サステナビリティトレンド

2024年のサステナビリティ・トレンド

今年もやってきました、当ブログの年初の名物記事「サステナビリティ・トレンド考察」です。2024年もよろしくお願いいたします。

というわけで、2024年から2025年の、サステナビリティトレンドについて解説および紹介をします。わりと網羅的にピックアップできている内容です。1年程度かけて話題をメモして情報を集めてきました。本記事は、詳しく知らなくてもこういう動きがあることは知ってもらいたい、という趣旨でまとめています。詳しい情報は、一次情報や信頼できる機関等が発表する情報を参考にしてください。

なお、全文コピペは犯罪ですが、サステナビリティ・コンサルティング会社等の方でも参考にしてもらってかまいません。とくにご連絡をいただく必要もありません。ウェブ記事の場合は引用リンクをいただけると嬉しいです。ではどうぞ!

2023年の振り返りと2024年の展望

2022年に引き続き、2023年はグローバルなサステナビリティ情報開示基準が大きく動いた年でした。中でも2023年6月に発表されたISSB(国際サステナビリティ基準審議会)ガイドラインが注目されました。日本でもISSBにそった形で開示義務化される予定のため、公式日本語版の公表(2023年度内?)が待たれます。SSBJ(日本サステナビリティ基準委員会)での国内規格案が2023年度内発表の想定なので、同時期に発表される可能性もあります。

もう一つの転換点は有価証券報告書です。2023年より有報でのサステナビリティ関連情報開示が示され、部分的とはいえ国内上場企業は対応義務化となりました。日本は開示規制からの対応法制化がメインです。2000年代から「サステナビリティは法律ではないから対応は最低限しかしない」という企業がほとんどでしたが、2024年以降はどのように開示をし自社をアピールできるかに関心が移ることでしょう。

人的資本開示も話題になりました。2022年に政府から「人的資本可視化指針」「人材版伊藤レポート2.0」等の発表があり、2023年は有報で一部開示義務化となったことを含めて注目が集まりました。(ちなみに私も共著ですが人的資本開示の書籍『戦略的人的資本の開示 運用の実務』を執筆しました)2023年発行分の統合報告書等でも、多くの企業が試行錯誤しながらも人材戦略とビジネスモデルの整合性や、その成果となるアウトカムの開示に取り組み始めています。2024年もこの傾向は継続されるでしょう。

2023年には大手エンタメ企業代表(故人)による性加害問題もあり「ビジネスと人権」について一般メディアでも大きな話題となりました。人権対応で重要な「加担」という概念が一般メディアレベルで何度も語られたのは、非常に大きな意味があると考えています。これを、我が社はそんなことはしていないから大丈夫と考えるか、人権DDをあらためて見直す指示を出したかで、企業のリスク管理の明暗は分かれそうです。

環境トピックスのトレンドは毎年多いのですが、2023年9月に発表されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が2024年も大注目です。またISSB等の開示規則でもあるように今後は「スコープ3の対応義務化」が予想されており、いかに調達先に関与していくかが課題となります。

また、2023年に話題となったのは「AIとESG評価」です。従来より、AI等による統合報告書の分析等が行われていましたが、ChatGPT等のAIが注目され一般化した結果、統合報告書の想定読者が「投資家とAI」となり始めています。この時代の大きな変化を“様子見”するのか“積極対応”するのかで、ESG企業評価が変わる時代となるのが2024年以降です。

時代は常に変化していますが、メガトレンド(社会の構造変化をもたらす不可逆的な中長期にわたる潮流)が顕在化することはそう多くはありません。2024年もメガトレンドを意識しながら情報収集をしていきましょう。

2024年に注目の5大トレンド

1.欧州の非財務開示規制が本格スタート

2023年に欧州でCSRD(企業サステナビリティ報告指令)およびESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の新規則策定が進みました。2024年1月以降、徐々に開示義務対象企業が広がっていきます。また欧州では、CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス司令)も議論が進んでいます。
問題は日本企業がどうなるかです。CSRDは世界で約5万社が対象になるとされ、日本企業は将来的に800社程度が対象になるとも言われています。統合報告書を発行する規模の企業(2023年発行が900〜1,000社程度)がほぼ対応となるイメージです。そしてEU規則は法定開示のため、厳密で広範囲なサステナビリティ情報開示が求められることとなり、対象企業は情報収集と開示準備が必要になります。具体的にはリソースの確保(予算・人員の確保)なのですが、社内の理解を得るという壁の突破がまず必要です。

2.生物多様性推進の本命「TNFD」が発表

2023年9月にTNFDが発表されました。従来から生物多様性対応をしてきた企業の一部はすでに開示対応を始めています。2024年のサステナビリティ情報開示においても一定数の企業が早期対応すると予想されています。2024年内に公式日本語版が発表されれば一気に普及し、製造業を中心に2025年版のサステナビリティ情報開示から本格対応が始まるでしょう。
国内の動きも活発です。2023年3月には「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定され、4月には環境省より「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて」 が発行、国家戦略および実務の枠組みも確立しています。グローバルでの「SBTs for Nature」「ネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ」等のイニシアティブから、国内の「30 by 30」「自然共生サイト」などの枠組みも本格化し、2024年以降は生物多様性全般の対応と開示がさらに求められます。

