禅的ワークアウト「シンプリシティ」

日本文化を知る上で、仏教哲学を知ることはとても重要です。日本人的価値観の根底がここから始まっているからです。

これまで「CSRのシフト」、「社会貢献のシフト」という観点からお話してきましたが、ここからは、そのバックグラウンドになる日本人的価値観と、それを生み出した社会文化についてお話していきます。

『SHIFT』と題した本書ですが、実は、なんでもかんでも「社会が変化しているから自分も何か変えなきゃ」が最善とは限りません。今起きているシフトの波を感じると同時に、“世の中には変わらないものがある”とも知るべきなのです。“変化させるべきではないこと”を知ることで、より、自分がシフトすべき部分が見えてくるのです。

その一例として、日本人的価値観を生み出した社会の文脈の1つ「仏教という哲学」について少し解説していきます。

奇しくも、一部のビジネス文脈では数年前から「禅」が流行っています。宗教的にみれば禅は仏教の一宗派にすぎませんが、そのシンプルをつきつめる思想がビジネスパーソンにウケているのでしょう。

物事の雑音ノイズをできる限り排除し、本質である原理原則を際立たせる。「シンプリシティ」(シンプルという哲学)思想を体現するための練習ワークアウトとして禅的思考が大きな役割を果たすのです。

そもそも禅は、中国で起こった大乗仏教の一派でした。しかし、時代の波に乗れず明(1368年 – 1644年)の時代に廃れていったとされています。逆に日本では、鎌倉時代(1185年頃 – 1333年)ごろに伝えられ、室町時代(1338年 – 1573年)ごろに発展しました。そして明治維新以降、日本の「禅」として、欧米諸国に広められていったわけです。

ざっくばらんにいってしまえば、禅は「座禅により瞑想をすること」をメインのワークアウトとしています。最近は座禅スクールなんてものが海外でもたくさんあるようで、アメリカのエグゼクティブ・エリートたちがこぞって参加しているそうですよ。

ニューヨークで、禅の考え方をとりいれた瞑想エクササイズを提供している大内雅弘氏も、自身のブログやインタビュー等でそのトレンドについて触れています。このトレンドは、以前より各国のエグゼクティブや、元国務長官のヒラリー・クリントン、元副大統領のアル・ゴアが瞑想をしていたことで知られていました。そしてアップルのスティーブ・ジョブズこそが、ビジネスにおける先駆けと言われています。

流行としての禅

特に近年高まっている禅や瞑想への機運は、2011年に発売されたジョブズの自伝による影響が強いようです。2013年現在も、世界で最も優れている企業の一つと言われるアップル。それを引っ張ってきたジョブズの思想背景に「禅」が大きな影響を与えるとなれば、世界のビジネスパーソンに影響を与えないはずがないですね。

ジョブズは日本人の曹洞宗の僧侶である乙川弘文(おとがわこうぶん)師に師事し、カリフォルニア州の禅センターで本格的に学んだそうです。ジョブズ氏の結婚式を執り行ったのも乙川氏だったそうです。どれだけ禅に傾倒していたかがよくわかる逸話だと思います。

禅は行動すること(瞑想など)を重視しています。そのポイントはただ一つ「捨て去ること」だと言われています。良いことも、悪いこともすべて捨て去り、ゼロベースに自分自身をすること。こういった考えからから「禅=シンプル」という流れができたのかもしれません。

禅の思想は個人レベルだけでなく、企業体にも広まっています。最近は、東洋を起源とする瞑想から発展したエクササイズ、「マインドフルネス(気づき)」を導入する欧米の大企業が増えているのだそうです。

Google社やデパートチェーンのTarget社、そして大手食品メーカーGeneral Mills社などにも、瞑想が取り入れられているとか。クレアモント大学院大学やハーバード・ビジネス・スクールでも導入されたことがあります。

この禅(瞑想)のもたらすシンプリシティは、様々なものに応用されています。プロダクトデザインを始めとして、ウェブデザインやライフスタイルにもあてはまります。文化とは社会の文脈そのものです。情報が爆発的に増えてきている現代だからこそ、原点回帰ともいえる、自分自身に答えを求めるようなスタイルにシフトしてきているのでしょう。

宗教としての仏教が良い悪いということではなく、企業経営にも多くの影響を与えている、哲学としての仏教(禅)。アジアのCSRの根源でもある思想ですので、知っていて損はない概念だと思います。