここでのポイントは当事者意識(オーナーシップ)の向上でしょうか。いわゆる“自分ごと化”を進めることとも言えます。
社内浸透の課題はたくさんありますが、従業員サイドの課題としては「行動することについて腹落ちしていない」「行動内容が具体的でない」「優先順位付けと行動時間の確保ができていない」「面倒なので現状維持を選んでいる」などが現実的な問題としてあります。従業員自身から積極的にサステナビリティへ関与してもらいたいなら、このあたりの課題解決と、動きたくなるインセンティブ設計や組織づくりが必要です。逆にいえば、リテラシーがなくても、適切なルールや仕組みがあれば、従業員から動いてくれます。
すべてとは言いませんが、多くの企業が性善説的な運用をしており、結果として善意に頼った施策でうまくいっている例は少ないです。逆にうまくいっている例としては、サステナビリティという単語は使わず、「企業理念の浸透/実践」とか「パーパスの実践」というような方向性で進めることが多い印象。
それに関連しますが、サステナビリティなど人によって定義・解釈が異なるものの場合は、従業員の誰もが口にできるくらい簡単なネーミングが重要です。従業員自身が他の従業員に説明できないような施策は続かないし、話題にもならないのでNGです。ネーミングでは、大手企業の特徴的な社会貢献活動などが参考になるでしょう。自社のサステナビリティといえば〇〇だよね、なんて従業員の認知が上がるのが理想。
また、サステナビリティは組織のために行うのではなく、自分のために行うものであると知ってもらうだけでイメージが変わります。たとえば、通常業務で法令遵守を徹底することで、自社従業員に前科がつかぬよう守っている、という考え方もあります。従業員自身の主体性は大切ですが、まずはその活動を支える仕組みづくりを早急に。知識があるだけではほとんどの人が行動しませんが、行動できれば知識は経験から学べますから。
3. ミドルダウン型
「ミドルダウン」という表現を最近知りましたが、つまりは、現場責任者、大手企業では課長職から現場従業員に浸透させていくパターンです。ミドルマネジメントからのトップダウン、ともいえます。
サステナビリティ推進における組織課題は、自社の事業部の形に合わせてキレイに発生するわけではありません。ということは解決のためには、組織構成を変えるか、誰かが積極的に横断するかしか無いのです。大企業は簡単に組織を変えられません。だから部門横断のサステナビリティ推進組織となる委員会形式が見直され、普及しているのだと思います。
マネージャーがどれだけチームに浸透させられるか。これはセオリーがあるのでそこまで難しいことではないです。問題は「マネージャーが主体的にサステナビリティを進めること」です。全従業員のことを語る前に、マネージャー自身に主体性がなければプロジェクトは100%停滞します。そういう意味では、ミドルダウンは実践という意味で、とても大きな意味を持ちます。
当然、マネージャー向けに研修やワークショップを集中的に行うのもよいですが、単純に、業務KPIにサステナビリティを組み込む、つまりマネージャーの報酬に直結するところに、サステナビリティ分野のインセンティブを設けるということです。最近、取締役にはESG推進を役員報酬の条件に組み込む例が増えていますが、それと同じ発想です。
4. 外部圧力型
企業を変えるのは結局外圧です。外圧で一番パワフルなのは、株主・投資家、アクティビストなどでしょうか。法律も外圧ですね。従業員からの抗議などでビジネスの方針を変えるところもありますがごく一部です。日本企業ではまずありえません。そうなると、外圧がトップにESG課題を自社の問題と認識させるしかないでしょう。トップが本気になれば組織は変わりますので。
「社内浸透が進まない」という時に足りないのは、効率的なやり方でも従業員のやる気でもなくて「危機感」な場合もあります。どんなにだらしない人でも「これを今日中にやらなければ10万円の罰金です!」と言われたら必死になるはず。組織を動かすのは、正論や必要性より危機感だったりします。適切な煽りは重要。
ただ、外圧を利用した改革は、経営陣には分かりやすいスキームだけど、現場にはなかなか理解しにくい場面もあります。ESGでいえば投資家の話とか。現場の中の人は、投資家の話を直接聞いてる訳ではないので。自主的な改革には、経営陣がESG問題について、日頃から現場と議論して全社的に認識を深めること、という当たり前の結論しかないけど、この「当たり前」がいかに難しいか。
「理屈=外発的動機付け」「理由=内発的動機付け」です。「サステナビリティは〇〇なのですべきです」は理屈の説明です。「サステナビリティは〇〇のためにすべきです」は、理由です。差が難しいですが、理屈は論理性・機能性、理由は必然性・情緒性、という感じでしょうか。このあたりをうまく区別できると、外圧をうまく取り込み、社内の推進エネルギーに変えられます。
社内浸透は知識伝達ではなく行動に注力
社内浸透に関する研修やコンサルティングで、よくこのような図解を作りますが、社内浸透を進めるフェーズでもっとも困難のは「ステップ3:行動化」です。「ステップ1:見える化」「ステップ2:自分ごと化」は研修やワークショップで対応できますが、ステップ3はステージが異なり、研修だけで対応できるわけではありません。そのため多くの企業では、ステップ2までは比較的進むものの、ステップ3をクリアできず苦労するわけです。ステップ3からは「フォロワーシップ」(リーダー補佐)も重要になり、個人から組織に意識を向ける必要もあります。このあたりは…ちょっと説明が詳しく必要なので、主宰する勉強会などでしていこうかな。
ポイントは行動力
前述したように、サステナビリティの社内浸透は、研修や情報提供のリテラシー向上だけではダメで、自主的な行動を引き出す仕組みや仕掛けが必要です。むしろ、頭でっかちになってもしょうがないので、リテラシーよりは実践の方が重要度は高いです。これは社内浸透だけではありませんが、組織とステークホルダーは「価値観の衝突(利害の対立)」があります。だからこそ、企業にとっていいこと、従業員にとっていいこと、社会にとっていいこと、これらがイコールになる取り組みがスイートスポットになるのです。いわゆるマテリアリティですな。
サステナビリティにおける行動化とは「必然性をデザインすること」です。自社が、なぜサステナビリティをしているのか、なぜSDGsに向かって動いているのか、ということを発信し続けることで、少なからずイメージで理解しやすくなります。
そして行動の促進は「北風と太陽」で。正しさや正論、論理、必要性だけを伝えるのではなく「その理由」「ビジョンが実現された姿」「ワクワク感」などを丁寧に伝えて、自然とやりたくなるように気持ちを掻き立てましょう。社内浸透はリテラシーを高める方向で進むと失敗します。行動を変えることが目的です。知識自体は価値を生み出せません。行動こそが価値創出を行う唯一の方法です。
まとめ
社内浸透の課題は10年以上前からありました。少なくとも、私が支援事業を始めた2009年から、課題としてよくテーマに上がっていました。それくらい、古くて新しい課題のひとつと認識しています。
もちろん、サステナビリティ分野以外でも社内浸透(インターナルコミュニケーション/社内広報を含む)施策は、大きな経営課題でしょうし、組織を横断した従業員とのエンゲージメント活動が必要になるのだと思います。本記事が、貴社の社会浸透施策のヒントになれば幸いです。
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