3.ISSBがいよいよスタート

2024年1月からISSB基準の「IFRS S1」「IFRS S2」が適用されます。まだ公式日本語版が発表されておらず、またSSBJによる国内の枠組みづくりがなされていないため、2024年はもっぱら他社動向を見ながら、2025年発表分のサステナビリティ情報開示の見据えた活動が求められます。現在発表されている情報から考えると、2024年度中(2025年3月末)までに日本基準の公表され、開示実務は2026年からになるようです。
また企業モニタリングに関してですが、TCFDは2024年からISSBに引き継ぐ(事実上の統合)予定となっています。TCFDの枠組みに大きな影響を受けている日本では、よりISSBへの対応が進むでしょう。もちろん世界でもISSBをベースとするサステナビリティ関連情報の開示義務化の動きがあり、シンガポール、イギリス、ブラジル、台湾などが対応確定となっており、今後も対応する国が増えるでしょう。なお、日本ではISSBの枠組みがそのまま採用されるわけではなくSSBJの枠組みが採用されるため、ISSBの枠組みとはやや異なるものになる可能性もあるので注意しましょう。
ISSBがグローバル・ベースラインになるのは確実で、他の有力なスタンダード/ガイドライン・イニシアティブもISSBとの連携模索しています。GRIもISSB(IFRS)との連携を強めており、2023年にGRIとIFRS財団が共同で研究組織を設立しました。統合までいかなくとも、ダブルマテリアリティの要素を含んだ開示フレームワークの開発につながる可能性が高いです。ただしGRIのCEO・Eelco氏は「統合は現時点でありえない」とインタビュー等で発言しており(私も直接聞きました)、その行末は不透明のままです。GRIだけではないのですが、EUの関連法、米SECのルール、などは根本の設計思想が異なるため“現状では”統合はありえません。ISSBとの連携の話題は2024年も多く聞くことになりそうです。

4.AIによる企業評価が本格化する

2023年3月にOpenAI社の対話型AI「GPT-4」が登場し、一般ユーザーでも高品質なAIの利用が可能になりました。従来からAIツールはさまざまな企業から発表されていましたが、その精度や一般でも使える仕組みが限られており、誰でも使えるという点でも大きな話題となりました。当然、この一年でESG分野でも研究者からアナリストまで日常的にAIを使うようになり、企業の発信するESG情報から、企業発信以外の情報となるオルタナティブデータもESG評価に取り入れられるようになりました。従来ではAIを限定的にしか活用してこなかったESG評価機関も、積極的にAIを活用し人間には困難だった膨大なデータ分析によるESG評価や、評価実務の作業効率向上などを期待しているそうです。評価機関だけではなく、すでに機関投資家も統合報告書やサステナビリティレポート、サステナビリティサイトなどの情報整理や評価にAIを活用しており、2024年にはますます多くのESG評価の場面でAIを活用することになるでしょう。
企業ができることは、ESG情報開示の想定読者を投資家・評価機関・専門家だけではなくAIも含めることです。人間とAIでは情報の取得方法が全く異なります。AIを意識した開示を企業はどこまで対応できるかがポイントです。対応としては、図解を作り込みすぎない、重要な情報は図解だけではなくテキストでも補足する、一つの文章を簡潔に短くする、レポートのPDFにはロックをかけない、独自表現(言い回し・フォントなど)は避ける、などがあります。企業のAI対策は2024年以降のホットトピックスであることは間違いありません。

5. 人権対応が死活問題に

政府は2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。また2023年4月には、政府は「ビジネスと人権」に関する関係省庁会議を開き、公共事業や物品などの政府調達に当たり、入札企業に対して人権侵害に配慮するように求める方針を決めました。日本でも人権対応が営業的側面からみても重要な要素となり、欧米と比べて「ビジネスと人権」分野の規制で後れを取ってきた日本でも制度整備への機運が高まっています。
また前述したように、大手企業の代表が性加害を行ったとされる問題は、日本企業に大きな課題を投げかけました。当該企業のガバナンスに問題があったのは当然として、当該企業のタレントを広告に起用していた企業の対応に注目が集まりました。ビジネスと人権の原則で言えば、発注主としての権利を行使し、すぐに契約破棄するのではなくガバナンスの強化を求め、また被害者救済をすることがセオリーとされます。しかし、現実問題として政府対応ならまだしも、発注側企業がコストとリスクを今まで以上に抱え当該企業の改善をしなければならないのは困難であり、即時の契約破棄する企業が多くを占めました。タレントを使う発注企業側(広告会社含む)の調達における人権DDが足りなかったのは問題ですが、実務としてどこまで関与すべきなのかという点では、今回の課題は非常に大きな問題提起となっており、今一度企業は事業活動における人権対応を見直す必要があるでしょう。

