CSRコミュニケーションは“未完成の完成品”を目指すべき?「ミロのヴィーナス理論」

未完成の完成品

あなたは、チラリズムに興奮するほうですか?

いやはや、若干エロティックな問いかけから始まりましたが、
チラリズムは「ミロのヴィーナス理論」とも言われ、
未完成だからこそ、完全な状態より、感情に訴えてくるものがあるらしいです。
(何が“完全な状態”かはここでは言及しませんのであしからず)

未完成の完成品。これは心理学的にはおおいにありうる話し。

ではCSRコミュニケーションがなぜ、
ミロのヴィーナス理論を目指すべきかというオピニオンを少々。

ミロのヴィーナス理論

数年前にもこの話題をブログなどに書いた(多分)のですが、
最近思うことがあり、ちょっと解説させていただきます。

ミロのヴィーナス理論とは、
「未完成だから、その先を想像できる」という考え方。

古代ギリシャで制作されたというミロのビーナス彫刻像。
その美しさは学術をも上まり、未だに完成・修復していない。
学者も両腕がない彫刻像の先を想像しえないらしいです。

未完の美。
完成していないからこそ、そこに創造の余地がある。
未完の美とは、ある種の価値共感なのかもしれません。

鑑賞者(CSRで言えばステークホルダー)の価値観・思考を、
取り入れる余地があるからこそ、Shared Value(価値共有)がなされる。
コミュニケーションにおけるCSVですよね。

そういうインタラクティブな仕組みが、
未完の美にはあると思うのです。

説明しすぎたモノは避けられる。
だって一方的じゃないですか。

こういうアソビというか隙を作るのも、
コミュニケーションの一つかもしれませんね。

CSV的発想

未完成な事象は、自分の中でその先を想像でき、
勝手に美しくイメージングできるということ。

つまり、答えがない(完成していない)ものに、
「自分の感覚」を挟み込み、創り込んで行くことに、
喜び・愛着を見い出すということ。

共有・共感を自分と誰かで創る。
それが、CSV、共有価値の創造なのかなと。

一方的なコミュニケーションではなく、
ステークホルダーと一緒にストーリーを構築していく。

CSR経営にとってはどうかはわかりませんが、
少なくとも、コミュニケーション領域においては、
CSVは力を発揮する概念だと考えています。

そもそも論、CSRとCSVは明確にわけたからどうなるってものでもないけど。

ステークホルダーと対話を構築するには、
それぞれに伝え、考え、アクションしてもらう必要もある。

一方的に伝えるだけはコミュニケーションとは言わないし、
例えば、予定調和の出来レース的消費者参加CSR座談会も、
コミュニケーションとは言わない。そんな風に思います。

ウォルト・ディズニーは、
「ディズニーランドは永遠に完成しない。世界に想像力がある限り、成長し続けるだろう」
と、1955年開園のディズニーランド・リゾート開園の日に言ったらしいです。

なんか、ミロのヴィーナス理論的発想ですよねぇ。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

“共感”がコミュニケーションのネクストステップみたいな考え方がありますけど、
やっと本来のコミュニケーションの形になってきただけなのかもしれません。

ミロのヴィーナス理論。

みなさん、覚えて使いましょう!
(チラリズムのくだりは覚える必要ありませんからね)

参照:CSRコミュニケーションにめっちゃ役立つ、「行動心理学」7つのポイント

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