統合報告書

統合報告書の価値

統合報告書自体は随分浸透してきていて、2020年は500社を軽く超える発行社数になると思われます。発行社数は世界的に見ても多いようで、日本は、SDGsのように一旦広まり始めると急激に普及する傾向があるので、これは良いことかと思います。

ただ、昨今の関連レポートや私のヒアリング等を含めると、ちょっとそれで大丈夫かな?と感じることも多いのが事実です。

統合報告書って、要は「もうかりまっか」「もうかりまっせ」の世界なはずですよね。将来儲かるなら、その理由(目的と実行能力)を教えてくださいと。統合報告書って、統合とはいいますが、アニュアルレポートよりの話なんですよね。これをわかっていない方が多いです。

ただ、それはみんな気付き始めていて、CSR/サステナビリティ推進担当者は、統合報告書にあまり関わらないケースも増えていると聞きます。私はIRやESG投資が専門ではないのですが、サステナビリティ情報開示が専門のため、統合報告書の制作チームでもアドバイザーとして関わることも多いです。(アワード受賞ができたレポートの支援実績もボチボチあります)

そこで、本記事では、統合報告書に関する、課題や疑問を改めてまとめたいと思います。

最新レポート

まずは、統合報告書作成の参考になりそうなレポート・ニュース記事を紹介します。まだ見ていない資料がありましたら確認してください。ESGの情報ニーズが高い項目がわかるでしょう。

「現代奴隷」が経営を揺るがす 狭まる投資家の包囲網
経済広報センター|「ESGに関する意識調査」結果報告
モルガン・スタンレー「サステナブル・シグナル:資産保有者は持続可能性を投資の未来の中核と認識」
2020年から中国、香港でESG情報の開示義務化
日本取引所グループ「ESG情報開示実践ハンドブック」の公表について
GPIF|第5回 機関投資家のスチュワードシップ活動に関する上場企業向けアンケート集計結果
第27回「IR活動の実態調査」
経済産業省|ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査を実施しました

統合報告書もどきの存在

企業の統合報告書が出そろう季節である。作成する企業は2019年、既に500社を超え、特に大企業の間では自主的な情報開示の主流になってきたと言えよう。一方で、なぜ作るのか、何を伝えるのか、をよく理解しないまま、ビジュアルだけは美しいコンサルタント任せの「統合報告書もどき」もいまだ横行しているようにみえる。

企業がどのような将来を望み、どのような価値を生み出そうとしているのかという、企業の将来の全体像を統合的思考に基づき伝えるからこその言葉である。統合的な視座をもってこれらを語れるのは経営者である。統合報告書は、いわば経営トップの所信表明演説といえるだろう。

「統合報告書もどき」には、こうした視点が欠けているように見える。あるいは「おカネの匂いが全くしない」ケース。経済的価値と社会的価値を統合して何をしていくのかが知りたいのに、前者が欠落してしまっている。経済的な意味での価値創造というのは、要は「将来お金を生み出せますか?」ということである。「それを社会や環境にマイナスなことをせずにできますか? プラスになるならなぜですか?」と説明できているだろうか。
出典:なぜ「統合」報告書なのかより一部省略して引用

今回の記事タイトルにもつながるのですが、東京都立大学大学院教・松田教授のコメントですが、まったくその通りすぎてうなずきが止まりません。そして、この問題は理想論を掲げるだけではダメという、厳しい現実も教えてくれます。

統合報告書の真意

今まではサステナビリティレポートの延長でも、それなりに評価されていたと思いますが、500社以上も統合報告書を発行するようになり、さらに洗練されたものが必要になってきています。

いつも言っていますが、統合報告は「ESGの課題をどのように認識し、課題解決のために何をして、どのような価値を産み出し企業価値を高めて、どのように持続的成長をしていくのか」を説明することです。極論、「今後どうやって儲けていくんですか?」の解を示せばいいのですが、これがなかなか大変。特にCSR部門は管轄外である項目も多いです。

私が毎年何百冊の統合報告書を読む中で思うのは「レポートの質は結局コンテンツで決まる」ということです。たとえば、どんなに素晴らしいデザインやコンセプトがあっても、トップメッセージが残念だと、あぁそういう感じですか、ってなります。当然、これは私だけの評価ではなく、有名企業でもアワード等には絶対入らないです。