2024年以降で注目のキーワード/動向

2024年以降で注目されるキーワード、動向などをまとめました。詳細の解説は省きますが、どれもなかなかに注目度が高くなると思われますので、気になるキーワードは調べて見てください。

環境

・JPXカーボンクレジット市場の動向
・GX推進関連法による企業への影響
・GX経済移行債含むグリーン産業政策動向
・削減貢献量の定量化と開示の強化
・インターナルカーボンプライシングの普及
・スコープ3の普及で中小含む調達先排出量管理が必須に
・環境を考慮した食品対応(代替食品、食品ロス対応など)
・「地球沸騰化」(2023年流行語大賞ノミネート)
・炭素国境調整メカニズム(CBAM)
・環境予防原則
・事業化に向けて動き出すCCS/CCUS
・環境会計から炭素会計へ
・EUのエコデザイン指令とデジタル製品パスポート
・EUが売れ残り服/靴の廃棄を禁止する方向性で合意
・EUタクソノミーで水、資源循環、汚染、生物多様性の基準を適用開始
・COP28での脱化石燃料の実現可能性(グローバルストックテイク)
・自然共生サイト(OECM)認定制度の法律が成立
・注目されるブルーカーボン
・プラスチックの本格的な規制が始まる
・低炭素製品の開発の活性化
・ウォッシュの広がりから問われる削減根拠
・大手アパレルの古着販売の影響

社会/人材

・2024年問題(物流業界等における時間外労働規制)
・障害者対応(合理的配慮義務化や法定雇用率引き上げなど)
・「TSFD」(社会関連財務情報開示タスクフォース)と「TIFD」の統合
・リスキリングが人的資本の文脈からもより活発に
・物価高に合わせた賃上げを実現できるか
・CSO(サステナビリティ担当役員)の注目度高まる
・日本でも労働組合の結成やストライキ活動が広がる
・アルムナイを組織し人的資本の外部化へ
・人的資本経営とサステナビリティ戦略の統合へ
・2024年に変わる労務関連法制の影響

コーポレートガバナンス

・「ESG-KPI」が全従業員の人事評価に導入され始める
・女性社外取締役が獲得困難で兼任がさらに増加へ
・サイバーセキュリティの脅威がさらに高まる
・内部通報制度の実効性向上で不祥事発覚が増えるか
・2023年に重大な不祥事を起こした企業の今後
・知財、無形資産ガバナンスの認知拡大
・OECDガバナンス原則改訂の影響
・サステナビリティ情報の保証の義務化の議論

情報開示

・統合報告書のページ数削減の動きが増える
・統合報告書発行企業社数 1,000社と大台へ
・対応度が二極化する、有報での2年目の人的資本開示
・ESG情報管理ツールの普及(SaaSの競争が激化)
・ESGデータ解析の普及(業界団体、経産省WGが活動開始)
・GRI 項目別スタンダードが全体的な大規模改訂へ
・ESG開示媒体の選定が重要に(有報、統合、サスレポ、サイト、など)
・第三者保証がサステナビリティ報告で必須になるか
・SASB改訂でセクター別開示要請は強化されるのか

金融

・「ソーシャルIPO」「インパクトIPO」の登場
・米SECのESG関連規制の動き
・世界のESG投資の減少
・投資家側の開示「スチュワードシップレポート」の充実
・インパクト加重会計によるインパクト評価の普及
・金融庁主導のインパクトコンソーシアム発足
・「新NISA」の開始で個人のESG投資は広がるか
・ブルーボンド/ブルーファイナンスの普及
・NZIAからの脱退が続くか
・国内大手損保で不正問題が続々発覚、自浄作用はあるのか
・SFDRの日本企業への影響力はいかに

そのほか

・ESGと企業価値との分析が進む(柳モデルの普及など)
・インパクト評価の厳密なプロセスにどう対応するか
・ESG関連株主提案の減少が続くか
・SX銘柄の発表(2024年2月予定)
・グリーンウォッシュ規制が世界でさらに広がる
・「ESGの固有名詞化/分離」が進む(気候変動対応、人的資本、生物多様性、人権など)
・B-Corp企業の上場および上場企業の認証取得が増加
・反ESGが世界でさらに拡大するか
・2024年の米大統領戦でのESGの取り扱い動向
・スタートアップにおけるESG対応が議論され始める
・サステナビリティ人材求人が高止まりする(コンサル、事業会社ともに)
・ウクライナ戦争、中東戦争による調達活動への影響
・SDGs達成年の折り返しを過ぎ、Next-SDGsの議論が始まる
・複雑化する社会において「COP29」は役割を果たせるか
・EUタクソノミーのEU域外の対応が広がる
・経産省推奨でお得な「マルチステークホルダー方針」
・エネルギー高騰からの物価高が続く
・極端なDEI施策(いわゆるポリコレ)への反対が強まる
・能登半島地震(2024/1/1発生)の周辺工場の影響

※本記事は筆者の独断と偏見によるピックアップのため、情報の偏りがある点はご了承ください