その情報開示は「演技」なのか「本音」なのか、ってことですね。統合報告書を仕方なく作っている会社(演技)もあれば、どうしても自分たちの言葉で語りたい、自分たちを知って欲しいと思い作っている会社(本音)との差というか。

ESG情報開示も、企業としては「やるべきことをちゃんとやっているから、投資家サイドもわれわれをちゃんと評価してくれ」というフェーズに入ってきていると思います。背景情報や文脈により情報をリンクさせ意味・意義を強化することによって、投資家サイドの評価をあげると。人間としてもそうですが、適切な自己主張は必要ですよね。

統合報告書の品質

ESGの専門家、英オックスフォード大学のロバート・エクルズ客員教授らは、世界10カ国の優良企業の統合報告書の完成度に関する世界調査を実施したことがある。それによると、日本企業の評価は米国やブラジルと並び、3段階評価で最も低い3位グループだった。
出典:「アジア資本主義」(小平龍四郎、2020年)

つまり、日本は、統合報告書の発行社数でトップではあるが、その品質は世界で最も低いグループであるということです。グローバルな評価はぜんぜんダメということ。先日、日本の大手企業で、日本で統合報告書関連アワードを総なめした企業のものでも、海外の専門家・関係者から「全然ダメ」と言われた、いう話を当事者から聞いて、あぁ“井の中の蛙”ってこういうことか、と思ったわけです。つらい。くやしい。

海外では、日本企業の統合報告書を総じて「紋切り型でおおざっぱ」と捉えられてしまっている可能性があるようです。私は以前から、統合報告書に必要なのは、より具体的で背景情報が豊富な説明(ストーリーテリング)である、と言ってましたが、さらに確信した次第です。ストーリーテリングが難しければ、少なくとも「より具体的に」は毎年心がけるべきです。

統合報告書のテーマ

コロナ時代の中で、投資家の情報ニーズではESGの「S」の分野の注目が高くなっている、という話は方々でありますが、その軸は人権です。ただ人権と言っても、日本人のイメージするものより広く、強制労働等だけではなく、労働安全衛生などの、いわゆる広義の“働き方改革”がポイントになります。

しかし、問題は、では人権に対するアプローチを強化することと、企業価値向上はどのように関係しているか、というのを説明することです。人権・労働慣行の課題対応に反論する人はいないと思いますが、人権対応がどれだけ企業価値向上に貢献しているか、を定量的に示せている人たちは、本当に限られます。

先日、エーザイの統合報告書(2020)で、かなり具体的な定量的開示が行われていて、これはすごい感じました。お時間がある方はチェックしてみてください。「見えない価値の見える化への挑戦」ってコンテンツ・タイトルがすごい。リソースかけてるんだろうなぁ…。

統合報告書の現実

100%ニュートラルな統合報告書は存在しません。企業が出すレポートは「普遍的で客観的で誠実・平等な文章」ではなく、「企業が何かしらの意図をもってまとめた文章」であります。良い悪いではなく、そういうものなのです。だから第三者としては、そういうものとして前提に考えながらも、読み込む必要があるのです。

たとえば、統合報告におけるマテリアリティとは、極論、社会課題の解決はどうでも良くて、自社のビジネスモデルにおけるリスクと機会を、どのように認識し、どのように対応していくか、という話があればいいのです。いわゆる「財務インパクトの大きい非財務情報の開示」ですね。

もちろん、社会課題を無視しろという話ではなく、企業はNPOと違い営利企業なので、社会課題解決が最も優先度の高いものではないということです。社会課題を解決できても、翌年倒産してしまっては意味ないですからね。あくまでも財務的な側面が前提としてのCSRであると。これが正しいか別として、統合報告で求められているのはここです。社会課題解決の細かい話は、ウェブサイトやサステナビリティ・レポートでやってくれと。

結局何が要諦かというと「誰に(ステークホルダー)・何を(コンテンツ)・どのように開⽰するのか」を明確にすることです。私はこれを「WWH」(Who,What,Howの略、ダブダブエイチ)と呼んでいます。これはライティングの基本であり、コンテンツ制作の基本です。

たとえば、統合報告書は財務資本提供者以外も想定読者に入るという研究者などもいますが、理論上はそうでも、どう考えても、従業員・NPO・従業員の情報ニーズに的確に応えているとは思えません。ですので、IR部門の担当者がきちんと、投資家サイドの情報ニーズを把握し、それに対応する形で開示できるのが理想です。

統合報告書はどうしたって投資家目線が強くなるし、そうしなければならないメディアなので、私はマルチステークホルダー向けの情報開示媒体とは思えません。たとえば、そもそもマテリアリティの定義からして、マルチステークホルダーのGRIとは違うし、想定読者を決めることはとても重要かと。

想定ターゲットのイメージ

統合報告書の読者が、投資家あるいは評価機関なのか、それとも取引先・NGO・従業員なのか。それぞれのステークホルダーが必要とする情報は違いますから、読者を特定した上で、サステナビリティ・レポートにするか、統合報告書にするかといった媒体のすみ分けを考える、もしくは媒体間の整合性を考えるといいでしょう。

媒体を整理・統合する上で重要なのは、マテリアリティをどう定義するかです。財務面、あるいは環境・社会面を重視するかによってKPIも違ってくるはずです。最近、投資の世界では「リスク・リターン・インパクト」といわれるようです。リスク・リターンは財務的、インパクトは環境・社会的なマテリアリティにつながります。これらをどのようにバランスさせるのか、が制作担当者の腕の見せ所でしょう。

今後の課題は、SDGsへのインパクトをどう開示していくか、です。2030年が近づくにつれ、社会の持続可能性にどれだけ貢献したかが問われます。そろそろ、上部だけの、価値創造に貢献しない話は評価されなくなります。活動内容のアウトプットだけではなく、アウトカムやインパクトをどう開示するかを念頭に置く必要があります。

大和総研グループの調査(『大和総研調査季報』2020年新春号)によれば、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明し、活動報告の開示を行う機関投資家の約7割がESGに言及しており、総じて「人的資本」に対する関心が高かったとのこと。企業のESG情報の中でも特に定量化しにくい社会課題に対して、機関投資家がどのような関心を持ち、企業の取り組みや開示に対して何を求めているのかという調査を行ったものですが、投資家の最たる関心事項は企業価値向上であり、ビジネスモデルに盛り込まれるESGの取り組みは、企業価値の向上に結びつくプロセスが分かる情報を求めている傾向があったようです。

当たり前ですが、これらのような想定読者の情報ニーズを把握せずに、統合報告書を作っている企業は結構多いです。なぜサステナビリティ・レポートの初期段階の失敗を、また繰り返してしまうのか…もったいないです。

逆に言えば、統合報告書で「ISO26000」や「GRIスタンダード」など、マルチステークホルダー視点の枠組みはいらない、ということでもあります。ISO26000はそもそも開示フレームワークではないし(CSR活動のフレームワークとしてはとても有用)、GRIスタンダードはほぼほぼサステナビリティ・レポートの話なので。統合報告書の参考ガイドラインとするのは、良いと思いますが、それにそった開示になると、統合報告書ではなくなってしまうという。

まとめ

今更ですが、統合報告書はサステナビリティ・レポートよりも、より具体的によりストーリーテリングなものにしなければ、読者に自社の企業価値について正しい理解を促すことができないでしょう。タイトルにもある通り「カネの匂いがしないレポートに価値はない」ってことです。

日本企業、というと主語がちょっと大きいですが、もっとアピールしたほうがいいです。我々はこんなにがんばっているので、もっと高い評価をしてくれ!と。業界の中で、我々ほど経済価値を創出しながら社会的インパクトを出せる企業はないよ!と。見栄を張ってもしょうがないと言っている場合ではありません。

根拠のない見栄は愚かですが、根拠があるならどんどん見栄を張ればいいのです。自己主張はエゴではなく正当な権利です。どんどん情報発信していきましょう。

いいんですよ。2050年には絶対会社にいない人が2050年の目標を掲げても。ビックマウス?いいんですよ。(理由と根拠は必要ですが)評価の高い統合報告書を見ればわかりますが、ビックマウスもいいとこで、絶対に達成できないでろう目標にも意欲的に取り組んでいますよね。

もちろん、統合報告書はあくまでもレポーティングの話なので、そもそものオペレーションとしてのCSR活動ができてないのでは話になりません。そこはコロナで大変だろうがやるべきことは必ずやりましょう。2020年の統合報告書もだいぶ発表されていますが、来年の2021年発行分の統合報告書も楽しみですね!

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